文化祭が終わって少しして、もうすっかり涼しい季節になった。あと一ヶ月で受験本番。準備は順調だ。テストの五日後には合否が出るのだが、そのさらに三日後に韓国でアイプロのファイナルが行われることがこの間発表された。
また母さんに頼み込んで、合格できていたら行ってもいいという条件付きでファイナルのチケットを申し込んだ。なんとなく、俺が受験を頑張って合格を勝ち取ったら、拓也もデビューを勝ち取れるんじゃないかなと思っている。別にそこに因果関係はないけれど、一種のゲン担ぎだ。
やっぱりまだ、純粋にアイドルになることを応援できているわけじゃない。それでも、第二関門の生存式で順位を大きくあげてデビュー圏内の六位になった拓也を見ていると、応援したい気持ちが強くなった。どっちつかずのまま応援しているけれど、そこを深く考えるのは正直しんどくて、母さん直伝の「知らんぷり」をきめている。
そんなこんなで、なんとなく元気に過ごしていると、拓也からラインが来た。こちらを発つ前は、拓也でさえも帰国日を教えてもらえていないみたいで、前回同様いきなりの連絡に少し驚いた。
「ただいま」
おかえりと打つ前に着信が来る。俺は慌てて電話に出た。
「ごめん、既読ついた瞬間にかけちゃった」
弾んだ声が聞こえて、思わず笑ってしまった。
「おかえり、お疲れ様」
「いやー本当に疲れた!」
「デビュー圏内おめでとう。お気持ちの程は?」
「まじみんなありがとうって感じ。俺ももう十八だから選挙とかちゃんと行こって思った」
「一票の重み感じたんだ」
予想外の返答にツボってしまって、笑い過ぎてお腹が痛くなった。
「次も生存したらこっちにいれるのは一週間くらいなんだけどさ」
「うん」
「作戦通り、ファイナル行けた時のために暗髪にしようかなって」
拓也は向こうでプロからたくさんアドバイスをもらって、質の良いレッスンを受けているはずだ。それなのに、数ヶ月も前の秘密の特訓で俺と考えた作戦を覚えていてくれたことが嬉しくてムズムズした。
「良いと思うきっと上手くいくよ」
「遥の受験もちょうどファイナルの頃だったよね」
「うん」
「緊張してる?」
緊張か……案外はじめてかけられた言葉かもしれない。みんな頑張ってねとか、力を出し尽くしてねとかばっかりだったから。
「そう聞かれると、意外とまだ実感沸いてないのかも」
「アハハ、そんなもんだよな。どんなテストなんだっけ」
「小論読んで、自分の意見書くの」
「なんか遥ならヨユーそう」
あまりにも軽く言うから拍子抜けする。
「そんなわけ無いだろ」
「あるよ。遥はさ、ちゃんと自分の意見があるし、いろんなこと考察したりしてるから。読めないはあっても書けないは無いと思う」
半分失礼だけど、学校の先生や塾の先生がかけてくれる言葉よりも自信をもらえた気がした。
「ありが……」
「きっと……」
ありがとうと伝えようとして拓也と声が重なる。
「ごめん、良いよ言って」
「ありがと」
お礼は後からでも言えるから譲った。
「きっとさ……テストが難しくても……遥のそういう生き方が遥の味方になるよ」
「え……」
それ……俺が拓也に伝えた言葉……覚えててくれたの? 涙が溢れて声が出ない。
「遥なら大丈夫だよ」
「うぅ……」
今度は声をあげて泣いた。
「俺、応援してるから。そばにはいられないけど、すんげぇ応援してる」
「たくや……たくやに会いたい…………」
気持ちが抑えられなくなって言ってしまった。
「うん、俺も。向こう行く前日に会える?」
断られると思ったのに、すごく優しい声でそう言われた。
「会う……」
その日からずっと拓也のことしか考えられなかった。
「久しぶり」
「うん、久しぶり」
第三関門となる生存式の前日。俺は拓也の部屋にいた。
久しぶりに会ったテレビ越しじゃない拓也は、俺が知っている拓也よりもだいぶ痩せていた。
「痩せた? ご飯食べてるの?」
