そして、あっという間に拓也の送別会を迎えた。
近所のテキトーなファミレスのテーブル席に男五人。ソファ側に三人窮屈に収まっていて、俺はその端っこ。斜め前は拓也だけど、正面は空席。他クラのキラキラグループの清水たちとはそこまで仲良くないからこのくらいの方がちょうどいい。
「俺ハンバーグ」
「じゃ俺チーズハンバーグ〜」
「俺はトンカツ定食で」
「拓也は?」
「んじゃあ俺もトンカツ」
送別会なんて名ばかりで、みんな普段通りな感じでメニューを決めていく。寂しくて寂しくてここ最近ずっと沈んでいるのは俺だけのように感じた。置いて行かれたようだった。
拓也の鶴の一声で急遽追加メンバーになった俺は、飯が届く頃になっても上手く馴染めずにいた。ドリンクバーをおかわりするのに席を立つのも気まずいから、手の中のコップのメロンソーダが完全になくなってしまわないよう、ギリギリを攻める遊びを一人で開催する。
「金沢と田中って仲良かったんだね」
いきなり清水に話を振られてメロンソーダが変なところに入ってむせた。
「去年文実が一緒で……な、拓也?」
「うん」
「えーそうだったんだ、なんか意外」
そっちが聞いてきたくせに、清水は興味なさそうに答えて大きく切り分けたステーキを口にした。
「そう? 二人ともイケメン同士話が合うのかなって勝手に思ってた」
ソファの反対側に座っていた山口が面白そうに身を乗り出してそう言う。俺はとんでもないといった風に手を振って否定した。
「そんな、俺と一緒にされたら拓也が可哀想だろ。普通に漫画とかの趣味が合っただけ」
「あー……や、でもお前も顔いいだろ」
「山口もそう思うよな。俺もそう言ってたのに、こいつまじで自分の顔面に自信ねえの。こんな綺麗な顔しといて自分の顔はデカいとか言い出すんだよ? ウケるっしょ」
全然ウケないし、俺が言ってるのは事実だし。あと拓也、口元に衣ついてるから拭いて。普段なら言えるはずの言葉は出てこなくて、下を向いて黙った。
今日の主役は拓也だから、話に上手く入れない俺を構う奴なんていない。みんな気にせずに飯を食べながらくだらない話をしていた。清水たちと一緒にいる時の拓也は、俺と二人の時と比べてあんまり積極的に話さない。聞き手役が多いみたいだ。そんな拓也をはじめて見たから驚いたけど、二人きりならそりゃ喋るか。
目の前にいるのに拓也のことばかり考えながら、皿の端っこでポツンとしているポテトを一本づつ食った。
「金沢頑張ってこいよー!」
「受かったらサインくれよなー!」
「はいこれ俺らから!」
平らげた皿越しに俺の隣の清水が拓也に向かって手を伸ばす。その手の中には小さなお守があった。清水が気を利かせてくれて俺も混ぜて割り勘にしてくれたやつだ。俺だけ出資してませんなんて気まずいから助かった。
「うそまじで? ありがとう、絶対向こう持ってくわ」
俺は気が付かれないようにポケットの中に手を突っ込む。紙の感触がする。俺だけ家が逆方向だから、渡すならこのタイミングしかない。そう分かっているのに、俺の手は紙を掴むことなくポケットから出た。
みんなの前で手紙なんて渡しても迷惑なだけだよな。なんか重いし……清水たちも十分拓也と仲がいいはずなのに、誰も手紙なんて持ってきてない。やっぱり俺だけ、オーディション番組のオタクだから舞い上がってたのかな? そうだよな、二ヶ月くらい……
俺がそんなことをぐるぐる考えてる間にいつの間にか帰る雰囲気になっていて、気がつけば店を出ていた。
「田中も駅?」
「あ、いや、俺の家近いから歩いて帰る。逆方向」
「そっか、じゃな! また学校で」
自然とみんなが駅側に固まった。このままみんなで二次会とかすんのかな。まだ何もしてないのにもうお別れか……
肝心の拓也はポケットに手を突っ込んでそっぽを向いていて、どんな風にこの時間を引き伸ばしたらいいのか分からなかった。
「じゃあ……みんなまたな! 拓也も頑張って」
ぐちゃぐちゃな気持ちをどうにか押し込めて笑顔を作って、重すぎないように意識して挨拶した。辺りが薄暗くて良かった。そうじゃなかったらきっと、俺の気持ちに気づかれていたと思うから。
適当に手を振ったりしながらみんなは駅に向かう。ただ一人を除いて。
「ごめん、俺遥に漫画貸してたの忘れてた」
え……?
顔を上げると、月とファミレスの看板の明かりに照らされた拓也が俺の方に歩いてきている。
「遥、忘れてただろ? あれめっちゃ好きな巻だから向こうに持って行きたいんだよね」
すごい目力で訴えられて、適当に話を合わせる。
「あれか〜、気持ちで魔王倒す回! じゃあ今寄ってく?」
「そうしようかな! みんな、今日は本当にありがとう! お守りまで貰っちゃって……大切にするし、絶対いい報告します! 本当にありがとう、明日も学校だろうから先帰ってて」
え、待って。何これ何これ何これ!
