勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

 バキィィィィン!!

 最後の結界が砕け散った。
 続けて。

 ドッガァァァァン!!

 部屋の扉が、蝶番ごと室内へ吹き飛んでくる。

「ノクス様、お迎えに上がりまし――」
「見つけましたわ――」
「匂い、ここ――」

 先頭の三人が、言葉の途中で停止した。
 後ろから雪崩れ込んできた残り三人も、その背中へ次々と激突する。

「わぷっ!」
「急に止まらないでください」
「前が詰まっています」
「イリス、背中を押さないでください。パンが潰れてしまいます」

 六人が押し合い、重なり、どうにか顔だけを部屋へ出す。
 そして。
 六人分の視線が、一斉にベッドへ突き刺さった。
 不自然に膨らんだ布団。
 その隙間から顔を出している、ここにいるはずのない制服姿の魔王。
 すぐ下には私だ。

 ノクスは私へ覆いかぶさったまま。私とノクスの鼻先と鼻先の距離、およそ三センチ。

 どう見ても。何をどう言い繕っても。取り返しがつかないほど、誤解を招く光景だった。

「…………」

 静寂。
 恐ろしいほどの静寂が、三秒だけ部屋を支配した。
 壁の時計が、やけに大きな音を立てる。
 カチ。
 カチ。
 カチ。

「……フェリシア、お姉さま?」

 リリの抱えていたパン籠が、ゆっくりと傾いた。

「わたくしたちが、あれほど必死に捜していた間に……」

 ステラの扇が、パキン、と真ん中から折れた。

「これは、いったい、どういう状況ですの……?」

 笑顔。完璧な笑顔だ。ただし声の温度は、北方永久凍土をさらに三度ほど下回っている。

「ま、待って!」

 私は布団の中から両手を上げた。

「違います! これは事故ですわ! 水差しが落ちて、水たまりができて、ノクスが滑って、私を庇おうとして、慣性の法則でベッドへ――」

「事故」

 ミラが、すん、と鼻を鳴らした。

「同じ布団。身体が密着。顔が赤い」

 澄んだ瞳で、私たちをじっと見る。

「ずいぶん都合のいい事故」

「並べないでー。並べると事故に聞こえなくなるー!」

 ナナが眼鏡を押し上げて、分厚いノートを開き、猛烈な速度でペンを走らせる。

「なるほど。恋愛競争において、『相談役を務めていた親しい友人が、最終的に最有力候補を獲得する』事例は、全体の三十二・八パーセントを占めています」

「どこで集めたの、その生々しい統計!」

「さらに、本人が『恋愛ではない』『ただの友人』『事故だった』と主張するほど、実際には関係が進展している確率が――」

「その統計、今すぐ燃やしてーー!」

「フェリシア」

 イリスの背後へ、青白い魔法陣が一枚、十枚、五十枚と展開された。

「私は、あなたを信じていました」

「イリス……」

「システム解析を私たちへ勧め、自分はベッドで実証実験」

「言い方!」

「フェリシアさん」

 聖女のソフィアが一歩前へ出た。
 いつもと変わらない、慈愛に満ちた微笑。
 その手には、焼きたての長いフランスパン。

「わたくしたちは、お友達ですよね?」

「あ、ああ。もちろんだ」

「でしたら、抜け駆けをする前に一言、ご相談いただきたかったです」

「抜け駆けなんかしてない!」

「嘘はいけません」

 ソフィアの指が、フランスパンへ食い込む。
 メキ。
 メキメキメキッ。

「ちょっと待て! どうして焼きたてのパンから、ギロチンみたいな音が!?」

「おい、共犯者」

 布団の中で、ノクスが小声で言った。

「私より、お前への殺意の方が高いな」

【SYSTEM】『修羅場イベントへ移行します』
【SYSTEM】『六名による友情審議を開始』
【SYSTEM】『フェリシア・ルミナリアの弁明成功率:0.2%』
【SYSTEM】『制限時間:3秒』
【SYSTEM】『生存ルートを検索します』
【SYSTEM】『該当なし』

「もっと真面目に探せ!!」

 一歩。また一歩と六人が、ベッドを包囲する。

「とにかく、お話を聞かせてください、お姉さま! 説明におかしなところがもしあったら……」
「枕を振り上げて言う台詞じゃないですわ!」

 枕、扇、剣の鞘、事情聴取票、拘束魔法、そして、フランスパン……。六つの武器が、私に向けられる。
 その、絶体絶命の瞬間。

 ドゴォォォォォン!!!

 今度は、部屋の壁そのものが吹き飛んだ。

「今度は壁ですのぉぉぉっ!?」

 猛烈な風が室内を駆け抜ける。

 土煙に黄金の光。そして無駄に勇壮な音楽……。

 このコンボは!

