モキュメンタリーホラー小説コンテスト座談会① スタ文編集部
2025年12月
①前回受賞作を振り返って
編集A:まずは前回の受賞作のお話から聞きたいです!
編集H:はい、ぜひ!前回の受賞(長編に絞る)は大賞『ある映画の異変について目撃情報を募ります』と長編賞『四ツ谷一族の家系図』です。
編集A:タイトルだけですでに不穏ですね…。正直、私はホラーがそこまで得意じゃないんですが、この2作は「怖い」よりも、作中で起きる「違和感」の正体が気になる感じがあって面白そうだなと思いました。
編集H:それ、まさに狙いどおりなんです。
②それぞれの作品について
編集A:まず『ある映画の異変について目撃情報を募ります』ですが、あれって怪物が出るとか血が出る話ではないですよね?
編集H:そういったいわゆる古典的なホラーとは異なるアプローチで、不安をじわじわと感じさせる作品です。この作品は、「公開された一本の映画」に関するレビューで構成されています。
編集A:映画そのものじゃなく、その映画をめぐる情報が並んでいくんですよね。
編集H:そうです。たとえば――
- 「このシーン、以前とカットが違う気がする」
- 「初公開時と、配信版でエンディングが違う」
- 「エンドロールに載っていない人物を見た」
※実際の作品の内容とは異なります。
そういった真偽不明の目撃談が、掲示板風・問い合わせ文・証言ログの形で積み重ねられていくんです。
編集A:もう一作の『四ツ谷一族の家系図』も、そういった部分は近しいところがありますよね。
編集H:そうですね。こちらは“家系図”や“資料”という、本来とても整理された情報を使っているのが特徴です。誰かが説明するわけではなく、ただ“図や資料として並べられた情報”を見ているだけなのに、物語を読み進める中で読者自身が「この一族、何かおかしい」と気づかされてしまいます。
編集A:言葉で説明されるよりも、資料や家系図を追いながら事実に気づかされるのが逆に怖いですね。
編集H:家系図や資料って、「事実の集合体」だと思われがちですが、そこに違和感があることで、事実だと信じていたものそのものが揺らぐのがリアルで怖いですよね。
編集A:確かに。ホラーが苦手な私でもぐいぐい読めましたし、自分で気づいていくからこそ「あ、これは逃げ道がないタイプの怖さだ」と感じました。では、この2作、そういう点が特に評価高かったんですか?
編集H:そうです。まず大前提として、この2作は「怖がらせようとしていない」のに、結果としてすごく怖い、という点が大きいですね。
編集A:怖がらせようとしていない…?
編集H:はい。どちらも共通しているのは、わかりやすく怖がらせるような古典的なホラーとは違う構造なんです。
編集A:あ、確かに。どちらの作品もそうですね。
編集H:そうなんです。あくまでその作品の違和感に繋がる証言や資料が淡々と集められていくだけ。誰かが「これは呪いです」と言うわけでもないし、はっきりした怪異が描写されることもないです。
編集A:読者としては、「気のせいじゃない?」と思いたいのに、証言が妙に具体的なんですよね。
編集H:しかも、実在しそうな雰囲気なのが重要です。「あれ?もしかして自分もその○○、見たことあるかも?」と読者が考え始めた瞬間、もうその作品の中の物語に巻き込まれているんです。
編集A:確かに、読み終わったあと、「この○○、実在しないよね?」って検索しそうになりました。
編集H:それがモキュメンタリーホラーの一番怖いところなんです。作品を読み終えたあとに、現実側で行動してしまうんです。
③第2回の募集について
編集A:なるほど…。そう考えると、前回の受賞作2作は「モキュメンタリーホラーって、こういう可能性があるんだ」という見本だったように感じます。だから今回の募集では、その流れをさらに広げたい、ということですよね?
編集H:まさに、そこです。今回の募集で私たちが強く意識しているのは、もっと身近な日常から始まるモキュメンタリーホラーです。
編集A:募集ページを見ていても、「結婚」「家族」「会社」「幸せ」みたいな一見ホラーと無縁そうなキーワードが並んでいるのが印象的でした。
編集H:そうなんです。前回の受賞作は映画や家系図といった“記録性の強い題材”でしたが、今回はさらに一歩踏み込んで、
- 幸せそうな家庭
- 安定しているはずの職場
- 安心して暮らせる住環境
- 明るく前向きな人生イベント
そういった、「本来なら疑わない日常」を出発点にした作品を歓迎しています。
編集A:ホラー的な事件や怪異は、最初から前面に出さなくてもいい、ということですよね?
編集H:むしろ、出さないでほしいです。最初は「よくある話」「どこにでもありそうな日常」「むしろちょっと羨ましい暮らし」それくらいでいいんです。他社さんの作品にはなりますが、『この会社は実在しません』(ヨシモト ミネ/著・KADOKAWA)という作品には、キーとなる「アットホームな職場であなたも“かぞく”の一員になりませんか?」というキャッチコピーがあります。『完璧な家族の作り方』(藍上 央理/著・角川ホラー文庫)のタイトル感もまさにそうです。そういう日常に転がっているホラーと縁遠いキーワードだからこそ、より違和感を覚えた時にゾクっとしませんか?
編集A:なるほど、そういう日常にある明るいキーワードに、少しずつ違和感が混じっていくみたいなイメージですか?
編集H:はい。でもその違和感も、はっきり“怪しい出来事”じゃなくていいです。
- みんな同じ言い回しを使っている
- 誰も気にしていないルールがある
そういう、“説明されないズレ”で十分です。大切なのは、読者が「これは何だったんだろう?」「もしかして自分の身の回りも…?」と考え始めてしまうこと。
編集A:読後、日常に戻れなくなる感じですね。
編集H:はい。読書体験が終わったあとも、作品がじわじわと日常に侵食してくる。まさにそれが、今回のモキュメンタリーホラーコンテストで私たちが一番見たい体験です。ホラー好きの人だけに向けた作品ではなく、普段ホラーを読まない人の足元をすくうような作品。今度は前回のコンテストよりもっと広く、もっと自由に広げてほしいと思っています。
編集A:なるほど…。
「怖さ」よりも「違和感」。
「怪異」よりも「日常」。
編集H:はい、その感覚を、ぜひ物語にしてみてください。あなたの日常のどこかで感じた「これ、少しおかしくない?」という感覚を、そのまま表現してもらえたら嬉しいです。
④最後にコンテスト応募者にむけて
編集A:私みたいにホラーに詳しくない人が読んでも、自然と引き込まれる作品が前回は多かった気がします。
編集H:はい。だから今回も、「怖いものを書かなきゃ」と構えなくていいです。
編集A:「目撃したかもしれない」「見てはいけないものを見た気がする」その感覚が、そのまま物語になるんですね。
編集H:その通りです!日常が揺らぎ、先入観が壊れる物語を、みなさんが「実際にありそう」と感じた身近な恐怖、説明のつかない違和感、論理では補えない“目に見えない何か”を、モキュメンタリーホラーという形式で物語にしてください!

