めんどくさがりの南くん

とかなんとか考えながら歩いていて、あたしはふと気がついた。





「………ちょっと、南くん!」




「はい?」




「肩びしょぬれじゃん!」



 

あたしと反対側にある南くんの肩は、花柄の傘からはみ出して、じわじわと強まってきた雨の直撃を受けていた。




あたしは生来の世話焼き機能を発動させて、かばんからタオルを取り出し、南くんの肩をごしごしと拭く。




そうしながら、気づいてしまった。



あたしは、これっぽっちも濡れていない。




南くんは、傘をあたしのほうに傾けてくれていたのだ。



自分が濡れるのもかまわずに。





―――なによ、それ。



ちょっと、むちゃくちゃ嬉しくなっちゃうじゃん。





あたしには10歳近く年の離れた弟と妹がいて、小さい頃から弟妹の世話に明け暮れていた。



親もあたしのことは「しっかり者の頼れるお姉ちゃん」という目で見ていて、あたしはその期待に応えようと必死だった。




家庭の中でそんな立ち位置にいると、学校でも同じように振る舞ってしまうものだ。



あたしはほとんど無意識のうちに友達の世話を焼きまくり、「おかあさん」とあだ名をつけられたり、もしくはひねくれたヤツから「うざい」と陰口を叩かれたりと、まあそういう人生を送ってきた。




親はあたしに子守を任せきり、弟妹はあたしに甘えきり、友人もあたしに頼りきり。



そういうふうに自他ともに認める世話焼き姉御肌なので、あたしは誰かから気をつかわれたり、優しくされたりしたことがほとんどない。




なかった。




なのに、今、南くんが何気ない気づかいと優しさを見せてくれて。





「………やばい、泣きそう」





思わず呟くと、南くんが驚いたように目を丸くした。





「えっ、なんで?」




「久々にひとの優しさに触れてのう………」





恥ずかしかったので、わざとおどけた口調で答えたら、南くんが怪訝な顔になった。






「………橘さん、いったいどれだけ優しさに飢えてるんですか」





「いや、あはは、飢えてるわけじゃないよ。

まあほら、年とると涙もろくなるって言うじゃん。そういうこと」





「はぁ……?」






南くんは小さく首を傾げ、再び歩き出した。












青白い顔の猫背男とド派手な花柄の傘で相合い傘をしながら歩き、飲み会の店に辿りついた。




入り口のところで会計をしてくれている院生の子が、





「会費、先に集金しまーす」





と声をかけてきた。




あたしは「はいはい」と言いつつ、かばんから財布をとりだす。



それを隣でぼんやり見ていた南くんが、補助バッグの中から何かを引きずり出してきた。





「………南くん、なにそれ」




「え……財布です」




「はぁっ!?」





それはどう見ても財布などではなく、ただのコンビニのレジ袋。




でも確かに、中には大量の小銭らしきものと、数枚のお札らしきものの影が見える。




会計係の女の子も目を点にして、南くんの手元を眺めていた。





「それが財布……?」




「はぁ、そうですけど」




「なんでちゃんとした財布使わないの?」




「いや、2年前にそれまで使ってた財布が壊れちゃって。新しいの買うのが」




「めんどくさかったのね、はいはい……」





あたしははーっとため息を吐き出した。





「でもそれ、ただのビニール袋じゃん! 破れたら中身出ちゃうでしょ!」




「まぁ、そうでしょうね……」





南くんは素直に頷いたものの、だからと言って、「そうだ、財布、買おう」みたいな思考になっていないのは一目瞭然だった。





―――ったく、しょうがないやつ!!





「ってゆーかね、南くんは歓迎される側だから、会費はけっこうです」




「あ、そうですか……それはどうも」





南くんはぺこりと頭を下げ、周囲の研究室仲間にも会釈をした。



………うん。変人だけど、人柄は良い。




あたしは会費を払ってから、「南くん、ちょっと付き合って」と南くんの腕を引いて隣の雑貨店に入った。





「え……なんですか、橘さん」




「好きなの選んで!」




「へ?」





あたしが南くんを引っ張っていったのは、財布が並んでいるコーナーだった。





「そんなビニール袋なんか財布代わりにしてるのなんて、あたしの性格上、見過ごせないの!

まあ、大学院入学祝いってことでプレゼントさせて」





「え……それはなんか悪いです……」





「気にしないでよ、あたしがしてあげたくてしてるんだから。

ほら、これとかどう? 使いやすそうだよ」





「え、えぇ~………」





南くんは困ったように頭をかいていたけど、観念したように財布を物色しはじめた。





「………じゃあ、これで」





南くんが選んだのは、数ある財布の中でもっともシンプルで、値段の安いものだった。



遠慮したんだろうな、とは思ったけど、無理やり高いものを押しつけるのも逆に気をつかわせるかなと思って、あたしはその財布をレジに持って行った。





雑貨屋を出て飲み会の店に戻ったあたしは、席につくとさっそく買ったばかりの財布を取り出して、





「はい、南くん。財布だして」





南くんは素直に頷いて、小銭がじゃらじゃら入った破れかけのビニール袋をあたしに手渡した。



うわ、すごい枚数………たぶん小銭ぜんぶ合わせて30枚以上はありそう。




きっと、レジで小銭を探して出すのがめんどくさくて、お札ばっかり使って、お釣りがたまっていってるんだろうな………。




この奇天烈な財布(というかビニール袋)からお札を取り出して手渡されたときの店員さんの反応を思い浮かべると、ちょっと笑える。





そんなことを考えながら、あたしは新しい財布に南くんのお金をうつした。



もちろん、小銭が多すぎて小銭入れに入りきらなかったので、自分のお金と両替したり、周りの学生にお願いして両替してもらったりして、なんとか全てがおさまったのだった。






「はい、南くん。これからはちゃんと小銭も使いなさいよ」




「あ、ありがとうございます………」






南くんはぺこりと頭を下げた。



うーん、めんどくさがりやだけど、素直だな。




なんとなく南くんのことが分かってきたような気がして、ちょっと嬉しくなった。




最初はあまりの変人ぶりに一体どうなることかと思ったけど、仲良くやっていけそうだ。




まぁ、世話はかかるけどね………。






「橘さん、そろいましたよ~」





院生の一人から報告を受けて、あたしは立ちあがった。





「はい、じゃあ、南くんの歓迎会をはじめます。かんぱーい!」




「かんぱーい!」