魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

 戦う相手はもうここにはいない。
 ラカス神官長は連れ戻って、アンドレア王子に引き渡すのがいい。

「お前を殺して新たな勇者を召喚してやる!」

 けれどラカス神官長は縛られたまま暴れている。

「自分の状況がわかっていないだろ」

 縄を掴んでいるマルブさんももう呆れてしまっていた。
 この人は、勇者という存在を笠に威張っているだけで自分では何もできないんだな。

「あ、そういえば召喚の魔法陣は私が崩壊させましたよ。あと転移魔法の魔法陣も」
「なんだって……あの魔法陣を描ける者などもういないのに……」

 へなへなと力が抜けるラカス神官長は私を睨みつけてくる。

「私が死んでも、もう勇者は召喚できませんね」
「なぜだ! なぜ人間が魔王の味方をするんだ。アンドレア王子も魔王とは戦わないなどと言い始めるし」
「あなたたちの権力のために利用される戦いなどする必要がないということです」
「お前たちが教会に乗り込んでこなければもっと準備を整えて来られたはずなのに!」

 いつまでも不平を溢すラカス神官長。
 街でパーティーメンバーを募集していたくらいだし、蘇ったハルさんと、集めた兵士たちで魔王討伐をするつもりだったのだろう。
 それが、私とミレアスさんが教会で騒ぎを起こし、アンドレア王子が訪ねてきたことで事を急いでしまったというところか。

「ユリ、うるさいから黙らせてもいいか」
「そうですね。ここで言い合っていても仕方ないですし」

 私の返事を聞くと魔王様はラカス神官長の首筋にヒュッと魔力の砲を飛ばす。
 するとラカス神官長は意識を失いその場に倒れた。

「戻りましょうか」

 ハンカチに包んだ遺骨を抱えたミレアスさんが言った。

「そうですね」

 魔王様も頷くと、フッと視界が暗くなり、目が回るような感覚になったあと、先ほどと同じ裏庭に立っていた。
 けれど先ほどと違うのは、ハルさんの攻撃を受けて崩れていたお城がどこも損傷していないこと。

「こちらは何も変わらないんですね」
「違う。これはユリのおかげだ」
「私? なにもしていませんよ? むしろ炎でちょっと屋根を焼いてしまいましたし」
「ユリが、いつも掃除をして綺麗にしてくれていたから、守られていたんだ」

 掃除にそんな効果があったんだ。
 私の作る料理に魔力が満ちていたり、縫ったマントに無意識に魔法を付与していたり。
 掃除をすることが、ただ綺麗にするだけでなくこのお城を守ることになっていたんて。

「日頃の行いって大事ですね」

 もう慣れ親しんだ魔王城を見上げ、これからも掃除に勤しんでいこうと決意した。

「こいつを連れていってくる」

 魔王様は肩に担いだラカス神官長を横目で見る。

「私も行きます。アンドレア王子は教会にいると思うので転移魔法で行きましょう」
「一人で行ける」
「え? 魔王様、教会に行ったことがあるのですか?」
「ない。が、まだ教会ができる前、召喚の魔法陣がある場所には行ったことがある」

 教会ができる前?
 魔法陣は昔に神官が作ったものだと思っていたけど、教会ができる前に魔法陣があったの?

 考えているうちに、魔王様が転移して行ってしまった。
 
「あ! ミレアスさん、私も行ってきます」
「ええ、気を付けてね」

 私は教会の礼拝堂の裏の茂みに転移した。
 念のため目立たない場所に転移したけど、想像していたより騒がしくない。
 アンドレア王子と神官たちはどうしているのだろう。

 魔王様は、召喚の魔法陣がある場所を知っていると言っていた。
 私はまた渡り廊下を通って建物の中へ入る。

 廊下を曲がり、魔法陣があった部屋へと向かう。
 扉が開いたままの部屋に入ると、崩れた床とその前に立つ魔王様がいた。

「……もっと早くにこうするべきだったのかもしれない」

 崩れ落ちた魔法陣を眺めながら魔王様は呟いた。

「どうして、この場所を知っているのですか?」
「この魔法陣は、かつての友が描いたものだ」
「勇者を召喚する魔法陣を、魔王様の友人が描いた……?」
「もともとは、勇者などを召喚するためのものではなかったんだ――」

 まだこの国で、魔人と人間が共に暮らしていた時代のこと。
 当時はお城で暮らしながらもいろいろなところを旅し、人里にも下りていた。
 友人の魔法使いから魔法を教えてもらうこともあったそうだ。
 そしてある時その友人が、異世界から人を召喚するための魔法陣を描いた。
 召喚された異世界人は類まれな魔力を持ち、教えた魔法全てを習得していった。

「どうしてそのご友人は、異世界人を召喚したのですか?」
「この世界の人間には成し遂げられないことをするためと言っていたが具体的なことは知らなかった」

 しかしある日、友人と異世界人が城に訪ねてくると、突然封印魔法をかけられ、魔王様は城と共に百年の眠りについた。

「どうしてそんな突然……」
「わからない。だが、百年の眠りから目覚めたとき友はいなくなっていて、ヤツの家があったこの場所には教会が建ち、神官なる者が新たに異世界人を召喚し、俺は人々に脅威をもたらす魔王と呼ばれるようになっていた」

 魔王様は、生まれた時から魔王だったのではなく、魔人ジルザールだった。
 それを、人間が勝手に魔王にしたんだ。

「それから、勇者による魔王討伐がはじまったのですね……」
「ヤツが何をしたかったのかはわからないが、もう死んでいるだろう。俺は人間と関わることをやめ、封印しにやってくる勇者と戦うだけになった」
「昔は、お城にたくさんの魔人がいたのですよね?」
「ああ。自然に集まっては皆で暮らし、出て行く者、勇者との戦いで死にゆくもの。長い年月を経て俺たちだけになったがな」

 本当に、私には想像もつかないような長い時間を生きてきたのだろうな。
 友人の魔法使いが描いた魔法陣によって教会が建ち、国王よりも神官が権力を持つようになった。
 教会を作ったのはその友人なのだろうか。
 それとも、魔法陣に目を付けた別のだれか?
 それこそ、長い年月をかけて、目的や在り方も変わってきたのだろう。
 でも、考えたところで本当のことを知る術はない。

「もう、魔王様を封印しようとするやつは現れません。私たちと平凡に暮らしましょう」
「ああ、そうだな」
「そういえばラカス神官長はどうしたのですか?」
「ここに来た時ちょうどあの王子が神官たちを引き連れて王宮に向かうところだったから渡しておいた」

 神官たちの処遇は王宮で決めるということか。
 
「あの私、器物破損の罪とかで罰せられたりしないですかね?」
「そこは王子がうまくやるだろう」

 だといいのだけど……。
 ラカス神官長の罪は禁術を使ったこと。
 私は教会の建物を壊した。私の方が悪いことしてるような気がしてきた。

「アンドレア王子には後日ゆっくり会いにいきましょう」

 私たちは、魔王城へ帰ることにした。