君の世界の話をしよう。第2章



悠が出かけた後の
俺たちの部屋。


俺は、ほんの少し

苦手だったりする。




だって――


急に、広くなるからさ。





ぐるっと
部屋を見渡す。


「悠らしいな。

 掃除するところ……

 うん。ない。」


しばし思案。



あ。



ガチャ……


「ふふん。
 さすがの悠も、
 朝っぱらからここは無理っしょ。」


寝室のベッドを見下ろす。


シーツをひっぺがし、
くるくるっとまとめる。

洗濯機に放り込む。


「よいしょーっ!」

ピッ、ピッ、

ピピッ!




寝室に戻る。

今度は掛け布団だ。

半ば、
顔から埋もれつつ、
大きく広げた腕で抱き抱える。


「おりゃっ!」

ベランダに引っ掛けて
形を整える。


空を見上げる。

雲の切れ間から
青空が覗いている。


「あー、雲多いな。
 まっ、いっか。」


パンパン、と布団を叩く。


「シーツは乾燥までやったし、
 よし。買い出しに行くか。」


今夜は、

俺がご飯を作ろう。


俺だって、
作ろうと思えば作れるんだ。

菓子パンばかりじゃないんだぞ。



―――――


そして俺は今、

クソ兄貴の家の前にいる。


「うーん……
 
 居るのは、
 慧さんだけでありますように。」


ギュッと目を瞑り
ノックをする。

コンコン!!


「はーい。」

おっ。慧さんの声だ。
よっしゃぁ!


ガチャッ!

ドアが開くと同時に
ご機嫌で挨拶。

「慧さーんっ!こんにちは!」



「――なんだお前、
 気色悪い声出すなよな。」



「うわっ!慧さんじゃない!」

すっかり
慧さんのつもりでいたのに。

こんな顔の濃い
絵の具だらけの男が出てくるとは。

「おえぇぇ……」

げんなりとした顔で
舌を出してみせる。


「チッ!
 お前、回れ右して帰れ。」

シッシッと追い払われる。


慧さんが笑いながら
顔を出す。

「相変わらず仲良いね。

 慎くん、どうぞ。」


その笑顔に、
俺、
いつも癒されてます。



部屋の中。


床にリュックを下ろし、

慧さんに頭を下げる。


「急なお願いだったのに
 ありがとう。」


「いいよ。
 でもどうしたの?
 料理教えてだなんて。」


目を丸くしてる慧さんの後ろで
クソ兄貴がクッと笑う。

「ふーん、お前が料理?」



だから嫌だったんだ。

ほんっと、邪魔だなぁ。



兄貴が
スケッチブックを取り出す。

サラサラと何かを描くと
パッと俺に見せた。

「どっちがイカで
 どっちがタコでしょうか?」


「めんどくさっ!
 こっちがイカでこっちがタコ!」


「たこ焼きに入れるのどっち?」


「タコだろ!」


「イカでもいけまーす。」


「うっざ!うっざ!
 あっち行けよ、もう!」


「おーこわっ!」

ニヤニヤしながら
兄貴は
アトリエに戻っていった。



――キッチン。



腕組みした慧さんが
俺の手元を見ている。

ゴロゴロとした胡瓜が
悲しげにそこにある。

「……マジ?
 これ、スライス?」

「うん、スライス!
 かなり頑張りました。」

「分かった。
 うーん……ちょっと待ってね。」

俺に向かって
手のひらを向けると、

冷蔵庫から
野菜をたくさん持ってきた。

ゴロゴロ!ドサッ!

「え。こんなに使うの!?」


「ふふん。
 慎くんもちゃんと作れる
 簡単ヘルシーメニューだぞ。」

慧さんがニッと笑う。

「この野菜、
 大きくぶった斬ってみて。」


「へ?」



――……
―――――……



「うっわ。めちゃ美味しそう!」

俺が作ったポトフが
ふわっふわっと
湯気を昇らせる。

初めて
ちゃんと作った料理だ。



「ポトフってさ、
 野菜がごろっごろしてる方が
 美味いんだよ。

 クスッ……慎くんにピッタリ。」


横から
絵の具だらけの手が伸びてくる。

「あ、兄貴!」

「どれどれ。」

流は、
おたまですくうと
口に含んだ。

「あ。うまいわ。」



――嬉しい。



自分が作った料理に
“うまい”って言われるのって
めちゃくちゃ嬉しいんだな。


悠の声で言われたい。

それと、
笑った顔が見たい。

そんで、俺の髪を
クシャクシャと撫でて欲しい。


そんで、


そんで――。



うわ……恥ずっ!



俺、いつからこんなに
欲張りになったんだ?



