秘色色(ひそくいろ)クーデター





 カラオケに行く前に腹ごしらえしよう、ということでファーストフードに立ち寄った。
 メンバーはいつもの女3人の男3人の6人。私以外はみんな内部組だ。

 みんな成績もそれなりによく、見かけもかわいい子ばかり。性格もざっくばらんで、あまり周りに興味がないようにも見える。

 あとから思ったことだけれど、茗子たちと同じクラスになって、茗子たちと仲よくなったのはだいぶ運がよかったんだろう。

 他のクラスでは、ストレスが溜まっていたと思う。


「なんだったんだろうーね、あれ」


 そこで、思い出したかのように茗子が口を開いた。

 なにを指しているのかは、みんなすぐに理解する。
 さっきの、放送のことだ。


「ほんと、なんだろね、あれ。反乱軍であるーだって。ウケる」

「宣戦布告ってなにするつもりなんだろうなー」


 貴美子が放送の真似をするように、低い声で話すと、みんながケラケラと笑った。もちろん私も。


「どうせ、あれだろ? ヲタクとか、クラスで浮いてる奴ら」

「中二病ってやつ? 痛すぎるんだけど」

「だってなんかそれっぽいこと言ってただろ。優劣をつけてとか、偉そうにしているお前たちにーとか。そんなこと普通思わないだろー。ウワサの脅迫状とかも同じやつなんじゃねえ?」

