「んとね、なんか時間を気にしなくていいのが好き。起きるときも、出かけるときも、寝る時も時計のことなんてあんまり考えないの。これって日本だと考えられない」
そう言うと、ソムサックは白い歯を見せてニッと笑って見せた。
「それにね」
私は続けた。
「物価が安いよね。デパートとかはさすがに高いけど、たとえばジュース1本買うのにも、30円とかでしょ。お金のこともあんまり気にしなくていいから楽しい」
「はは、なるほど」
顔をくしゃくしゃにして笑うソムサックはとてもうれしそう。
私なら、日本を褒められてもこんなにうれしそうにはできないだろうな・・・。
「ずっといたいな。ここに住みたいくらい」
「いいね。そうしなよ。実羽ちゃんの部屋は、ずっと実羽ちゃんだけの部屋にするから」
そう言ってウインクをして見せた。
「そうできたらどんなにいいか! なんだか、この島の時間の流れもみんなのやさしさも、全部がぴったり当てはまっているかんじがするんだよね」
そう言ったとき、向こうからソムチャイが歩いてきた。
「実羽、今日はなにする?」
同じように顔を崩して笑顔のソムチャイ。
ほんと、この兄弟はそっくりな顔。
ソムチャイは時間があるたびに、私を案内してくれている。
そして、そのたびに私はなぜかドキドキしてたり・・・。
「今日は、プールで泳ごうかなって」
ホテルにある小さなプールにまだ行ったことがなかったので、今日こそは、って思ってたんだ。
けれど、ソムチャイは首を横にふると、
「もっといいとこ行く」
とソムサックそっくりに、ニッと笑った。
「どこ? もっといいところって」
「ビッグブッダ」
ソムチャイの言葉に、ソムサックもうなずいた。
「ビッグブッダ、行っておいで。すごくきれいだし、心が休まるから」
「ビッグブッダ・・・」
また出た。
この間渡辺社長が言ってた大仏かぁ。
あんまり乗り気じゃないけれど、断る理由もなく私はうなずいた。
バイクにまたがると、今回は自然にソムチャイにつかまった。
走り出すバイクの速度があがるごとに、ドキドキはおさまる。
そして、これは・・・なんだろう?
心地よい幸せな気持ち。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
ソムチャイがそばにいる日々が、ずっと続けばいいのに。
今まで、こんな気持ち知らなかった。
なぜ、胸が熱くなるんだろう?
なぜ、心の場所がわかるんだろう?
ソムチャイを感じる。
その存在を、そのあたたかさを。
息をするみたいに、自然に生まれた気持ち。
私は____好きになってしまったんだ・・・。
お姉ちゃんの結婚する人の弟。
そんなのは関係なかった。
“ただ、好きなだけ”
それを素直に受け入れている。
付き合いたいとか、そういうんじゃなくって。
ソムチャイが好き。
それだけで、満たされているんだ。
20分ほど走ると、お寺のような場所についた。
みやげ物屋さんがいくつか並んでいるところにバイクは停車する。
「こっち」
ソムチャイが、私の手を自然に握って先へ進んだ。
すぐにその手は離されたけど、それだけでもすごくうれしかった。
角を曲がると、階段が現れる。
けっこう長い階段だなぁ、とその先に目をやると・・・。
「うわ!」
思わず大きな声をあげてしまった。
視線の向こう、階段の先にはびっくりすほど大きな大仏が座っていたのだ。
全身が金色に輝いて、こんな離れているのにその表情がしっかりと見えるくらい大きい。
「すごい・・・」
午前の日差しを浴びて、まばゆく光っている大仏は迫力があった。
日本のような神々しさがあるかといえば、そういうんじゃない。
インパクト勝負ってかんじ。
階段の下で靴を脱ぐと、私たちは階段をのぼった。
すでにコンクリートが熱せられていて熱い。
先をのぼるソムチャイが何度も私をふりかえってくれる。
目が合うたびに、目じりを下げて私を見た。
たぶん、今まででいちばん幸せな心。
ソムチャイ、私、好きになっちゃった・・・。
心でつぶやいてみる。
言葉にすれば、現実になっちゃうから。
ようやく階段の頂上まで来るころには、かなり足が疲れていた。
息もあがっていて、汗がふきだしている。
持ってきたペットボトルの水を飲んでいると、
「エライ、実羽」
そう言って、ソムチャイの右手が私の頭をポンポンとたたいた。
もう、ヤバいって。
全身がなぜか一瞬震えた。
それを悟られまいと、私は大仏を見上げた。
「すごい、近くで見ると全体が見えない」
「そう、大きい。だから、ビッグブッダ」
「ほぇー」
すっとんきょうな声をあげて見上げる。
ぽかんと、口が開いてしまう。
「頭の後ろの丸いの、見る」
「え?ちょっと待って」
近すぎて全身が見えないので、階段のところまで下がって確認。
大仏の頭部のうしろに同じく金色でできた丸い輪っかがあった。
それは水車のように見えた。
左右に羽のようなものが見えたが、よく見たらそれは龍らしい。
「これ、2年前作った。みんなでお金集めたよ」
「へぇ。そうなの?」
「神様のためならマイペンライよ」
とても自慢げに言うソムチャイを見て、
そうか・・・彼は外国の人なんだ、と改めて思った。
人種や言葉だけでなく、宗教や考え方も私たちは全然違うんだな、って。
そして、人を好きになるのに、そんなのは関係ないんだってことも知った。
ベンチに座って、私たちは休憩をすることに。
すぐ下に海があり、ここが海岸線に位置していたことがわかった。
「気持ちいいね」
おだやかな風が、暑さをやわらげてくれている。
「うん」
斜め上に顔を向けて、目を閉じたソムチャイは気持ちよさそう。
「実羽。ここ、好きか?」
「うん。すごく好き」
「そうか。良かった」
しばらく黙って私たちは風に吹かれる。
人を好きになるって、すごいんだね。
沈黙すら愛おしい。
ソムチャイと、同じ時間をこうして過ごしているだけで、すばらしい思い出が刻まれていくよう。