声が小さくなってるし。

ウアンがなにか私に言った。
表情からして、強気なことを言ったのだろう。

アイスが、
「お前、ここにいることみんな知らない、ボス言った」
と通訳をする。

「・・・っ」

言い返したいけど、本当のことすぎて言葉が出てこない。

私の表情に満足したのか、ウアンは床につばを吐くとそのまま出て行った。
アイスも続いて部屋を出て行こうとする。

「ちょっと待ってよ。ここから出して、ねぇ!」

こちらを振り向こうともせず、アイスはいなくなった。

「ねぇ、ねぇってば!」

叫ぶ声も、遠ざかる足音でそれがもう届かないことを知る。
鉄格子をたどっていくと、ふたのついた便器があった。

そして、その少し横に扉があった。


ガチャガチャッ。


引いても押しても鍵がかかっていて開かない。

「・・・どうしよう」

その場に座りこむ。

カバンも携帯もウアンが奪ったらしく何もない。

そのまま横になると、天井の電球をぼんやりと見た。
あれからどれくらいの時間たったんだろう?

外の光が入らないここは、おそらく地下なのかもしれない。

「お姉ちゃん、心配してるだろうな・・・」

外にひとりで出るな、って言われてたのに・・・。
今さら後悔しても遅いけど、言いつけを守らなかったことが悔やまれる。

「ソムチャイ、大丈夫かな」

自分がこんな状況なのに、なぜかソムチャイの風邪を気にしてる。
そんな場合じゃないのに。
くちびるを知らずにかみしめていた。

横になっていると頭がぼんやりしてくる。

さっきの薬の影響がまだ残っているのかな。


静かに目を閉じると、暗闇が訪れる。

















ふと、目が覚める。


なぜか、すぐに自分がいる状況が理解できた。

『人は順応するもの』

この間読んだケータイ小説に出てきた文章が頭に浮かび、
「いやいや、順応しちゃいけないし」
とつぶやくと、すぐに体を起こした。

あれから何時間たったのだろう。

今が朝なのか夜なのかもわからない。

耳を澄ますと、時々ウィーンという機械のような音が真上から聞こえた。

空調システムなのかもしれない。

足音が聞こえた。
この音で目が覚めたのかも。

ゆっくりとまるで音をたてないようにしているかのような音。


静かにドアを開ける音。
ひょっとして、誰かが助けに来てくれたのかも!

そちらに目を向けると、姿をあらわしたのはTシャツと半ズボンに着替えたウアンだった。
目を細めて私を見ると、あのいやな笑い方をした。

ウアンは鍵を取り出すと、扉を開けて中に入ってきた。

「な、なによっ」

頭の中で警告音が響いた。
ウアンがなにをしようとしているのか、わかりたくないけどわかる。

その目が私を狙う獲物のように、光って見えた。

逃げなきゃ。


逃げなきゃ!

立ち上がってウアンを蹴って逃げようとしたが、ウソみたいに体に力が入らない。

ガクガクと膝が震えて、それが全身に伝わる。
「こ、こないで・・・」

そう口にしたとたん、ウアンが私に覆いかぶさってきた。

「やだ・・・やだ!」

叫ぶ口をウアンの大きな右手が押さえる。
油っぽい男の匂いに吐き気がする。

誰か・・・!?

ムゴムゴとしか声にならない。
耳元でウアンがドスを効かせた言葉を言ったが、わからない私は必死で抵抗するしかない。

体重が私にかかり、息ができない。

苦しい、苦しいよ。

私のシャツを脱がそうとする左手を取り除こうともがいた。

ふと体重が軽くなったかと思うと、

ドスッ

という音がし、お腹にひどい痛みが。

ウアンが私のお腹を殴ったのだ。
「痛い、痛い・・・」

自分で殴ったくせに、ウアンはまるで大事なものをさわるかのように私の足や手を
なでまわす。

体に力が入らない。

興奮したようにウアンの息遣いが響いていた。

痛みで朦朧とする私のシャツをウアンが強引に脱がせた。

ソムチャイ・・・。

ソムチャイ・・・。

「助けて・・・」

お腹が痛すぎて目が開けられない。

もう、このままウアンに犯されるんだ・・・。

そう覚悟をした時、ドアの開く音がした。
急にウアンが私から離れた。
女性の叫ぶような声が聞こえる。

そしてウアンの気弱な声。
重ねるように女性は叫ぶと、ウアンはそそくさと鉄格子から逃げるように出て行った。

ドアの音が聞こえ、ウアンは消えたようだ。

「ぐ・・・」

目をゆっくり開くと、そこにはアイスの顔があった。

「アイス・・・」

痛くてたまらない。

アイスは何も言わずに、鉄格子の中から出てゆく。

「アイス?」

ガシャン。ガチャガチャ。

ああ、やっぱりそう簡単には逃がしてくれないか・・・。

鉄格子の向こうにいるアイスの姿がすぐに目に入った。
煙っているように見えるのは、アイスがタバコに灯をつけたから。

お腹がジンジンと痛んだ。

「アイス?」

もう一度そう声をかけると、アイスは私をぼんやりと見つめた。

その顔が黙っていても心配そうに見えて、不思議な気分になった。

「助けてくれたんだね?」

「あ・・・」

アイスは我に返ったように、表情を無に戻すと椅子に腰かけた。

冷静を装うとするかのように、白い煙を大きく吐き出す。

「助けてない」