魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

 ――まだ、人間と魔人が共存する町がわずかに残っていた時代。
 ミレアスさんはヴァローレ国最東の小さな田舎町で暮らしていたそうだ。

 元々はいろいろな国を放浪していたけれど、たどり着いたその町は居心地良く、住み着いたらしい。
 町人と自給自足の生活をしながら、保護魔法を付与した魔物避けや防具などの魔道具を町に訪れた冒険者たちに売っていたりもした。
 けれど、時代が進むにつれ魔人の存在は悪だと捉えられることも多くなり、町の外からやって来る人には身分を隠すようになっていた。

 しばらくそんな生活を続けていたとき、元勇者だという青年ハルが町へとやってきた。
 彼は魔王を封印した後、王都を出て穏やかに暮らすための場所を探すための旅をしていたらしい。
 
「ハルは若いのに博識で、たくさんの魔法も習得していて、町の人ともすぐに馴染んでいったわ。魔王と戦った後だっていうのに、魔人の私にも優しくしてくれてね」
 
 そんなハルさんは、町の娘たちからとてもモテたらしい。
 元勇者だということで拍も付き、年頃の娘がこぞって求婚していた。
 けれど、ハルさんは誰からの求婚も受けることはなかった。

 それは、自分の命が残りわずかだとわかっていたから。

「まだ若かったのに、どうして命があとわずかだったのですか?」
「魔王封印の代償だと言っていたわ」

 教会は知らなかったのか、知っていてあえて伝えなかったのか、封印魔法は命を蝕むということは、全て終わったあとで察したそうだ。
 だから、穏やかな最後を迎えるための場所を探していた。

「ハルは、若い娘のアプローチから逃げるために私のところによく身を寄せていたわ」

『ミレアスは落ち着いていて、一緒にいると安心する』
『無駄に年とってるからね。人間にとったら老婆と同じよ』
『何言ってるの。そんなに綺麗なのに』
『私は人間が羨ましいわ。短い命の中でも家族や大切な人たちに囲まれて幸せな人生を送れるんだもの』
『それでいうと、僕もこの世界では一人だな。ねえミレアス、今度保護魔法教えてよ――』

 そして、娘たちは嫉妬した。
 年をとってもずっと美しい魔人のミレアスさんを爪弾きにし、嫌がらせをするようになった。

『ミレアス、僕とどこか違う場所で暮らそう』

 二人で町を出て、ゆっくりと暮らせる場所を探した。
 けれど、徐々に魔人への風当たり強くなってきた時代、新たに魔人を迎え入れてくれる場所はなかなか見つからなかった。

 ミレアスさんは人間のふりをすると言ったけれど、変わらない容姿でいつかバレてしまう。そのたびに逃げるようなことをしなければいけなくなるのは避けたいとハルさんが言った。
 けれど、ハルさんの体調もどんどん悪化し、これ以上旅を続けるのは難しかった。
 そんな時、ハルさんがある提案をした。

『魔王城へ行こう。あと八十年は誰もいない、むしろ安全な場所だ』と。

 自分が死んだら魔王城を出ても良いし、人と暮らすのにうんざりしているなら魔王が目覚めた後そのままおいてもらえばいい。
 突拍子もない提案だったけれど、ミレアスさんはそれを受け入れた。

「魔王城へ向かう途中、討伐までの出来事をたくさん聞いたわ」

 突然異世界に召喚されたこと、教会で魔王討伐のための訓練を行ったこと、神官たちは裏でなにかこそこそと悪事を働いていることに気づいたこと。

 そして、魔王と対峙した時、絶対に勝てないと思ったこと。

 けれど長い死闘の末、魔王は封印魔法をその身に受けた。
 勝ち目がないと思っていたのに、最後の力を振り絞り心臓を突いた時、まるでそれを受け入れるかのように落ち着いていたという。

「封印魔法がどうやってかけられるかジルから聞いたことある?」
「いえ。そういった話はなにも」
「心臓に、魔法陣を刻印するのよ――」

 魔法陣を刻印されることにより、封印魔法が成立する。
 魔王城は魔王と一体であるため、城全体に封印がかけられ、中にいる者も全て魔王と共に眠りつく。

「魔王様とお城が一体だったなんて知りませんでした」
「ジルはそういうこと言わないからね。だから、ユリが城を綺麗にしてくれてすごく喜んでいると思うわ」
「だと嬉しいですけど……」

 魔王を封印したハルさんは、多額の報奨金を受け取り、召喚されてからずっと暮らしていた教会を去ることになった。

 けれどハルさんはずっと気になっていた。最後の魔王の表情が。

「私も、話を聞いて魔王という存在が気になっていた。だからハルの死を見送ったらそのまま魔王城に残ろうかと思っていたのよ」

 けれど、魔王城にたどり着く前にハルさんは命を落としてしまった。
 ずっと、死んだら燃やして骨にしてくれと言われていた。けれどミレアスさんはできなかった。

 人間の命は短いとわかっていた。
 自分の長い人生で十年も一年も変わらないと思っていた。
 ハルさんの死を受け入れられると思っていた。

 けれど、もう少し一緒にいられると思っていた。

「ハルを、燃やすなんてできなかったのよ。私は、彼の亡骸に自分のエゴを押し付けた」
「それは、どういうことですか?」
「保護魔法をかけたのよ。彼は今も無くなった状態のままお墓の中で眠っているの」

 ミレアスさんが、勇者のお墓を掘り返しているという話に異様に反応していた理由がわかった。
 教会にハルさんの遺体が見つかればきっと蘇りの対象にされるだろう。ミレアスさんの保護魔法は本当に精度の高い素晴らしいものだから。

「ハルさんは、どこに眠っているのですか?」
「王都と北の森のちょうど間にある小さな村の墓地よ。最後は人間たちの近くでいて欲しくて私がこっそりお墓を作ったの。そこにハルのお墓があるなんて教会は知らないはずだけど……」
「不安、なんですよね? 行ってみましょう」
「いいの?」
「はい。一度お城に戻って魔王様に言ってからのほうがいいかもしれませんね」
「ユリ、ありがとう」

 私たちは立ち上がり、広場を抜ける。
 まだ買う物が残っていたけど、それは後日買うことにした。

 お城を出てから随分と時間が経ってしまった。
 その上食材があまり買えていないとなると、魔王様怒るだろうか。
 いや、魔王様は怒ったりしないか。
 マルブさんは、買い物に行ったわりにはご飯が質素だと言うかもしれないな。

 ミレアスさんは黙っていた。

 街を出て丘を登る。

 すると丘の上には、魔王様が立っていた。