「うん、ちゃんと。それ以上に動いてるからかな」
少しだけ知らない人に見える。
「聞いてよ、あっちで宿舎に閉じ込められてるからさ、漫画全然追えてなくて、今日仕方なく最新話まで課金しちゃった」
「ガチ? 言ってくれたら週刊誌全部持ってきたのに」
「まじかー頼めば良かった。それでさ、俺キムチ苦手なんだけどさ」
「うん」
「向こうのご飯毎食キムチついてくるからさ」
どうでもいい会話だけど、一番必要な会話。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
「こうして話せるのも最後になっちゃうのかな」
「拓也……?」
「俺……この時間がすげぇ好きだったよ。ありがとうな」
なんでそんなこと言うの。これからも、デビューしてもしなくても続ければいいじゃん。この数ヶ月で涙もろくなった俺の目に水の膜が張る。
「なんで泣いてんの」
「まだ泣いてねーし」
でも泣く寸前。泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、何回か来てもう慣れた拓也の部屋のベッドに我が物顔で寝転んで壁の方を向く。
「感謝してもしきれないよ。遥のおかげではじめての景色を沢山見れた」
背中をツーっとなぞられた。ソワソワする。でも、絶対そっちは向かないからな。
「こっち向いてよ……遥」
――ねぇ、一回で良いからこっち向いてよ。
蓋してた気持ちが溢れ出してきて、それと一緒に涙まで溢れ出した。大粒の涙がボロボロ溢れてきて止められない。
「……んなの、俺の方が思ってるし」
「え?」
「こっち向いてって……俺の方が思ってる」
ゴクリと息を呑む音が聞こえた。
「俺、観覧行ったもん! 拓也って何回も呼んだ! でも、こっち向いてくんなかったじゃん。気づいてくんなかったじゃん」
「……っ」
「嘘つき、俺のこと見つけるって言ったのに」
一度溢れ出した言葉はもう止められない。顔中びしょびしょに濡れてる。
「あんな距離見つけられないって分かってるよ。それでも俺だけ見てて欲しかったんだよ!」
「ごめん……ごめん遥……ありがとうな見に来てくれて」
声をあげてわんわん泣いた。小さな子供みたいに周りを気にせず泣いた。何回もしゃくり上げて上手く息ができなくなった。
その間ずっとあたたかくて大きな手が俺の背中をさすり続ける。
「もう全部いやだ! た……拓也のことちゃんと応援したいのにっ……受験も近づいて……最近っ拓也が出てるところしか見れてねぇし……」
「十分だよ。自分のこと優先でいいんだよ」
「どんなに勉強したって受かる気しねぇし……っていうか何からやったらいいか分かんねえし……」
「うん」
「学校の奴らとか、ネットとか、拓也のことちゃんと知りもしないのに……好きとかかっこいいとか言っててムカつくし! ……俺が一番知ってんの! 拓也のこと布教してくるやつが一番ムカつく! それに言い返せないのもすんごいやだ」
「ふふっ……俺のこと大好きじゃん」
そうだよ、大好き。こんなに誰かのこと好きになったことなんてないし、もうこんなに誰かを好きになること二度とない。大好きなんだ。
「悪い⁉︎ そうじゃなかったらあんなに協力しない! そうじゃなかったらもうとっくに俺が手伝ったって言いふらしてる! そうじゃなかったらこんなに泣いてない!」
起き上がって拓也を睨みつける。酸欠で頭がふわふわして、言っちゃいけないことまで言ってる。
なんでそんなに嬉しそうにしてんの? こっちはヒステリック起こしてんのに。
「そうだよな、ちゃんと伝わってる。ありがとな。俺も……遥と同じ気持ちだよ。遥に会えて良かった、人生で一番の幸運だよ」
「でも……言葉にはしてくれないんだ」
鼻を啜る。もう涙は出し尽くしてしまったみたいだ。俺はベッドに座って、拓也は床に座って向かい合う。
