暗い。昏い。くらい。
どこからか水漏れしてるのか、ポタンポタンと規則正しい水音がする。
……過去、拷問に使われたこともあったという水滴の音に不吉なものを感じながら目を開ければ、そこは真っ暗だった。
三方を土壁に覆われた三畳ほどの部屋。
部屋の半分に畳が置かれ、残りはむき出しで踏み固められた土が顔を覗かせていた。
窓はなく、唯一土壁じゃない一方には……頑丈そうな木を組み合わせた柵が嵌っていた。
そう。ここはまるで牢屋のような……。
暗闇に目が慣れると、畳の上に人影があることに気付いた。
片手に手かせをつけられ、手かせの反対の先は土壁に繋がれている。
がくりと頭を下げた人影はずいぶんと小柄だった。
そしてその人影の前にもう一人。
(……っ!? 八尋!)
打ち捨てられた人形のように倒れている人影。
うつ伏せのせいか顔は見えないが、見覚えしかない銀髪がその正体を明らかにしていた。
(八尋っ! おい! 大丈夫か?!)
動きたいのに動けない。
声すらも出ない。
ただひたすら倒れ伏す八尋を見てることしかできない。
もどかしい時間が過ぎ、そして……。
ふと気づく。
小柄な人影が顔をあげ、俺にひたりと視線を合わせてることに。
(あん……た……)
その顔は……。
『たす……けて……! たすけ……て!』
昔見せられた母親の写真、幼い頃の彼女の顔によく似ていた。
『たすけて……! たすけて……! ……たちきって!』
(助けろって言われても! ここどこだよ! 俺だって助けたい! 八尋を返せよっ!)
ままならない身体で駄々っ子のように願いだけ口にする。
(俺だって……っ! 俺だって……っ!)
『ここまで来て!』
(ここってどこだよ! こんな窓の一つもない場所がどこにあるかなんてわかんねぇよっ!)
少女の言葉に反論しかできない自分が情けない。
だけど、この真っ暗な空間でわかるのは、八尋が、好きになった相手が倒れてることだけだ。
悔しい口惜しい。
胸をかきむしりたくなる衝動におかしくなりそうだ。
『日記……の……っ! 英雄さんの日記を……っ!』
見つけてっ!!
少女の叫びに押されるように、真っ暗な空間から弾き飛ばされた。
(っ! 八尋っ!)
うつ伏せになったままピクリとも動かない相手に伸ばした手は、虚しく空を切った。
「っ?!」
ガバリと身体を起こす。
荒い息を吐き出しながら周囲を見回せば、見慣れた自分の部屋だった。
「……っ!」
はくりと息を吐いて、枕元に置いてあったスマホに手を伸ばす。
スマホにはイインチョからのメッセージが届いていた。
メッセージには、学校に忘れていったカバンはイインチョが預かってること。
早退したことについても、先生には体調不良だと伝えてあること。
今日の登校も無理しないこと。
そんなイインチョらしい面倒見の良い言葉で溢れていた。
そして……。
メッセージの一覧の中にポツンと残されていたのは、宛先不明のツリー。
メッセージツリーをタップすれば……。
「んだよ……これ……」
八尋とやり取りしたはずのメッセージはすべて文字化けしていた。
アイツがいたはずの小さな痕跡。
読めないそれを眺めながら込み上げてくる感情を抑える。
片膝を抱えてメッセージをスクロールする。
くだらないやり取りをしたはずだった。
一番新しいメッセージはなんだったっけ?
