ドンッ!!
床が爆発する。
金色の流星と化した身体が、一瞬でノクスへ迫った。
「主人公最終奥義――勇者聖光斬ッ!!」
ノクスがおもむろにベッドの縁へ腰かけ、右手を上げた。
人差し指を、ほんのわずかに弾く。
パチンッ。
世界が、止まった。
「……え?」
アレクの口から、間の抜けた声がこぼれた。
聖剣は、ノクスの額から指一本分の距離で完全に静止していた。
金色の炎も、舞い散る光の粒子も、背後の勇者紋章も、空中へ大きく表示された『勇者聖光斬』の必殺技名まで。何もかもが停止している。
ピシッ。
剣の先端へ、小さな亀裂が入った。
「え」
ピシピシピシピシッ!!
亀裂が、刀身を猛烈な速度で駆け抜け――
パァァァァン!!
聖剣が粉々に砕け散った。
同時に、光やら紋章やらの演出一式も、まとめて粉々になる。
「僕の聖剣風エフェクトがあああああっ!?」
「剣より演出を惜しむの!?」
「剣は学園の備品だ! 演出は主人公の魂だ! ぐああああ!」
ノクスが今度は、中指を親指へかけた。
「騒がしい」
二度目の指が鳴る。
パチンッ。
黒い衝撃波が、アレクの腹へ直撃した。
ドメシャアアアアアアッ!!
「ぐぼぁっ!?」
勇者の身体が、空中で『く』の字を通り越し、『へ』の字に折れ曲がった。
金色の残光を引きながら部屋を横断し、背中から、反対側の壁へ激突する。
ズドォォォォン!!
壁へ、見事な勇者型の穴が開く。
「ば、馬鹿な……」
アレクが、壁へ埋まったまま震える。
「主人公補正……最大出力の……僕が……」
「――勇者」
ノクスは、ベッドの縁へ座ったまま静かに言った。
「一つだけ言っておく。今日は、貴様の相手をする気はなかった。だが、貴様は剣を抜いた。ならば――容赦はしない」
低い声でノクスは言う。
それは世界を何百回も倒そうとして、そのたびに結末を強制されたものの声だった。
「あと、フェリシアもたぶらかしていない。追っ手を避けるため、一時的に寝具を借りただけだ」
「嘘だ……! 同じ布団へ入っていたじゃないか……!」
「偶然だ。水で足を滑らせ、事故で寝台へ倒れ込んだだけだ」
「……ヒロインとの偶然密着イベントがなぜ僕でなく魔王と……」
弱々しく呟いて、アレクは、がくりと白目を剥いた。
【SYSTEM】『主人公アレクが敗北しました』
【SYSTEM】『戦闘時間:4.8秒』
【SYSTEM】『有効打:0』
【SYSTEM】『最終ボスの離席回数:0』
「数字にすると、さらに残酷ね……」
正規主人公と最終ボス。
その間には、努力や根性や主人公補正では埋まらない、絶望的な実力差があった。
勝負は終わった。
――だが。
アレクの頭上に浮かぶ敗北表示は、消えなかった。
文字が赤黒く染まる。
一度。
二度。
激しく明滅を始める。
ビィィィィィィィィィン!!