「うん……ごめん。自分勝手だって分かってるけど……けじめだから」
「…………親友」
「え?」
「親友として、ファイナルが終わるまで……終わってからも俺は一番の味方だから」
「俺もだよ……俺も、親友としてお前の幸せを一番に願ってる」
拓也の瞳に、ぐちゃぐちゃの顔をした俺がいた。
「ひっでぇ顔……」
「お互い様だな」
「…………腹へった。なんかないの」
「あると思う。探すか」
二人して、何もなかったように振る舞った。そうじゃないと、お互いのけじめを守り通せないと思ったから。
帰る直前、拓也がふいにチェキを出してきて、二枚撮った。お互い一枚ずつポケットに入れた。その時も拓也は何も言わなかったけれど、俺は宝物のように感じた。
翌日、「頑張れよ」の文字だけ残して拓也は行ってしまった。すぐに返信したけれど、既読はつかなかった。
その後、放送を見て三回目の生存式で拓也が五位になったことを知った。
受験当日。
意外と気持ちは落ち着いていた。席について使い慣れたシャーペンと消しゴムを並べる。
テスト開始までまだ時間がある。周りを見渡すと、みんな記述で使える熟語なんかが載った参考書を開いていた。
テストを舐めているわけじゃ無いけれど、俺は今参考書を見ても何も変わらない気がして、参考書は出さなかった。その代わりに、スマホカバーに挟んでいた拓也とのチェキをポケットの中で握りしめて、トイレの個室に入った。
「拓也……俺も頑張ってくるよ」
チェキに言ったところで拓也に届くわけないことは知っているけれど、小さな声でそう呟いた。チェキの中の俺たちは二人して目を真っ赤にしていて、ちょっと情けない。
頭の中で、拓也が俺にかけてくれた、宝物みたいな言葉たちを何度も唱えた。少しずつ心のゲージが溜まっていくみたい。大きく深呼吸して席に戻った。もちろん、カンニングにならないようにチェキはちゃんとしまった。
チャイムが鳴って広い教室が静かになる。一枚一枚丁寧に紙が配られた。
テスト開始まで残り数秒。誰かの時計が刻む秒針の音だけが響く。
試験監督の合図とともに、みんな一斉にシャーペンを持った。
試験会場から出た俺は大きく息を吸う。手応えは半分くらい。落ちても受かっても納得できる気がした。
スマホの電源をつけると、メールが何件も届いている。ほとんどがネットショッピングサイトとかの広告メール。でもその中に一件、大事なメールがあることに気がついた。
アイドル・プロデューサーズ ファイナルイベント 当選
「え⁉︎ 嘘でしょ!」
心の声が盛大に漏れてしまって慌てて手で口をふさぐ。待ってやばい、あまりにも幸先が良すぎる! 絶対受験受かったってこれ!
何度もいうが、こんなものに因果関係は無いのは分かっているけれど、俺のテストの感触は手応えありに脳内で書きかわった。俺は急いで帰宅した。
「ただいまー! 母さん!」
「おかえり。どうだった?」
玄関で靴を脱ぎながら叫ぶと、奥から母さんが出てくる。俺はとびきりの笑顔とピースで迎えてやった。
「ばっちし!」
「嘘⁉︎ ほんと⁉︎ 簡単だったの⁉︎」
「や、テスト自体の感触は半々だけど、ファイナル当たったからもうこれは絶対に受かるなって!」
嬉々としていうと、母さんは呆れたようにため息をついて笑った。
「全く……アンタって子は……でも、ゲンは担いでナンボだもんね」
「うん!」
今年は何度も思うけれど、時間の流れは早すぎる。さっきテストが終わったと思ったのに、もう合否発表だ。合格してたら受験生生活終了! 韓国にも行ける。不合格だったら韓国にも行けないし、これから地獄の一般受験のための勉強漬けの生活が待っている。なんなら、俺の勘では合格したら拓也はデビューして、不合格ならデビューしない。
あと一分で合否が出る。スマホを握る手が震えた。テスト当日のポジティブさはどこへ行ってしまったのだろうか……不合格と表示されている想像ばかりしてしまう。
