魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

 転移先は、屋根裏部屋にした。
 ここならいったん落ち着いて状況を確認できると思ったから。

 小窓から外を覗く。
 魔王様もハルさんも庭にはいない。
 ということは、城の中?

「ユリ、ここにジルたちはいないわ」
「どういうことですか?」
「正確には、この次元にはいない。城の中を異空間に切り替えるのよ」

 そんなことができるんだ。
 このお城は魔王様と一体だと言っていたし、次元を変えることも容易なのだろうか。

「そこに行くにはどうすればいいのですか?」
「こっちだと唯一広間が異空間と繋がってるわ」

 私たちはいつも過ごしている広間へと移動した。
 普段と何も変わらないはずなのに、魔王様もマブルさんもいないお城に、異様な空気を感じる。

 ミレアスさんは広間へ入ると、魔王様の玉座の背もたれに手をかざした。
 すると、そこに魔法陣が浮かび上がった。

「ここに魔力を込めると向こう側に行くわ。切り替わった瞬間、何が起こっているかわからない。気を引き締めてね」

 異空間に切り替わった瞬間、戦場のど真ん中かもしれない。
 魔王様は無事だろうか。
 ハルさんは、どんな状態でいるのだろう。
 生きていた頃と変わらない力を持っているのだろうか。

 それは、行ってみないとわからない。

「わかりました!」

 ミレアスさんは私の返事を聞くと、魔法陣に魔力を込めた。
 視界が真っ暗になり、目が回るような感覚になる。

 そして瞼に光を感じた瞬間、地鳴りのような音が聞こえてくる。

 目を開けると先ほどと変わらない広間だった。
 けれど、鳴り止まない轟音と地響きで、ここで起こっていることが安易に想像できる。

「ユリ! 外よ」

 ミレアスさんが窓を指差したその時、鋭い閃光が視界を駆けた。
 木々がメラメラと燃えている。
 お城自体も轟音と共に揺れている。

 私たちは広間とは反対側にある廊下の窓から外へと出た。
 お城の裏から様子を伺うためだ。

 するとすぐ近くで言い争う声が聞こえてきた。

「早く離せ! 俺を誰だと思っているんだ」
「離せって言われて離すわけないだろ。バカなのか」

 そこには縛られたラカス神官長と、それを見下ろすマルブさんがいた。

 私たちはマルブさんに駆け寄る。

「マルブ、そいつを捕まえたのね」
「捕まえたのはジル様だけど……僕がこいつの監視を任されたんだ」

 やはり神官長といえど、あっさり捕まってしまうほどの力しかないんだな。

「魔王様とハルさんは?」
「城中を駆けまわってやり合ってるよ」

 戦いが、始まっているんだ。
 私はどうするべきか考えていると、ラカス神官長が声を上げる。

「お前は! 初めに召喚した貧相な女! なぜ生きている!」
「生きてちゃ悪いですか」
「そうか。北の森に捨ててもなお生き残れる力、新たに召喚されない勇者。ああ、あなたが本物の勇者様でしたか。悪の根源魔王はここにいます。どうかあなたの力で封印してください」
「なにふざけたこと言ってるんですか!」

 腹が立ったので、縛られたラカス神官長に水砲をおみまいした。
 もちろん本気ではない。

「ユリは僕たちの仲間だ。ジル様と戦うわけないだろ!」

 マルブさんが握っていた縄をさらにギュッと縛る。

「まあいい。勇者は目覚めた。お前の力などなくとも魔王は封印できる」

 ハハハハハと不気味に笑うラカス神官長。
 そんな彼をミレアスは冷たい目で見下ろす。

「一度死んだ勇者に、魔王は封印できないわ」
「なんだと?」
「そもそも、あれはハルじゃない。魔力を入れられたただの器よ」

 上を見ると、魔王城の屋根で魔王様とハルさんが対峙している。
 お互いに攻撃を交わし、素早い動きで避けてはまた攻撃を繰り返す。

 遠目でよくは見えないけれど、ハルさんの目は虚ろでなんの感情もない。
 ただ、魔王という存在を前に本能的に戦っているようだ。

 魔王様はというと、本気では戦っていないようだった。
 怪我はしていないようだけれど、ハルさんの攻撃でお城は大きく損傷していた。
 お城と一体であるということは、見えない負傷を抱えているかもしれない。

「躊躇しているわね」
「魔王様、ですか?」
「ええ、ジルの魔力では傷つけることしかできない。ハルの身体を残虐な姿にすることをためらっているのよ」

 だからと言って、自我のないハルさんと戦う以外どうすることもできない。

「あれは私の魔力で蘇った勇者なんだ! 魔王を倒すために存在しているんだ!」
「ちょっとお前うるさいよ!」
 
 縛られたまま戦いを見て声をあげるラカス神官長に、マルブさんがげんこつを落とす。
 あれだけ魔法を使った特訓してたのに、物理攻撃になってる。

 そんなことよりも、あの二人の戦いを終わらせるためには魔王に本気を出してもらわないと。

「ユリ、あなたがやって」
「私、ですか?」
「ハルを燃やしてほしいの。あなたならできると思う」
「でも私、炎は出したことないです」
「できるはずよ。ユリが入れてくれた湯殿のお湯も、髪を乾かしてくれた風も温かかった。それは火の魔力を持っているということ」

 全然知らなかった。
 お風呂のお湯も、ドライヤーの風も、火の魔力があったから使えていたんだ。
 
 魔力があるのなら、イメージをしっかりすればきっとできる。

「ですが、ハルさんを燃やしてしまうなんて……」
「もともと、死んだら燃やして骨にしてくれって言われていたのに、できなかった私が悪いの。ハルはこんなこと絶対に望んでいなかった」

 ハルさんはただ、ミレアスさんと一緒に穏やかに死を迎えたいだけだったはずだ。
 ミレアスさんを残して死んでしまうとわかっていながら、一緒にいることを選んだ。
 私は、ハルさんの願いは叶っていたと思う。
 だけど、今ミレアスさんを苦しめているのなら、それはハルさんの望んだことではない。

「わかりました。やってみます」
「ありがとう」

 私は手を突き上げ、魔力を漲らせる。
 大きな炎をイメージし、風を乗せる。

「魔王様、避けてください!」

 両手から放たれる火炎放射は真っ直ぐハルさんに向かっていき、その身を包んだ。

 黒い炎が燃え上がり、ハルさんの姿は消えていく。
 私は放っていた炎を止めた。

 そして、はらはらと落ちていくその残骸を魔王様が集めて下りてきた。
 マントに集められた白い遺骨。
 私はポケットからハンカチを取り出し、魔王様が持っていた骨を包んだ。
 ミレアスさんに差し出すと、大切に抱えた。

「ありがとう。やっとハルの願いを叶えられたわ」
「私は、ハルさんの願いは別にあったと思います」
「え……?」

 自分の死をわかっていたハルさんが願っていたこと、それはミレアスさんのことだと思う。
 きっとハルさんは……

「なんでだ! こんなあっさり勇者がやられるなんて!」
「あなたの魔力で動いていた体なんてこんなものよ」
「本物の勇者だったのに! なんでだ!」
「ちょっとお前大人しくしろよ!」

 ハルさんが灰になり、激昂するラカス神官長。

「先にこっちをどうにかしてしまいましょう」