きみと繰り返す、あの夏の世界



そもそも神隠し自体が普通じゃない。

それなら、存在が消えてしまうことも十分にありえるよね。

……なんて思考を廻らせていたら。


「えっ、モッチー? 何その情報」


赤名君が驚いた顔で私を見つめた。

どうやら私と水樹先輩以外の生徒会メンバーは初めて知る情報らしく、瞬きを繰り返したり、不思議そうに眉を寄せたりしている。


「えっ、えっ?」


みんな知ってるのかと思ってたんだけど、まさか言っちゃダメだったとか!?

心配になって水樹先輩を見ると、彼は安心させるような優しい笑みを浮かべる。


「別に俺は隠してたわけじゃないから、そんな顔しないでいいよ」


よ、良かった!

でも、そうだよね。

隠すようなことだとしたら、先に内緒だと言うだろうし。


安堵し肩を下げると、会長が「それにしても」と喋りながら水樹先輩に視線をやる。


「水樹はどこでそのレア情報を手に入れたんだ?」




レア、と言われれば、確かにそうかもしれない。

生徒の間で囁かれているのは赤名君が語ったような内容だ。

昨日までいた人が突然消えてしまう。死体すらない。

そんな話。

でも、水樹先輩の持っていた情報は、消えた人の存在が残らないという。

普通に語られる神隠し話よりも更に不可思議だ。


質問された水樹先輩は、空になったカキ氷の容器を静かに地面に置いて。


「……もう随分前だから覚えてないよ」


そう答えた。

すると、矢継ぎ早に会長が更に問う。


「じゃあ、その情報を探索前に共有しなかった理由は?」

「ごめん。忘れてたんだ」


メッセージを見て思い出したと、小さく笑う水樹先輩。


その姿に、私は違和感を覚える。


この話をしてくれた時、忘れていたという雰囲気ではなかった。

どちらかと言えば、ずっと心にあって、それをポロリと零したような語り方だった気がする。

だけど、その時の様子を知らないみんなは、水樹先輩らしいと呆れ笑った。

そして、会長は立ち上がると私たちを見渡しながら話す。




「それなら、神隠しにあった女性の存在を玉ちゃんが忘れている可能性もありだ。それと、真奈ちゃんが見つけたメッセージも、それを匂わせてる」


言いながら、再びスマホの写真を見せ、拡大するとゆっくりとスクロールさせた。


「大切な人と書いた後に、誰か、と書かれているだろ? これは、誰だかわからずに、けれど大切な人だということは覚えていて探しているように思えないか?」

「つまり、探していた人を探し、話を聞くのが真相解明への近道なわけね」


三重野先輩がうまくまとめると、会長はにっこりと笑って。


「That's right!」


やけに発音のいい英語で"その通り"と答えた。

とにもかくにも、やっぱり聞き込みが重要ということを会長が話していた時──


「あのさ」


水樹先輩が柔らかくも強い声を発する。


「神隠しの謎に迫るのもいいけど、せっかくの夏祭りを満喫しないの?」


言われてみれば、年に一度しかない夏祭り。

ここまで話し合えたなら、神隠しの話はまた月曜日にゆっくりでもいいかもしれない。

みんなもそう思ったようで、私たちは頷き合う。


「よーし、水樹の言うとおりエンジョイタイムだ」


会長がそう言うと、私たちは静かな境内を離れ、賑やかな参道へと移動した。




淡い光を放ち連なる提灯。

歩くたびに鳴る下駄の音。

男子4人による射的大会。

くじ引きでの運試しに、金魚すくいでのテクニック披露。


ひとしきり遊んで笑って。

何か食べようかと、みんなで食べ物の屋台を探しながら歩いていたら。


「わっ」


履きなれない下駄と歩きにくい石畳に、躓いてしまった私。

躓いただけで転ばずに済んだのは……


「大丈夫?」


間一髪。

水樹先輩が、私の腕をひいてくれたからだ。


「ありがとうございます」


転びそうになってしまった注意力のなさと、意外と近い水樹先輩との距離に、私の顔が熱くなる。

そんな私たちに気付いた会長が「ああっ!」と大げさな声を上げた。




「また水樹においしいところを持っていかれたっ」


悔しそうに言うと、さめざめと泣き始める。

会長の様子に三重野先輩がイライラした様子を見せて。


「もう! メソメソしてないで! その鼻水も拭きなさいよまったく」


綺麗にアイロンがかけられたハンカチを差し出した。


