やっぱ半径1メートル以内、立入禁止。

蓮見のマンションの最寄り駅で電車を降り、駅ビルの地下のスーパーで買い物をする。





「………えーと、蓮見さん」





「あ?」





「どのようなお料理を、ご所望なんでしょうか?」





「そうだな……寒いから鍋がいいな」





「かしこまりました」






あたしは頷いて、野菜のコーナーに特設してあるキムチ鍋の素を手に取ろうとした。




すると、横からにゅっと手が出てきて。






「………おい、清水、てめえ」





「えっ、なによ?」





「まさか、そんな手抜き料理、しようとしてんじゃねえだろうな?」






不機嫌丸出しの蓮見の顔が、あたしを見下ろしてくる。







「………え、だめ?」





「だめに決まってんだろ!」






蓮見は鍋の素をつかんでいるあたしの手の甲をぴしゃりと叩いた。






「なんで!?」





「お前なぁ、俺が久々に手料理食いたくなったからわざわざ頼んだってのに、なんて出来合いのもんなんか使うんだよ!」





「はぁっ!?」






なにその自己中すぎる理論は!!




あたしが驚いて言葉も出ないでいると。






「鍋なんて、野菜と肉切って煮込むだけだろーが!!

せめて味つけくらい自分でやれよ!


俺はなぁ、手料理が食いたいんだよ!!

既製品の味なんて飽き飽きしてんだ!」







………なにそれ!!



作ってもらう立場のくせに、どんだけワガママなのよーっ!!






とはいうものの、あたしは結局、蓮見の横暴に逆らえない。





ムカつきを抑えつつ、あたしは買い物カゴにすき焼きの具材を放り込んでいった。




もちろん、すき焼きの素は買わず、醤油やみりん、砂糖、料理酒を購入。




蓮見の家には調味料らしい調味料が全くないのを知っていたから。






「………しかたないから、あんたのワガママ聞いて、一から作ってあげる。


その代わり、平身低頭であたしに感謝しなさいよね!」






レジに並んで順番を待ちつつ、負け惜しみのように言うと、蓮見は「へいへい」と頷いた。





清算を終えて、レジ袋を受け取ろうとすると。






「しゃーねえ、持ってやる」






蓮見が横から手を出して、すっと袋を取った。






………気がきくじゃないの。




しょうがない、許してやるか。














「あー、食べた食べたー」





あたしは箸を置いて、ソファの背もたれにどすっと背中を預けた。




お腹が苦しいので、そのままずるずると身体を横にする。





蓮見は「牛になっても知らねえぞ」なんて憎まれ口を叩きつつ、鍋の中に残っている野菜をかき集め、一口で食べ切った。







「おいしかったですかー?」





「まあまあだな」






蓮見は満足げに微笑みつつ、そんな答え方をする。





まったく、素直じゃないやつだ。







「あ、洗いもんもしてけよ」






「はぁっ!?」








平然と蓮見が言ったので、あたしは度肝を抜かれた。







「あんたねぇ、ご飯つくらせといて、洗い物までさせる気!?」






「作らせるって、人聞き悪りぃな。お前だって食っただろうが」






「そりゃそうだけど!」






あんたには遠慮ってものがないのか!?





愕然としているあたしに向かって、蓮見がにやりと笑いかけてくる。







「だってお前、こんだけ腹いっぱい食ってだらだらしてたら、さらに膨張するぞ?

お前のダイエットに貢献してやろうと思ったんだよ、俺は」






「んな……っ、余計なお世話!!」






「まぁまぁ、そうカリカリすんなよ。俺も手伝ってやるから」






「当たり前でしょっ!!」







…………信じられない俺様ぶりだ。




お前はどこの貴族だよ!?





むかつくけど、蓮見に任せておいて、汚れた皿を何日も放置されるのも不安なので、仕方なくあたしは洗い物にとりかかった。






あたしが洗剤をつけたスポンジで洗った皿を、蓮見が水で洗い流していく。





家事なんかしないくせに、やけに手際だけはいい。





でも、それを言ったら、「俺にできないことはない」なんていう傲慢発言が飛び出すことは目に見えていたので、あたしは黙っていた。






洗い物を終えて、キッチンを出る。





リビングが目に入り、思わず足を止めてしまった。






「………きったな」







さっきはあんまり気にならなかったけど、相変わらず散らかった部屋だ。






蓮見は、仕事に関しては信じられないくらい神経質で完璧主義だけど、どうも私生活のほうでは正反対になるらしい。







「悪かったな、汚くて」






蓮見はちょっといじけたような口調で言った。






「たまには片付けなさいよね。

あんまり埃っぽいと、身体に悪いって」






「俺は仕事に全力を注いでるから、ちんたら片付けなんてする暇ねえんだよ。

お前、ついでに掃除もしていくか?」






「ばーか。掃除くらい自分でやれ!」







あたしは蓮見の脇腹を軽く小突いて、床に散らばる物ものに埋れていたバッグを持った。







「………じゃ、そろそろ帰るね」







そうは言いつつも、あたしは、もしかして蓮見が引き止めるんじゃないか、なんて淡い期待をしていた。






………だって、さ。



このまま帰ったら、ほんと、今日は何のために会ったのか分からない。






二人で仕事の延長みたいに文具屋を回って、蓮見の希望に沿って晩ご飯を作って、洗い物をして、あわや掃除までさせられそうになって。






さすがに、これで帰ったら、あたしたちの関係、なんなんだか意味不明じゃん。






ーーーでも。




蓮見は、そんなあたしの思惑なんて、気づくわけもなく。







「おー、気をつけろよ。


俺はこれから仕事するから、すまんけど送ってやれんけど」







「………あっそ」







あたしはこくりと頷いたけどーーー




心の奥底のほうで、急激にもやもやと、暗い感情が膨れ上がるのを感じた。







それを必死で抑え込んで、あたしは玄関に向かった。




靴を履きながら、振り返ってリビングに目を向ける。





蓮見は既に、パソコンに向かってキーボードを叩きはじめていた。







「………蓮見、鍵は?」






「………んー? あー、開けといて。後で閉めるから」






ちらりとも振り向かずに、背中だけで素っ気なく答える蓮見。





もう心はパソコンに夢中、って感じ。






それを見た瞬間。








ーーーぶちっ。





どこかで、何かが切れる音がした。





その正体を考える余裕もなく。





あたしは気がついたら、今まさに履こうとしていたハイヒールを手に取り。










ーーーぶんっ!!







力いっぱい、蓮見の冷たい背中に向かって、投げつけていた。