日常の何気ないやりとりだったはずだ。
明日の昼は何食べようか? とか宿題やったか? とか……。
そんな……やり取りだったはずだ。
「……くそがっ……」
吐き捨てるように呟いた瞬間、部屋のドアがノックされた。
「慈雨? 起きてる? 今日は学校どうする? 休むなら母さん学校に連絡するけど……」
心配そうな声と共に顔を出したのは母親だった。
顔を見た瞬間、さっきまで見てた夢がフラッシュバックする。
「……母さんさ、牢屋に閉じ込められたことある?」
俺の唐突な質問に目を瞬かせる母親。
「……母さん、そんな悪人に見える?」
ふるりと首を振る。
だいたいあの牢屋は真っ当なものではなかった。
まるで時代劇に出てくるような……。
「……ホント、昨日からどうしたの? 何か悩みがあるなら聞くわよ? といっても思春期を迎えた息子の悩みかぁ。……父さんの方がいい?」
心底心配そうな顔をする母親に、やっぱり首を振る。
「あぁ、大丈夫だよ。……ちょっと体調悪いから……今日は休むわ」
そう言って母親に背を向け布団に潜り込む。
しばらく視線を感じていたが、小さなため息が聞こえてきた。
「……朝ごはん用意してあるから食べなさいね。母さんパートに行ってくるから……」
「ん……」
小さく返事をすれば、ドアが閉まる音がした。
そして階段を下りていく小さな足音。
しばらくすると、母さんが学校に電話をする小さな声が聞こえ、ついで玄関の閉まる音がした。
そこからさらに時間が経ってから身体を起こす。
パソコンの電源を入れれば、パッとモニタに光が灯った。
「……さて」
とりあえずメモアプリを開く。
つらつらと夢で見た記憶を書き連ねていくと、最後に彼女が言った言葉を鮮明に思い出した。
「英雄……って確か……ひいじいちゃんの名前だったよな? ひいじいちゃんを知ってて、母さんに顔がそっくりってことは……あれはひいばあちゃん?」
写真でしか見たことのない親族に思いを馳せる。
確か、ひいばあちゃんとばあちゃんと母さんはよく似ていると言っていた。
女系の家系だから仕方ないねとばあちゃんと母さんは笑ってたけど……。
ついでに俺自身母親似だ。
「阿女の系譜って……やつなんかねぇ?」
さて、と椅子を軋ませて立ち上がる。
「ひいじいちゃんの日記ねぇ……。仏壇にあるかな?」
ふらりと一階に降り立つ。
家人は全員出かけているから静かなものだ。
いつもはそのことに何も感じないが、今日は、今日だけは僅かな恐怖が沸き上がった。
なんとなく息が詰まって苦しい。
慌てて仏壇の置いてある和室へと駆けこむ。
ぴしゃりとドアを締めれば、少しだけ息がしやすくなった。
「……なんだってんだいったい……」
ブツブツと悪態をつきながら、仏壇の前に座る。
八つの目に見つめられながら、線香に火を灯す。
母親が愛用してる線香の、ラベンダーの香りがふわりと漂った。
「……なぁ、ひいじいちゃんの日記って……なんだよ……」
ぼそりと呟いても、当たり前だが応えはない。……はずだった。
ガタンと音を立てて曽祖父の遺影が倒れた。
その物音にビクリと身体が跳ねる。
「な、なんだよ……。驚かすなよひいじいちゃん……」
恐る恐る遺影に手を伸ばせば、写真立ての蓋が開いて、曽祖父の写真が少しだけズレていた。
「……?」
僅かなずれが気になって、蓋を外す。
写真を保護していた台紙も外した瞬間、はっと息を呑んだ。
「……これ……は……」
そこには力強い男性の手で文字が書かれていた。
『引キ出シノ裏ヲ見ヨ』
「……引き出し……?」
ばっと仏壇を見る。
仏壇の下側は引き出しになっていて、ちょっとした小物や、それこそ曾祖母の日記が仕舞われていたところだ。
「……裏……?」
引き出しをしっかりとつかみ、全て引き出す。
中身をばらまかないように用心深く持ち上げてみれば、確かに引き出しの裏に何かが貼ってあった。
「……これ……は……」
決して分厚くはない。
学校で使うノートより少し厚いくらいだ。
曾祖母の日記帳に比べれば半分もない。
だけどそれは……確かに曽祖父の日記だった。
引き出しの裏から剥がしとったソレを、恐る恐る開く。
そこには……故郷に対する嫌悪と、狂おしいまでの恋情が書き記されていた。
どこからか水漏れしてるのか、ポタンポタンと規則正しい水音がする。
……過去、拷問に使われたこともあったという水滴の音に不吉なものを感じながら目を開ければ、そこは真っ暗だった。
三方を土壁に覆われた三畳ほどの部屋。
部屋の半分に畳が置かれ、残りはむき出しで踏み固められた土が顔を覗かせていた。
窓はなく、唯一土壁じゃない一方には……頑丈そうな木を組み合わせた柵が嵌っていた。
そう。ここはまるで牢屋のような……。
暗闇に目が慣れると、畳の上に人影があることに気付いた。
片手に手かせをつけられ、手かせの反対の先は土壁に繋がれている。
がくりと頭を下げた人影はずいぶんと小柄だった。
そしてその人影の前にもう一人。
(……っ!? 八尋!)
