勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

「え……私?」

「そうだ。お前が――聖剣の心臓になる」

 サルースがコンソールを操作した。

 聖剣の公開仕様が左右へ割れ、その奥から、隠されていた緊急処理が真っ赤な文字で浮かび上がる。

【SYSTEM】『IF:聖剣の心臓=喪失』
【SYSTEM】『THEN:代替核を要求』
【SYSTEM】『代替核:メインヒロイン』
【SYSTEM】『対象個体:フェリシア・ルミナリア』
【SYSTEM】『消費:生命/魂/祈祷マナ』
【SYSTEM】『実行結果:聖剣の強制起動』

「生命、魂、祈祷マナ……全部載せじゃない!」

 私は思わず机へ身を乗り出した。

「予備部品を作るために、本体を丸ごと使い潰すなんて! 冗長化の思想が人道に反してるでしょ!」

「この処理が実行された場合、勇者は文化祭で『聖剣の心臓』を奪われても、聖剣を再起動できます」

 サルースが淡々と続ける。

「その代償として、フェリシア様は生命と魂を失います。復活は不可能です」

「完全消去って……」

「勇者は完成した聖剣で魔王様を討ち、世界を救います。しかし、フェリシア様を失った勇者は、その後、ほかのどのヒロインとも結ばれません」

 赤い文字列の横へ、一人で歩き続けるアレクの姿が浮かんだ。

「救国の英雄として称えられながら、孤独な生涯を終えます」

「……なるほどね」

 頭の中へ、いかにもありそうなゲームのバッドエンドが、勝手に再生された。

 私――フェリシアの身体が、光の粒子へ変わっていく。アレクが泣き叫ぶ。伸ばされた手は届かない。私の生命も、記憶も、魂も、すべてが聖剣へ吸い込まれる……。

 そして、完成した聖剣を握ったアレクは、涙を流しながらノクスへ斬りかかるのだ。

 魔王は倒れる。世界は救われる。

 大歓声と祝福の鐘に包まれる。感動的な音楽とともに始まる、スタッフロール。

 そして、その直後、画面は暗転。

 夕焼けの丘に、英雄となったアレクが、たった一人で立っている。最後に表示されるのは、もうこの世にいないフェリシア・ルミナリアの、セピア色の一枚絵。

 そこでプレイヤーは泣く。たぶん三分くらいは泣くでしょう。そして涙を拭いたあと、平然とこう言うはずだ。

『あー、バッドエンド踏んだ』
『でも限定スチルは回収できたな』
『文化祭前のセーブデータ、残ってたっけ?』
『次はちゃんとコアを守ろうっと』

 一度見たら、二度と選ばれない失敗ルート。

 私の人生も私の死も、回収率一%を埋めるためのスチル一枚と、既読フラグ一つで処理される。勇者と結婚させられるのも、勇者の剣へ加工されるのも、私の意思が一ミリも入っていない点では同じね。

「冗談じゃないわ」

 腹の底から、低い声が出た。

「お前は光へ変わり、聖剣へ吸い込まれるんだ」

 ノクスが、赤い画面を睨んだ。

「勇者アレクは泣き叫びながら、完成した聖剣を俺へ振り下ろす。そして世界は、お前の死を『尊い犠牲』として美しく処理する」

 心底つまらなそうに、鼻を鳴らす。

「何度見ても、あまり気持ちのいい結末ではない」

「……何度見ても?」

「ああ。だから最近は、文化祭の戦闘であまり真剣に戦わないようにしていた」

「ちょっと待って」

 私はノクスを見た。

「それ、私、フェリシア・ルミナリアを犠牲にさせないために、わざとアレクに負けてたってことなの?」

「違う。勇者の泣き声が鬱陶しいだけだ」

 ノクスが、ぷいっと顔を背ける。
 終焉の魔王を名乗っているくせに、嘘が壊滅的に下手だった。

 彼女は何度も見てきたのだ。私ではないが、私と同じ顔をして、同じ名前を持つ少女が、聖剣へ吸い込まれて消えるところを。

 そして、ノクスは、自分が負けることを選ぶことにした。

「却下よ」

 私は黒曜石の机へ、両手を叩きつけた。

「よし、決めた! 私は聖剣の部品にならない! アレクとも絶対にくっつかない! ノクスも負けない! 誰も犠牲にならない! 以上、既存ルートは全部却下よ!」

【SYSTEM】『該当するエンディングが存在しません』

「なければ作るわ!」

 赤い画面を指差す。

「こっちは、そのために世界へ喧嘩を売ってるのよ!」

 啖呵を切った――その時。

 視界の端で、聖剣の仕様書が赤く明滅した。

「……いや、待って。なんか、おかしいわ」

 私は再びコンソールへ向き直った。

「アレクが持っている聖剣は、今のところ派手に光るだけの学園備品よ。それなのに、どうしてL1――シナリオ層では、世界で唯一の『勇者の武器』として特別扱いされているの?」