「あれウワサでしょ―。絶対ガセだって。校舎を燃やすとか、壊すとか、ありえないし」


 脅迫状か。そんなウワサもあったんだ。
 茗子は知っていたみたいだけれど、他の子は知らなかった。ということはやっぱりガセだろう。

 どっちにしても、脅迫状とか宣戦布告とか。なかなか過激だなあ。


「なにするんだろうね」

「さーなあ」

「でも、もう先生たちに捕まってんじゃない? 放送ジャックとか、もう捕まえてくれって言ってるみたいなもんじゃん」

「あ、それさっき職員室の前通ったとき聞いたんだけど、いなかったんだって、放送室には誰も」

「マジで? やるう」

「へー、すごいね。どうやったんだろ」

「CD-Rだって」


 なるほど。そういう方法なのか。

 となると、結構本気で反乱を起こすつもりなのかもしれない。どうやるのかは皆目検討がつかないけれど。手が凝っている。


「でも、一方的じゃない? 集結せよ、とかって、よくわかんないし」

「ね。どこに集まるんだろう。仲間がもういて、その仲間へのメッセージとか?」

「あーあり得る! すっごい本格的じゃん、そこまでいったら。マジでなんかやるのかな」

「でもでもう夏休みだけど。2学期からはじめたりするのかな? それはそれでおもしろそうじゃない?」

「茗子参加するの?」

「まさか。傍観者で楽しむのよ。失敗する可能性のほうが高いでしょ。無理無理」


 傍観者、か。
 でも、それが一番賢いだろう。


「反乱起こすなら……貼り出しなくしてくれないかなー」

「あはは! 輝またそれ言ってる! どんなけ嫌なのよー」

「だってさー……へこむんだよ結構ー。点数も出ちゃうし!」

「でもわかるよー私だって中学入った嫌だっったもん。ま、来年には慣れてるって。なくなるならそれはそれでいいけどー。運動音痴だし私」

「じゃあ数学だけなくしてほしい!」


 そんなくだらない話をしながら笑い合って、1時間以上を過ごしてから近くのカラオケに向かった。

 たっぷり4時間。歌えるだけ歌って喉が痛くなってきたころに私たちはそれぞれ別れて帰った。
 私立だからか、みんな帰る方向はバラバラだ。


 地元の最寄り駅に着いて、近くのバスロータリーに近づく。並んでいる人はあまりいないから、座れそうだ。

 ちょうど茗子からメールが届いて携帯を見ているとき。


「ひか、る?」


 聞き覚えのある声が聞こえてきて、思わず携帯を落としそうになってしまった。

 ゆっくりと声のした方に振り返れば、同級生の女の子が私を見ている。中学時代よりも、髪の毛が伸びている。化粧をしているのか、昔の彼女よりも目が大きく見えた。

 ……なんで、会ってしまうんだろう。


「ひさし、ぶり」

「……久しぶり」


 そっけなくそう返事をすれば、彼女は気まずそうに顔を歪ませた。

 私が笑って話しかけるとでも思っていたんだろうか。なんて都合のいい思考回路だろう。そんなことするわけがない。

 冷静を装っているけれど、私の心臓は大きく鳴り響いていた。

 思い出したくない記憶が蘇る。
 今でも、許せない記憶が。

 悔しくて、惨めな記憶が引き出されて、ぐっと歯を食いしばった。


「あの」


 彼女がなにかを言いかけた丁度そのとき、目の前にバスがやってきて、なにも言わずに乗り込んだ。

 椅子に座ると、窓から彼女が私を見ているのがわかったけれど、見えないふりをして携帯に視線を落とし続ける。

 どういうつもりで、今、話しかけてきたのか。
 なにを言おうとしたのか。

 わからないけれど、わかりたくもない。

 なにも見なかったことにして、バスに揺られて10分。家の近くのバス停について、定期を見せて降りた。
 そしてそのまま真っすぐに家に向かって歩く。

 突き当りを右に曲がってすぐの、花がたくさん植えてある自分の家。門を開けて中に入ると「おかえり」と庭にいたお母さんが声をかけてきた。


「ただいま」

「テストどうだった?」

「んー……どうかなあ。中間よりもマシかも」


 そう返事をしてドアをけて中にはいると、お母さんも後に続いてきた。庭の手入れをしていたのか、私を待っていたのか、どっちだろう。

 どっちもかな。


「友達と、どこか行ってたの?」

「うん」


 ためらいがちな質問に、胸がきりりと痛む。
 けれどそれを隠すようにして「カラオケ」と笑って答えると、ホッとしたように笑みを向けた。

 ……そんな、あからさまに心配しなくてもいいのに。

 お母さんにとって、お父さんにとって、私は中学生のときの結果が全てなんだと思い知らされる。

 仕方のないことだけど。



——『これは、学校に対する、優劣をつけて子供を格付けする大人たちに対する、そしてこの狭い学校という場所で偉そうにしているお前たちに対する、宣戦布告である』



 今日、放送で流れた内容が、脳内に響く。
 
 宣戦布告、か。
 そうすれば、反乱を起こせば……今もまだくすぶっている私の思いも晴れるのかな。

 なにがしたいのか、と言われるとよくわかんない。今更復讐したいだなんて思ってないし、誤解を解いて回れ、なんてことも意味はない。

 今は今で楽しい。
 茗子たちと仲よく過ごせているんだから、十分だ。

 だけど。
 見えないふりをして、聞こえないふりをして、笑っている自分のことは、好きになれない。
 あんなことがなければ、あの学校には行ってなかっただろう。

 私は……行きたかった高校に通って、好きなことを勉強できたかもしれない。地元の公立校で、同じ中学の友達と笑って過ごしていたかもしれない。


 片道1時間以上もかけて通学なんてしていなかった。

 そしてなにより、声を上げて、戦えたのかもしれないと、思う。



 それが、正しいことじゃないと、わかっているけれど。


「今までの私なら、率先して反乱起こす側だっただろうなあー」


 呟いて、そんな自分を想像してみた。
 もっとも私らしい私が、自然と浮かんで苦笑がこぼれた。

 今の私には、できそうもない。それがちょっと、悔しいと思う。




 
  (ノ゚ο゚)ノ < 戦士集結せよ






o
*


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.