耳をつんざく警告音が、夜の学園全体へ響き渡った。
「何、この音……」
部屋中へ、赤黒い画面が次々と開く。
【SYSTEM】『Critical Error』
【SYSTEM】『正規主人公の敗北を検知』
【SYSTEM】『メインヒロインの正規ルート離脱を確認』
【SYSTEM】『元攻略対象六名の正規ルート離脱を確認』
【SYSTEM】『全恋愛ルート:接続数0』
【SYSTEM】『メインヒロインと最終ボスの共犯関係を確認』
【SYSTEM】『整合性への影響:致命的』
【SYSTEM】『既定の修正処理を実行します』
【SYSTEM】『恋愛フラグの再接続を開始』
【SYSTEM】『接続先が存在しません』
【SYSTEM】『失敗』
【SYSTEM】『主人公補正による再戦を開始』
壁の人型から、アレクの右手がぴくりと上がった。
「ま、まだ……僕は……」
ノクスが視線を向ける。
ただ、それだけだった。アレクの右手が、ぱたりと落ちた。
【SYSTEM】『失敗』
【SYSTEM】『メインシナリオの復旧を開始』
【SYSTEM】『復旧対象を検索』
【SYSTEM】『正規主人公:戦闘不能』
【SYSTEM】『メインヒロイン:命令拒否』
【SYSTEM】『攻略対象六名:命令拒否』
【SYSTEM】『最終ボス:制御不能』
【SYSTEM】『復旧不能』
【SYSTEM】『既定修正手順:全項目失敗』
【SYSTEM】『通常運行不能』
感情などないはずの文字列が追いつめられ、行き場を失っていくように見えた。
いや、違う。
本当に追いつめられているのは、きっと私たちだ。
部屋を埋め尽くしていた小さな画面が、一斉に消えた。
静寂。そして次の瞬間。
天井を突き抜けるほど巨大な警告画面が、空間そのものを引き裂いて出現する。
【SYSTEM】『既定の修正手順を全件実行しました』
【SYSTEM】『結果:全件失敗』
【SYSTEM】『例外処理へ移行します』
【SYSTEM】『システム最上位権限を行使』
【SYSTEM】『対象エリア:王立魔法学園』
【SYSTEM】『不正データを物理的に初期化します』
「直せないから――学園ごと消す気!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
大地が、獣のように唸った。
校舎全体が大きく揺れ、本棚から本が飛び出し、床板が波打った。
残っていた窓ガラスが一斉に割れ、女子寮の尖塔が不気味な音を立てて軋んだ。
「きゃああっ!」
「何ですの、これは!?」
廊下の向こうから、六人の悲鳴が響く。
先ほどまで部屋へ突入しようとしていた少女たちが、壁や手すりへ必死にしがみついている。
「フェリシアお姉さま!」
「ノクス様!」
「全員、動かないで!」
私は叫びながら窓の外を見た。
夜空を覆う雲が、巨大な渦を巻き始めていた。
黒い雲の中心へ、一本の亀裂が走る。
裂け目が、ゆっくりと開いていく。
その奥から、真っ白な光が溢れ出した。
星と月が消え、夜そのものが、白く塗り潰されていく。
まるで。
世界を見下ろす、巨大な目が開いたようだった。
【SYSTEM】『初期化まで、10秒』
天から一本の白い光が降りる。
王立魔法学園の中心。
女子寮。
私の部屋へ、狙いを定めた。
あれは、たぶん、そこにあるものを破壊するのではなく、最初から存在しなかったことにする光……。
「――また、これか」
ノクスの赤い瞳が、天の光を見上げている。
何百回も同じ処刑場へ引き戻された者だけが知る、深い憎悪の瞳で。
「知っているの?」
「下がれ」
ノクスが立ち上がった。
背筋が伸び、肩の線が変わる。学生服のはずの黒が、そのまま王の装束に見えた。
「ノクス……?」
「フェリシア」
赤い瞳が、一瞬だけ私を見る。
「私の後ろから出るな」
ノクスは片手を天へ突き上げた。
「今から――世界と殴り合う」
足元から、漆黒の魔力が噴き上がる。
「《終焉領域・黒天蓋》!!」
ドォォォォォン!!
闇が爆発した。
黒い光が女子寮を包み、校舎を越え、演習場を呑み込み、王立魔法学園全体を覆う巨大な半球へ変わる。
【SYSTEM】『9秒』
白い光と、黒い天蓋が正面衝突した。
ズガアアアアアアアアアン!!
夜が、一瞬で真昼へ変わった。
空気が弾け、修復されたばかりの窓枠が、今度こそ根こそぎ吹き飛んだ。
「また窓ぉぉぉっ!」
叫びながらも、俺はノクスの背中へしがみついた。
立っていられない。
世界全体が、俺たちを押し潰そうとしている。
ノクスの両足が床へめり込んだ。
「――退けぇ!!」
魔王が、世界そのものへ向かって退けと命じる。
しかし――
白い光は、退かない。
【SYSTEM】『8秒』
ピシッ。
学園を守る漆黒の天蓋へ、一本の亀裂が走った。
亀裂から白い光が漏れ出し、夜空を縦に切り裂く。
「ノクス!」
彼は答えなかった。
ただ、天を睨み上げる赤い瞳の奥に。
俺は初めて見た。
何百回も打ち返され何百回もすべてを奪われ、それでも一度たりとも目を伏せなかった男が。
自分の運命を決め続けてきた世界へ向ける――純粋な敵意を。
【SYSTEM】『7秒』
バキィッ!!