「ねぇ、やっぱり一緒に見せてよー」
リビングから母さんの声。
「絶対やだ! 落ちてたら気まずいじゃん! すぐ報告するから!」
自分の部屋はなんだか広くて落ち着かないから、家で一番狭い物置部屋に窮屈に収まってみている。
スマホの右上に表示された五十九の数字を睨む。別に速度を競っているわけでは無いけど、ゼロになった瞬間にスマホをタップした。
心臓がうるさい。
画面がピンク色に変わる。
緊張し過ぎて文字がなかなか頭に入ってこない。
これは……
「合格! 母さん! 受かった、受かったよ!」
物置部屋の棚に色んなところをぶつけたけれど、そんなこと気にせずにリビングに向かって走った。
「おめでとう遥!」
母さんもこっちに向かって走ってくる。
久しぶりに母さんに抱きついた。なんかわからないけど涙が出てきた。受かったんだ。俺、ちゃんと頑張れたんだ。
しばらく二人で抱き合いながら飛び跳ねた。だんだん冷静になってきて、少し恥ずかしくなってゆっくり手を離すと、母さんは可笑しそうに笑う。
「遥、目瞑って」
「目?」
なになに? サプライズ? いいの? 俺期待しちゃうけど。手に何かが触れて、おそるおそる目を開けた。
「航空券⁉︎」
「ファイナル観にいくんでしょ。お母さんからのプレゼント」
「母さんー!」
俺はもう一度母さんに抱きついた。だって母さん、わざわざ韓国までファイナルを観にいくのにはすごく反対してたから、まさか用意してくれてると思わなくて、受験に合格してたら急いでお年玉貯金崩して航空券を取ろうって思ってたんだ。
「ゲンキンなやつめ! 楽しんでおいで、好きな子の晴れ舞台でしょ」
…………気づいてたの⁉︎ 俺絶対今真っ赤! 俺は驚き過ぎて声も出なくて、口をワナワナさせた。
俺がやらなきゃいけなかったことが一つ終わって、ファイナルに行けると決まって。そうなってくるとやっぱり、もうすぐ拓也への恋心に決着をつけなきゃいけないんだろうなと考えざるを得ない。
俺は拓也が好き、ちゃんと好き。店選びがファストフードばっかりとか、牛丼メガ盛り食べれないくらいの金欠とかそんなの全く気にならないし。ついでに言うと、超超超イケメンとは思ってるけど、全く顔はタイプじゃない。俺はもっと派手な顔の方が映えると思うし。だからつまり言いたいことは……顔とか有名人とかそういう理由で好きなわけじゃ無いってこと。
本当に俺は、ちゃんと拓也のことが好きだ。好きで好きで仕方ないけど、拓也はアイドルを目指し続ける限り恋愛はしないと決めてる。まぁ、そうじゃなくても俺のことはただの親友としか思ってませんでしたっていうオチも十分あり得るけどさ。
こんなに頭を悩ませたことなんて無いんじゃ無いかな。一時期はすごく辛かったけど、受験に没頭したことで、ぐっと考え込み過ぎていた時の辛い気持ちとは少し距離を置くことができた。成長したってことかな。
いっぱい考えたけど、やっぱり答えは出なかった。
もし拓也がデビューできたら、すごく嬉しい。好きな人の夢が叶うんだもん。俺もたくさん手伝ったから、達成感もある。でも、俺は初恋を諦めなきゃいけない。迷惑をかけたいわけじゃないから、俺の心の中でずっと秘めてなきゃいけない。すごく嬉しいしすごく辛いパターンだ。
じゃあもし拓也がデビューできなかったら? 悲しいし辛いしやるせない。好きな人の努力が報われなかったってことだもん。そんなのってないよ。でも、拓也は戻ってきてくれる。もしかすると俺を頼ってくれるかもしれない。好きだって伝えて、この気持ちをどうにかできるかもしれない。また、毎日ラインしたり、ファミレス行ったりできる。こっちもすごく嬉しいけどすごく辛いパターン。
だからなんかもう、考えるのも面倒になっちゃった。友達には誰にも相談できないことには変わりないし、母さんに話すのは恥ずかしすぎるから却下。もうどっちに転んでもいいやって諦めた。
