勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

 その日の午後。

 王都の大通りは、人と荷馬車と露店でごった返していた。

 私は本屋の軒先に立ち、『初級魔法構文概論』『術式処理とマナ伝導率』『猿でもわかる攻撃魔法』『今日から始める結界突破』を抱え、猛烈な速度でページをめくっている。

「お嬢さん、魔法学園の試験でも受けるのかい?」

 本屋の主人が、積み上がった本の向こうから尋ねてきた。

「いいえ。自分の人生を勝手に動かすシステムを破壊します、わ」
「そうかい。若いうちは目標が大きくていいねえ」

 私が不慣れな令嬢言葉で話すと、深く追及せず、主人は隣の客へ移った。

 私は一冊の魔導書へ指を走らせた。

「やっぱり。この世界の魔法、プログラミング言語に近い」

 術式は命令文。魔法陣は実行環境で、魔力は、演算資源と考えればいい。

 属性、対象、座標、出力を定義し、最後に実行命令を与えれば、現象が発生する。

 そして、魔導書を読み進めると、どの本にも「なぜその術式が必要なのか」というロジックの説明がすっぽり抜けている事に気がついた。

 たぶん、この世界の魔術師たちは術式を『読んで』いない。

 先人が残した謎の文字列を丸暗記して、ただ実行しているだけ。ビルドが通るか祈るだけの写経プログラマーと同じだ。

 でも、元エンジニアの私には読める。構文の区切りも、条件分岐も分かる。読めるということは、最適化し、参照先を変え、自在に『書き換えられる』ということだ。つまり、新しい魔法だって作れる。

 でも、魔法を使うにあたって、一つ、問題もある。それが、本の中に書いてある、「魔力」という概念。術者が大規模な魔法を使うのには必要な能力のことらしい。

 「才能」や「神の恵み」などと書かれているが、システムエンジニア目線だと、つまるところ「サーバのスペック」だ。

 『魔力』は、大きく二つの要素から成り立っているらしい。
 一つは『魔力量(マナ)』。これは恐らく、術式を展開するための「メモリ容量」。
 もう一つは『波動(エーテル)』。たぶん、こっちは、術式を処理し、現象として出力する「CPUの演算速度」。

 CPUが優秀でも、メモリが足りなければ大魔法はオーバーフローを起こして術者が壊れる。逆にメモリだけが巨大でも、CPUが遅ければ発動前にフリーズする。

 メモリと演算速度。この二つの掛け合わせこそが、世間でいう「魔力が強い」の正体だろう。

 ちなみに、私の数値はというと……。

【SYSTEM】『個体名:フェリシア・ルミナリア』
【SYSTEM】『マナ:12』
【SYSTEM】『エーテル:9』
【SYSTEM】『総合魔力値:108』
【SYSTEM】『推奨用途:儀式時の祈祷、聖歌、勇者への激励』
【SYSTEM】『戦闘への使用は推奨されません』

「……三桁」

 思わず、口に出してしまった。

 王国騎士団の平均が二十万。宮廷魔術師の下位でも五十万を超えると、さっき読んだ本に書いてあった。

 一番下の騎士との間にさえ、桁が三つある。私の百八という数字は、蝋燭一本ぶんだ。それも、風が吹けば消える方の。

 メインヒロインは戦わない。祈って、応援して、さらわれて、助けられる。だから最初からその程度しか割り当てられていない。
 役割の分だけ、性能を削られている。

 私には世界の命令を自在に書き換える知識がある。けれど、それを実行して現象を起こすための『魔力』が、ただのメインヒロイン故に絶望的に足りていない。

「……まあ、いいわ。足りないなら、どこかから引っ張ってくればいい」

 自分の端末が非力なら、他人の実行環境を借りればいい。

 そして、もう一つ気づいたことがある。
 今朝から視界に勝手に出てくる、『規定シナリオからの逸脱を検知』とか言っていた、うっとうしいウィンドウ。

「……あれ、たぶん監視して直すだけのプログラムね」

 異常を検知して元に戻そうとする、前世で何百回と見た自動復旧ジョブと同じだ。

 プログラムである以上、必ず作成者がいて、完璧なものなど存在しない。想定外の異常には対応できないはずだ。

 これから私を待ち受けている恋愛イベントだって同じだ。場所、時刻、対象、台詞……すべての発生条件が揃ったときだけ、フラグは立つ。修正プログラムは規定シナリオへ戻そうとフラグを立てようとする。

 ならば――。

「プログラムの仕様さえ把握すれば、きっと規定の恋愛フラグを回避できる!」

 死んでいた私の瞳へ、久しぶりに光が戻った。
 恋愛経験はないが、仕様の穴なら前世でずっと探していたのだ。