【長編版】舐めて齧って残さず食べて

「あー……。なんとなく思い出したかも……?」

 長い銀髪を掻き揚げながら八尋が呻く。
 意識をはっきりさせるためかブルブルと水気を飛ばす犬のように頭を振るもんだから、ぴしぴしと俺の顔に銀髪が飛んできた。

「いきなりブチ切れたかと思えば消えられて、ついでに周囲の記憶からもお前が消えるってトンデモ事態に巻き込まれた俺にまず謝れ」

 話はそこからだと言わんばかりにふんと鼻を鳴らせば、しょんぼりと肩を落とす八尋。

「あー、それはごめん。僕もちょっと……感情的になり過ぎたみたい……」

「龍神も感情的になるのな」

 目に見えて落ち込んでる八尋に軽口を叩けば、ますます落ち込んでしまった。

「そりゃそうだよ。だいたい僕らみたいな存在ってそんなもんじゃない? ほら、神話でもよくあるじゃん。キレて引きこもったりとかさぁ」

 相変わらずこの龍神は変なことに詳しい。
 つか天岩戸の神話を、そこらの引きこもりと同列に語ってやるなよ。

「あー。ちょっと待って。まだなんか調子がでない」

 何かを振り切るようにふるふると首を振っていた八尋が、おもむろに俺に向かって手を伸ばす。
 小さな子が抱っこを求めるような体勢に、俺は首を傾げた。

「……何?」

「脱いで」

「……あ?」

「だから服脱いでこっちに来てってば」

「……お前、この状況で何言ってんの?」

 くるりと辺りを見回せば、相変わらず薄暗い座敷牢の中だ。
 埃っぽく空気も淀んでいる。
 唯一外と繋がってる窓には格子が嵌っていて、外の様子はうかがえない。
 ただ不思議なことに窓から覗く月明かりは、ここで目を覚ました時から位置を変えてないように見えた。

「だから慈雨くんが足りないんだってば。キスでもいいけど、それじゃ話できないでしょ? ホントは身体を重ねれば手っ取り早いんだけど、さすがにここでするのはどうかと思うし、その為にするっていうのもさぁ。なんか嫌じゃない? だから少しでも慈雨くんに触れる面積を増やそうかと……」

 こんな場所はちょっとねぇ……と言いよどむ八尋。
 どうやらこの龍神様は存外にロマンチストらしい。
 なるほど寒い時にお互いの体温で暖を取るようなもんかと納得して、おもむろに服を脱ぎ捨てた。

「わ、わぁ……豪快……」

 ヒラヒラとした長い袖で顔を隠しつつ、チラチラとこっちを見てる八尋に、呆れの一瞥を投げる。

「お前が脱げって言ったんだろうが。あとこれは人命救助な。雪山でくっ付くよくあるシチュと一緒だろ? ほら、お前も脱げ」

 どういう作りになってるのかよくわからない八尋の服に手をかける。
 ……え? マジでこれどうなってんの? 着物みたいに襟もとは合わさってるけど……。え?

「ちょ、ちょっと待ってって。もー。変なとこ男らしいんだから……。ていうか下は脱がなくていいよ。上だけ……ほら、くっつこう?」

 胸元を寛げた八尋が俺を手招く。
 真っ白な肌に引き寄せられるように近づけばくるりと身体を返された。
 八尋の胸に背中を預ける、いわゆるバックハグ状態で抱きしめられる。
 ピタリとくっ付いた背中から、八尋のぬくもりがじんわりと広がった。
 
 ……どこかほっとする。
 やっと帰って来たような、あるべき姿に戻ったような安心感に包まれながら、俺は八尋の話に耳を傾けるのだった。


「えっと……。確かあの時は……」

 トクトクと八尋の心音に耳を傾けてると、独り言のような呟きが落ちてきた。

「慈雨くんにまとわりつく影があったから、それを探って……。あぁ思い出した……。慈雨くんにまとわりついてたのは……僕たちをここに閉じ込めてるのと同じ()()だ」

「……それって、アレか? ひいばあちゃんの両親と、ひいじいちゃんに殺された村人の怨念ってヤツ……?」

「ん……。そう……。だけどそれだけじゃなくて……。あぁ、大本は……」

 少しだけ言いよどむ八尋の顔を下から覗き込めば、俯いた八尋の銀髪がカーテンのように俺を隠した。
 
「……呪いの核は……氷雨を追い詰めたヤツだ」

 八尋の口から出てきた人物に、俺はさっきまで見ていた夢を思い出した。

「あぁ……アイツか……。八尋と阿女の契約を歪めたのも……やっぱりアイツだったな」

「……え?」

 不思議そうに八尋が首を傾げる。その拍子にさらりと銀糸のような髪が俺の頬を撫でていった。

「さっき見た夢がちょうどそんな感じでな。村長と村長の息子が氷雨を湖に堕としてしまったことを隠すためにでっち上げたんだ。……八尋が、龍神が力だけでは足りず、生贄を求めてるって」

 あんのゲス野郎がっ!
 思わず舌打ちが出る。
 あの男が無理に氷雨に迫らなければ……っ!

「……そうだったんだ……。まぁ、人の悪意ってそんな感じだよね」

「お前なぁ。そんなあっさり納得するなよ。そのせいでお前は生贄になった娘たちに恨まれたり、腹を空かせたり、消えかけたりと、いろんなひどい目に遭ってんだぞ? 今はこうして閉じ込められてるしな!」

 暖簾を掻き分けるようにして、八尋の髪の中から顔を出す。
 触れ合っていた俺の背中と八尋の胸の間に隙間ができた。
 それがなんだか淋しくて、俺はもう一度さっきの位置に戻った。
 八尋の腕の中へ。
 こんな状況で一番安心できる場所へ。

 ぐりぐりと後頭部を擦り付けてると、ふっと小さな笑い声が落ちてきた。

「……んだよ」

「んー。心配かけて……ごめんね」

「まったくだ。んで、そろそろ元気でたか? そしたらこんな辛気臭ぇ場所からとっとと逃げんぞ。あ、ちなみに学校は昨日から夏休みだ。とっとと記憶も戻して……俺と青春楽しもうぜ」

 一息に告げれば、八尋が水色の瞳を見開いた。
 そして……破顔した。

「そうだね。僕、裏庭で慈雨くんに膝枕してもらうの好きなんだ。だから……」

「おう。とっとと出んぞこんなとこ」

 ぐっと拳を握り締めた俺にふわりと影が差す。
 落ちてきた唇は、どこまでも温かかった。