蓮見のマンションの最寄り駅で電車を降り、駅ビルの地下のスーパーで買い物をする。
「………えーと、蓮見さん」
「あ?」
「どのようなお料理を、ご所望なんでしょうか?」
「そうだな……寒いから鍋がいいな」
「かしこまりました」
あたしは頷いて、野菜のコーナーに特設してあるキムチ鍋の素を手に取ろうとした。
すると、横からにゅっと手が出てきて。
「………おい、清水、てめえ」
「えっ、なによ?」
「まさか、そんな手抜き料理、しようとしてんじゃねえだろうな?」
不機嫌丸出しの蓮見の顔が、あたしを見下ろしてくる。
「………え、だめ?」
「だめに決まってんだろ!」
蓮見は鍋の素をつかんでいるあたしの手の甲をぴしゃりと叩いた。
「なんで!?」
「お前なぁ、俺が久々に手料理食いたくなったからわざわざ頼んだってのに、なんて出来合いのもんなんか使うんだよ!」
「はぁっ!?」
なにその自己中すぎる理論は!!
あたしが驚いて言葉も出ないでいると。
「鍋なんて、野菜と肉切って煮込むだけだろーが!!
せめて味つけくらい自分でやれよ!
俺はなぁ、手料理が食いたいんだよ!!
既製品の味なんて飽き飽きしてんだ!」
………なにそれ!!
作ってもらう立場のくせに、どんだけワガママなのよーっ!!
とはいうものの、あたしは結局、蓮見の横暴に逆らえない。
ムカつきを抑えつつ、あたしは買い物カゴにすき焼きの具材を放り込んでいった。
もちろん、すき焼きの素は買わず、醤油やみりん、砂糖、料理酒を購入。
蓮見の家には調味料らしい調味料が全くないのを知っていたから。
「………しかたないから、あんたのワガママ聞いて、一から作ってあげる。
その代わり、平身低頭であたしに感謝しなさいよね!」
レジに並んで順番を待ちつつ、負け惜しみのように言うと、蓮見は「へいへい」と頷いた。
清算を終えて、レジ袋を受け取ろうとすると。
「しゃーねえ、持ってやる」
蓮見が横から手を出して、すっと袋を取った。
………気がきくじゃないの。
しょうがない、許してやるか。
*
「あー、食べた食べたー」
あたしは箸を置いて、ソファの背もたれにどすっと背中を預けた。
お腹が苦しいので、そのままずるずると身体を横にする。
蓮見は「牛になっても知らねえぞ」なんて憎まれ口を叩きつつ、鍋の中に残っている野菜をかき集め、一口で食べ切った。
「おいしかったですかー?」
「まあまあだな」
蓮見は満足げに微笑みつつ、そんな答え方をする。
まったく、素直じゃないやつだ。
「あ、洗いもんもしてけよ」
「はぁっ!?」
平然と蓮見が言ったので、あたしは度肝を抜かれた。
「あんたねぇ、ご飯つくらせといて、洗い物までさせる気!?」
「作らせるって、人聞き悪りぃな。お前だって食っただろうが」
「そりゃそうだけど!」
あんたには遠慮ってものがないのか!?
愕然としているあたしに向かって、蓮見がにやりと笑いかけてくる。
「だってお前、こんだけ腹いっぱい食ってだらだらしてたら、さらに膨張するぞ?
お前のダイエットに貢献してやろうと思ったんだよ、俺は」
「んな……っ、余計なお世話!!」
「まぁまぁ、そうカリカリすんなよ。俺も手伝ってやるから」
「当たり前でしょっ!!」
…………信じられない俺様ぶりだ。
お前はどこの貴族だよ!?
むかつくけど、蓮見に任せておいて、汚れた皿を何日も放置されるのも不安なので、仕方なくあたしは洗い物にとりかかった。
あたしが洗剤をつけたスポンジで洗った皿を、蓮見が水で洗い流していく。
家事なんかしないくせに、やけに手際だけはいい。
でも、それを言ったら、「俺にできないことはない」なんていう傲慢発言が飛び出すことは目に見えていたので、あたしは黙っていた。
洗い物を終えて、キッチンを出る。
リビングが目に入り、思わず足を止めてしまった。
「………きったな」
さっきはあんまり気にならなかったけど、相変わらず散らかった部屋だ。
蓮見は、仕事に関しては信じられないくらい神経質で完璧主義だけど、どうも私生活のほうでは正反対になるらしい。
「悪かったな、汚くて」
蓮見はちょっといじけたような口調で言った。
「たまには片付けなさいよね。
あんまり埃っぽいと、身体に悪いって」
「俺は仕事に全力を注いでるから、ちんたら片付けなんてする暇ねえんだよ。
お前、ついでに掃除もしていくか?」
「ばーか。掃除くらい自分でやれ!」
あたしは蓮見の脇腹を軽く小突いて、床に散らばる物ものに埋れていたバッグを持った。
「………じゃ、そろそろ帰るね」
そうは言いつつも、あたしは、もしかして蓮見が引き止めるんじゃないか、なんて淡い期待をしていた。
………だって、さ。
このまま帰ったら、ほんと、今日は何のために会ったのか分からない。
二人で仕事の延長みたいに文具屋を回って、蓮見の希望に沿って晩ご飯を作って、洗い物をして、あわや掃除までさせられそうになって。
さすがに、これで帰ったら、あたしたちの関係、なんなんだか意味不明じゃん。
ーーーでも。
蓮見は、そんなあたしの思惑なんて、気づくわけもなく。
「おー、気をつけろよ。
俺はこれから仕事するから、すまんけど送ってやれんけど」
「………あっそ」
あたしはこくりと頷いたけどーーー
心の奥底のほうで、急激にもやもやと、暗い感情が膨れ上がるのを感じた。
それを必死で抑え込んで、あたしは玄関に向かった。
靴を履きながら、振り返ってリビングに目を向ける。
蓮見は既に、パソコンに向かってキーボードを叩きはじめていた。
「………蓮見、鍵は?」
「………んー? あー、開けといて。後で閉めるから」
ちらりとも振り向かずに、背中だけで素っ気なく答える蓮見。
もう心はパソコンに夢中、って感じ。
それを見た瞬間。
ーーーぶちっ。
どこかで、何かが切れる音がした。
その正体を考える余裕もなく。
あたしは気がついたら、今まさに履こうとしていたハイヒールを手に取り。
ーーーぶんっ!!
力いっぱい、蓮見の冷たい背中に向かって、投げつけていた。