「嘘だろ〜主役なのに〜」
「しょうがねえじゃん。漫画には勝てん」
「それな。じゃ、金沢頑張ってこいよー! 田中も、また明日な」
「おう! みんなありがとな! 楽しんでくる!」
「金沢、マジで頑張れよー!」
「任せろ!」
そのまま清水たちは笑いながら帰って行った。拓也は清水たちの背中が見えなくなるまで大きく手を振り続けていた。
俺たちはなんとなく、駅とも俺の家とも違う方向に歩き出した。
「……漫画なんて借りてないけど」
「うん……」
心地よい夜風が通り過ぎる。すごくゆっくりと歩いた。
「でも、やり残したことがあったのは本当」
何のことだか思い当たらない。隣を歩く拓也の顔を見上げた。
「はい」
ポケットに手を突っ込んだかと思うと、拓也は俺に何かを握らせた。
「これ……ネイルオイル?」
「今日まで練習付き合ってくれたお礼。ありがとうね」
マグマが燃えてるみたいに全身がカァーっと熱くなるのが分かった。暗くてもわかるくらいに真っ赤になっているはずだ。
「遥、美容とか好きだしネイルケアもするかなぁって……」
「う、嬉しい……すごい嬉しい」
俺、声震えすぎ。
「良かったー、喜んでもらえて」
「すごい嬉しい、ありがとう毎日つける」
今度の声は、自分が想像していたよりも弾んでいた。
「あのー、えっと……その……せ、千日紅っていう花が浮かんでんだって……それ……まぁその……」
「何それ高かったんじゃないの? そ、そんな高いのもらえないよ!」
「全然高くない! だから……お前にずっと持ってて欲しい」
小さな小瓶を月の光にかざしてみた。ドライフラワーがたくさん詰まっている。
「ありがとう……あのね、俺も渡したいものがあって」
「うん」
今度は俺がポケットを漁る。拓也は立ち止まって俺の手の動きを見つめていた。
「はいこれ……て、手紙……書いた……」
「……っ! まじで…………」
次は拓也が照れる番。手紙を受け渡す俺たちの手は、どっちも震えていた。
「……あ! 今は恥ずかしいから読まないでよね! 韓国行ってから!」
「ふはっ、分かった分かった」
さっき俺がファミレスで触ったせいで少し折り目のついたルーズリーフを拓也は愛おしそうに数回撫でた。その手つきがどこか色っぽくて、思わず目が釘付けになってしまう。
わざと遠回りをしながら俺の家に向かった。たまに手が触れ合う。そのたびに熱を感じるのに、どちらからも手を繋ごうとはしなかった。
「沢山練習したね」
「うん、まじで頑張ったよ……向こうで頑張りすぎんなよ」
「うん。遥も……受験勉強頑張りすぎて体調崩すなよ」
「うん……ついちゃった」
感極まりすぎてキモいのは分かってる。だけど俺、今までこんな風に誰かを見送ったことないもん……泣くつもりなんてなかったのに、次々涙が溢れ出す。笑顔で送り出したかったのに。頑張れよって勇気をあげたかったのに。
どうしていいか分からなくて、ただずっと、俺と同じように顔を歪めている拓也の顔を見ながら涙を流した。グッと拓也の眉がよる。何かを考える前に俺の体は拓也の腕に引っ張られた。
拓也の爽やかな香りをいつもより近くに感じる。ハグをされていると理解するのに時間がかかった。
「え……」
驚きすぎて涙が引っ込んだ。きっと俺はすごいアホ面をしてるんだろう。口を開けたまますぐ近くにある拓也の顔を仰ぎ見ると、真っ赤な顔で真剣な眼差しでこちらを見つめていた。胸がドキドキうるさい。
「た……たくや?」
「……挨拶のハグしてるだけ……」
小さな声でそう囁かれて、わけが分からないまま納得させられる。そのまま少しの間、俺は拓也の腕の中に閉じ込められていた。時間が止まったみたいだった。
遠くに自転車の灯りが見えて、俺たちは何もなかったように離れた。
「帰ってきたら一番に連絡するから……行ってくる」
「うん、元気で」
涙の跡が残ったまま、俺は笑った。
心に決めていた通り、笑顔で拓也を見送ろうと思ったから。
「行ってらっしゃい」
拓也が行ってしまってからも普通に毎日が過ぎていく。今年は文実にはならなかった。最後の一年だけど、もっと夢中になれるものを見つけたから。
受験勉強の方も佳境で、拓也との雑談で使った時間を取り戻すように勉強に勤しんでいる。学校でも、机の中にスマホを入れることは無くなった。あまりに集中し過ぎて、加川と市原に驚かれたくらいだ。
七月も中盤に差し掛かり、俺の手には一枚の紙が握られていた。志望理由書だ。何度紙と睨めっこしても、全く埋まらない。将来のことなんて全く分からなかったから。
