「で、お前に呪いをかけた奴は誰なんだ?」
イアンは、怒りが滲まぬように高揚のない口調で問いかける。
「イアンが私の代わりに倒してくれた相手だよ」
セリスから返ってきた一言に、イアンは腸が煮えくり返るのを感じた。
とはいえ、それをセリスの前で出すわけにもいかない。
彼は、自身の荒ぶる感情を深呼吸を一つで逃がし、気持ちを落ち着かせる。
「どんな呪いなんだ?」
「えっと…、身体が徐々に動かなくなる、とか言ってた」
「……体に異変はないのか? 動かしにくいとか、苦しいとか、感覚がないとか」
セリスは、イアンの問いかけに直ぐに答えず、そっと目を閉じ意識を神経や体の感覚などに集中させる。
返事を待っている間、イアンは唾を飲み込むのも忘れ、セリスを見つめていた。
「うん。今のところは平気。ただ、このあたりが少し熱いような感じがするけど⋯」
セリスは、自分の胸の辺りを触りながら言う。
「熱い⋯? 少し見せてくれ」
「うん」
セリスがボタンを外し、襟を広げる。
すると、露出された彼女の白く綺麗な胸元には、黒い模様のような物が浮かんでいた。
不気味に蠢くそれを目の当たりしたイアンの脳裏に、先程のセリスの言葉が蘇る。
即効性ものではない為、猶予があると判断できる。一方で、進行性の物であるがゆえに、発症のタイミングが不明で、症状が既に出始めていてもおかしくはない。
ー急がなければ手遅れになってしまう。だが、まだ間に合う可能性だって十分にあるはずだ。
イアンはそう自分に言い聞かせた。
「痣みたいな物がなってるな」
「こんなのなってたなんて⋯」
内心動揺するイアンとは反対に、セリスはどこか他人事のように言う。
「触っても⋯良いか⋯?」
「えっ⋯! あ…いい、よ」
セリスは恥ずかしそうに頷くのを見て、
イアンは、彼女の胸元に手を伸ばす。その指先は、僅かに強張っている。
一度躊躇った後、割れ物を扱うような手つきで押し当てた。
イアンの男らしい手の感触がセリスに伝わる。
「んっ⋯」
イアンの手を見ていたセリスが、むず痒さに思わず声を漏らす。
彼女の声音にイアンは、小さく息を呑み手を引いた。
「悪い! 痛かったか?」
「ううん。平気。少しくすぐったかっただけ」
「そうか…」
それから、胸の高鳴りを悟られないように、自然な振る舞いで話を変える。
「解呪方法は解ってるのか?」
「ううん。それが分からなくて」
セリスは情けないほど眉を下げ首を振る。
「は? 解らないって、どういう事だ」
「だって、かけてきた相手はイアンが倒しちゃって聞けないし……。それに私、この類は詳しくないから」
「……そうだったな」
術者を倒した以上、手がかりは完全に途絶えた。更に、呪いに乏しい自分では解決策を探しようもない。
(クソ…! 打つ手無しか!)