慧さんと目が合う。

「慎くん、いい顔っ!」
「どや!」

顔を見合わせ、
クスクスッと笑う。




「よし!
 ちょっと遅めのお昼ご飯。
 慎くんのポトフ食べるよ!」

慧さんが手を叩く。


「待ってました!」

兄貴の声も弾んでいる。


俺は嬉しくて
何だか言葉が
上手く出てこない。

だから、笑顔で頷いた。



「おい、味覚えて帰れよ?」

兄貴に
頭をポンとされる。


「ガキ扱いすんじゃねぇっ。」

ペしっと払う。

避けられる。

もっかいペしっと手を出す。

また避けられる。


「君たち、
 やんちゃキャットじゃん。」

慧さんが
声を立てて笑っている。


――やんちゃキャット……。

なんだ?
その可愛いんだか
ダサいんだかのネーミングは。



きゅぅ……

やっぱ慧さんはイイ。



「おい、変な目で見んなよ?」

兄貴の手が俺の目を覆う。

「見てねーわ!
 俺の“兄ちゃん”、
 好きだって思ってただけ!
 兄貴よりも数百倍な!」

ガッ!!
足を踏んづける。

「いって!!……クソ痛ぇ。」

足を掴みあげ、
フーフーとやる兄貴。

慧さんがまた笑う。




お皿を運ぶ俺の後ろ。



「……ね、流、
 俺の事……“兄ちゃん”だって。」

慧さんが
小さな声で兄貴に言った。

その声がとても優しかった。


―――――


「慎くん、もう帰るの?」


「うん。
 買い出し行くんだ。
 それと、ちょっとね。」


「――うん?」


「へへっ、秘密!」


「そかそか。
 気をつけてね。」

「慎、健闘を祈る。」

「おう!じゃ、ありがとうな!」


クソ兄貴と慧さんが
2人並んで手を振っている。

俺も大きく手を振った。



「さて!
 ここからが忙しいぞ!」

ぐーっと伸びをする。

ふと、
雲がかった空が目に入る。



「――大丈夫だよな?」



雲は何も言わない。

ただ、
流れているだけ――。








スーパー。

野菜をカゴに
ポイポイと入れていく。

「あ。ベーコン忘れてた。」

小走りで
加工品売り場に戻る。

ベーコンブロックをひとつ、
カゴに加える。


また小走り。

シャッとレジに並ぶ。

――俺、忍者っぽくね?

1人で思って
1人でニヤつく。


俺は今、

めちゃくちゃ浮かれてる。


だって、この後、
大事なものを
受け取りに行くんだもん。


買ったものを
リュックに詰め込み、
猛ダッシュで
スーパーを後にする。


いつもの道が
高速で後ろへ流れていく。


ハァハァ、と呼吸が弾む。

ちょっと苦しい。

それが気持ちいい。



「あ。あった!」


“Army Shop ―KIMISEKA―”

看板を眺め、
すうっと深呼吸をする。



「すみません。

 ――26番ですけど。
 出来てますか?」



「出来てますよ。

 はい、これね。

 仕上がりチェックして下さい。」



俺の手のひらに

ふたつのIDタグ。


念入りにチェックしていく。

「えっと……
 うん……うん……

 はい!OKです!」


名前と生年月日、血液型。
そして
お互いの携帯番号。

悠のは、
裏面に搬送先と担当医。

しっかりと刻印されている。



俺と悠の再会記念、

それから――、恋人記念に。


いつでも、
これが守ってくれますように。

たくさんの思いを込めて。



ギュッと握りしめる。



ポケットのスマホが震えている。

ゴソッ。

「あれ?悠からだ。」

画面をタップし耳に当てる。


「はーい。どうしたの?

 んー、出先だけど?

 え?

 うん!布団、干してきた。

 すげぇ、よく分かったな。」



『――今から雷雨だぞ。』


「えっ!?ヤバい!!
 悪い、切る!」


『えっ……ちょっ……』


大慌てで
スマホをポケットにねじ込む。


また
俺は走ってる。


空を見る。

俺たちの家の方角に
真っ黒な雲が広がっている。

遠くから、
低い轟きが聴こえる。


「うわ、ヤバいな!急ごう!」


今日一番のダッシュ。
走ればすぐだ。
間に合うよ。

いや、間に合わせる。



ワントーン暗くなった世界を
駆け抜けていく。


カーブを抜けたら……

ほら、

珈琲館の看板が、小さく見える。


キョロッと周りを見渡す。


「車の通り、少ないな。

 今日くらい、いいよな。」


トタッ……


車道へ

足を踏み出す。



―――――



学校の門。

「なんか頭痛いな……」

空を見上げると
黒い雲が近づいている。


流れも早い。


気温が急に
スッと
下がったような気がする。



ゴロゴロ……ゴロ……





低い音が

途切れ、途切れ、

聴こえてくる。


何となくだけど、
アイツ多分、
俺の留守に何かしてる。


掃除は、
やるとこないだろうけど。



「あ。布団!」



急いで慎に電話する。


ビンゴだ。
布団干し、やってる!


「今から雷雨だぞ。

 え!?――ちょっ、待て……」


ありゃ、切れた。

俺が取り込む、って
言いたかったのに。



何をそんなに、急いでるんだ。



「相変わらずの、猪突猛進。
 
 イノシシな慎……

 イノシン……。」


ブハッ!!

やばい、ツボった!!

「つまんねぇ……!」

声を堪えて歩き出す。



ゴロゴロゴロ……


さっきよりも、
音が
ハッキリと聴こえる。


「――俺も急ぐか。」


といっても、
いつも急いで帰る俺。

特に変わりはないのだが。




うちの看板が見えてきた。


うん。間に合ったな。



「――え。
 
 あれは……慎?

 ……アイツ、何してる?」



俺の目に映ったのは、

車道に出てくる慎の姿。


目線は、
手のひらに落ちている。


――なにやってんだ!?


道沿いに
バイクショップがあるの
知らないのか!?

カーブから
急に出てくるんだ。



――あっ!!

――来た!バイク!!



「慎っ!!出るな!!」



一瞬、慎と目が合った。