眠る巨獣の背中で町づくり――夢の景色は消せないので、仲間と動かせる暮らしを始めます

「次の取引日と、最低限出せる量を決めよう」

 レントがそう切り出すと、保管設備の前で荷を確かめていたユアンは、わずかに眉を上げた。

「ようやく商人らしい提案が出ましたね」

「これまでも商談はしていただろ」

「取引のたびに売る物と守る物を決め直すのは、商談というより防衛会議です」

 反論しにくい。

 二度の取引で、薬や工具、布は得られた。だが次がいつになるのか、何をどれだけ渡せるのかは、その都度ユアンが町へ来てから決めている。これでは売り先も、町が必要とする物資も、毎回一から組み直すことになる。

「食品と端材について、次回から最低量を決める。少なくても一定量が出ると分かれば、ユアンさんも動きやすいだろ」

「ええ。量が読めれば、買い手と交換品を先に押さえられます」

「その最低量は、誰が約束するのですか」

 セラフィナの問いに、レントは一瞬言葉を止めた。

「町としてだ」

「食品を出すのはガルドです。端材を外へ回せるか決めるのはミレイです。二人が止める必要を感じた時も、町として約束した量を優先しますか」

「いや、それは――」

「でしたら、先に本人たちへ聞くべきです」

 静かな声だったが、逃げ道はなかった。

 レントは腕を組み、すぐに解いた。

「分かった。俺だけで数字を決めるのはやめる。ガルドとミレイに確認しよう」

「最初からそうしてください」

「構想を出す役まで奪うな」

「奪っていません。成立する構想に直しているだけです」

 食料生産区画へ向かうと、ガルドは家畜の様子を見ながら話を聞いた。最後まで聞き終える前から、顔には答えが出ていた。

「無理だ」

「最低量だけでも?」

「その最低が出せるかを、誰が保証する。家畜の具合が落ちたら乳は住民分へ回す。草地を休ませる時期なら加工品も減る。町の食い分を削ってまで商人との約束を守る気はない」

「削らせるつもりはない」

「なら、量は約束するな」

 ガルドは家畜から目を離さなかった。

「売れる時に売る。止める時は俺が止める。そこを曖昧にするなら、最初から食品を商品に数えるな」

 厳しい言い方だったが、レントを交渉から外そうとしているのではない。自分が守る量を、他人に決めさせないだけだ。

「分かった。食品の最低量は決めない」

「決めるなら、住民用の最低量だ。外へ出す分じゃない」

「それはガルドが決めてくれ」

「言われなくても決める」

 次に工房へ行くと、ミレイは交換部材を並べながら、もっと露骨に顔をしかめた。

「端材の最低量? 誰がそんな面倒な約束を思いついたの」

「俺だ」

「でしょうね」

「少しは迷え」

「修理が要らない時は出せる。壊れたら戻す。それだけよ。端材って呼んでいても、切り直せば留め具にも補強材にもなるの。先に外へ出す量を固定したら、町の修理を後回しにすることになる」

「加工品なら?」

「加工した分だけ、修理へ戻しにくくなるわね」

「逃げ道を全部塞ぐな」

「設備を直す側としては、塞がっている道を見せているだけ」

 ミレイは部材を一つ持ち上げ、レントの胸元へ突きつけた。

「交易のためにこれを外へ出して、次の日に連絡足場が壊れたらどうするの?」

「既存在庫で――」

「その在庫を守るための停止権でしょう」

 レントは答えを飲み込んだ。

 足りないなら、増やす。

 夢の中から別の資源を現実へ持ち出せば、供給量を広げられるかもしれない。森を増やせば、加工できる材料も増える。

 そこまで考えたところで、採取を休止している森の根が頭に浮かんだ。現実化したものは消えない。交易の約束を守るために範囲を広げれば、ガルドやミレイが止めても、必要量を能力で作れることになる。

