勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

 

 死因――過労。
 転生先――ぜんぜん興味のなかった男性向け美少女ゲーム。
 配役――ポンコツ勇者が長い冒険の末に獲得する、“最高のご褒美”ことメインヒロイン。

「……前世から引き続き、案件が炎上しているわね」

 もし人生へ障害票を発行できるなら、迷わず重大度Sをつける。

 担当者を呼べ。ついでに設計者も。できれば今すぐ責任者を正座させたい……。

 * * *

 前世の私は、ブラックIT企業のシステムエンジニア、佐倉陽菜だった。享年――と言うには、あまりに早すぎた。

 最期の記憶は、午前二時四十七分のオフィスである。

「佐倉さん! 本番環境、また落ちました!」
「さっき直したところでしょう!?」
「直した箇所の隣が落ちました!」
「そこは一緒にテストしたでしょう!?」
「テスト環境では動きました!」
「本番環境をテスト環境に合わせなさいよおおおお!」

 キーボードを叩くたびにエラーログが増える。修正すると別の場所が燃える。鎮火すれば、別の場所が爆発する……。

 開発開始から三か月。残業時間は計測不能。最後に自宅の布団で寝た日付は、もはや考古学の調査対象だった。

「佐倉さん、朝七時から役員向けデモです!」
「あと四時間しかないの!?」
「五時間あります!」
「算数からやり直せええええ!」

 そう叫び、栄養ドリンクへ手を伸ばした。
 その時、指先が、缶をつかめなかった。
 視界が暗くなる。最後にディスプレイへ表示されたのは、血のように赤い文字だった。

【SYSTEM】『FATAL ERROR(致命的な障害)』

「……ああ。落ちたのは、システムじゃなくて私の方か」

 それが、佐倉陽菜としての最後の言葉だった。

 * * *

 次に目を開けたとき、私は豪華な天蓋付きベッドへ横たわっていた。

 絹のシーツ。花の香り。朝日を反射するシャンデリア。ベッドの脇には、メイドが三人。

「フェリシアお嬢様!」
「お目覚めになられました!」
「すぐにお医者様を!」
「待って」

 私は自分の声に固まった。
 高い。そして、とても澄んでいる。
 徹夜明けの会議で「進捗どうですか」と聞かれたときの、地底から響くような声ではない。

 恐る恐る両手を見る。
 白いし細い。傷一つない。

 髪が肩から流れ落ちた。
 月光を溶かしたような、長い銀髪だった。

「鏡を、ください……」
「はい?」
「鏡を、今すぐ!」

 差し出された姿見を覗き込む。
 腰まで流れる銀髪に宝石のような青い瞳。白磁の肌。花びらみたいな唇……。

 顔面グラフィックだけなら、文句なしの最高レアである。ただし、目のハイライトは死んでいた。

「嘘でしょう……」

 その顔を、私は知っていた。
 正確には、知りたくもないのに知っていた。
 前の職場の後輩の結城くん(♂)が、昼休みのたびに画面を見せつけながら、攻略状況を一から十まで報告してきたからだ。

『先輩、見てください! 今日やっとフェリシアの膝枕イベントを回収したんですよ!』
『へえ』
『先輩、フェリシアの花嫁衣装、天井まで引いて完凸しました!』
『ふーん』
『先輩、魔王を倒すと初夜の――』
『ちょっ、昼休みに見せる画面を選びなさい!』

 ってか先輩女性社員にモザイクの入ったCG見せんな。
 しかし、まさか、あの一方的な攻略報告が、転生後の仕様書になるとは思わなかった。

 男性向け美少女ゲーム、『聖剣のラヴァーズ』。
 勇者アレクが七人の美少女と出会い、恋愛イベントで好感度を稼ぎ、その好感度を魔力へ変えて終焉の魔王を倒す、王道ファンタジーRPGである。

 そして、今の私は――。

【SYSTEM】『個体名:フェリシア・ルミナリア』
【SYSTEM】『属性:王道系メインヒロイン』
【SYSTEM】『役割:勇者の精神的支柱/魔王討伐後の最高報酬』
【SYSTEM】『既定伴侶:勇者アレク』
【SYSTEM】『婚姻予定:最終シナリオ終了後』
【SYSTEM】『変更権限:ありません』

 視界へ半透明のウィンドウが現れ、人生の重大事項を勝手に確定させていく。

「人を報酬欄へ入れるなあああああああ!」
「お、お嬢様!?」

 メイドたちが一斉に飛び上がった。

 フェリシアは、七人の中でも別格の正ヒロインだ。
 勇者に助けられる。勇者を応援する。
 敵に捕まる。また勇者に助けられる。
 最終決戦では祈りを捧げる。
 魔王討伐後、勇者の胸へ抱かれる。なんならドレスまでひん剥かれる(成人向け版限定)。
 頬を染めて告白を受け入れ、そのまま結婚してエンディング。

 要するに、頭へ巨大なリボンを巻かれた、最高レアのクリア報酬である。

「冗談じゃないわ」

 前世の私は、仕事しかしてこなかった。
 デート、ゼロ。告白、ゼロ。男性と二人きりで食事をした回数、ゼロ。ただし、男性上司と二人きりで障害対応会議をした回数は多数……。

 自分で誰かを好きになる暇さえなかった。それなのに、二度目の人生では、出会う前から結婚相手まで予約済み?

 初めて恋をする相手も、初めて手をつなぐ相手も、初めての相手も……シナリオどおり、勇者アレク限定?

「誰かの冒険のご褒美としてあてがわれて、用意された幸せを受け取って、笑顔で人生終了……」

 私はベッドから立ち上がった。
 メイドからドレスを受け取り、腰のリボンを戦場へ向かう兵士の帯のように締め上げる。

「そんな仕様――絶対にお断りよ!」

【SYSTEM】『規定シナリオからの逸脱を検知』

「うるさい」

 警告ウィンドウを平手で叩き消した。

 前世では、他人が決めた納期に追われて死んだ。今世まで、他人が決めた人生を納品する気はない。