八方塞がりの状況に、イアンが文字通り頭を抱える。
その時、突然「それなら、僕が知ってるよ」と、いう発言が割って入った。
まるで 救世主のような言葉に、イアンは弾かれたように顔を上げ
「それは本当ですか!? ギルバードさん!」
半信半疑ながらも藁にも縋る思いで、ギルバードに真意を問いかける。
「本当だよ。身体の自由を奪う呪いだろう?それを打ち消す為の魔法書があるんだ。それを使用すれば解く事が出来るらしい」
ギルバードは頷き、ここまで言うと一旦言葉を区切った。そして、穏やかだった表情を神妙な面持ちに一変させ、
「ただし、それには代償が必要になるらしい…」と付け加えた。
「…代償、ですか? それは、一体…?」
不安げに訪ねたのはセリスだ。
「うーん。そこまでは分からないんだ、ごめんね」
「いえ、それだけで充分です。とりあえず行ってみます。」
「えっ!? 今から行くの!? イアン、体は!?」
「平気だ」
言い終えると、血の気が戻りきらない体で、流れるようにベッドから降りる。
その際、一瞬立ちくらみを覚えるが、なんとか押さえた。
こうなってしまっては、絶対に止まらない男だと言うことをセリスは嫌というほど知っている。
だから、彼女は自分も同行する事で折れる事にした。
「はぁ⋯。もう分かったわよ。その代わり、私も一緒に行くから。一人でなんか行かせないんだから! いい!」
「あぁ。足手まといにはなるなよ」
「病み上がりの人には言われたくない!」
心外とばかりにセリスが頬を膨らませるのを他所に、イアンは少し離れた場所にいるギルバードへと視線を向ける。
「ギルバードさん、その書は何処にあるんですか?」
「隣町の図書館だったかな」
「解りました。直ぐ行ってきます」
ギルバードにお礼を言うとイアンは、足早に医務室を出ていく。
「あ!待ってよ!先に新しい上着持ってこないと!」
セリスもまた、後を追って医務室を飛び出した。
二人の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ギルバードは、やれやれと肩を竦めた。
(あれで付き合ってないんだよなぁ)と、心の中で呟きながら。
◇
イアンとセリスが医務室を出ていき、少し経った頃。
ギルバードが、ようやく一息ついていると、扉が静かに開けられた。
「おーい、イアンって⋯あれ? あいつらは?」
「こら、ガレン! 挨拶しなさいよ! すいません、ギルバードさん。失礼します」
入室したのはガレンと、若草色のミディアムボブの女性。
ガレンを窘めた彼女の名は、グレース。
イアンとセリスの友人であり、ガレンの同期でもある。
おそらく様子を見に来たのだろう。
「いけねっ! ギルバードさん、さっきはどもっす」
グレースに肘で突かれ、ガレンは慌てて頭を軽く下げ会釈する。
「君たちが来るなんて珍しいね。もしかして、ヴァイオレン君とセリスさんを探してるのかい?」
ギルバートの言う、ヴァイオレンとはイアンの事だ。
彼はイアンの事を苗字で呼んでいる。
「そうっす。オレ、確かに連れてきましたよね?ここに」
「あぁ、そうだね。さっきまで居たんだけど、ついさっき出て行ったよ」
「はぁぁ!?」
ギルバードの返答に、ガレンが調子外れな声を出した。
「ちょっとガレン、うるさい! いきなり大声出さないでよ!どうしたのよ!」
突然、耳元で騒がれたグレースは耳を塞ぎ、顰めっ面で抗議する。
「いや、だって! イアンのやつ、酷い怪我だったんだぜ!? なのに、あの馬鹿……!」
「そんなに酷かったの?」
「それはもう‥、歩くのもやっとなくらいにはな」
「ふぅーん…」
ガレンの説明に、グレースは顎に手を当てて小さく息をついた。
「そんな状態なのに動くということは、急がなきゃならない理由があったはずよね。ギルバートさん、二人が出ていった理由聞いてます?」
「呪いをかけられてしまったみたいでね、解呪に必要な魔法書を、隣町まで取りに行ったよ。」
「呪い…!? 大怪我としか聞いてないんですけど!」