だけどさ……どっちの結果になっても泣いちゃうんだろうな、俺。タオルは二、三枚持っていこうかな。
また母さんに頼み込んで、合格できていたら行ってもいいという条件付きでファイナルのチケットを申し込んだ。なんとなく、俺が受験を頑張って合格を勝ち取ったら、拓也もデビューを勝ち取れるんじゃないかなと思っている。別にそこに因果関係はないけれど、一種のゲン担ぎだ。
やっぱりまだ、純粋にアイドルになることを応援できているわけじゃない。それでも、第二関門の生存式で順位を大きくあげてデビュー圏内の六位になった拓也を見ていると、応援したい気持ちが強くなった。どっちつかずのまま応援しているけれど、そこを深く考えるのは正直しんどくて、母さん直伝の「知らんぷり」をきめている。
そんなこんなで、なんとなく元気に過ごしていると、拓也からラインが来た。こちらを発つ前は、拓也でさえも帰国日を教えてもらえていないみたいで、前回同様いきなりの連絡に少し驚いた。
「ただいま」
おかえりと打つ前に着信が来る。俺は慌てて電話に出た。
「ごめん、既読ついた瞬間にかけちゃった」
弾んだ声が聞こえて、思わず笑ってしまった。
「おかえり、お疲れ様」
「いやー本当に疲れた!」
「デビュー圏内おめでとう。お気持ちの程は?」
「まじみんなありがとうって感じ。俺ももう十八だから選挙とかちゃんと行こって思った」
「一票の重み感じたんだ」
予想外の返答にツボってしまって、笑い過ぎてお腹が痛くなった。
「次も生存したらこっちにいれるのは一週間くらいなんだけどさ」
「うん」
「作戦通り、ファイナル行けた時のために暗髪にしようかなって」
拓也は向こうでプロからたくさんアドバイスをもらって、質の良いレッスンを受けているはずだ。それなのに、数ヶ月も前の秘密の特訓で俺と考えた作戦を覚えていてくれたことが嬉しくてムズムズした。
「良いと思うきっと上手くいくよ」
「遥の受験もちょうどファイナルの頃だったよね」
「うん」
「緊張してる?」
緊張か……案外はじめてかけられた言葉かもしれない。みんな頑張ってねとか、力を出し尽くしてねとかばっかりだったから。
「そう聞かれると、意外とまだ実感沸いてないのかも」
「アハハ、そんなもんだよな。どんなテストなんだっけ」
「小論読んで、自分の意見書くの」
「なんか遥ならヨユーそう」
あまりにも軽く言うから拍子抜けする。
「そんなわけ無いだろ」
「あるよ。遥はさ、ちゃんと自分の意見があるし、いろんなこと考察したりしてるから。読めないはあっても書けないは無いと思う」
半分失礼だけど、学校の先生や塾の先生がかけてくれる言葉よりも自信をもらえた気がした。
「ありが……」
「きっと……」
ありがとうと伝えようとして拓也と声が重なる。
「ごめん、良いよ言って」
「ありがと」
お礼は後からでも言えるから譲った。
「きっとさ……テストが難しくても……遥のそういう生き方が遥の味方になるよ」
「え……」
それ……俺が拓也に伝えた言葉……覚えててくれたの? 涙が溢れて声が出ない。
「遥なら大丈夫だよ」
「うぅ……」
今度は声をあげて泣いた。
「俺、応援してるから。そばにはいられないけど、すんげぇ応援してる」
「たくや……たくやに会いたい…………」
気持ちが抑えられなくなって言ってしまった。
「うん、俺も。向こう行く前日に会える?」
断られると思ったのに、すごく優しい声でそう言われた。
「会う……」
その日からずっと拓也のことしか考えられなかった。
「久しぶり」
「うん、久しぶり」
第三関門となる生存式の前日。俺は拓也の部屋にいた。
久しぶりに会ったテレビ越しじゃない拓也は、俺が知っている拓也よりもだいぶ痩せていた。
「痩せた? ご飯食べてるの?」
「うん、ちゃんと。それ以上に動いてるからかな」
少しだけ知らない人に見える。