今まで自分が何をしてきたのかも、今後何をしたいのかも分からない。分かっているのは、俺でも受かりそうなレベルの大学の中でも、ちょっとは興味の持てそうな経営学部を受けるってことだけ。消去法で選んだ人生の選択だった。
夏から通い始めた塾の先生が相談に乗ってはくれるけど、何も考えてないことがバレるのが嫌で、上手く悩みを打ち明けられない。俺は真っ暗な沼に落ちていくような感覚に必死で抗おうとしていた。けど、上手くいかなかった。締切は毎日迫ってくるんだ。それを考えるだけで気持ちが沈む。拓也にもらったネイルオイルを塗った直後だけは、砂漠化してしまった俺の心が少しだけ潤った。
三行書いてみて、違うと思って消しゴムで消して、机に突っ伏してみる。ネイルオイルの小瓶が目に入った。拓也は上手くやれているのだろうか……失礼な話だけど、壁にぶち当たっていそうだな。
拓也がものすごく努力していたのは知ってるけれど、それでもやっぱり実力は大事だし。毎日特訓して少しはマシになっていたけれど、アイドルオタクの目線で言わせて貰えば、表情が固すぎたし。きっと苦戦してるだろうな……と他人事のように思った。
拓也が隣にいた時に感じていたあのワクワク感はどこかへ消え去って、不合格という幻にずっと悩まされている。
ふと思い立って拓也とのラインを見返してみた。ほとんど意味のない会話ばっかり。でも無性に恋しくて、懐かしくて、いつまでもスクロールして遡ってしまう。拓也の送ってきた変なスタンプが目に入ってクスッと笑ってしまった。その時だ。
スマホの上部にアイプロからの通知がきた。ほとんど反射みたいなスピードでそれを開く。十五秒自己紹介と、オーディション番組の参加者がみんなでテーマソングを踊る、シグナルソングの動画がアップされていた。
すぐに拓也の自己紹介を探す。一緒に選んだ王子衣装は、サムネでも分かりやすかった。作戦成功だな、と口角が上がる。メイクさんに綺麗にしてもらった拓也はなんだか別人のように感じられてちょっとおかしかった。
他の人の再生回数は増やしたくないから、サムネだけチラチラと見ながらシグナルソングの動画まで戻る。まぁ期待はしてなかったけど、センターは全然違うイケメンだった。やっぱり俺と一緒で苦労してるんだろうなぁと流し見する。
シグナルソングって初見だとセンスない曲に聞こえるんだよな……二回目からはすごい刺さるんだけど。やっぱりセンターの子は上手だな……待ってこの子リンと同じオーディションに出てた子だ……
そりゃあそうなのだが、拓也は一向に出てこない。そうだよな、と画面を閉じようとした時だった。
一際キラキラした笑顔の拓也がピンで抜かれた。思わずスマホを両手で持ち直して顔を近づける。ダンスは下手くそだけど、音と歌詞に上手くはめて、口角を片方だけあげて厳つい表情までして見せた。
ドクン――――
心臓が止まったかと思った。
か……かっこいい……! 他の練習生なんて目に入ってこない。拓也に撃ち抜かれた心臓は、曲が終わってもまだバクバクとうるさい。
もう一回再生した。何度も何度も再生した。気がついた時には視界がぼやけていて、拓也の顔すらほとんど見えなかった。それでも何回も聞いて、ずるずると鼻を啜る。
どんだけ練習したんだよ……この短期間でこんなに上達してるなんて……どんな血の滲むような経験をしたんだ。知らない人だらけでしょ? 知らない国で、知らない言語で。お前本当にすげぇよ……
ベッドに突っ伏して、しばらく放心した。俺も頑張らないとなぁと思った。それだけ聞くとすごく軽い感想に聞こえるかもしれないけれど、本当にそう思ったんだ。
性格が悪いのは生まれつきだから許して欲しいけど、明らかに俺よりも窮地に立ってる拓也がこんなに頑張ってるんだ。諦めないで足掻いてるんだ。俺だって、胸を張って拓也の隣にいられるような人間でいたい。そういう人間になりたい。
頑張ってる拓也を全力で応援するための力が欲しい。至って個人的な、小さな理由だけど、大学の志望理由書の糸口が見えた気がした。拓也が背中を押してくれたんだ。
※
深夜までの自主練を終えて、同部屋のみんなを起こさないように二段ベッドの上へ上がった。目を閉じてもレッスンのことしか考えられない。
――拓也、ワンテンポ遅れてる!
――拓也はもっと歌詞の意味を理解して
――拓也、みんなに遅れを取ってるぞ
――拓也、ちょっと練習が足りないんじゃないか?