グレースの声が裏返る。
隣を見れば、ガレンも聞いていなかったようで、「それは、オレも初耳だ」と目を見開いていた。
「そうなのかい?」
てっきりイアンもしくはセリスの、どちらかから聞いてると思っていたギルバードは、意外そうに二人を見て、首を傾げる。
「えぇ、何も聞いてませんよ。ちなみに、受けたのはどっちですか?」
「セリスさんだよ」
「セリスかぁ⋯。なら、イアンが動き出すのも無理ないわね」
イアンとセリスの関係性を熟知しているグレースは、納得がいったように一つ頷く。
彼女の蜂蜜の瞳には、友人の身を案じる色が微かに浮かんでいる。
「まぁ、心配なのは分かるけど。あの二人は大丈夫だと思うよ」
「そうですよね」
グレースは、ギルバードに同意するとガレンを連れて医務室を後にした。
「お前何で、そんなにあっさりしてんだよ。心配じゃないのかよ」
「心配に決まってるでしょ。でも、ギルバードさんも言ってたじゃん、あの二人なら大丈夫だって。その通りだと思うわよ」
「あー、確かにな」
「私達は、二人が戻ってきた時に楽できるようにしとくわよ」
「そうだな。よし、やるかー!」
そして、廊下でこんな話をしながら歩いていく二人の足音は、次第に小さくなっていった。
イアンは、怒りが滲まぬように高揚のない口調で問いかける。
「イアンが私の代わりに倒してくれた相手だよ」
セリスから返ってきた一言に、イアンは腸が煮えくり返るのを感じた。
とはいえ、それをセリスの前で出すわけにもいかない。
彼は、自身の荒ぶる感情を深呼吸を一つで逃がし、気持ちを落ち着かせる。
「どんな呪いなんだ?」
「えっと…、身体が徐々に動かなくなる、とか言ってた」
「……体に異変はないのか? 動かしにくいとか、苦しいとか、感覚がないとか」
セリスは、イアンの問いかけに直ぐに答えず、そっと目を閉じ意識を神経や体の感覚などに集中させる。
返事を待っている間、イアンは唾を飲み込むのも忘れ、セリスを見つめていた。
「うん。今のところは平気。ただ、このあたりが少し熱いような感じがするけど⋯」
セリスは、自分の胸の辺りを触りながら言う。
「熱い⋯? 少し見せてくれ」
「うん」
セリスがボタンを外し、襟を広げる。
すると、露出された彼女の白く綺麗な胸元には、黒い模様のような物が浮かんでいた。
不気味に蠢くそれを目の当たりしたイアンの脳裏に、先程のセリスの言葉が蘇る。
即効性ものではない為、猶予があると判断できる。一方で、進行性の物であるがゆえに、発症のタイミングが不明で、症状が既に出始めていてもおかしくはない。
ー急がなければ手遅れになってしまう。だが、まだ間に合う可能性だって十分にあるはずだ。
イアンはそう自分に言い聞かせた。
「痣みたいな物がなってるな」
「こんなのなってたなんて⋯」
内心動揺するイアンとは反対に、セリスはどこか他人事のように言う。
「触っても⋯良いか⋯?」
「えっ⋯! あ…いい、よ」
セリスは恥ずかしそうに頷くのを見て、
イアンは、彼女の胸元に手を伸ばす。その指先は、僅かに強張っている。
一度躊躇った後、割れ物を扱うような手つきで押し当てた。
イアンの男らしい手の感触がセリスに伝わる。
「んっ⋯」
イアンの手を見ていたセリスが、むず痒さに思わず声を漏らす。
彼女の声音にイアンは、小さく息を呑み手を引いた。
「悪い! 痛かったか?」
「ううん。平気。少しくすぐったかっただけ」
「そうか…」
それから、胸の高鳴りを悟られないように、自然な振る舞いで話を変える。
「解呪方法は解ってるのか?」
「ううん。それが分からなくて」
セリスは情けないほど眉を下げ首を振る。
「は? 解らないって、どういう事だ」
「だって、かけてきた相手はイアンが倒しちゃって聞けないし……。それに私、この類は詳しくないから」
「……そうだったな」
術者を倒した以上、手がかりは完全に途絶えた。更に、呪いに乏しい自分では解決策を探しようもない。
(クソ…! 打つ手無しか!)