漆黒の結界へ、さらに大きな亀裂が走った。
床が爆発する。
金色の流星と化した身体が、一瞬でノクスへ迫った。
「主人公最終奥義――勇者聖光斬ッ!!」
ノクスがおもむろにベッドの縁へ腰かけ、右手を上げた。
人差し指を、ほんのわずかに弾く。
パチンッ。
世界が、止まった。
「……え?」
アレクの口から、間の抜けた声がこぼれた。
聖剣は、ノクスの額から指一本分の距離で完全に静止していた。
金色の炎も、舞い散る光の粒子も、背後の勇者紋章も、空中へ大きく表示された『勇者聖光斬』の必殺技名まで。何もかもが停止している。
ピシッ。
剣の先端へ、小さな亀裂が入った。
「え」
ピシピシピシピシッ!!
亀裂が、刀身を猛烈な速度で駆け抜け――
パァァァァン!!
聖剣が粉々に砕け散った。
同時に、光やら紋章やらの演出一式も、まとめて粉々になる。
「僕の聖剣風エフェクトがあああああっ!?」
「剣より演出を惜しむの!?」
「剣は学園の備品だ! 演出は主人公の魂だ! ぐああああ!」
ノクスが今度は、中指を親指へかけた。
「騒がしい」
二度目の指が鳴る。
パチンッ。
黒い衝撃波が、アレクの腹へ直撃した。
ドメシャアアアアアアッ!!
「ぐぼぁっ!?」
勇者の身体が、空中で『く』の字を通り越し、『へ』の字に折れ曲がった。
金色の残光を引きながら部屋を横断し、背中から、反対側の壁へ激突する。
ズドォォォォン!!
壁へ、見事な勇者型の穴が開く。
「ば、馬鹿な……」
アレクが、壁へ埋まったまま震える。
「主人公補正……最大出力の……僕が……」
「――勇者」
ノクスは、ベッドの縁へ座ったまま静かに言った。
「一つだけ言っておく。今日は、貴様の相手をする気はなかった。だが、貴様は剣を抜いた。ならば――容赦はしない」
低い声でノクスは言う。
それは世界を何百回も倒そうとして、そのたびに結末を強制されたものの声だった。
「あと、フェリシアもたぶらかしていない。追っ手を避けるため、一時的に寝具を借りただけだ」
「嘘だ……! 同じ布団へ入っていたじゃないか……!」
「偶然だ。水で足を滑らせ、事故で寝台へ倒れ込んだだけだ」
「……ヒロインとの偶然密着イベントがなぜ僕でなく魔王と……」
弱々しく呟いて、アレクは、がくりと白目を剥いた。
【SYSTEM】『主人公アレクが敗北しました』
【SYSTEM】『戦闘時間:4.8秒』
【SYSTEM】『有効打:0』
【SYSTEM】『最終ボスの離席回数:0』
「数字にすると、さらに残酷ね……」
正規主人公と最終ボス。
その間には、努力や根性や主人公補正では埋まらない、絶望的な実力差があった。
勝負は終わった。
――だが。
アレクの頭上に浮かぶ敗北表示は、消えなかった。
文字が赤黒く染まる。
一度。
二度。
激しく明滅を始める。
ビィィィィィィィィィン!!