レッスン中俺にかけられた言葉たち。まだ暗いうちに誰よりも早く起きてスタジオに向かって、みんなが寝静まっても深夜まで練習している。今ここにいる誰よりも努力している。そのつもりだ。けれど俺への評価は「グループの足を引っ張っている」から変わる兆しがない。
心が折れそうだった。俺がどんなにもがいても、何も変わらないように思えた。こんな自分を推してくれる人なんているのだろうか。家に帰りたい。普通の高校生活を続けていた方がよかったんじゃないか。家族に、学校のみんなに……何よりも遥に会いたい。
涙もろくなんて無いはずなのに、ボロボロと目から水滴がこぼれ落ちる。全部静かに枕に吸われて誰にも俺の孤独は伝わらない。
息の仕方も忘れるくらいに苦しくなった夜は、布団を頭まで被って懐中電灯をつけて、遥からの手紙を読む。もう何度も読んだ。何回読んでも、遥の手紙は俺に「もう少し頑張ろう」と思える勇気をくれる。
――拓也の生き方が拓也の味方になってくれると思う。
この言葉に何度励まされただろう。遥の丸くてちょっと歪な字を撫でる。俺を信じてくれる人がいる。少なくとも遥は、遥だけは、俺自身を知ったうえで俺を信じてくれている。
俺は不器用だから、陰で何度も繰り返し練習したり努力したりしないと何も人並みにできない。けれど、そんなところを遥は良いと言ってくれる。だから、今闇雲に、ガムシャラに練習に打ち込んでいることも間違っていないと思えた。いつか身を結ぶと信じられた。
遥に借りたヘアバンドを両方の手のひらで抱きしめて目を瞑る。だんだん呼吸が落ち着いてくる。
憧れだけじゃ誤魔化せない。それくらい遥が好きだ。好きで好きで仕方がない。だけど、これは俺のケジメだ。神様にもらったこのチャンスを、両親にもらったこの一年を、遥が信じてくれた俺の夢を、頑張り通さなくちゃいけない。じゃないと、誰にも顔向けできないし、俺自身も何も変われない。
手紙とヘアバンドに力をもらって、また胸の辺りが熱く燃え始めた。
※
私は将来、社会全体の幸福度を高めることに貢献したいと考え、貴学部を志望する。
私は中高合わせて五年間、文化祭実行委員を務めた。「誰かを笑顔にしたい」という思いで活動する中で、相手のニーズを理解し柔軟にブラッシュアップすることの重要性を学んだ。また、学校全体を動かすには、一人の力ではなく、多くの人と意見を出し合い協力することが必要だと感じた。
この経験から、人々のニーズを捉えて新たな価値を生み出し、多くの人を巻き込みながら社会に届ける「マーケティング」に興味を持った。素晴らしい商品やサービスを、人々に確実に喜んでもらえる形で届けていきたい。貴学で経営学やマーケティングを学び、人々を笑顔にする仕組みを社会規模で生み出し、支える力を身につけたい。
「うん、いいですね。骨組みはいい感じに出来ています。提出までまだ時間があるので、なぜこの学校なのか、なんかを深ぼれるといいですね」
塾の先生にそう言われて、俺は心に棲みついた重たい何かが消えていくのを感じた。文実で先生とやり合った時のこと。拓也と言い合いになりながら企画を考えたこと。拓也がファンのために自分にできることを磨いていたこと。その思考過程に、ひょっとすると一ミリくらいは俺がいるのかもしれないこと。そんなことを経験して、学びを得た高校生活だったのだなとしみじみ振り返る。
それから未来のことも少し見えてきた。もしも俺が拓也のマネージャーだったら、こんな風に拓也を売り出してくのになぁとか、最近人気の曲の系統を調べて、こんな風に拓也に提案してみるのになぁとか。俺は何かを生み出すよりも、それが人に好かれるための手伝いがしたいんだなぁ。
及第点のスタンプをもらった紙をぎゅっと抱きしめた。
月曜日、学校にいくと既に拓也の話でクラス中、いや学校中が盛り上がっていた。扉をくぐるや否や、加川たちがやってくる。
「なぁ! 金沢のやつ見た⁉︎」
「おー、見た見た」
案の定その話かと適当に返事する。すると、俺と拓也が文実で一緒だったことを思い出した奴らがワラワラと周りにやってきた。
「田中、金沢と仲良かったよな?」
「うん、まぁ」
「あんなにアイドルっぽい奴だったんだな! すげぇよな!」
ちげぇし。全然上手く出来なかったのに物凄く努力してあれになったんだし。
「なんか文化祭で王子様やってたこともあったよね? 金沢くんあの時からすごくかっこよかったもんね〜!」
はぁ? あの時と比べてすごくシュッとして、セルフメイクも覚えて随分垢抜けただろ! 髪色も違うし。あの時のレベルと一緒にすんなし! 今の方がもっとすごいし!
「なんかでも真面目キャラ? な印象ないよね〜自己紹介びっくりしちゃった」
何も分かってないくせに喋んないでくれない⁉︎ あいつすっごい努力家なんだからな!