 美化委員会は、3時から。

 いつもよりゆっくり眠れるんだと思えば嬉しいけれど、みんなが休みのときになんで学校に行かなくちゃいけないんだ。

 昼前に起きて、のろのろと1階に降りていく。
 お父さんはすでに仕事に出かけたらしい。お母さんはリビングでテレビを見ていた。


「おはよ、お母さん」

「あ、おはよう。なにか食べる?」

「うん」


 お母さんはすぐに腰を上げてキッチンに向かい、代わりに私はリビングのソファに腰を下ろした。
 いつもは見ることのないワイドショーがテレビから流れている。

 ネットで炎上したらしい。理由はよくわかんないけど、コメンテーターが好き勝手言って相手を批判している。


「こういうのいじめだよねえ」


 そういう人たちが、"いじめをなくそう”なんて偉そうに言うんだから、よくわかんない。有名税だよ、とお父さんが言ってたけど、納得出来ない。

 先日まではちやほやされていたのに、些細な事が原因で会見して謝れだのなんだの。


「今日は家にいるの?」

「ううん、今日は呼び出しで学校にいく」

「呼び出し?」


 あ、しまった。
 お母さんの顔色が曇ったのに気づいて言葉足らずだったことを後悔する。


「美化委員会の呼び出し。夏休みまでの1週間、委員会のみんなで分担して掃除するの。その話し合い」

「あ、ああ、そう」


 まだちょっと疑っているのはわかったけれど、これ以上説明のしようがない。
 ……事細かに説明したら余計に怪しまれそうだしなあ。

 なにを言っても信じてもらえないんじゃないかと思うと話す気がなくなってくる。


「ご飯食べたら、学校行く」


 そう言って再びテレビを見つめた。
 委員会まで時間はあるけれど、家の中にいるのも息苦しそうだしさっさと出かけよう。

 出されたパスタを無言で口の中に放り込んで、そそくさと2階に戻る。そして手早く着替えてすぐに「行ってきます」と声を上げた。


 ドアを開けると、むっとした空気が私を襲う。

 ……まだ梅雨のはずなのに、空は真っ白な雲がひとつふたつ浮かんでいるだけのキレイな青空。

 蝉も嬉しいのか大合唱だ。鼓膜にこびりつきそうなほど叫ばなくても、と顔をしかめた。

 昨日のことがあるから駅につくまで落ち着かなかったけれど、幸い誰にも会うことはなかった。

 高校に入って1ヶ月位は毎日のように駅に同級生がいた。
 学校が離れた友達と待ち合わせをしている子もいれば、たまたま会って嬉しそうにはしゃぐ子。

 けれど、それも飽きたのか最近では滅多に見かけない。

 顔を合わせると気まずいから、そのほうがいい。人にどう思われたって今更気にしないけれど、不躾な視線を投げられるのはいい気分じゃないから。

 いつものように学校に着くまでぼーっと外を眺めながら電車に揺られる。たまに吊革広告を見て、綺麗だなあとか、センス悪いなあとか、悪趣味なゴシップの見出しを見つめながら過ごす。

 時間が時間だからだろう、電車の中はあまり人がいなくてゆっくりと席に座ることができた。


 多分、1時位には学校に着くだろうな。
 委員会までどうやって時間を潰そうか。

 そもそもなんで3時とかいう迷惑な時間なんだろう。絶対先生たちにとって都合のいい時間なだけだと思う。
 ゆっくり寝られるからマシだと思ったけど、朝早かったら昼から茗子たちと遊ぶことも出来たのに。

 帰りに本屋とか寄って帰ろうかな。
 でも、そんなことで遅くなったらまた、お母さんとお父さんが怪しむかもしれない。

 ……もう、ほんと、めんどくさい。


 学校に着いて靴箱に向かうと、今日はさすがに靴箱の傍に先輩たちは集まっていなかった。

 そりゃそうか。今日もいたら、毎日相当暇だとしか言いようがない。
 隣のグラウンドではサッカー部と陸上部が練習をしているのが見えた。

 部活動がそこまで盛んじゃないから、人はあんまりいない。

 革靴を脱いで、上履きに脚を通した。ふと顔を上げると、少し先に人影が見える。


「あ」


 と、声を出して慌てて手で口を抑えた。

 けれど、目の前の人には聞こえたらしい。私の方に視線を移してから、ちょっと驚いた顔になった。

 大和くんだ。
 彼が表情を崩すなんて珍しい。

 大和くんは私を見たまま止まっている。……まるで、私を待ってるみたい。
 え!? なんで!? なんでなんで!? 私なんかしたっけ!?
 
