やっぱ半径1メートル以内、立入禁止。








マンションのエントランスを出たところで、あたしは一度足をとめた。





床にハイヒールを放り投げ、足で転がして向きを整え、ぐいっと履く。





そして、ゆっくりと視線をあげて、蓮見の部屋を見た。






もしかして、ベランダから見送ってたりするんじゃないか、とか思ったあたしは、もちろん浅はかだ。





ちなみに、追いかけてくる足音も、もちろんしない。







「………ばか蓮見」







地面に向かって小さく呟き、あたしはとぼとぼと歩き出した。







…………あーぁ、やっちゃった。





あんなことやるつもりも、言うつもりも、まったく無かったのに。






自分の気持ちを抑えられなかった。







あたしがさっきやったことは、あたしが一番嫌いな女の典型的な行動だ。





あんなこと、したくなかった。





でも、気がついたら、やってしまっていたのだ。






めんどくさい女。




蓮見が一番きらいなタイプ。







「…………はぁ……」







溜め息が勝手に洩れる。





めんどくさいことをやってしまった自分に嫌悪感。






でも、仕方なかったとも思う。





正直、我慢の限界だった。






一日中、蓮見に振り回されて、振り回されて。





せっかく休みの日に二人で会えたのに、市場調査の手伝いをして、リクエストに応えて晩ご飯を作ってあげて、洗い物までして。




そんで、帰り際には、見送りもしてもらえない。





あたしは家政婦か!!




………って言いたくなるのも、仕方ないよね?







凍えた指を口許に当て、はあっと息を吹きかける。





冷たい風が吹き抜ける街。




その中を足早に通り過ぎていく、帰路を急ぐ人たち。






蓮見はきっと今頃、何事もなかったかよように、ディスプレイに向かっていることだろう。







駅の改札を通り抜け、ホームのベンチに座って、ぼんやりと電車を待つ。





向かいのホームに、色鮮やかなポスターが何枚も貼ってあった。





デパートのクリスマスセール。




遊園地のクリスマスパレード。




交響楽団のクリスマスコンサート。





隣では、クリスマスに遠出をしてホテルに泊まる算段をしているカップル。







ーーーどいつもこいつも浮かれやがって。





あたしは一人心の中で悪態をついた。





どーせ、あたしには無関係だ。














「おい、清水」






「…………なに。仕事の話?」






「いや、違うけど」






「じゃあ、話しかけないでください」







あたしは蓮見の顔を見もせずに、すたすたと室を出た。






あの日以来、あたしは蓮見を無視しつづけている。





とは言っても、職場が同じだから、まったく口をきかないってわけにもいかないけど。





業務上の会話以外は、まったくしていない。





なに意地はってんだろう、と自分でも馬鹿らしく思うけど。




今さら引っ込みがつかないというか……。





ここまできて自分から歩み寄るなんて、なんだか負けを認めるようで嫌だ。





でも、蓮見のほうは、そんなあたしの気持ちなど全く理解不能らしく、不思議そうに首を傾げていた。






「…………はぁ〜……」






トイレの洗面台で鏡に向かって化粧直しをしていると、何度目かも分からない溜め息が唇から洩れ出した。






「おっきな溜め息ねぇ」






背後から笑いを噛み殺したような声が聞こえて、あたしはパフを頬に当てたまま振り返った。






「あ、お疲れ様です!」






苦笑いを浮かべながら隣に立ったのは、先輩の赤坂さんだった。






「清水さん、最近ちょっと元気ないね。


何かあったの?」






「え……元気ないですか、あたし」






「うーん、ほら清水さんて、いつも元気いっぱいで蓮見くんと言い合いしてたじゃない?

最近それ見ないなあ、って」







それは、元気がないというか、蓮見と喋りたくないってだけなんだけど。






「なんか、顔も少し暗いしねえ。

悩み事でもある?」





「あー、はい……プライベートでちょっと色々ありまして………」





「ほうほう、色恋沙汰?」






赤坂さんの言い方がおかしくて、あたしは思わず噴き出した。






「よかったら、話きくよ?」






赤坂さんが先輩らしい包容力のある笑顔で言った。





それを見た瞬間、心がほぐれるのを感じた。





あたしは、ずっと、誰かに話を聞いてほしかったのかもしれない。





こくりと頷いて、あたしは赤坂さんと一緒にトイレを出た。








ちょうど昼休憩の時間だったので、あたしたちは社食に入った。








「………っていうことがあって。


相手に対する怒りやら、自己嫌悪やらで、頭がぐちゃぐちゃなんです」








隅っこのテーブルに座り、あたしはぼそぼそと、これまでの経緯を赤坂さんに話した。



もちろん、相手が蓮見だということは伏せて。








「なるほどねぇ……。


恋って、難しいわねぇ………」







赤坂さんはしみじみと呟いた。




そして、ホットコーヒーを口に含む。





特にアドバイスとかはないらしい。




あたしも、とりあえず話を聞いてもらえただけで大分すっきりしたので、それでも構わない。










「ときに」






「はい?」






「その相手って、蓮見くん?」






「はい………って、え!?」







あたしはがばっと顔を上げた。





目の前に、にやにや笑っている赤坂さんの顔。







「なっ、ななななんで分かったんですか!?」






「あはっ、焦りすぎ!

ってゆーか、少なくとも私に関しては、バレバレだったけど?」






「えぇ~っ!?」







………マジですか!?







「ど、どういうふうにバレバレ………」





「んー、そうねえ」






赤坂さんが頬杖をつき、なんだか嬉しそうに笑いながら言う。







「なんていうかね、蓮見くんの雰囲気が、柔らかくなったっていうか」






「え~……そうですか~……?」







あたしが疑わしげに言うと、赤坂さんがふっと噴き出した。







「清水さんから見たら、わかんないのかも。

だって、柔らかいのは、清水さんに対してだけだもん」






「え………」







あたしは瞬きをして、考える。