騎馬戦を終え、メイクを落とした勇助は、応援席に戻るなり"借り人"として三年生の借り人競争に駆り出される小トラブルに見舞われた。しかし一旦出番を終えてしまえば、あとは応援しながら観戦するだけなのでとっても気楽だった。
その後も体育祭のプログラムは滞りなく進み、フィナーレを飾る競技として、トップバッターを桜慈、アンカーを初が務める組別対抗リレーが幕を開けた。
組別対抗リレーは、一年から三年までの各組選抜メンバーの混成チームで行われる。
例年アンカーは三年生が務めるが、「陸部の君達のほうが足速いんだから、最後の二周走ってよ」という三年一組選抜メンバーの先輩方たっての希望で、アンカーとその一つ前の走者を、それぞれ初と瀬形が引き受けることになっていた。
ここで一着を取れば、一組の逆転優勝が見えてくる。
ずっと体育祭を俯瞰的に見てきた勇助も、クラスメイト達が出場するとあって、自然と応援に熱が入った。
「そろそろスタート位置についてくるよ」
「んじゃ、また後でね」
選抜メンバーが持ち場を離れていく中、襟足の髪を後ろで結い、一組のアンカーの証でもある白の襷を掛けた初の後ろ姿に、勇助は小声でエールを送った。
「はじめさん。
最後まで諦めず、最善を尽くしてきてください」
初がこちらを振り向くことはなかったが、背中の後ろで作ったVサインと、気合を入れるように力強く発せられた声は、勇助に確と届いた。
「ああ。——行ってくる」
最後の競技が、始まった。
『位置について、よーい……』
スタートの号砲が鳴り響くと、
「きゃうん」
「あふん」
色気? フェロモン? それとも超能力……?
とにかく、桜慈の何かに魅了されたと思しき五組以外の走者が、一斉にスタートダッシュに失敗した。
幸先の良いスタートを切った一組は、その後も首位を維持したまま、アンカー手前の瀬形にバトンが引き継がれた。
ここまで来たら、残りの走者は陸上部の二人。誰もが、一組の一着ゴールは安泰だと思った。
しかし、背後から赤の鉢巻きを着けた元陸上部部長の簗が猛追し、身体接触を起こすと、先頭を走っていた瀬形が転倒した。
「あっ!」
「今の、わざとだろ!!」
瞬く間に、一組の陣営から怒号が湧き起こった。
瀬形くん……!
声にならない叫びをあげて、勇助は胸元の両手を握りしめた。
転倒で膝を負傷した瀬形だが、すぐに再び起き上がり、四位に転落しながらも懸命に走り続けた。一同が固唾を呑んで見守る中、やがてバトンはアンカーである初の手に渡った。
——迅い。
勇助の両目は、その姿に釘付けになった。
猛スピードでトラックを駆ける小さな韋駄天が、桃色の髪を靡かせ、一人、また一人と、襷を掛けた走者に追い付き、追い抜いてゆく。
そして、最後の一人となる赤い襷を捉えた瞬間——初の口元に、小さな笑みが浮かんだ。
「いっっ……けええぇぇええ!!」
勇助は生まれて初めて、腹の底から大声をあげた。
ゴール直前。見事な巻き返しを果たした初が、先頭でテープを切った。
興奮と感動で言葉を失くした勇助が次に見たのは、胸元からネックレス状にしたお守りを取り出し、大きな口をめいっぱい開けて勇助に笑いかける初の姿だった。
——それは、炭酸飲料のキャップを初めて開けた時のように。
ぱちぱちと消えては結ぶ無数の泡が、胸の奥から湧き上がり、とめどなく溢れ出していった。
どうやって止めたらいいのかわからない、止めるべきかもわからない。
この感情を、何と呼べばいいのだろう……?
その後も体育祭のプログラムは滞りなく進み、フィナーレを飾る競技として、トップバッターを桜慈、アンカーを初が務める組別対抗リレーが幕を開けた。
組別対抗リレーは、一年から三年までの各組選抜メンバーの混成チームで行われる。
例年アンカーは三年生が務めるが、「陸部の君達のほうが足速いんだから、最後の二周走ってよ」という三年一組選抜メンバーの先輩方たっての希望で、アンカーとその一つ前の走者を、それぞれ初と瀬形が引き受けることになっていた。
ここで一着を取れば、一組の逆転優勝が見えてくる。
ずっと体育祭を俯瞰的に見てきた勇助も、クラスメイト達が出場するとあって、自然と応援に熱が入った。
「そろそろスタート位置についてくるよ」
「んじゃ、また後でね」
選抜メンバーが持ち場を離れていく中、襟足の髪を後ろで結い、一組のアンカーの証でもある白の襷を掛けた初の後ろ姿に、勇助は小声でエールを送った。
「はじめさん。
最後まで諦めず、最善を尽くしてきてください」
初がこちらを振り向くことはなかったが、背中の後ろで作ったVサインと、気合を入れるように力強く発せられた声は、勇助に確と届いた。
「ああ。——行ってくる」
最後の競技が、始まった。
『位置について、よーい……』
スタートの号砲が鳴り響くと、
「きゃうん」
「あふん」
色気? フェロモン? それとも超能力……?
とにかく、桜慈の何かに魅了されたと思しき五組以外の走者が、一斉にスタートダッシュに失敗した。
幸先の良いスタートを切った一組は、その後も首位を維持したまま、アンカー手前の瀬形にバトンが引き継がれた。
ここまで来たら、残りの走者は陸上部の二人。誰もが、一組の一着ゴールは安泰だと思った。
しかし、背後から赤の鉢巻きを着けた元陸上部部長の簗が猛追し、身体接触を起こすと、先頭を走っていた瀬形が転倒した。
「あっ!」
「今の、わざとだろ!!」
瞬く間に、一組の陣営から怒号が湧き起こった。
瀬形くん……!
声にならない叫びをあげて、勇助は胸元の両手を握りしめた。
転倒で膝を負傷した瀬形だが、すぐに再び起き上がり、四位に転落しながらも懸命に走り続けた。一同が固唾を呑んで見守る中、やがてバトンはアンカーである初の手に渡った。
——迅い。
勇助の両目は、その姿に釘付けになった。
猛スピードでトラックを駆ける小さな韋駄天が、桃色の髪を靡かせ、一人、また一人と、襷を掛けた走者に追い付き、追い抜いてゆく。
そして、最後の一人となる赤い襷を捉えた瞬間——初の口元に、小さな笑みが浮かんだ。
「いっっ……けええぇぇええ!!」
勇助は生まれて初めて、腹の底から大声をあげた。
ゴール直前。見事な巻き返しを果たした初が、先頭でテープを切った。
興奮と感動で言葉を失くした勇助が次に見たのは、胸元からネックレス状にしたお守りを取り出し、大きな口をめいっぱい開けて勇助に笑いかける初の姿だった。
——それは、炭酸飲料のキャップを初めて開けた時のように。
ぱちぱちと消えては結ぶ無数の泡が、胸の奥から湧き上がり、とめどなく溢れ出していった。
どうやって止めたらいいのかわからない、止めるべきかもわからない。
この感情を、何と呼べばいいのだろう……?