 私も靴箱に立ち止まったままだったけれど、とりあえず彼の方にゆっくりと近づいていった。彼は相変わらず私を見続けていて、動く気配はない。

 やっぱり、私を待っているのだろうか。
 なんだろう……釣り上がった瞳は、どうみても私を睨んでいるように見える。

 やばい、すごい怖い。

「えーっと……こん、にちは?」


 あ、疑問形になってしまった。
 近くによってそう告げると、彼は「お前も?」とよくわからない疑問を投げかけてきた。

 お前も? とは?

 しばらく考えてから「ああ、うん」と返事をする。
 そういえば彼も美化委員だったっけ。

 不良と言われる彼も真面目に委員会には顔を出すらしい。来ると思ってなかったからびっくりした。
 でも、委員会に来てくれたんだと思うと、やっぱり彼のことを悪く思えない。
 私を待ってくれていたのも、委員会が一緒だからだよね。


「迷惑だよね、休みの日に」

「こんな日じゃねえと意味ねーんだろ」


 おお! 会話をしている!
 結構普通に話してくれるんだなあ。
 今まで一言以上の会話なんてしたことなかったのに。

 こんなふうに話しかけてたら、今までも話してくれていたのかな。


「大和くん、思ったより早く来たんだね。人のこと言えないけど」

「早いほうがいいかと思って」


 口調はどれもそっけない。けれど思っていたよりもずっと普通に話ができている。無表情なのも相変わらずだけれど、会話をするときは必ず私の目を見て喋ってくれる。

 やっぱりウワサなんてものはあてにならないんじゃないかと、思う。
 この人が、ちゃんと、相手の目を見て話してくれるこの人が、ひどい人だとは思えない。

 誰かをいじめるような人には見えない。

 ウワサなんてしょうもない。ちょっとしたことを誇張されて、人に伝わる度に膨れ上がってただのでたらめなものになる。

 こんなふうに大和くんと私が隣に並んで、会話をしているところを誰かが見たら、信じられない内容に発展するだろう。


 でも、人のいない休み期間中でよかった。なにを言われるかわかったもんじゃない。

 ……そんなことを思ってしまった自分に気づいて、自分に嫌悪感を抱いた。


 堂々としているこの人は、自分のウワサについてどう思っているんだろう。本人も自分が他の生徒にどう思われているか知っているはず。

 いじめをしていた。ケガをさせた。窓ガラスを割った。
 あのウワサはどこからどこまで本当なんだろ。

 ちらっと視線を彼に移す。

 汗ひとつないキレイな肌。毛穴なんかも全く見えないし。もちろん鼻毛だって見えない。髪の毛もさらっさらだ。少し目にかかるくらいに長いけれど、邪魔なほどではない。

 こんな人も寝起きはボサボサだったりするんだろうか。目が覚めた瞬間から整ってるんじゃないだろうか。



 ……やっぱり、綺麗だなあ。


「なに?」

「え!? あ、いや、大和くんってもっと、話しにくい人だと思ったんだけど、そんなことないね」


 見ていたことがバレていたらしく、彼がじろりと私を睨んだ。どうやらジロジロ見られるのが嫌いらしい。

 さすがに睨まれると怖い!

 慌てて適当に話すと、「ああ」とひとり納得したかのように呟いた。


「この学校の連中、嫌いだから」


 どうして?と、聞けない雰囲気があった。
 彼の目が、なにかを憎んでいるように鋭く、冷たく感じた。

 なにがあって、どんな理由で、そんなにも嫌っているんだろう。でも、それを問うのはためらわれる。

 言いたくないこと、思い出したくないことは、誰にでもきっとある。私にもあるように。


「おい、着いたぞ」

「え?」


 ひとり考えこむように歩いていると、大和くんに引き止められた。集合場所を通り過ぎていたらしく、慌てて振り返る。

 けれど。


「……放送、室?」

「ここだろ、多分」

「え? え? なにが?」


 なんで美化委員が放送室なんかに? 意味がわかんないんだけど。集合場所って、確か会議室みたいなところじゃなかったっけ?