 それでは、二人の停止権は形だけになる。

「……増やせばいい、とはならないな」

「何を?」

「いや。何でもない」

 ミレイが目を細める。

「その顔で何でもないと言われると、余計に不安なんだけど」

「夢景色を増やして不足を埋める案は捨てた」

「捨てる前に口へ出して。勝手に考えて勝手に改心されると、止めた実感がないわ」

「次からは却下されるところまで共有する」

「却下前提なの?」

「採用される努力はする」

 その日の夕方、保管設備の前へ戻ったレントは、ユアンに数量保証を撤回すると伝えた。

「食品も端材も、最低量は約束しない。売れる量は責任者が決める。ゼロもある」

「では、取引日は決められませんね」

「そうなる」

 口にすると、思っていた以上に頼りなかった。

 品物も量も確定しない。取引が成立する保証さえない。それを長期関係と呼べるのか。

 ユアンはしばらく指先で荷の留め紐を弾いていたが、やがて顔を上げた。

「品物ではなく、連絡を定期化しましょう」

「連絡?」

「決めた日までに、食品がどれだけ出せるか、端材を回せるか、今回は何も売れないかを知らせる。それなら約束できます」

 レントは黙って続きを待った。

「量が分かれば、私は買い手と交換物資を組み直します。ゼロなら、今回は取引しないと先に伝える。必要物資だけ次へ回すこともできます」

「売れないと伝えるために、窓口を続けるのか」

「売れると言っておいて出せない方が、信用を失いますからね」

 ユアンは笑わなかった。

「利益は薄くなるでしょう。量の多い商いより手間もかかる。ですが、不確かな品を売り込んで私の信用まで失うよりはいい」

 セラフィナがユアンへ視線を向ける。

「停止理由を、あなたの判断で広げて説明しないでください」

「巨獣が拒んだ、とは言いません」

「それだけでは足りません。生活用を優先した、採取区画を休止している、修理用へ戻した。そのように、町が確認できる事実だけを伝えてください。公開しない事情は、公開しないままにします」

「承知しました、セラフィナ殿。外へ出す説明は私が整えます。ただし、最終的に何を伏せるかは、そちらで決めてください」

「その線は変えません」

「変えられても困ります」

 柔らかな口調のまま、二人の間から曖昧さが消えていく。

 数日後、全員は地上側の受け渡し場所へ集まった。通常の取引品はまだ置かれていない。あるのは、次回から何をどう伝えるかを確かめるための記録だけだった。

「次の連絡日は、この日」

 レントが示すと、ユアンが頷く。

「ガルドさんが食品とその加工品の販売可能量を決め、ミレイさんが端材を判断する。どちらもゼロを認めます」

「ゼロだからって、理由を勝手に作るなよ」

 ガルドが釘を刺す。

「生活優先なら生活優先と伝えます。家畜の事情まで話す必要がなければ話しません」

「それでいい」

「修理優先の時も同じよ。壊れた場所や部材の数まで外へ出さないで」

「ミレイさんが許可した範囲だけにします」

 セラフィナが続ける。

「町が求める物資も、連絡のたびに更新します。薬、工具、布が必要でも、在庫や優先順位は外へ知らせません」

「私は受け取った条件で買い手と交換品を組み直す。取引ができない回も、次の連絡日は消さない」

 ユアンはそこで一度言葉を切った。

「ただし、毎回利益が出るとは約束できません」

「こちらも毎回商品を出すとは約束しない」

 レントは答えた。

「それでも、出せない時は期限までに伝える。嘘の量を出さない。生活在庫を削らない。次の連絡を切らない」

 安定した数量も、決まった収益もない。最初に求めていた形とは違う。

 だが、ガルドもミレイも、自分の責任を譲っていない。セラフィナも、町と巨獣に関わる説明の境界を手放していない。ユアンは、その不便さを隠さず引き受けている。

「ユアンさん」

「はい」

「外の窓口を任せる。売れない時も含めてだ」

 ユアンは軽口を返さず、まっすぐ頷いた。

「引き受けます。レントさんも、不利益な事実を後から出すのはなしですよ」

「先に伝える」

「でしたら、長く扱えます」

 セラフィナも小さく頷いた。

「ベルク殿。外部への説明はお任せします。ただし、公開範囲を越える要求が来た場合は、取引より先にこちらへ戻してください」

「合意を利益より後へ回すつもりはありません」

 その返答を聞いて、セラフィナの肩からわずかに力が抜けた。

 商品がない日にも、連絡日は残る。

 取引が止まっても、窓口は閉じない。

 レントは、何も置かれていない受け渡し場所を見た。空のままでも、ここには次へ続く約束がある。

 町の価値は、いつでも同じ量を差し出せることではない。

 守るべきものを守り、売れない時には売れないと伝え、それでも関係を切らないことだった。