ムズムズキュンキュン。
略して――ムズキュン。
正しいかどうかはさておき、
俺たちは今、
それらしきものを
目の当たりにしている。
こんなこと、
初めてなんですけど!
――初めて……か。
あー……しかし、
それは俺だけかもしれん。
さっき、
悠はすぐに反応してた。
“俺の手に感じた”って。
指の隙間から
ちろっと悠を確認。
まだ、目を覆ったままだ。
「あの……
この、小っ恥ずかしさは、
俺だけでしょうか?」
勇気を出して――素直に。
だって、
緊急事態だから。
手のひらの影から
悠の目線がするりと
俺に落ちる。
ドクン……
めちゃくちゃ緊張する。
悠、どう思った?
今から俺に、
どんなこと言うつもり?
食い入るように見つめる。
俺の顔を、
悠の手のひらが
そっと覆う。
「――見るなよ。
俺、今すげーカッコ悪い。」
なんと!
ボンッ……!
俺の顔が火を吹いた。
―――――
――……
スゥーッ……
ハァァァ……
ふたり、深呼吸する。
「おいコラ、真似すんなや。」
「真似してんのはお前だろうが。」
「すーぐ、
一緒のことやりたがる。」
「それはお前だ。」
こんな会話も
痒くて痒くて
つい、笑ってしまう。
痒くて、
嬉しくて――。
思い返すと、
初めての感情は、
いつも悠から貰ってた。
初めて悠の歌声を聞いた時、
悠に会えなくなった時、
探しても……
見つけられなかった時、
まさかの再会をした時、
俺の喜怒哀楽、
人間だなぁって感情。
その全てを。
俺の顔に当てた手のひらを
そっと外すと、
悠は、
あさっての方向を見て
俺に言った。
「もう~……
お前と居ると、
こんなんばっかりじゃん。」
ギュンッ!
俺の中で、
何かが跳ね上がる。
必死に抑える。
俺よ、少しだけ冷静であれ。
そんな俺に
無情な言葉が降ってくる。
「あの、さ、
ちょっとだけ、やっとく?」
「――え?」
「……キスとか?」
「ブホッ……!ゲホッ!
ななな、なんて?」
これは、
漫画なら鼻血が出てる。
現実は、そう簡単に
鼻血吹いて卒倒なんて、しない。
この未熟な俺に
“キスやっとく?”が
今まさに迫ってるんだ。
「――あ。ごめん。
ちょっと言ってみただけ。
出来たらいいな、っていうか、
したいかも、っていうか。
でも、嫌がることは
したくないっていうか……
えっと、その……」
何やら、
しどろもどろな悠の頬に
そっと唇を当てる。
「え。」
「何言ってんだよ。
俺もめちゃくちゃしたいって。」
「……め、めちゃくちゃ?」
「うん。めちゃくちゃ。」
クッ!と悠が笑う。
あ、そのクシャッと笑う顔、
俺すげぇ好き。
――昔からずっと。
合図はいらない。
悠の目を見る。
その俺の頬を、
後頭部ごと
悠が手のひらで包む。
見つめ合う。
まばたきの音が……
聴こえてきそうだ――……
迷うことなく
顔を傾ける。
目線を絡ませ、
ギリギリまで近づいていく。
ゼロに近くなる。
ゆっくりと、
目を閉じる。
ちょん……っ……
――あ。柔らかい。
少し遅れて、
温かさが
俺に伝わってくる。
ちょん……
ちょん……
こんな
優しい瞬間があるなんて。
俺、知らなかった。
ありきたりな
言葉しか浮かばない。
でも、俺の中では
この言葉が最高の選択。
すごく――“優しい”。
触れてるか、
触れてないか、
分からないような
優しい温もり。
まるで小鳥みたいだ――。
悠の温度が離れる。
額と額をくっつける。
お互い、
なかなか目を合わせられない。
名残惜しくて
額をくっつけてる。
「慎……?