心の中で全てを否定した。みんな何も分かってない。拓也のガワだけ見て、本当の拓也を何も分かってない。
でも言えなかった。俺が何か言ったら、秘密の特訓がバレて拓也に迷惑がかかるかもしれない。全部全部否定したいのに、俺の口から出た言葉は無難なものだった。
「サラッと見ただけだからあんまり詳しく分かんないけどすごかったよね」
一滴、心の中に墨が落ちてじわじわと黒が広がっていった。
近所のテキトーなファミレスのテーブル席に男五人。ソファ側に三人窮屈に収まっていて、俺はその端っこ。斜め前は拓也だけど、正面は空席。他クラのキラキラグループの清水たちとはそこまで仲良くないからこのくらいの方がちょうどいい。
「俺ハンバーグ」
「じゃ俺チーズハンバーグ〜」
「俺はトンカツ定食で」
「拓也は?」
「んじゃあ俺もトンカツ」
送別会なんて名ばかりで、みんな普段通りな感じでメニューを決めていく。寂しくて寂しくてここ最近ずっと沈んでいるのは俺だけのように感じた。置いて行かれたようだった。
拓也の鶴の一声で急遽追加メンバーになった俺は、飯が届く頃になっても上手く馴染めずにいた。ドリンクバーをおかわりするのに席を立つのも気まずいから、手の中のコップのメロンソーダが完全になくなってしまわないよう、ギリギリを攻める遊びを一人で開催する。
「金沢と田中って仲良かったんだね」
いきなり清水に話を振られてメロンソーダが変なところに入ってむせた。
「去年文実が一緒で……な、拓也?」
「うん」
「えーそうだったんだ、なんか意外」
そっちが聞いてきたくせに、清水は興味なさそうに答えて大きく切り分けたステーキを口にした。
「そう? 二人ともイケメン同士話が合うのかなって勝手に思ってた」
ソファの反対側に座っていた山口が面白そうに身を乗り出してそう言う。俺はとんでもないといった風に手を振って否定した。
「そんな、俺と一緒にされたら拓也が可哀想だろ。普通に漫画とかの趣味が合っただけ」
「あー……や、でもお前も顔いいだろ」
「山口もそう思うよな。俺もそう言ってたのに、こいつまじで自分の顔面に自信ねえの。こんな綺麗な顔しといて自分の顔はデカいとか言い出すんだよ? ウケるっしょ」
全然ウケないし、俺が言ってるのは事実だし。あと拓也、口元に衣ついてるから拭いて。普段なら言えるはずの言葉は出てこなくて、下を向いて黙った。
今日の主役は拓也だから、話に上手く入れない俺を構う奴なんていない。みんな気にせずに飯を食べながらくだらない話をしていた。清水たちと一緒にいる時の拓也は、俺と二人の時と比べてあんまり積極的に話さない。聞き手役が多いみたいだ。そんな拓也をはじめて見たから驚いたけど、二人きりならそりゃ喋るか。
目の前にいるのに拓也のことばかり考えながら、皿の端っこでポツンとしているポテトを一本づつ食った。
「金沢頑張ってこいよー!」
「受かったらサインくれよなー!」
「はいこれ俺らから!」
平らげた皿越しに俺の隣の清水が拓也に向かって手を伸ばす。その手の中には小さなお守があった。清水が気を利かせてくれて俺も混ぜて割り勘にしてくれたやつだ。俺だけ出資してませんなんて気まずいから助かった。
「うそまじで? ありがとう、絶対向こう持ってくわ」
俺は気が付かれないようにポケットの中に手を突っ込む。紙の感触がする。俺だけ家が逆方向だから、渡すならこのタイミングしかない。そう分かっているのに、俺の手は紙を掴むことなくポケットから出た。
みんなの前で手紙なんて渡しても迷惑なだけだよな。なんか重いし……清水たちも十分拓也と仲がいいはずなのに、誰も手紙なんて持ってきてない。やっぱり俺だけ、オーディション番組のオタクだから舞い上がってたのかな? そうだよな、二ヶ月くらい……
俺がそんなことをぐるぐる考えてる間にいつの間にか帰る雰囲気になっていて、気がつけば店を出ていた。
「田中も駅?」
「あ、いや、俺の家近いから歩いて帰る。逆方向」
「そっか、じゃな! また学校で」
自然とみんなが駅側に固まった。このままみんなで二次会とかすんのかな。まだ何もしてないのにもうお別れか……
肝心の拓也はポケットに手を突っ込んでそっぽを向いていて、どんな風にこの時間を引き伸ばしたらいいのか分からなかった。
「じゃあ……みんなまたな! 拓也も頑張って」
ぐちゃぐちゃな気持ちをどうにか押し込めて笑顔を作って、重すぎないように意識して挨拶した。辺りが薄暗くて良かった。そうじゃなかったらきっと、俺の気持ちに気づかれていたと思うから。
適当に手を振ったりしながらみんなは駅に向かう。ただ一人を除いて。
「ごめん、俺遥に漫画貸してたの忘れてた」
え……?
顔を上げると、月とファミレスの看板の明かりに照らされた拓也が俺の方に歩いてきている。
「遥、忘れてただろ? あれめっちゃ好きな巻だから向こうに持って行きたいんだよね」
すごい目力で訴えられて、適当に話を合わせる。
「あれか〜、気持ちで魔王倒す回! じゃあ今寄ってく?」
「そうしようかな! みんな、今日は本当にありがとう! お守りまで貰っちゃって……大切にするし、絶対いい報告します! 本当にありがとう、明日も学校だろうから先帰ってて」
え、待って。何これ何これ何これ!
