魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

 以前来たことのある広場を通って、裏門から王宮の中へと入った。
 手入れの行き届いた広い庭園を通り、東側の棟から建物の中へと入る。
 アンドレア王子と一緒だからか、衛兵に止められることなくあっさりと通された。
 
 埃ひとつ落ちていない大理石の廊下に、金枠の窓。季節の花が生けられた花瓶が置かれてあり、大きな絵画が飾られていて、王宮の中にいるのだと実感する。
 魔王城とは雲泥の差だな。比べても仕方ないんだけどね。

 お花とか生けたら明るい雰囲気になるのかな。
 ここまで豪華絢爛とまではいかなくても、せめて清潔感のあるお城にしたい。
 真似できるこはしてみようかと参考にしながら長い廊下を歩く。

 そのまま階段を上って二階へと行き、案内された部屋はアンドレア王子の執務室だという部屋だった。

 部屋の中央に置かれたソファーに、ミレアスさんと並んで座る。
 ローテーブルを挟んで向かいにアンドレア王子が座ると、そのタイミングで部屋のドアがノックされた。
 入ってきたのは、制服を着た短髪の男性。
 クールな表情はどこか威圧感がある。

「はじめまして。アンドレア王子の側近兼護衛のロバートです」

 ロバートさんは私とミレアスさんに頭を下げると王子の隣に立った。

「無愛想だけどいい奴だから緊張しなくていいよ」

 爽やかな王子の笑顔と、ロバートさんのクールな表情が対照的で少し面白い、なんて思ってしまった。
 それからアンドレア王子が本題に入るけど、と話を始める。

「教会はここ最近、歴代勇者の墓を巡っているんだ」
「勇者のお墓参りでもしているのですか?」
「そんなことをするような人たちじゃないさ……」

 まあ、ただお参りに行くなんてあの神官たちはしそうにないな。

「巡っているということは、いろいろな場所にお墓があるということですか?」
「ユリは、魔王を封印したあとの勇者がどんな暮らしをしていたか知っているか?」
「いえ、何も知りません」
「彼らは、役目を果たすと実質、教会から追い出されるんだ――」

 魔王を封印するために異世界から召喚された勇者は、教会による手厚い待遇のもと魔法の訓練を積みながら、討伐に備える生活を送る。
 けれど、封印を終えたあとは報奨金を与えられ、自由な生活という名目で教会を追放されるそうだ。
 お金はあれど衣食住は保証されておらず、元の世界に帰ることもできない勇者たちはそれぞれ独自の生活を始める。
 ヴァローレ国で他の国民と同じような生活をしたり、冒険者として世界中を旅したり、家庭を築く者もいた。中には消息不明になった者もいたようだった。

「魔王を倒したのに、こう……人々から崇められたり? なんてことはなかったのですか?」
「魔王討伐の一報があってすぐは街もお祭り騒ぎになるが、なにせ魔王は人々に直接驚異を与えたことはなく、国民にとっては現実味のない存在なんだ。すぐに熱も冷め、忘れられてしまう」

 なんだか話を聞いていると、勇者が可哀そうに思えてきた。
 自分が勇者だとわかったからというものあるけど、魔王討伐という大きな功績を残したのに用済みになったら捨てられるって、ひどい扱いだ。

「それで、教会はどうして追い出した勇者のお墓を巡っているのでしょう?」
「墓を、掘り返している」
「なんですって?!」

 一番強く反応したのはミレアスさんだった。
 拳をぎゅっと握り締め、何か言いたげな表情をしている。

「ミレアスさん、どうされたのですか?」
「勇者の墓を掘り返して何をしようとしているの?」
「これはまだ予想だが、教会は死んだ勇者を蘇らせようとしているのではないかと思っている」
「死者を蘇らせる? そんなことができるのですか?」
「わからない。だが教会は多くの秘術を隠し持っている」

 もし死者を蘇らせることができるとして、神官たちはその勇者に魔王様を封印させようとしているのだろうか。
 そんなことが可能性なのだろうか。

「歴代の勇者のお墓がどこにあるか教会はわかっているの?」
「全てではないだろうが、かなり把握しているようだ」
「掘り返したところで、あるのは灰になった骨だけなんじゃないの?」
「勇者は、火葬されるのですか?」
「死んで火葬された勇者もいるはずだが、土葬や風葬など死を迎えた土地によって様々な状態なはずだ」
「そう、なの……」

