いつも塩対応だった義弟の溺愛スイッチを押してしまったようです

 回答者の名前は、Ryo********さん。長いし伏字が多いので、便宜上『Rさん』にしておく。
 Rさんからの返信は、結論から始まっていた。

【相手の気持ちや言葉の意味を推し量るより、貴方の気持ちはどうなんでしょうか。質問者さんは多分、女の子が恋愛対象ですよね。相手の人生を最後まで背負う覚悟がないなら、同性と付き合うのはやめた方がいいです】

 ええと、人生とか、いきなり重い。
 若干たじろぎながら、続きを読み進める。
 
【義理の兄弟ということは、身内ですよね。家族の中で恋愛の揉め事が生じると、今後、ご両親との関係に亀裂が入る可能性が高くなります。
 通常の異性の高校生カップルなら、別れたとしても特に問題ありません。同性であっても、友人同士などの他人なら、若気の至りで済むかもしれません。しかし家族だと、そうはいきません。同性同士なら余計にです。
 気持ちは変わるものです。十代ならなおさらです。今はいいかもしれません。ただ、家族という逃げられない人間関係の中で、別れという未来が訪れてしまった時、一度壊れたものは元通りになりません。リセットできないんです。親はもちろん、別れた本人とも、人生の節目節目で顔を合わせることになります。
 上記を頭に入れておいた上で、冷静に、慎重に答えを出して下さい】

 最後まで目を通したところで、全身に冷水を浴びせかけられたような感覚に陥った。
 付き合うことを簡単に考えていたつもりはない。男同士だし、そろそろ戸籍上も義理の兄弟になりそうだし。俺なりに大ごととして受け止めていた。
 けれど、先々の人生についてまで真剣に考えていたかと尋ねられると、答えは否だ。
 そもそも、仮に佑士と付き合ったとして、親にカミングアウトするだなんて考えもしなかった。
 それはどこかで、いつか別れるのを当たり前だと思っていたからかもしれない。
 だって、俺たちは十七歳だ。
 同じ年齢でカップルとして過ごしている人たちが、結婚まで辿り着く可能性なんて、きっととても低い。
 だから俺も無意識に、今だけの関係だと考えていた。刹那的とまでは言わなくとも、将来のことはその時になってから考えればいいやと軽く扱っていたんだ。
 ——リセットできないんです。
 現実は、セーブ場面からやり直しが可能なゲームとは違う。
 もし付き合ってしまったら、別れた後も、俺たちは何食わぬ顔で兄弟を続けていかなきゃならないんだ。
 この人——Rさんは、会ったこともないただの見ず知らずの大人で、でも人生の先輩として、俺に現実を教えてくれたんだ。
 俺はスマホを握り直し、Rさんの名前の上をクリックしてみた。
 この人が、ほかの質問にどう答えたかを、もう少し知りたかった。
 でも、プロフィール欄には質問への回答数が記載された評価画面が表示されるだけで、どんな質問にどう答えたのかは分らないようになっていた。当たり前か。
 そこに、母さんから「惣菜を買って帰る」と連絡が入ったので、スマホをベッドの上に放り投げて階下へ降りる。気分転換に丁度いいし、ご飯を炊くついでに味噌汁くらい作っておこう。具材は安定の豆腐とわかめで済まそう。あ、常備菜も解凍しておくか。
 キッチンであれこれしているうちに母さんが帰ってきて、残業中の義父さんを除く三人での夕食となった。
 当然のこと、佑士の顔はろくに見られなかった。
 逃げるように部屋へ引き上げる。
 ベッドへ寝転がりながらスマホをたぐり寄せ、Rさんをベストアンサーに選ぼうと質問欄を開くと、下に追記があった。

【僕は子供の授業参観で元彼に再会してしまい、結果的に家族を捨てました。誰にも、同じようになってほしくないと思います】

「こ、子供? 元カレ!?」

 たった二行なのに破壊力が高すぎる。
 Rさん、結婚して子供もいるのか。なのに、たぶん今は元カレさんと暮らしてるんだ。
 やけに真に迫った回答だったのも納得だ、俺たちと状況は違っても、近しい体験談に沿ったアドバイスだったんだから。
 いや、どちらかというと逆なのかな。同性の彼氏と別れて家庭を築いたものの、結局、昔の恋を忘れられなくて家族を捨てた、って展開みたいだから。
 つまり、自分の気持ちに正直に生きないと後悔する羽目になるのか。
 でも、でも、俺たちは兄弟だから、安易に決断すると取り返しのつかない事態になるんだよ。そう教えてくれたんだよな。
 じゃあ、俺はどうすればいいんだ?
 埒が明かない問いかけが、ぐるぐると頭を巡る。
 どれだけ真剣に考えたって、正解なんて掴めない。子供がいるような大の大人だって間違えたんだ。
 
「……そもそも、正解って何なんだよ……」

 後悔しないことが正解なのかな。俺たちは未来が見える訳じゃない。後悔するかしないかなんて、その時にならないと分からないのに。
 眠っている間もゆっくり休んだ気になれず、俺は慢性寝不足の状態で日曜日を迎えた。
 佑士と初めて行く映画、楽しみだったはずなのに、これじゃ全然気乗りがしない。
 約束したからには出掛けるけどさ。こんな心持ちのまま二人で遊ぶなんて、佑士に失礼だってことくらい理解してるけど、今更断れない。