「優しいな副会長。お礼に、さっきくじ引きでゲットした光るおもちゃをあげるよ」


そう言って、会長がポケットから取り出したのは小さなアヒル。

チープな作りで、紐がついてることから一応ストラップになるらしい。


「ちょっと。これさっきハズレだって言って騒いでたやつじゃない。失礼ねっ」

「まあまあ、遠慮せずに」

「いらないわよこんなのっ」


会長と三重野先輩のやり取りが楽しくて小さく笑うと、同じように水樹先輩も笑ってて。


「また転びそうになったら、遠慮なく俺に掴まって?」


言われて、私が「はい」と頷くと。

祭りの喧騒の中で聞こえた水樹先輩の声に、私は頬を赤らめた。


「2人だったら、手を繋いだんだけどな」


ああ、今日は


とても暑いです。

















相変わらず、蝉の大合唱がどこからともなく聞こえてくる月曜の午後。

夏祭りの楽しさを引きずったまま過ごしているこの日、生徒会室では。


「会長。スノコだったら、僕、高陵(こうりょう)駅で見かけましたよー。確か商店街の材木店だったかな?」

「でかした赤名! 高陵か。水樹と副会長の家の近くだな。今日、帰るついでに確認してもらっていいか?」

「うん。俺はいいよ。カルボなんか特にヘバッてるし、早めに用意してあげよう」


子猫たちの暑さ対策について話し合いをしていた。


子猫が住み着いている体育館裏は日陰も多い場所。

でも、真夏の太陽は容赦なく気温を上げていて。

さすがの子猫たちも夏バテしちゃいそうなので、どうにかできないかと水樹先輩が相談を持ちかけてきたのが今から30分ほど前。

今日の生徒会の仕事はあらかた終わって、早めに上がろうかと話していた最中だった。




それにしても……

水樹先輩と三重野先輩の2人で確認かぁ。

ちょっとだけ、三重野先輩が羨ましいと思っていたら。


「ごめんなさい。私は急ぎの用事があるから、影沢君にお願いしていい?」


三重野先輩はパスとのことで、水樹先輩のぼっち確認となってしまった。

すると、藍君が心配そう……というより、疑うような眼差しを水樹先輩に向ける。


「影沢先輩、1人でちゃんと探せます?」

「うん。材木店があるのは知らなかったけど、商店街歩いてれば見つかるでしょ」


水樹先輩の返事に会長は腕を組んで唸った。


「んーーー。水樹だけだと、ボケッとして見逃しそうな気がするなー」

「ひどいな白鳥。俺、探し物くらい出来るよ」

「いやいや。だってお前、修学旅行のスタンプラリーもスタンプのある場所を見逃しまくったじゃないか」

「五つのうち、たかが四つを見逃しただけだろ?」




た、たかがで済む確率じゃないような……

これには思わず苦笑いを浮かべていると。


「会長! 僕、水樹先輩には無理だと思います!」


赤名君がハッキリ言ってしまった。

水樹先輩は黙ったまま、満面の笑みを浮かべて赤名君を見つめる。

それに怯んだ赤名君は、会長の後ろにささっと隠れた。


「俺が行ければいいんだけど、今日は俺も外せない予定があるしなー。玉ちゃんは?」


会長が藍君に予定を尋ねると、どうやら藍君も予定があるらしく。

赤名君もこの後部活があるようで「お役に立てずすみません」と謝れば、今度はみんなの視線が私に集まった。


私の予定は特にない。

むしろ、水樹先輩と一緒にいられるなんて、なんのご褒美ですか。


私は誰に聞かれずとも、自ら挙手する。


「私で良ければお供します」


むしろ、お供させてくださいと心の中で呟いた。




「いいですか? 水樹先輩」


1人でも平気だと言ってたし、もしかしたら1人の方がいいのかなと少し思ったんだけど。


「真奈ちゃんと商店街デートかぁ。嬉しいな」


水樹先輩は、楽しそうにそう言った。

デートという単語に私の頬が熱を持つ。

会長が何かキーキー騒いでたけど、その会話もうまく入ってこないほど、私は今日もまた水樹先輩の一言に振り回されていた。


その後すぐに解散となると、三重野先輩はいそいそと鞄を手にして。


「じゃあ、また明日」


生徒会室の扉を開けると一番に出て行った。

それはどこか焦っているように見え、珍しいとみんなは顔を見合わせる。


……私以外は。


私には、覚えのある光景だった。

覚えはあるけど、思い出したのはたった今。

三重野先輩が急いで出て行く後姿が、過ぎたはずの夏の光景と重なったからだ。