八方塞がりの状況に、イアンが文字通り頭を抱える。
その時、突然「それなら、僕が知ってるよ」と、いう発言が割って入った。
まるで 救世主のような言葉に、イアンは弾かれたように顔を上げ
「それは本当ですか!? ギルバードさん!」
半信半疑ながらも藁にも縋る思いで、ギルバードに真意を問いかける。
「本当だよ。身体の自由を奪う呪いだろう?それを打ち消す為の魔法書があるんだ。それを使用すれば解く事が出来るらしい」
ギルバードは頷き、ここまで言うと一旦言葉を区切った。そして、穏やかだった表情を神妙な面持ちに一変させ、
「ただし、それには代償が必要になるらしい…」と付け加えた。
「…代償、ですか? それは、一体…?」
不安げに訪ねたのはセリスだ。
「うーん。そこまでは分からないんだ、ごめんね」
「いえ、それだけで充分です。とりあえず行ってみます。」
「えっ!? 今から行くの!? イアン、体は!?」
「平気だ」
言い終えると、血の気が戻りきらない体で、流れるようにベッドから降りる。
その際、一瞬立ちくらみを覚えるが、なんとか押さえた。
こうなってしまっては、絶対に止まらない男だと言うことをセリスは嫌というほど知っている。
だから、彼女は自分も同行する事で折れる事にした。
「はぁ⋯。もう分かったわよ。その代わり、私も一緒に行くから。一人でなんか行かせないんだから! いい!」
「あぁ。足手まといにはなるなよ」
「病み上がりの人には言われたくない!」
心外とばかりにセリスが頬を膨らませるのを他所に、イアンは少し離れた場所にいるギルバードへと視線を向ける。
「ギルバードさん、その書は何処にあるんですか?」
「隣町の図書館だったかな」
「解りました。直ぐ行ってきます」
ギルバードにお礼を言うとイアンは、足早に医務室を出ていく。
「あ!待ってよ!先に新しい上着持ってこないと!」
セリスもまた、後を追って医務室を飛び出した。
二人の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ギルバードは、やれやれと肩を竦めた。
(あれで付き合ってないんだよなぁ)と、心の中で呟きながら。
◇
イアンとセリスが医務室を出ていき、少し経った頃。
ギルバードが、ようやく一息ついていると、扉が静かに開けられた。
「おーい、イアンって⋯あれ? あいつらは?」
「こら、ガレン! 挨拶しなさいよ! すいません、ギルバードさん。失礼します」
入室したのはガレンと、若草色のミディアムボブの女性。
ガレンを窘めた彼女の名は、グレース。
イアンとセリスの友人であり、ガレンの同期でもある。
おそらく様子を見に来たのだろう。
「いけねっ! ギルバードさん、さっきはどもっす」
グレースに肘で突かれ、ガレンは慌てて頭を軽く下げ会釈する。
「君たちが来るなんて珍しいね。もしかして、ヴァイオレン君とセリスさんを探してるのかい?」
ギルバートの言う、ヴァイオレンとはイアンの事だ。
彼はイアンの事を苗字で呼んでいる。
「そうっす。オレ、確かに連れてきましたよね?ここに」
「あぁ、そうだね。さっきまで居たんだけど、ついさっき出て行ったよ」
「はぁぁ!?」
ギルバードの返答に、ガレンが調子外れな声を出した。
「ちょっとガレン、うるさい! いきなり大声出さないでよ!どうしたのよ!」
突然、耳元で騒がれたグレースは耳を塞ぎ、顰めっ面で抗議する。
「いや、だって! イアンのやつ、酷い怪我だったんだぜ!? なのに、あの馬鹿……!」
「そんなに酷かったの?」
「それはもう‥、歩くのもやっとなくらいにはな」
「ふぅーん…」
ガレンの説明に、グレースは顎に手を当てて小さく息をついた。
「そんな状態なのに動くということは、急がなきゃならない理由があったはずよね。ギルバートさん、二人が出ていった理由聞いてます?」
「呪いをかけられてしまったみたいでね、解呪に必要な魔法書を、隣町まで取りに行ったよ。」
「呪い…!? 大怪我としか聞いてないんですけど!」
グレースの声が裏返る。
隣を見れば、ガレンも聞いていなかったようで、「それは、オレも初耳だ」と目を見開いていた。
「そうなのかい?」
てっきりイアンもしくはセリスの、どちらかから聞いてると思っていたギルバードは、意外そうに二人を見て、首を傾げる。
「えぇ、何も聞いてませんよ。ちなみに、受けたのはどっちですか?」
「セリスさんだよ」
「セリスかぁ⋯。なら、イアンが動き出すのも無理ないわね」
イアンとセリスの関係性を熟知しているグレースは、納得がいったように一つ頷く。
彼女の蜂蜜の瞳には、友人の身を案じる色が微かに浮かんでいる。
「まぁ、心配なのは分かるけど。あの二人は大丈夫だと思うよ」
「そうですよね」
グレースは、ギルバードに同意するとガレンを連れて医務室を後にした。
「お前何で、そんなにあっさりしてんだよ。心配じゃないのかよ」
「心配に決まってるでしょ。でも、ギルバードさんも言ってたじゃん、あの二人なら大丈夫だって。その通りだと思うわよ」
「あー、確かにな」
「私達は、二人が戻ってきた時に楽できるようにしとくわよ」
「そうだな。よし、やるかー!」
そして、廊下でこんな話をしながら歩いていく二人の足音は、次第に小さくなっていった。
