事務所に戻り、ツアーに出かける由衣さんを見送ってから、渡辺社長に連れられてお姉ちゃんと3人で2階にあるステーキ屋さんへ。
頼んだTボーンステーキというやつは、300Bだから900円くらい。
高いのか安いのか、この島にいるとよくわからなくなる。
それにしても、渡辺社長を見ているとなんだかお父さんを思い出す。
すっごくあたたかい目でお姉ちゃんを見て微笑んでいる。
まるで最愛の恋人を見ているかのよう。
ナイフとフォークに悪戦苦闘しながら食べていると、渡辺社長が、
「ビッグブッダには行ったの?」
と私に尋ねた。
「ビックぶた?」
大きいぶたのこと?
意味がわからず目を丸くしていると、お姉ちゃんが、
「ぶたじゃない。ビッグブッダよ。大きい大仏のこと」
と優雅に肉を口に運びながら言った。
「へぇ、大きい大仏があるんだ? でも、大仏ってもともと大きいから大仏でしょ?」
「そうねぇ、たしかに大きい大仏ってヘンな言葉だったわね」
モグモグと口を動かしながらお姉ちゃんは感心したように言った。
渡辺社長が、そのやりとりを楽しそうに聞きながら口を開く。
「そう。サムイ島にはあまり観光名所がないけど、ビッグブッダはいいよ。“大きい大仏”って言葉がぴったりなくらい大きいんだ」
「そうなんですか」
でも、正直あんまり大仏を見たいって思ったことないんだよね。
小学校の修学旅行でどっかの大仏を見学したけど、「ふーん」てかんじだけだったし。
「大きいだけじゃないんだ。その大仏は、全身が金箔で覆われていてね、日光があたると、ものすごくきれいなんだよ」
「へぇ・・・じゃあ、行ってみますね」
私はそう言ってみせたが、心のどこかで“見に行かないだろうな”なんて思っていた。
しかし、その大仏を見に行くことになるなんて。
___それは、2日後のことだった。
いつもの朝、たくさんの外国人がチェックアウトしている姿をロビーで見ていた私に、ソムサックが声をかけてきた。
「実羽ちゃん、サムイ島、楽しんでいる?」
この数日、ソムサックとこうして時折話をするたびに、なんでお姉ちゃんがソムサックを好きになったのかがだんだんとわかるような気がしている。
ソムサックは、いつも穏やかでニコニコしているし、私にもお姉ちゃんにも、まるで家族のようにやさしく接してくれていた。
ソムサックの顔や声を見ると、すごく安心できたし、暑い日差しのなかを歩いて帰ってくるとすぐに冷たいミネラルウォーターを差し出してくれるのもうれしかった。
「サムイ島、すっごく楽しいよ」
「へぇ、どこが?」
うれしそうにとなりのソファに腰かけて、ソムサックは目を開いて私を見た。
「んとね、なんか時間を気にしなくていいのが好き。起きるときも、出かけるときも、寝る時も時計のことなんてあんまり考えないの。これって日本だと考えられない」
そう言うと、ソムサックは白い歯を見せてニッと笑って見せた。
「それにね」
私は続けた。
「物価が安いよね。デパートとかはさすがに高いけど、たとえばジュース1本買うのにも、30円とかでしょ。お金のこともあんまり気にしなくていいから楽しい」
「はは、なるほど」
顔をくしゃくしゃにして笑うソムサックはとてもうれしそう。
私なら、日本を褒められてもこんなにうれしそうにはできないだろうな・・・。
「ずっといたいな。ここに住みたいくらい」
「いいね。そうしなよ。実羽ちゃんの部屋は、ずっと実羽ちゃんだけの部屋にするから」
そう言ってウインクをして見せた。
「そうできたらどんなにいいか! なんだか、この島の時間の流れもみんなのやさしさも、全部がぴったり当てはまっているかんじがするんだよね」
そう言ったとき、向こうからソムチャイが歩いてきた。
「実羽、今日はなにする?」
同じように顔を崩して笑顔のソムチャイ。
ほんと、この兄弟はそっくりな顔。
ソムチャイは時間があるたびに、私を案内してくれている。
そして、そのたびに私はなぜかドキドキしてたり・・・。
「今日は、プールで泳ごうかなって」
ホテルにある小さなプールにまだ行ったことがなかったので、今日こそは、って思ってたんだ。
けれど、ソムチャイは首を横にふると、
「もっといいとこ行く」
とソムサックそっくりに、ニッと笑った。
「どこ? もっといいところって」
「ビッグブッダ」
ソムチャイの言葉に、ソムサックもうなずいた。
「ビッグブッダ、行っておいで。すごくきれいだし、心が休まるから」
「ビッグブッダ・・・」
また出た。
この間渡辺社長が言ってた大仏かぁ。
あんまり乗り気じゃないけれど、断る理由もなく私はうなずいた。
バイクにまたがると、今回は自然にソムチャイにつかまった。
走り出すバイクの速度があがるごとに、ドキドキはおさまる。
そして、これは・・・なんだろう?
心地よい幸せな気持ち。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
ソムチャイがそばにいる日々が、ずっと続けばいいのに。
今まで、こんな気持ち知らなかった。
なぜ、胸が熱くなるんだろう?
なぜ、心の場所がわかるんだろう?
ソムチャイを感じる。
その存在を、そのあたたかさを。
息をするみたいに、自然に生まれた気持ち。
私は____好きになってしまったんだ・・・。
お姉ちゃんの結婚する人の弟。
そんなのは関係なかった。
“ただ、好きなだけ”
それを素直に受け入れている。
付き合いたいとか、そういうんじゃなくって。
ソムチャイが好き。
それだけで、満たされているんだ。
20分ほど走ると、お寺のような場所についた。
みやげ物屋さんがいくつか並んでいるところにバイクは停車する。
「こっち」
ソムチャイが、私の手を自然に握って先へ進んだ。
すぐにその手は離されたけど、それだけでもすごくうれしかった。
角を曲がると、階段が現れる。
けっこう長い階段だなぁ、とその先に目をやると・・・。
「うわ!」
思わず大きな声をあげてしまった。
視線の向こう、階段の先にはびっくりすほど大きな大仏が座っていたのだ。
全身が金色に輝いて、こんな離れているのにその表情がしっかりと見えるくらい大きい。
「すごい・・・」