「聞いてよ、あっちで宿舎に閉じ込められてるからさ、漫画全然追えてなくて、今日仕方なく最新話まで課金しちゃった」
「ガチ? 言ってくれたら週刊誌全部持ってきたのに」
「まじかー頼めば良かった。それでさ、俺キムチ苦手なんだけどさ」
「うん」
「向こうのご飯毎食キムチついてくるからさ」
どうでもいい会話だけど、一番必要な会話。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
「こうして話せるのも最後になっちゃうのかな」
「拓也……?」
「俺……この時間がすげぇ好きだったよ。ありがとうな」
なんでそんなこと言うの。これからも、デビューしてもしなくても続ければいいじゃん。この数ヶ月で涙もろくなった俺の目に水の膜が張る。
「なんで泣いてんの」
「まだ泣いてねーし」
でも泣く寸前。泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、何回か来てもう慣れた拓也の部屋のベッドに我が物顔で寝転んで壁の方を向く。
「感謝してもしきれないよ。遥のおかげではじめての景色を沢山見れた」
背中をツーっとなぞられた。ソワソワする。でも、絶対そっちは向かないからな。
「こっち向いてよ……遥」
――ねぇ、一回で良いからこっち向いてよ。
蓋してた気持ちが溢れ出してきて、それと一緒に涙まで溢れ出した。大粒の涙がボロボロ溢れてきて止められない。
「……んなの、俺の方が思ってるし」
「え?」
「こっち向いてって……俺の方が思ってる」
ゴクリと息を呑む音が聞こえた。
「俺、観覧行ったもん! 拓也って何回も呼んだ! でも、こっち向いてくんなかったじゃん。気づいてくんなかったじゃん」
「……っ」
「嘘つき、俺のこと見つけるって言ったのに」
一度溢れ出した言葉はもう止められない。顔中びしょびしょに濡れてる。
「あんな距離見つけられないって分かってるよ。それでも俺だけ見てて欲しかったんだよ!」
「ごめん……ごめん遥……ありがとうな見に来てくれて」
声をあげてわんわん泣いた。小さな子供みたいに周りを気にせず泣いた。何回もしゃくり上げて上手く息ができなくなった。
その間ずっとあたたかくて大きな手が俺の背中をさすり続ける。
「もう全部いやだ! た……拓也のことちゃんと応援したいのにっ……受験も近づいて……最近っ拓也が出てるところしか見れてねぇし……」
「十分だよ。自分のこと優先でいいんだよ」
「どんなに勉強したって受かる気しねぇし……っていうか何からやったらいいか分かんねえし……」
「うん」
「学校の奴らとか、ネットとか、拓也のことちゃんと知りもしないのに……好きとかかっこいいとか言っててムカつくし! ……俺が一番知ってんの! 拓也のこと布教してくるやつが一番ムカつく! それに言い返せないのもすんごいやだ」
「ふふっ……俺のこと大好きじゃん」
そうだよ、大好き。こんなに誰かのこと好きになったことなんてないし、もうこんなに誰かを好きになること二度とない。大好きなんだ。
「悪い⁉︎ そうじゃなかったらあんなに協力しない! そうじゃなかったらもうとっくに俺が手伝ったって言いふらしてる! そうじゃなかったらこんなに泣いてない!」
起き上がって拓也を睨みつける。酸欠で頭がふわふわして、言っちゃいけないことまで言ってる。
なんでそんなに嬉しそうにしてんの? こっちはヒステリック起こしてんのに。
「そうだよな、ちゃんと伝わってる。ありがとな。俺も……遥と同じ気持ちだよ。遥に会えて良かった、人生で一番の幸運だよ」
「でも……言葉にはしてくれないんだ」
鼻を啜る。もう涙は出し尽くしてしまったみたいだ。俺はベッドに座って、拓也は床に座って向かい合う。
「うん……ごめん。自分勝手だって分かってるけど……けじめだから」
「…………親友」
「え?」