「嘘だろ〜主役なのに〜」
「しょうがねえじゃん。漫画には勝てん」
「それな。じゃ、金沢頑張ってこいよー! 田中も、また明日な」
「おう! みんなありがとな! 楽しんでくる!」
「金沢、マジで頑張れよー!」
「任せろ!」
そのまま清水たちは笑いながら帰って行った。拓也は清水たちの背中が見えなくなるまで大きく手を振り続けていた。
俺たちはなんとなく、駅とも俺の家とも違う方向に歩き出した。
「……漫画なんて借りてないけど」
「うん……」
心地よい夜風が通り過ぎる。すごくゆっくりと歩いた。
「でも、やり残したことがあったのは本当」
何のことだか思い当たらない。隣を歩く拓也の顔を見上げた。
「はい」
ポケットに手を突っ込んだかと思うと、拓也は俺に何かを握らせた。
「これ……ネイルオイル?」
「今日まで練習付き合ってくれたお礼。ありがとうね」
マグマが燃えてるみたいに全身がカァーっと熱くなるのが分かった。暗くてもわかるくらいに真っ赤になっているはずだ。
「遥、美容とか好きだしネイルケアもするかなぁって……」
「う、嬉しい……すごい嬉しい」
俺、声震えすぎ。
「良かったー、喜んでもらえて」
「すごい嬉しい、ありがとう毎日つける」
今度の声は、自分が想像していたよりも弾んでいた。
「あのー、えっと……その……せ、千日紅っていう花が浮かんでんだって……それ……まぁその……」
「何それ高かったんじゃないの? そ、そんな高いのもらえないよ!」
「全然高くない! だから……お前にずっと持ってて欲しい」
小さな小瓶を月の光にかざしてみた。ドライフラワーがたくさん詰まっている。
「ありがとう……あのね、俺も渡したいものがあって」
「うん」
今度は俺がポケットを漁る。拓也は立ち止まって俺の手の動きを見つめていた。
「はいこれ……て、手紙……書いた……」
「……っ! まじで…………」
次は拓也が照れる番。手紙を受け渡す俺たちの手は、どっちも震えていた。
「……あ! 今は恥ずかしいから読まないでよね! 韓国行ってから!」
「ふはっ、分かった分かった」
さっき俺がファミレスで触ったせいで少し折り目のついたルーズリーフを拓也は愛おしそうに数回撫でた。その手つきがどこか色っぽくて、思わず目が釘付けになってしまう。
わざと遠回りをしながら俺の家に向かった。たまに手が触れ合う。そのたびに熱を感じるのに、どちらからも手を繋ごうとはしなかった。
「沢山練習したね」
「うん、まじで頑張ったよ……向こうで頑張りすぎんなよ」
「うん。遥も……受験勉強頑張りすぎて体調崩すなよ」
「うん……ついちゃった」
感極まりすぎてキモいのは分かってる。だけど俺、今までこんな風に誰かを見送ったことないもん……泣くつもりなんてなかったのに、次々涙が溢れ出す。笑顔で送り出したかったのに。頑張れよって勇気をあげたかったのに。
どうしていいか分からなくて、ただずっと、俺と同じように顔を歪めている拓也の顔を見ながら涙を流した。グッと拓也の眉がよる。何かを考える前に俺の体は拓也の腕に引っ張られた。
拓也の爽やかな香りをいつもより近くに感じる。ハグをされていると理解するのに時間がかかった。
「え……」
驚きすぎて涙が引っ込んだ。きっと俺はすごいアホ面をしてるんだろう。口を開けたまますぐ近くにある拓也の顔を仰ぎ見ると、真っ赤な顔で真剣な眼差しでこちらを見つめていた。胸がドキドキうるさい。
「た……たくや?」
「……挨拶のハグしてるだけ……」
小さな声でそう囁かれて、わけが分からないまま納得させられる。そのまま少しの間、俺は拓也の腕の中に閉じ込められていた。時間が止まったみたいだった。
遠くに自転車の灯りが見えて、俺たちは何もなかったように離れた。
「帰ってきたら一番に連絡するから……行ってくる」
「うん、元気で」
涙の跡が残ったまま、俺は笑った。
心に決めていた通り、笑顔で拓也を見送ろうと思ったから。
「行ってらっしゃい」
拓也が行ってしまってからも普通に毎日が過ぎていく。今年は文実にはならなかった。最後の一年だけど、もっと夢中になれるものを見つけたから。
受験勉強の方も佳境で、拓也との雑談で使った時間を取り戻すように勉強に勤しんでいる。学校でも、机の中にスマホを入れることは無くなった。あまりに集中し過ぎて、加川と市原に驚かれたくらいだ。
七月も中盤に差し掛かり、俺の手には一枚の紙が握られていた。志望理由書だ。何度紙と睨めっこしても、全く埋まらない。将来のことなんて全く分からなかったから。