打ち捨てられた人形のように倒れている人影。
うつ伏せのせいか顔は見えないが、見覚えしかない銀髪がその正体を明らかにしていた。
(八尋っ! おい! 大丈夫か?!)
動きたいのに動けない。
声すらも出ない。
ただひたすら倒れ伏す八尋を見てることしかできない。
もどかしい時間が過ぎ、そして……。
ふと気づく。
小柄な人影が顔をあげ、俺にひたりと視線を合わせてることに。
(あん……た……)
その顔は……。
『たす……けて……! たすけ……て!』
昔見せられた母親の写真、幼い頃の彼女の顔によく似ていた。
『たすけて……! たすけて……! ……たちきって!』
(助けろって言われても! ここどこだよ! 俺だって助けたい! 八尋を返せよっ!)
ままならない身体で駄々っ子のように願いだけ口にする。
(俺だって……っ! 俺だって……っ!)
『ここまで来て!』
(ここってどこだよ! こんな窓の一つもない場所がどこにあるかなんてわかんねぇよっ!)
少女の言葉に反論しかできない自分が情けない。
だけど、この真っ暗な空間でわかるのは、八尋が、好きになった相手が倒れてることだけだ。
悔しい口惜しい。
胸をかきむしりたくなる衝動におかしくなりそうだ。
『日記……の……っ! 英雄さんの日記を……っ!』
見つけてっ!!
少女の叫びに押されるように、真っ暗な空間から弾き飛ばされた。
(っ! 八尋っ!)
うつ伏せになったままピクリとも動かない相手に伸ばした手は、虚しく空を切った。
「っ?!」
ガバリと身体を起こす。
荒い息を吐き出しながら周囲を見回せば、見慣れた自分の部屋だった。
「……っ!」
はくりと息を吐いて、枕元に置いてあったスマホに手を伸ばす。
スマホにはイインチョからのメッセージが届いていた。
メッセージには、学校に忘れていったカバンはイインチョが預かってること。
早退したことについても、先生には体調不良だと伝えてあること。
今日の登校も無理しないこと。
そんなイインチョらしい面倒見の良い言葉で溢れていた。
そして……。
メッセージの一覧の中にポツンと残されていたのは、宛先不明のツリー。
メッセージツリーをタップすれば……。
「んだよ……これ……」
八尋とやり取りしたはずのメッセージはすべて文字化けしていた。
アイツがいたはずの小さな痕跡。
読めないそれを眺めながら込み上げてくる感情を抑える。
片膝を抱えてメッセージをスクロールする。
くだらないやり取りをしたはずだった。
一番新しいメッセージはなんだったっけ?