「物語の重要アイテムだからではないのか?」

「それだけなら、L1だけで完結するはずよ」

 私は先ほど作ったL0からL3までの階層モデルを呼び戻し、その横へ聖剣の術式データを叩きつけた。

「サルース! 聖剣の構造をL2から追って! 依存関係じゃないわ。通信経路よ!」

「承知いたしました」

 サルースの両手が、コンソールの上を高速で走る。
 スクリーンが一枚、十枚、二十枚と……。聖剣から伸びる術式の糸が、次々と可視化されていく。

 その大半は、L2の内部で途切れていた。

 斬撃や、光属性。身体強化に勇者らしい演出。どれも武器としては普通の処理だ。

 だが。

「……これは」

 サルースの指が止まった。眼鏡の奥の目が見開かれていた。

「どうしたの?」

「一本だけ、異常な通信経路があります」

 表示されたネットワーク図の中央。聖剣から、世界の最深部へ。ほかの術式とは比較にもならないほど太い一本の経路が、L2、L1を貫き、L0へ突き刺さっていた。

「現在は閉ざされています。しかし、接続領域だけは最初から確保されています」

「宛先は?」

「暗号化されています。ですが、階層を跨ぐこの深度は……間違いありません」

 サルースが、低い声で告げた。

「L0――世界核です」

 空気が変わった。

 L0-―。この世界の根本を管理する、最深層。

「ただの剣が、世界核へ直通回線を持っているっていうの……?」

 私は図面へ顔を近づけた。
 普段は閉ざされているL0へ、何かを送り込み、何かを引き出すための太い管が、最初から埋め込まれている。

「今はバルブが閉じてるわ。回線を開くための鍵が足りないのね」

「鍵……」

 ノクスが呟く。

「でも、もし鍵があれば、L0につながる何かになるはずだ……」

 私は、赤く点滅し続けている仕様書の最後へ目を落とした。

【消費:生命/魂/祈祷マナ】

「……これね」

 頭の中で、散らばっていた線が一気につながった。

 システムは、『聖剣の心臓』が失われた時、私を代替核に指定する。私の生命と魂をL0で処理し、聖剣の起動エネルギーへ変換するために。

 つまり。

「アレクが負けて、私が『聖剣の心臓』になる特例の時だけ、L0が向こうから接続を開くのね」

 ノクスの目が鋭くなる。

「ノクス。これ、最大のチャンスよ」

「まさか、お前……」

 私は立ち上がり、聖剣の心臓を示す光点へ指を突きつけた。

「文化祭では、全力で『聖剣の心臓』を奪うわ!」

「何?」

「アレクを完膚なきまでに叩き潰す! 心臓を強奪する! システムが絶対に回収できない場所へ隠すの!」

「待て! そうなれば、お前が代替核へ指定される!」

「だからよ!」

 私はL0から自分の名前へ、真っ赤な線を引いた。

「人間の生命と魂を聖剣へ変換する処理は、L1やL2じゃ実行できないわ! 生死を管理するL0が、直接私へ接続するしかないの!」

「お前を取り込むために、世界核が自ら扉を開く……」

「ええ。その瞬間を狙うわ」

 赤い線をつかむ。向きを反転させる。私の魂へ伸びてくるはずの経路を、そのままL0へ突き返した。

「私を吸い込もうとする術式の書式から、接続元を逆探知するの」

 さらに、攻撃術式を線の上へ重ねる。

「書式を解析して、権限を偽装して……、私たちの術式を、開いたばかりの回線へ逆流させるの!」

「自分自身を、おとりにしてか?!」

「それくらいしないと、この世界には勝てないからね」

 私は不敵に笑った。

「失敗すれば、お前は魂ごと消えるが……」

「失敗しなければいいのよ」

 私はノクスを真っ直ぐに見た。

「私の術式とノクスの魔力があれば、システムに歯向かうだけの能力が十分あるわ。みんなで、この世界を殴るのよ」

 ノクスは目を見張り、そして、楽しそうに喉を鳴らす。

「……剣の部品にされると知って、怯えるどころか罠へ変えるか。さすが俺の共犯者だ」

「だけど、もし私の魂が聖剣に取り込まれそうになったら、絶対に引き戻してね。共犯者」

「ああ。一欠片たりとも、聖剣には渡さん」

「私も、ぜひ参加させてください」

 サルースが無数の資料をスクリーンへ展開する。

「学園地下の警備経路、封印術式、過去の戦闘記録まで、すでに揃っております」

「いいわね。全部共有して!」

 学園地下の構造、巡回する教師の動線、封印術式も過去のイベント記録。アレクとヒロインたちの能力値……。数十枚のスクリーンが、一斉に光を放つ。

 どの術式を仕込むか。どの瞬間に接続を奪い、どこへ攻撃を叩き込むか。
 頭の中で設計は、もう始まっている。

【PROJECT:文化祭オーバーライド】
【第一目標:聖剣の心臓を奪取】
【第二目標:L0への接続経路を強制開放】
【最終攻撃対象:強制修正プログラム】

 私は、最後の実行キーへ手を置いた。

「文化祭を、私たちで乗っ取るわよ」

 ノクスが不敵に笑う。

 サルースが眼鏡を押し上げる。

 作戦司令室を埋め尽くしたスクリーンが、一斉に赤く染まった。

 今年の文化祭。

 私たちの出し物は――世界の中枢の乗っ取りに決定した。