今まで自分が何をしてきたのかも、今後何をしたいのかも分からない。分かっているのは、俺でも受かりそうなレベルの大学の中でも、ちょっとは興味の持てそうな経営学部を受けるってことだけ。消去法で選んだ人生の選択だった。
夏から通い始めた塾の先生が相談に乗ってはくれるけど、何も考えてないことがバレるのが嫌で、上手く悩みを打ち明けられない。俺は真っ暗な沼に落ちていくような感覚に必死で抗おうとしていた。けど、上手くいかなかった。締切は毎日迫ってくるんだ。それを考えるだけで気持ちが沈む。拓也にもらったネイルオイルを塗った直後だけは、砂漠化してしまった俺の心が少しだけ潤った。
三行書いてみて、違うと思って消しゴムで消して、机に突っ伏してみる。ネイルオイルの小瓶が目に入った。拓也は上手くやれているのだろうか……失礼な話だけど、壁にぶち当たっていそうだな。
拓也がものすごく努力していたのは知ってるけれど、それでもやっぱり実力は大事だし。毎日特訓して少しはマシになっていたけれど、アイドルオタクの目線で言わせて貰えば、表情が固すぎたし。きっと苦戦してるだろうな……と他人事のように思った。
拓也が隣にいた時に感じていたあのワクワク感はどこかへ消え去って、不合格という幻にずっと悩まされている。
ふと思い立って拓也とのラインを見返してみた。ほとんど意味のない会話ばっかり。でも無性に恋しくて、懐かしくて、いつまでもスクロールして遡ってしまう。拓也の送ってきた変なスタンプが目に入ってクスッと笑ってしまった。その時だ。
スマホの上部にアイプロからの通知がきた。ほとんど反射みたいなスピードでそれを開く。十五秒自己紹介と、オーディション番組の参加者がみんなでテーマソングを踊る、シグナルソングの動画がアップされていた。
すぐに拓也の自己紹介を探す。一緒に選んだ王子衣装は、サムネでも分かりやすかった。作戦成功だな、と口角が上がる。メイクさんに綺麗にしてもらった拓也はなんだか別人のように感じられてちょっとおかしかった。
他の人の再生回数は増やしたくないから、サムネだけチラチラと見ながらシグナルソングの動画まで戻る。まぁ期待はしてなかったけど、センターは全然違うイケメンだった。やっぱり俺と一緒で苦労してるんだろうなぁと流し見する。
シグナルソングって初見だとセンスない曲に聞こえるんだよな……二回目からはすごい刺さるんだけど。やっぱりセンターの子は上手だな……待ってこの子リンと同じオーディションに出てた子だ……
そりゃあそうなのだが、拓也は一向に出てこない。そうだよな、と画面を閉じようとした時だった。
一際キラキラした笑顔の拓也がピンで抜かれた。思わずスマホを両手で持ち直して顔を近づける。ダンスは下手くそだけど、音と歌詞に上手くはめて、口角を片方だけあげて厳つい表情までして見せた。
ドクン――――
心臓が止まったかと思った。
か……かっこいい……! 他の練習生なんて目に入ってこない。拓也に撃ち抜かれた心臓は、曲が終わってもまだバクバクとうるさい。
もう一回再生した。何度も何度も再生した。気がついた時には視界がぼやけていて、拓也の顔すらほとんど見えなかった。それでも何回も聞いて、ずるずると鼻を啜る。
どんだけ練習したんだよ……この短期間でこんなに上達してるなんて……どんな血の滲むような経験をしたんだ。知らない人だらけでしょ? 知らない国で、知らない言語で。お前本当にすげぇよ……
ベッドに突っ伏して、しばらく放心した。俺も頑張らないとなぁと思った。それだけ聞くとすごく軽い感想に聞こえるかもしれないけれど、本当にそう思ったんだ。
性格が悪いのは生まれつきだから許して欲しいけど、明らかに俺よりも窮地に立ってる拓也がこんなに頑張ってるんだ。諦めないで足掻いてるんだ。俺だって、胸を張って拓也の隣にいられるような人間でいたい。そういう人間になりたい。
頑張ってる拓也を全力で応援するための力が欲しい。至って個人的な、小さな理由だけど、大学の志望理由書の糸口が見えた気がした。拓也が背中を押してくれたんだ。
※
深夜までの自主練を終えて、同部屋のみんなを起こさないように二段ベッドの上へ上がった。目を閉じてもレッスンのことしか考えられない。
――拓也、ワンテンポ遅れてる!
――拓也はもっと歌詞の意味を理解して
――拓也、みんなに遅れを取ってるぞ
――拓也、ちょっと練習が足りないんじゃないか?