 戸惑う私に、大和くんが首を傾げる。



「お前も、昨日の放送聞いて、来たんだろ?」



 はい?



 きょとんとすると、彼は一気に不機嫌な顔に変わっていく。私が今まで見たことのある彼の顔だ。
 ものすっごく嫌そうな顔。


「話して損した。違うならどっか行けば?」

「え? いや、ちょっと……」


 そんなあからさまに態度変えなくてもいいんじゃないの? そんなに悪いことしたの私。
 っていうかちょっと舌打ちされたよね今。

 私の発言なんて聞こえないかのように、彼は放送室の扉を、ガラリと開けた。

 と、同時に中でガタガタと驚きの音が聞こえてきて思わず、視線を放送室に向けてしまった。

 ……中には、5人。
 知っている顔がふたり。知らない人が3人。私と大和くんの顔を交互に見て、驚きを隠せないのか言葉はない。

 リボンやネクタイの色から見て、学年はバラバラだ。


「昨日の放送を聞いて来たんだけど」


 そんなことお構いなしに、彼が言葉を発する。

 まさか、彼が来るなんて思ってなかったんだろう。中にいる人たちは、その中のひとりに視線を集中させた。

 多分、彼が……リーダーだ。

 まさか、彼がそんなことをするなんて、思わなかった。けれど、昨日の放送を思い出せば、彼であることも納得できる。

 緑色のネクタイ。2年の、先輩。
 いつも、靴箱のところで集まっているうちのひとり。いや、集まっているという言い方は多分間違っている。

 "連れて来られている"先輩だ。


「きみ、1年の……大和くん、だよね。なんできみみたいな子が?」

「学校ぶっつぶせるなら、と思って」


 間髪入れずに大和くんが答えた。

 その言葉に、思わず怯んでしまったのは、私だけじゃなく、"反乱軍"を名乗った目の前の彼らもだった。

 "ぶっ潰す"
 その言葉が、私の脳内でリフレインする。

 そんなことが、できるんだろうか。そんなことが可能なんだろうか。彼らは、なにをどうするつもりなんだろう。

 うまいこといくなんて思えない。だってこんなこと無謀すぎる。こんなの、無茶だ。私たちに、そんな大層なことが……できるはずない。

 
 でも、目の前の彼らは、本気だ。
 大和くんも含め、本気でなにかをしようと思っている。

 5人のうち、ふたりしかわからない。だけどふたりはいわゆる、"いじめられっこ"だ。おそらく、残りの3人も同じ立場なのだろう。

 ヒエラルキー最下層部、というのは失礼かもしれない。けれど……多分、本人たちもそう感じている。教室にいたら、息を潜めて過ごしているだろう人たち。

 だからこそ、あの放送だったんだ。


 変える。
 壊す。
 そして、作る。


 どくどくと、血液が体の中をすごい勢いで駆け巡るのがわかる。



「あんたは?」


 不意に大和くんにそう尋ねられた。

 みんなの視線が私に集中する。その瞬間、逃げ出したくなった。だけど、脚が震えないように体中に力を込めて、歯を食いしばる。


 ——『なんで、そんなことしたの?』


 また、そんなことを言われるのかな。
 みんなの泣いている顔。両親が頭を下げる姿。冷たい視線と、微かに上がった口角。

 昨日会った、彼女の顔。
 見て見ぬふりしている今までの私。

 今までの日常。茗子たちと笑って過ごしていたけれど、ずっと目を塞いでいた、生活。
 自分だけれど、自分じゃないような、もどかしさ。


「私、も!」


 ぶっ壊せるのなら、ぶっ壊したい。ぶっ壊してくれるなら、ぶっ壊して欲しい。

 私の返事に、隣にいた大和くんが微かに笑ったような気がした。


「ようこそ、反乱軍へ」


 リーダーらしき彼が、満足気に微笑んで、放送室の扉を大きく開いて私たちを招いてくれた。

 一歩踏み出せば……元の日常にはきっと戻れない。