 まくし立てるように質問してミレアスさんだったけれど、肩の力が抜けたように息を吐いた。
 
 教会に潜入しているという騎士団員の話によると、まだお墓を掘り返しているというだけでその後の動きはどうなるかはわからないという。
 ただ、死んだ勇者を蘇らせようとしてるかもしれないということを、念頭に置いておいて欲しいということだった。

「教会はどんな手段をとっても、勇者が魔王を倒すという大義名分を押し通すつもりでいるのですね」
「だがもしそうなれば死者を蘇らせるという禁忌を犯すことになる。それ相応の処罰を受けてもらうことになるだろう」

 禁忌を犯したうえに魔王様が勝てば、その立場はなくなるということか。

「魔王様には私たちで伝えておきます」

 ずっと、教会を侮ってはいけないと言っていた。
 魔王様は最悪の事態も想定しているのかもしれない。

「お願いする。それとユリ、ずっと聞きたいことがあったんだが……」
「なんでしょうか?」
「カルトル軍を殲滅した嵐を起こしたというのはユリなんだろう?」

 あ……南の森でのことを忘れていた。
 最後に丘で話をしたときは気付いていないみたいだったのに。

「いつ気付いたのですか?」
「ずっと、そうではないかと思っていたんだ。今日、彼女を見て確信した。大柄な黒いマントの人物、黒髪の小柄な女性、露出の高い服を着た髪の長い女性という目撃情報は魔王と君たちだったんだと」
「戦争を、止めなければと思ったのです。勝手なことをしてしまいました」
「とんでもない。おかげでヴァローレ国は守られたんだ。この国の王子として心より感謝する。ありがとう」

 頭を下げるアンドレア王子の横で、ずっと話を聞いていたロバートさんも深く頭を下げる。
 感謝されることはしたのかもしれないけど、王子に頭を下げさせるなんて恐れ多い。

「頭をあげてください。黙っていてすみませんでした」

 今さらバレるとは思っていなかった。
 でも、魔王様とアンドレア王子がちゃんと話をした後で良かった。
 そうでなければ“魔王たちがただ人間を襲った”だけということになっていたかもしれない。

「それで、お礼といってはなんだが、できることがあれば何でも言ってくれ。三人のことを公にはできないから表立っては無理なのだが、僕にできることならなんでもする」
「何でもと言われましても……。ミレアスさん、何かありますか?」
「今すぐに決めろと言われても難しいわね。ゆっくり考えてもいいんでしょ?」
「それはもちろん。魔王にも礼を伝えておいてくれ」
「わかりました。ではとりあえず、教会の件とお礼の件はいったん持ち帰ります」

 話を終え、王宮裏の広場まで送ってもらい王子とロバートさんと別れた。

 買い物の続きをしましょうかとミレアスさんに声をかけるけれど、どこか元気がない。
 勇者のお墓が掘り返されているという話にとても敏感に反応していたし、なにかあるのだろうか。

「ミレアスさん、どうして勇者は火葬されると思ったのですか?」

 突然切り出してしまったので、ひどく驚いた顔をされた。
 目を見開いたあと、何かを思い出すように悲し気な表情になる。

「昔、異世界から来た元勇者だっていう青年から言われたのよ。自分が死んだら燃やして骨だけにしてくれって。元いた世界ではそうしていたからと」

 元いた世界で火葬ということは、その青年も日本人だったのだろうか。
 そういえばミレアスさんは私を見て「あの子に似てる」と言っていた。
 あれは、私と同じように召喚された勇者のことだったんだ。

「元勇者の方とお知り合いだったのですね」
「人里で暮らしていた時期もあったと言ったことがあるでしょう? その時に出会ったのが元勇者のハルだったの。でも私は、彼の願いを叶えてあげられなかった――」

 そのまま広場のベンチに座り、ミレアスさんの昔の話を聞くことになった。