レッスン中俺にかけられた言葉たち。まだ暗いうちに誰よりも早く起きてスタジオに向かって、みんなが寝静まっても深夜まで練習している。今ここにいる誰よりも努力している。そのつもりだ。けれど俺への評価は「グループの足を引っ張っている」から変わる兆しがない。
心が折れそうだった。俺がどんなにもがいても、何も変わらないように思えた。こんな自分を推してくれる人なんているのだろうか。家に帰りたい。普通の高校生活を続けていた方がよかったんじゃないか。家族に、学校のみんなに……何よりも遥に会いたい。
涙もろくなんて無いはずなのに、ボロボロと目から水滴がこぼれ落ちる。全部静かに枕に吸われて誰にも俺の孤独は伝わらない。
息の仕方も忘れるくらいに苦しくなった夜は、布団を頭まで被って懐中電灯をつけて、遥からの手紙を読む。もう何度も読んだ。何回読んでも、遥の手紙は俺に「もう少し頑張ろう」と思える勇気をくれる。
――拓也の生き方が拓也の味方になってくれると思う。
この言葉に何度励まされただろう。遥の丸くてちょっと歪な字を撫でる。俺を信じてくれる人がいる。少なくとも遥は、遥だけは、俺自身を知ったうえで俺を信じてくれている。
俺は不器用だから、陰で何度も繰り返し練習したり努力したりしないと何も人並みにできない。けれど、そんなところを遥は良いと言ってくれる。だから、今闇雲に、ガムシャラに練習に打ち込んでいることも間違っていないと思えた。いつか身を結ぶと信じられた。
遥に借りたヘアバンドを両方の手のひらで抱きしめて目を瞑る。だんだん呼吸が落ち着いてくる。
憧れだけじゃ誤魔化せない。それくらい遥が好きだ。好きで好きで仕方がない。だけど、これは俺のケジメだ。神様にもらったこのチャンスを、両親にもらったこの一年を、遥が信じてくれた俺の夢を、頑張り通さなくちゃいけない。じゃないと、誰にも顔向けできないし、俺自身も何も変われない。
手紙とヘアバンドに力をもらって、また胸の辺りが熱く燃え始めた。
※
私は将来、社会全体の幸福度を高めることに貢献したいと考え、貴学部を志望する。
私は中高合わせて五年間、文化祭実行委員を務めた。「誰かを笑顔にしたい」という思いで活動する中で、相手のニーズを理解し柔軟にブラッシュアップすることの重要性を学んだ。また、学校全体を動かすには、一人の力ではなく、多くの人と意見を出し合い協力することが必要だと感じた。
この経験から、人々のニーズを捉えて新たな価値を生み出し、多くの人を巻き込みながら社会に届ける「マーケティング」に興味を持った。素晴らしい商品やサービスを、人々に確実に喜んでもらえる形で届けていきたい。貴学で経営学やマーケティングを学び、人々を笑顔にする仕組みを社会規模で生み出し、支える力を身につけたい。
「うん、いいですね。骨組みはいい感じに出来ています。提出までまだ時間があるので、なぜこの学校なのか、なんかを深ぼれるといいですね」
塾の先生にそう言われて、俺は心に棲みついた重たい何かが消えていくのを感じた。文実で先生とやり合った時のこと。拓也と言い合いになりながら企画を考えたこと。拓也がファンのために自分にできることを磨いていたこと。その思考過程に、ひょっとすると一ミリくらいは俺がいるのかもしれないこと。そんなことを経験して、学びを得た高校生活だったのだなとしみじみ振り返る。
それから未来のことも少し見えてきた。もしも俺が拓也のマネージャーだったら、こんな風に拓也を売り出してくのになぁとか、最近人気の曲の系統を調べて、こんな風に拓也に提案してみるのになぁとか。俺は何かを生み出すよりも、それが人に好かれるための手伝いがしたいんだなぁ。
及第点のスタンプをもらった紙をぎゅっと抱きしめた。
月曜日、学校にいくと既に拓也の話でクラス中、いや学校中が盛り上がっていた。扉をくぐるや否や、加川たちがやってくる。
「なぁ! 金沢のやつ見た⁉︎」
「おー、見た見た」
案の定その話かと適当に返事する。すると、俺と拓也が文実で一緒だったことを思い出した奴らがワラワラと周りにやってきた。
「田中、金沢と仲良かったよな?」
「うん、まぁ」
「あんなにアイドルっぽい奴だったんだな! すげぇよな!」
ちげぇし。全然上手く出来なかったのに物凄く努力してあれになったんだし。
「なんか文化祭で王子様やってたこともあったよね? 金沢くんあの時からすごくかっこよかったもんね〜!」
はぁ? あの時と比べてすごくシュッとして、セルフメイクも覚えて随分垢抜けただろ! 髪色も違うし。あの時のレベルと一緒にすんなし! 今の方がもっとすごいし!
「なんかでも真面目キャラ? な印象ないよね〜自己紹介びっくりしちゃった」
何も分かってないくせに喋んないでくれない⁉︎ あいつすっごい努力家なんだからな!
心の中で全てを否定した。みんな何も分かってない。拓也のガワだけ見て、本当の拓也を何も分かってない。
でも言えなかった。俺が何か言ったら、秘密の特訓がバレて拓也に迷惑がかかるかもしれない。全部全部否定したいのに、俺の口から出た言葉は無難なものだった。
「サラッと見ただけだからあんまり詳しく分かんないけどすごかったよね」
一滴、心の中に墨が落ちてじわじわと黒が広がっていった。
