ウアンはぼんやりとしている。

「救急車! ねぇ、救急車を!」

そう言うが、がっくりとうなだれて反応しない。

とにかく止血しないと!
私はとっさにシャツを脱ぎ捨てると、腹部にあてて上から両手で押さえた。

「誰か・・・誰かっ」

手がすぐに真っ赤に染まった。

「だめ、止まらない。血が止まらないっ」

「実羽?」

青い顔のアイスが薄目を開けて私を見た。

「しっかりして、アイス! ねぇ、しっかりして」

「女の子、ひどいこと・・・した。だから、もういいよ・・・」
「なに言ってるの! これから、心、大事にするんでしょう? これからなんでしょう!?」

必死で叫ぶが、アイスはそのまま静かに目を閉じた。

息がかすかに震えていて、暑いくらいなのに息が白い。

「誰かぁ! ・・・ソムチャイ、ソムチャイ!」

大声で叫んだ。

「ソムチャイ!」

苦しい。

胸が苦しい。


お願い、ソムチャイ、助けて!

かすかにいくつかの足音が聞こえたような気がした。

耳を澄ますと、もう聞こえなくなっている。

アイスの体から力が抜けてゆく。

「ソムチャーイ!」
「・・・実羽!」

「え?」

幻聴かと思った。

でも、すぐにまた、
「実羽!」
と声が聞こえ、足音が近づいた。

「・・・ほんと?」

バタンとドアの開く音がして、
「実羽」
と、いちばん聞きたかった声が届く。


目の前には、ソムチャイが立っていた。


「ソムチャイ・・・?」

その姿を確認したかどうか。


急に魂が抜けたような感覚が訪れ、私は意識を失った。










第5章

さようなら、夏の島








耳に聞こえるのは、知らない国の言葉。

アナウンスの女性の声。

歩く人の話す声。


なんで日本語じゃないの?


ここはどこなの?


ああ・・・そうか、ここはサムイ島。


私はなにをしてるの?


アイス・・・、そう、彼女はどうなったの?

誰かが助けに来て・・・。


ソムチャイ?


彼が来てくれたの?


・・・意識の混沌の波がおだやかになる。

目をゆっくり開く。

そこは、真っ白な世界。
違った。
真っ白な天井。

「・・・」

顔を上げて周りを確認すると、
「美″羽″ぅぅぅう」
鼻水と涙まみれのひどい顔。

「あ、お姉ちゃん」

「ぼぅ、じんばいざぜてばっがでぃぃぃ」

なに言ってるのかわからない・・・。

「・・・ここは?」

「びょうびんんん」

だめだこりゃ。
「実羽ちゃん、目が覚めたんだね」

お姉ちゃんの後ろからのぞく顔。

「ソムサック」

「ここは病院だよ」

にっこりと笑う彼。

「どう? なんともない?」

「うん・・・私、どうしたんだろう?」

お姉ちゃんは安心したのか号泣してるし・・・。

「ねぇ、アイスは? アイスはどうなったの?」

お腹からたくさん血が落ちる映像が脳裏をよぎる。


どうしよう、私のせいでアイスになにかあったら。

ソムサックはベッドに腰かけると、
「大丈夫」
とうなずいた。

「彼女はすぐに病院に運ばれて、命に別状はないって。運よく臓器に刃があたらなかったらしい」

「そう・・・よかった」

ホッと胸をなでおろした。

「よかった、じゃないわよ!」

突然、お姉ちゃんが大声を出してキレたから、思いっきり驚く。

「あんたね! いったいどういうつもりなのよ! みんなに心配かけて、お姉ちゃんもぞむざっぐぼびんばびんばいびだ」

「果凛、怒らない。実羽ちゃんが無事に見つかったんだから」

ソムサックがまた泣き出したお姉ちゃんの肩に手を置いた。

「だっでぇだっでぇ」

「ごめんね、お姉ちゃん・・・」
ようやくまわりを見る余裕ができた。

日本の病院とはつくりは違うけれど、漂う薬品の匂いは同じだった。
右にある台には、携帯と財布、そして袋に入ったクリスタルのゾウが置いてあった。

私とアイスは、ソムチャイに助けられて病院に運ばれ、ウアンはその場で警察に逮捕されたらしい。

ナイフを構えてゆらりと近寄ってくるウアンの映像が浮かび、私は身震いをした。

ソムチャイが助けてくれたんだ・・・。


・・・あれ?


「ねぇ、ソムチャイは?」

姿が見えない。

ソムサックが指で上を指した。

「8階に入院してる」