「親友として、ファイナルが終わるまで……終わってからも俺は一番の味方だから」
「俺もだよ……俺も、親友としてお前の幸せを一番に願ってる」
拓也の瞳に、ぐちゃぐちゃの顔をした俺がいた。
「ひっでぇ顔……」
「お互い様だな」
「…………腹へった。なんかないの」
「あると思う。探すか」
二人して、何もなかったように振る舞った。そうじゃないと、お互いのけじめを守り通せないと思ったから。
帰る直前、拓也がふいにチェキを出してきて、二枚撮った。お互い一枚ずつポケットに入れた。その時も拓也は何も言わなかったけれど、俺は宝物のように感じた。
翌日、「頑張れよ」の文字だけ残して拓也は行ってしまった。すぐに返信したけれど、既読はつかなかった。
その後、放送を見て三回目の生存式で拓也が五位になったことを知った。
受験当日。
意外と気持ちは落ち着いていた。席について使い慣れたシャーペンと消しゴムを並べる。
テスト開始までまだ時間がある。周りを見渡すと、みんな記述で使える熟語なんかが載った参考書を開いていた。
テストを舐めているわけじゃ無いけれど、俺は今参考書を見ても何も変わらない気がして、参考書は出さなかった。その代わりに、スマホカバーに挟んでいた拓也とのチェキをポケットの中で握りしめて、トイレの個室に入った。
「拓也……俺も頑張ってくるよ」
チェキに言ったところで拓也に届くわけないことは知っているけれど、小さな声でそう呟いた。チェキの中の俺たちは二人して目を真っ赤にしていて、ちょっと情けない。
頭の中で、拓也が俺にかけてくれた、宝物みたいな言葉たちを何度も唱えた。少しずつ心のゲージが溜まっていくみたい。大きく深呼吸して席に戻った。もちろん、カンニングにならないようにチェキはちゃんとしまった。
チャイムが鳴って広い教室が静かになる。一枚一枚丁寧に紙が配られた。
テスト開始まで残り数秒。誰かの時計が刻む秒針の音だけが響く。
試験監督の合図とともに、みんな一斉にシャーペンを持った。
試験会場から出た俺は大きく息を吸う。手応えは半分くらい。落ちても受かっても納得できる気がした。
スマホの電源をつけると、メールが何件も届いている。ほとんどがネットショッピングサイトとかの広告メール。でもその中に一件、大事なメールがあることに気がついた。
アイドル・プロデューサーズ ファイナルイベント 当選
「え⁉︎ 嘘でしょ!」
心の声が盛大に漏れてしまって慌てて手で口をふさぐ。待ってやばい、あまりにも幸先が良すぎる! 絶対受験受かったってこれ!
何度もいうが、こんなものに因果関係は無いのは分かっているけれど、俺のテストの感触は手応えありに脳内で書きかわった。俺は急いで帰宅した。
「ただいまー! 母さん!」
「おかえり。どうだった?」
玄関で靴を脱ぎながら叫ぶと、奥から母さんが出てくる。俺はとびきりの笑顔とピースで迎えてやった。
「ばっちし!」
「嘘⁉︎ ほんと⁉︎ 簡単だったの⁉︎」
「や、テスト自体の感触は半々だけど、ファイナル当たったからもうこれは絶対に受かるなって!」
嬉々としていうと、母さんは呆れたようにため息をついて笑った。
「全く……アンタって子は……でも、ゲンは担いでナンボだもんね」
「うん!」
今年は何度も思うけれど、時間の流れは早すぎる。さっきテストが終わったと思ったのに、もう合否発表だ。合格してたら受験生生活終了! 韓国にも行ける。不合格だったら韓国にも行けないし、これから地獄の一般受験のための勉強漬けの生活が待っている。なんなら、俺の勘では合格したら拓也はデビューして、不合格ならデビューしない。
あと一分で合否が出る。スマホを握る手が震えた。テスト当日のポジティブさはどこへ行ってしまったのだろうか……不合格と表示されている想像ばかりしてしまう。
「ねぇ、やっぱり一緒に見せてよー」
リビングから母さんの声。
「絶対やだ! 落ちてたら気まずいじゃん! すぐ報告するから!」
