放課後ティータイムは、君と一緒にほろ苦い抹茶を

 
 なんだか慌てた様子でやってきた日向さんに、思わず身体が硬直する。

「えっ……柳原? 来ていないけど……」

 状況は不明だがとりあえず返事をしておいた。

「マジか。絶対ここだと思っていたんだけど……」
「何かあったの?」

 バスケ部内で何かトラブルでもあったのだろうか。僕に解決できる気はしないが、なんだか月曜日と違い少し焦っている様子だから思わず聞いてしまった。

「柳原がさぁ、月曜日以降なんか様子が変なんだ。練習試合勝利記念のファミレス打ち上げ会も参加しなかったし、別の日のバスケ観戦も、あいつの趣味のはずなのに拒否しやがった。抹茶を克服すると言って、今まで絶対に買わなかった抹茶ラテを毎日飲んでいる。昨日なんて『ベツもんの抹茶はだいぶ克服した、やっぱマジもんの抹茶飲まなきゃ駄目だわ』とか意味分からん事言ってた」

 抹茶を克服? 嫌いなものは少ないに越した事はないだろうけど、普通に生活していて抹茶を飲む機会なんてないだろうに……なんでわざわざそんな事しようとしているんだ?

「そのえっと……月曜日は本当にごめん!!」

 柳原の行動を疑問に思っていると、いつの間にか茶道室に入っていた日向さんが、畳に両手をついて土下座をしていた。

「なっ……なんで日向さんが僕に謝っているの」
「2人が喧嘩したのも俺のせいだろ? 本当にごめん!! 俺が2人の事をよく知らずに無神経な事を言ってしまったせいで、なんかビミョーな空気にさせてしまって……反省している!!」
「いや、あれは僕に非がある。柳原を来たくもないお茶会に参加させてしまったのだから……」

 むしろ日向さんには少し感謝している。確かに今寂しい気持ちだが、日向さんのお陰で柳原が嫌がっている事を止めることが出来たのだから。だからこそ、何で抹茶を克服しようとしているのか意味が分からない。

「いや、むしろ柳原はこのお茶会すげー楽しみにしていたと思うぞ?」
「そんなわけないよ。わざわざ嫌いなものを飲みに来るメリットなんてないじゃないか」
「でも柳原、真雅君とまた抹茶を飲みたいから克服しようとしているんだろ? 君が『抹茶が嫌いな奴とお茶会する気はない』って言っていたから」
「……っ!!」

 確かに僕はそう言った。柳原の事が大切だから、無理して飲んでほしくないと素直じゃないねじ曲がった暴言で突っぱねた。月曜日からいきなり抹茶を克服しようとしているのも、時期的にも納得がいく。

「バスケ部さ、金曜日によくファミレスに行っていたんだ。だけど文化祭以降あいつ金曜日は不参加になった。いつの間にかそれが普通になって、放課後教室の外で手を振って別れんの。1人だけ玄関とは別方向に歩いていく後ろ姿は嫌がっているようには見えなかった」
「……」
「まあ本当に最初の頃は少し困った顔してたけど、段々楽しみになってきていたと思う。ここ数ヵ月は金曜日の昼休憩の時間からワクワクしてる感じでさ、柳原にとって君とのお茶会は本当に大切な時間だったんじゃないかな」
「……そう、なんだ」

 柳原は、それほどこの時間を大切にしてくれたのだろうか。毎回のように言ってくれる『来週も楽しみにしている』という言葉を信じて良いのだろうか。
 あの穏やかで心地いい時間は、彼の我慢の上で成り立っていたわけではなく、お互い望んでいたからこそ成り立っていたのだろうか。彼も僕と同じ気持ちなのだと……。胸の奥から湧き上がる後悔も罪悪感も潰すかのように、握った拳に力が籠もる。

 柳原に謝りたい。謝って、もう一度ここに来ても良いと。いや違う、ここに来てほしいと……僕も君と一緒にまたお茶会をしたいと伝えたい!!

「日向さん、ありがとうございます。僕はこれを片付けたら帰るので、柳原の事は任せてください」
「おっ、柳原がいる場所に心当たりあんの?」
「ええ、多分……」

 柳原が『マジもんの抹茶』を求めていて、この茶道室に来ないなら行く場所は1つしかない。むしろそれを外したらお手上げだ。

「マジか、じゃあ頼んだわ! あー、なるべく早く向かった方が良いよな? 詫びにならないと思うけど片付けはしとくよ。洗ってそこの棚の中に入れとけば良い?」
「ではお願いします。細かい整理整頓は月曜日に僕がやるので、適当に入れておいてください」
「おう、任せてくれ! っと、この抹茶どうする? 全然飲んでないみたいだけど」

 日向さんは畳の上に置いた抹茶を指さす。そういえば結局口すらもつけていない。

「あー……結構苦いので流し台に捨てておいてください。では、僕は失礼します!!」
「了解~。柳原は任せた!」

 日向さんに手を振って、鞄を掴んで茶道室を飛び出す。
 僕は目的地に向かって走り始めた。


◆◆◆


 茶道室に残された日向は、真雅の足音が聞こえなくなると立ち上がった。畳の上に置かれた茶碗を手に取って、中に入っている抹茶をじーっと覗き込む。そういえば本格的な抹茶は飲んだ事ないなと思い、捨てるのも勿体ないからと、日向は茶碗に口を付けた。一気にグイッと飲み込むと、想像以上の苦味に思わずむせる。

「うげー、思ったより苦いな。自販機の抹茶ラテすら駄目な奴には無理だろ。これ飲みに毎週茶道室に行くとか、絶対菓子食う以外の理由あるじゃん」

 自販機の甘い抹茶ラテでも嫌がっていた人間がこれを飲んでいたのか……と思うと同時に、月曜日の練習試合後の事を思い出していた。試合に無事勝利し、観戦していた真雅の姿を見て子犬のように笑顔を振りまきながら駆け寄る柳原の姿を。
 その時の柳原の顔は、日向も見た事がないほど、とても嬉しそうな笑顔だった。

「はぁ、不器用な2人組だなぁ……」

 やれやれと肩をすくめながら、日向は片付けに取り掛かった。