「暑いですねー」
「ほんとだねぇ。今日は特に暑いね」
まるで近所の主婦が交わしているような会話。
「どうしたんですか、今日は」
渡辺社長が立ち止ったのでそう尋ねた。
「もうひとつの会社に移動中。やっぱバイクを使えば良かったよ。実羽ちゃんは?」
「ちょっとウィンドウショッピングでも、って」
声には出さずに、ほう、という口をした渡辺社長が急にマジメな顔をする。
「このあたりはぼったくりが多いから、きちんと値段交渉するんだよ。だいたい、最初に言った値段の半分にはなるから」
「うわ、それ知らなかった! 聞くことができてよかったです」
半分の値段になるなんて、ぼったくりすぎ。
あぶないあぶない。
「じゃあね」
と、渡辺社長が歩き出そうとしたとき、気づいた。
「あ、あの」
「ん?」
「私がひとりで外に出てた、ってことはお姉ちゃんに内緒でお願いできますか?」
「ふふ。そういうことか。実羽ちゃんもやるねぇ」
急に渡辺社長がニヤッとニヒルな顔をした。
「は?」
「いや、理由は言わなくていいよ。大丈夫、おじさんこう見えて口がかたいから」
「あ、あの…なにか勘違いしてません?」
人差し指を手にあててウィンクをしてくる渡辺社長。
「言わなくていい。僕だってマジメとは言えないからね。気をつけていっておいで」
「あのー?」
そう言ったが、もう手を軽くあげて、笑い声を出しながら歩いて行ってしまった。
なんなの、もう。
後姿をしばらく見ていたが、仕方なく私は歩き出した。
たくさんの外国人が歩いている。
やっぱり身長が高い=足も長い、のか、どんどん追い越されていく。
必死で歩いてみると、すぐに汗だくになってしまった。
この島、大好きだけどいくらなんでも暑すぎ。
住んでる人は、だんだん暑さを感じないようになってるのかな。
店をのぞいてはみるけど、観光客のおみやげ屋ばかりなので、日本に持って帰るにはいいけど、タイの人にあげても・・・と思うようなものばかりだった。
たった5分歩いただけで、もうすでに後悔しはじめた私の気持ちはすでに、ホテルに向いている。
夜、お姉ちゃんと一緒に出直す?
いや、それはまずい。
ソムチャイにプレゼントする、なんて変に勘ぐられてしまうにきまってる。
「困ったな」
視線をあげた私の目に、またしても見知った顔が。
「由衣さん!」
ちょうど真正面に由衣さんが立っていたのだ。
由衣さんはギョッとしたような顔を一瞬してから、
「ああ、なんや、実羽ちゃんかいな」
と大声で驚きを表現した。
それにしても、数少ない知り合いによく会うなぁ。
狭い島だけど、そこまでじゃないだろうに。
「こんにちは」
声をかけて近づく。
「どうしたんや、こんなとこで」
「ちょっと買い物です」
「なに買うん?」
「えっと・・・」
そう考えてから、ふと思いついた。
「お姉ちゃんにプレゼントなんです。だから、お姉ちゃんには内緒でお願いします」
このほうが、説明がめんどくさくなくていい。
「ああ、そういうことかいな。オッケー」
「どこかいいお店知りません? 地元の人でもあまり知らないような」
「うーん」
「男性が持ってもいいような」
「あれ?果凛ちゃんにあげるんやろ?」
由衣さんが不思議そうな顔をしたので、あわてて、
「あ、できればソムサックにもあげたくって」
と、とりつくろった。
「それやったら、“アルニー”って店がええわ。最近できたばっかりやし、果凛ちゃんもまだ行ったことないって言ってたから」
「アルニー、ですね」
「そう、“明け方”って意味やねんけど、かわいいアクセサリーやグッズが売ってるで」
それなら良さそう。
できたばっかりなら、ソムチャイも行ってない可能性があるだろうし。
由衣さんは、サラサラと紙に地図を描いて渡してくれた。
「ああ、良かった。どうしようかと思ってたんですよ」
由衣さんは満足げにうなずくと、「でもな」と続けた。
「アルニーは、こっからすぐやけど、人通りの少ない通りなんや。地図書くけど、財布だけはしっかり持っときや。ウチがついてってあげれればいいんやけど、急ぎの仕事があってな」
「大丈夫ですよ。私、ダッシュで逃げますから」
「はは、その意気なら安心や」
由衣さんが去った後、地図の通りに歩き出す。
すぐに右の脇道にそれると、それまでの人通りがウソみたいに誰も歩いていない土道。
時折車が後ろから来ると、道のギリギリまで寄らないと通れないくらい。
しばらく歩くと、地図に書いていたとおり“ALNI”と看板のある小さな店があった。
ありがたいことに中はクーラーが効いていた。
ハンカチで汗をぬぐいながら小さな店内をまわる。
なるほど、由衣さんの言うとおりかわいいアクセサリーが所せましとディスプレイされていた。
店の奥では店員の女の子が椅子に座って携帯をいじくっている。
ふと目が合うと、にっこりと笑った。
その女の子のそばに置いてあるものが目に入った。
近づいていって手にとってみる。
それは、クリスタルでできた動物のゾウだった。
店内の照明をうけてキラキラかがやいている。
手のひらで十分おさまるくらい小さいそれは、なんだかかわいくてキレイで、すぐに私は気に入ってしまった。
「あ」
となりには同じゾウで、もっと小さいものもある。
ひとつずつ取って、手のひらの上で並べてみる。
親子のゾウのようで、恋人のようにも見えた。
「これ、いくらですか?」
ゾウを2匹とも指で円を描きながら尋ねると、女の子は首をかしげた。
あ、つい日本語だった。
「ええ・・・How much are there?」
そう尋ねると、女の子はうなずいて近くにあった電卓に3000と打った。
おお、英語が通じた!
3000バーツは、たしか3をかけるから・・・。
「ええええ、9000円!?」