日常の何気ないやりとりだったはずだ。
明日の昼は何食べようか? とか宿題やったか? とか……。
そんな……やり取りだったはずだ。
「……くそがっ……」
吐き捨てるように呟いた瞬間、部屋のドアがノックされた。
「慈雨? 起きてる? 今日は学校どうする? 休むなら母さん学校に連絡するけど……」
心配そうな声と共に顔を出したのは母親だった。
顔を見た瞬間、さっきまで見てた夢がフラッシュバックする。
「……母さんさ、牢屋に閉じ込められたことある?」
俺の唐突な質問に目を瞬かせる母親。
「……母さん、そんな悪人に見える?」
ふるりと首を振る。
だいたいあの牢屋は真っ当なものではなかった。
まるで時代劇に出てくるような……。
「……ホント、昨日からどうしたの? 何か悩みがあるなら聞くわよ? といっても思春期を迎えた息子の悩みかぁ。……父さんの方がいい?」
心底心配そうな顔をする母親に、やっぱり首を振る。
「あぁ、大丈夫だよ。……ちょっと体調悪いから……今日は休むわ」
そう言って母親に背を向け布団に潜り込む。
しばらく視線を感じていたが、小さなため息が聞こえてきた。
「……朝ごはん用意してあるから食べなさいね。母さんパートに行ってくるから……」
「ん……」
小さく返事をすれば、ドアが閉まる音がした。
そして階段を下りていく小さな足音。
しばらくすると、母さんが学校に電話をする小さな声が聞こえ、ついで玄関の閉まる音がした。
そこからさらに時間が経ってから身体を起こす。
パソコンの電源を入れれば、パッとモニタに光が灯った。
「……さて」
とりあえずメモアプリを開く。
つらつらと夢で見た記憶を書き連ねていくと、最後に彼女が言った言葉を鮮明に思い出した。
「英雄……って確か……ひいじいちゃんの名前だったよな? ひいじいちゃんを知ってて、母さんに顔がそっくりってことは……あれはひいばあちゃん?」
写真でしか見たことのない親族に思いを馳せる。
確か、ひいばあちゃんとばあちゃんと母さんはよく似ていると言っていた。
女系の家系だから仕方ないねとばあちゃんと母さんは笑ってたけど……。
ついでに俺自身母親似だ。
「阿女の系譜って……やつなんかねぇ?」
さて、と椅子を軋ませて立ち上がる。
「ひいじいちゃんの日記ねぇ……。仏壇にあるかな?」
ふらりと一階に降り立つ。
家人は全員出かけているから静かなものだ。
いつもはそのことに何も感じないが、今日は、今日だけは僅かな恐怖が沸き上がった。
なんとなく息が詰まって苦しい。
慌てて仏壇の置いてある和室へと駆けこむ。
ぴしゃりとドアを締めれば、少しだけ息がしやすくなった。
「……なんだってんだいったい……」
ブツブツと悪態をつきながら、仏壇の前に座る。
八つの目に見つめられながら、線香に火を灯す。
母親が愛用してる線香の、ラベンダーの香りがふわりと漂った。
「……なぁ、ひいじいちゃんの日記って……なんだよ……」
ぼそりと呟いても、当たり前だが応えはない。……はずだった。
ガタンと音を立てて曽祖父の遺影が倒れた。
その物音にビクリと身体が跳ねる。
「な、なんだよ……。驚かすなよひいじいちゃん……」
恐る恐る遺影に手を伸ばせば、写真立ての蓋が開いて、曽祖父の写真が少しだけズレていた。
「……?」
僅かなずれが気になって、蓋を外す。
写真を保護していた台紙も外した瞬間、はっと息を呑んだ。
「……これ……は……」
そこには力強い男性の手で文字が書かれていた。
『引キ出シノ裏ヲ見ヨ』
「……引き出し……?」
ばっと仏壇を見る。
仏壇の下側は引き出しになっていて、ちょっとした小物や、それこそ曾祖母の日記が仕舞われていたところだ。
「……裏……?」
引き出しをしっかりとつかみ、全て引き出す。
中身をばらまかないように用心深く持ち上げてみれば、確かに引き出しの裏に何かが貼ってあった。
「……これ……は……」
決して分厚くはない。
学校で使うノートより少し厚いくらいだ。
曾祖母の日記帳に比べれば半分もない。
だけどそれは……確かに曽祖父の日記だった。
引き出しの裏から剥がしとったソレを、恐る恐る開く。
そこには……故郷に対する嫌悪と、狂おしいまでの恋情が書き記されていた。