自分の部屋はなんだか広くて落ち着かないから、家で一番狭い物置部屋に窮屈に収まってみている。
スマホの右上に表示された五十九の数字を睨む。別に速度を競っているわけでは無いけど、ゼロになった瞬間にスマホをタップした。
心臓がうるさい。
画面がピンク色に変わる。
緊張し過ぎて文字がなかなか頭に入ってこない。
これは……
「合格! 母さん! 受かった、受かったよ!」
物置部屋の棚に色んなところをぶつけたけれど、そんなこと気にせずにリビングに向かって走った。
「おめでとう遥!」
母さんもこっちに向かって走ってくる。
久しぶりに母さんに抱きついた。なんかわからないけど涙が出てきた。受かったんだ。俺、ちゃんと頑張れたんだ。
しばらく二人で抱き合いながら飛び跳ねた。だんだん冷静になってきて、少し恥ずかしくなってゆっくり手を離すと、母さんは可笑しそうに笑う。
「遥、目瞑って」
「目?」
なになに? サプライズ? いいの? 俺期待しちゃうけど。手に何かが触れて、おそるおそる目を開けた。
「航空券⁉︎」
「ファイナル観にいくんでしょ。お母さんからのプレゼント」
「母さんー!」
俺はもう一度母さんに抱きついた。だって母さん、わざわざ韓国までファイナルを観にいくのにはすごく反対してたから、まさか用意してくれてると思わなくて、受験に合格してたら急いでお年玉貯金崩して航空券を取ろうって思ってたんだ。
「ゲンキンなやつめ! 楽しんでおいで、好きな子の晴れ舞台でしょ」
…………気づいてたの⁉︎ 俺絶対今真っ赤! 俺は驚き過ぎて声も出なくて、口をワナワナさせた。
俺がやらなきゃいけなかったことが一つ終わって、ファイナルに行けると決まって。そうなってくるとやっぱり、もうすぐ拓也への恋心に決着をつけなきゃいけないんだろうなと考えざるを得ない。
俺は拓也が好き、ちゃんと好き。店選びがファストフードばっかりとか、牛丼メガ盛り食べれないくらいの金欠とかそんなの全く気にならないし。ついでに言うと、超超超イケメンとは思ってるけど、全く顔はタイプじゃない。俺はもっと派手な顔の方が映えると思うし。だからつまり言いたいことは……顔とか有名人とかそういう理由で好きなわけじゃ無いってこと。
本当に俺は、ちゃんと拓也のことが好きだ。好きで好きで仕方ないけど、拓也はアイドルを目指し続ける限り恋愛はしないと決めてる。まぁ、そうじゃなくても俺のことはただの親友としか思ってませんでしたっていうオチも十分あり得るけどさ。
こんなに頭を悩ませたことなんて無いんじゃ無いかな。一時期はすごく辛かったけど、受験に没頭したことで、ぐっと考え込み過ぎていた時の辛い気持ちとは少し距離を置くことができた。成長したってことかな。
いっぱい考えたけど、やっぱり答えは出なかった。
もし拓也がデビューできたら、すごく嬉しい。好きな人の夢が叶うんだもん。俺もたくさん手伝ったから、達成感もある。でも、俺は初恋を諦めなきゃいけない。迷惑をかけたいわけじゃないから、俺の心の中でずっと秘めてなきゃいけない。すごく嬉しいしすごく辛いパターンだ。
じゃあもし拓也がデビューできなかったら? 悲しいし辛いしやるせない。好きな人の努力が報われなかったってことだもん。そんなのってないよ。でも、拓也は戻ってきてくれる。もしかすると俺を頼ってくれるかもしれない。好きだって伝えて、この気持ちをどうにかできるかもしれない。また、毎日ラインしたり、ファミレス行ったりできる。こっちもすごく嬉しいけどすごく辛いパターン。
だからなんかもう、考えるのも面倒になっちゃった。友達には誰にも相談できないことには変わりないし、母さんに話すのは恥ずかしすぎるから却下。もうどっちに転んでもいいやって諦めた。
だけどさ……どっちの結果になっても泣いちゃうんだろうな、俺。タオルは二、三枚持っていこうかな。