 崩れた壁の向こうから、一人の男が飛び込んできた。

 金髪を乱しながら、握り締められた聖剣。目の下には、濃い隈。そして全身から噴き出す、主人公にはあるまじき湿度の高い嫉妬……。

「フェリシアから離れろ――魔王ノクス!」

「あ」

「アレク?」

 勇者アレクは、金色の光を背負って立ち上がった。六人の前へ飛び出し、彼女たちを守るように両腕を広げる。

「もう大丈夫だ、みんな! 遅くなってすまない!」

「いま、大切なお話の途中です!」

 リリが迷惑そうに言った。

「前が見えませんわ。お退きなさい」
「邪魔」
「女子寮の壁を破壊した理由を説明してください」
「魔力反応を採取中。動かないで」
「パンに埃がついてしまいました……」

 誰一人として喜んでいない。だが、アレクは聖剣を構えたまま、激しく首を振った。

「違う。君たちは魔王に惑わされているんだ」

「惑わされていませんわ」

 ステラが即座に否定する。

「ノクスは、僕のイベントへ勝手に割り込んだ。リリを助け、ステラを庇い、君たちの心を奪った!」

「私の心は、私のものです!」
「わたくしも、自分の意思でノクス様を評価していますの」
「奪われてない」
「精神干渉の痕跡は確認されていません」
「好意は外部から注入されたものではないと判断します」
「私も、ノクス様へ自分の意思でパンを差し上げました」

 六人が順番に否定する。
 しかし。

【SYSTEM】『主人公アレクの認識を正規シナリオへ補正します』
【SYSTEM】『攻略対象ヒロインの拒絶発言を、救援要請として処理します』

 桃色の光が、アレクの耳を覆った。

「聞こえたよ、みんな」

 アレクが爽やかに笑う。

「『助けて、アレク』――そう言ったんだね」

「誰も言っていませんわ!」

 私は思わず叫んだ。

 六人の意思を書き換えられないから、今度はアレクの受け取り方を歪めるとは。
 どこまでも最低なシステムだ。

「フェリシア。君も心配しなくていい」

 アレクが私へ手を差し伸べる。

「今、魔王の支配から解放してあげる」

「私は支配などされておりませんわ! そもそも、頼んでもいないのに女子寮の壁を破壊して入ってこないでくださいませ!」

「そこまで支配されているなんて……!」

「どう解釈したら、そうなりますの!?」

 ノクスが、ようやく私の上から退いた。掛け布団を払い、ゆっくりとベッドの縁へ腰を下ろす。

「勇者よ」

 低い声が、部屋の空気を震わせた。

「俺は誰の心も奪っていない。彼女たちは、自らの意思でここにいる」

「黙れ!」

 アレクが聖剣を突きつける。

「僕からヒロインたちを奪ったうえに、フェリシアまで同じベッドへ連れ込んだ!」

「連れ込んでいない。追っ手から逃れるため、この部屋を借りただけだ」

「追っ手とは誰だ!」

 ノクスが無言で、アレクの背後にいる六人を指差した。

「何ですの?」
「早く退いてくださいませ」
「ノクス様が見えない」
「面会の順番が乱れています」
「拘束術式の照準へ入っています」
「食べ物へ埃をかける方は嫌いです」
「見ろ!」
「魔王の凶行に震えているじゃないか!」
「どう見ればそうなる!?」

 六人の顔に浮かんでいるのは私への事情聴取を邪魔された苛立ちと、ノクスを見えなくされた不満である。
 ところが、アレクの目には『魔王の凶行に怯え、勇者の救いを待つヒロインたち』としか映っていないらしい。

「安心してくれ!」

 アレクが、眩しい笑顔を六人へ向ける。

「主人公の帰還だ! 君たちは下がっているんだ。ここは僕に任せて!」

 アレクを中心に、金色の光が爆発した。

【SYSTEM】『主人公の強い復帰意思を確認』
【SYSTEM】『正規ルート修復処理を開始します』
【SYSTEM】『主人公補正:強制再起動』
【SYSTEM】『聖剣風エフェクト:最大出力』

 アレクの剣を、黄金の炎が包み込む。
 神々しい光。
 勇壮な音楽。
 背後へ浮かび上がる、巨大な勇者の紋章。

 そして、聖剣風エフェクトから発生した凄まじい風圧。

 ゴオオオオオオッ!!

「きゃあああっ!?」

 六人の髪が、一斉に激しく舞い上がった。

「ちょっ、縦ロールが!」
「パンが!」
「予定表が飛びます!」
「魔法陣の座標がずれました」

 リリはパン籠を抱き締めたまま。ステラは両手で縦ロールを守りながら。ミラは剣の鞘を床へ突き立てたまま。ナナは散る予定表を必死に追い、イリスは崩れた魔法陣ごと。ソフィアだけはフランスパンを一本も手放さず……。
 六人まとめて、廊下の彼方へ吹き飛ばされていった。

「ヒロインたちを風圧で退場させないで!」
「安心しろ!」

 アレクが爽やかに親指を立てる。

「彼女たちは、僕が安全圏へ避難させた!」
「あなたが邪魔で部屋へ戻れなくなっただけよ!」

 部屋の入口には、主人公補正で生まれた黄金の風が渦巻いている。その向こうから、六人の怒号が聞こえてきた。

「退きなさい、アレク!」
「ノクス様へ手を出したら許しませんわよ!」

 しかし、黄金の光と勇壮な音楽と強風のせいで、本人の耳にはまったく届いていなかった。

 六人の元ヒロインから完全に忘れ去られた英雄が、嫉妬と勘違いとシステム補正を原動力に、ついに最終ボスへ立ち向かう。

 動機は最低。
 演出だけは最高。

 それでも、腐っても正規主人公だ。システムが本気で補正を注ぎ込めば、並の魔族など一撃で消し飛ばすほどの力がある。

 床板が軋む。
 残っていた家具が浮かび上がる。
 壁へ無数の亀裂が走った。

「魔王ノクス!」

 アレクが、黄金に輝く聖剣を振り上げた。
「六人の心を奪い! フェリシアをたぶらかし! 主人公である僕の見せ場まで奪った罪――!」

 涙が散り、鼻水も散る。

「その命で償え!」

 アレクが床を蹴った。