耳をつんざく警告音が、夜の学園全体へ響き渡った。
「何、この音……」
部屋中へ、赤黒い画面が次々と開く。
【SYSTEM】『Critical Error』
【SYSTEM】『正規主人公の敗北を検知』
【SYSTEM】『メインヒロインの正規ルート離脱を確認』
【SYSTEM】『元攻略対象六名の正規ルート離脱を確認』
【SYSTEM】『全恋愛ルート:接続数0』
【SYSTEM】『メインヒロインと最終ボスの共犯関係を確認』
【SYSTEM】『整合性への影響:致命的』
【SYSTEM】『既定の修正処理を実行します』
【SYSTEM】『恋愛フラグの再接続を開始』
【SYSTEM】『接続先が存在しません』
【SYSTEM】『失敗』
【SYSTEM】『主人公補正による再戦を開始』
壁の人型から、アレクの右手がぴくりと上がった。
「ま、まだ……僕は……」
ノクスが視線を向ける。
ただ、それだけだった。アレクの右手が、ぱたりと落ちた。
【SYSTEM】『失敗』
【SYSTEM】『メインシナリオの復旧を開始』
【SYSTEM】『復旧対象を検索』
【SYSTEM】『正規主人公:戦闘不能』
【SYSTEM】『メインヒロイン:命令拒否』
【SYSTEM】『攻略対象六名:命令拒否』
【SYSTEM】『最終ボス:制御不能』
【SYSTEM】『復旧不能』
【SYSTEM】『既定修正手順:全項目失敗』
【SYSTEM】『通常運行不能』
感情などないはずの文字列が追いつめられ、行き場を失っていくように見えた。
いや、違う。
本当に追いつめられているのは、きっと私たちだ。
部屋を埋め尽くしていた小さな画面が、一斉に消えた。
静寂。そして次の瞬間。
天井を突き抜けるほど巨大な警告画面が、空間そのものを引き裂いて出現する。
【SYSTEM】『既定の修正手順を全件実行しました』
【SYSTEM】『結果:全件失敗』
【SYSTEM】『例外処理へ移行します』
【SYSTEM】『システム最上位権限を行使』
【SYSTEM】『対象エリア:王立魔法学園』
【SYSTEM】『不正データを物理的に初期化します』
「直せないから――学園ごと消す気!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
大地が、獣のように唸った。
校舎全体が大きく揺れ、本棚から本が飛び出し、床板が波打った。
残っていた窓ガラスが一斉に割れ、女子寮の尖塔が不気味な音を立てて軋んだ。
「きゃああっ!」
「何ですの、これは!?」
廊下の向こうから、六人の悲鳴が響く。
先ほどまで部屋へ突入しようとしていた少女たちが、壁や手すりへ必死にしがみついている。
「フェリシアお姉さま!」
「ノクス様!」
「全員、動かないで!」
私は叫びながら窓の外を見た。
夜空を覆う雲が、巨大な渦を巻き始めていた。
黒い雲の中心へ、一本の亀裂が走る。
裂け目が、ゆっくりと開いていく。
その奥から、真っ白な光が溢れ出した。
星と月が消え、夜そのものが、白く塗り潰されていく。
まるで。
世界を見下ろす、巨大な目が開いたようだった。
【SYSTEM】『初期化まで、10秒』
天から一本の白い光が降りる。
王立魔法学園の中心。
女子寮。
私の部屋へ、狙いを定めた。
あれは、たぶん、そこにあるものを破壊するのではなく、最初から存在しなかったことにする光……。
「――また、これか」
ノクスの赤い瞳が、天の光を見上げている。
何百回も同じ処刑場へ引き戻された者だけが知る、深い憎悪の瞳で。
「知っているの?」
「下がれ」
ノクスが立ち上がった。
背筋が伸び、肩の線が変わる。学生服のはずの黒が、そのまま王の装束に見えた。
「ノクス……?」
「フェリシア」
赤い瞳が、一瞬だけ私を見る。
「私の後ろから出るな」
ノクスは片手を天へ突き上げた。
「今から――世界と殴り合う」
足元から、漆黒の魔力が噴き上がる。
「《終焉領域・黒天蓋》!!」
ドォォォォォン!!
闇が爆発した。
黒い光が女子寮を包み、校舎を越え、演習場を呑み込み、王立魔法学園全体を覆う巨大な半球へ変わる。
【SYSTEM】『9秒』
白い光と、黒い天蓋が正面衝突した。
ズガアアアアアアアアアン!!
夜が、一瞬で真昼へ変わった。
空気が弾け、修復されたばかりの窓枠が、今度こそ根こそぎ吹き飛んだ。
「また窓ぉぉぉっ!」
叫びながらも、俺はノクスの背中へしがみついた。
立っていられない。
世界全体が、俺たちを押し潰そうとしている。
ノクスの両足が床へめり込んだ。
「――退けぇ!!」
魔王が、世界そのものへ向かって退けと命じる。
しかし――
白い光は、退かない。
【SYSTEM】『8秒』
ピシッ。
学園を守る漆黒の天蓋へ、一本の亀裂が走った。
亀裂から白い光が漏れ出し、夜空を縦に切り裂く。
「ノクス!」
彼は答えなかった。
ただ、天を睨み上げる赤い瞳の奥に。
俺は初めて見た。
何百回も打ち返され何百回もすべてを奪われ、それでも一度たりとも目を伏せなかった男が。
自分の運命を決め続けてきた世界へ向ける――純粋な敵意を。
【SYSTEM】『7秒』
バキィッ!!
漆黒の結界へ、さらに大きな亀裂が走った。