今日、ふたりでどこか行こう?」
悠の低く掠れた声。
「ん……。お前、高校は?」
「……休むよ。だから……」
「――ん?それはダメだ。」
「また、そんな冗談言う……。」
「いや、マジ。」
グイッ。
額を離し、悠が俺を見る。
「ちょっと待って。
お前、この流れでそれ本気?」
「お前こそ、本気か?
高校休むとか、簡単に言うな。」
「いやいやいや、ないわぁ……」
頭を抱え座り込む悠。
クスッと笑う俺。
悠の前にしゃがむ。
「頑張って入った高校だろ?
もう一年もないんだぞ。
俺、それ奪いたくない。」
指先で悠の髪をいじる。
「おーい。
悠くん、聞いてますか?」
悠がすっと顔を上げ
俺を見て笑う。
「俺の恋人は――最高だな。」
眉を下げて笑うその顔も
大好きだよ――。
「ほら、立って?」
先に立ち上がり、
腕を広げる。
誘われるままに
悠も立ち上がる。
抱きしめ合う。
お互いの背中に
手を添えたまま、
深く深く息を吸う。
吐く。
気持ちの切り替え、完了。
「よし!俺、準備するわ。」
「うん!」
ピタ。
何かあるかのように
悠の身体が一旦止まる。
俺を振り返る。
「――流さんは?」
「えっ、今頃!?
アハハハ!」
「完全にぶっ飛んでた。
慎にキスしたい。が大きくて。」
――ぐはっ……
なんか
グイグイ、
押せ押せ、
なんですけど。
気のせい?ではないよな。
鼻の下を指で拭う。
別に、
鼻血吹いてないけど、
うっかり、
吹いてるかもしれない。
うん。大丈夫そう。
「とっくのとっくに帰ったよ。
ブラックもいるし、
何かあったら連絡しろって。
そんで、帰った。
あとさ――、兄貴が
また《《ふたりで》》遊びに来いってさ。」
「あー、もう。
俺、なんで一瞬落ちたんだよ。
ったく……」
「――フフッ。」
頭を振りながら
制服に袖を通す悠が――
今を生きてる悠が――

俺は眩しくてたまらない。
―――――
朝の教室。
ベシッ!
背中に一撃。
「なーに、くたばってんだよ。」
机で伸びてる俺に
登校してきた恒が絡んでくる。
「……別にくたばってねーし。」
「嘘つけ!溶けてんじゃん!」
あー、
うるさい奴が来た。
めんどくさい。
ぷい、と反対を向く。
ぎゅっと目を閉じる。
なんか、視線を感じる。
そっと目を開けると、
大きな恒の目があった。
「うわっ!」
驚き飛び起きる。
「近いわ!」
「へぇー、ふーん。」
ニヤニヤした顔がムカつく。
「――なに。」
「そこ、キスマークついてる。」
恒が指先で
自分の頬をチョンとやる。
「えっ!?」
ガタッ!
バタバタバタ!!
トイレに猛ダッシュ。
走り込んだ勢いのまま
鏡を見る。
「キスマーク……ねぇじゃん……。」
そりゃそうだ。
慎は触れただけだ。
あるわけなかろうが。
「アイツ……床に沈めてやる。」
教室に戻ると、
したり顔の恒が
ヒラヒラと手を振っている。
「チッ!アイツ……。」
ツカツカ、ツカツカ!
――スパーン!!
「痛ぇっ……!!」
じぃーん……
恒は頭を。
俺は右手を。
押さえて、耐える。
「お前っ……
どんな頭してんだよっ……」
「いててて……
兄ちゃんっ……ひどいよ。」
「絶対、俺の手の方が痛い。」
ドサッと
席に腰を下ろす。
右手をプラプラと振り、
グーパーグーパー。
「なぁ、兄ちゃんさ、
心ここに在らず、だよな?」
「あ?」
「そうだよなっ?」
俺より
浮かれた顔してるし。
「そうだな。
俺の心は家に置いてきた。
今頃、慎が撫でてると思うわ。」
「きっしょ!
微妙なポエムやめろや!」
「ふん。どうとでも。」
存分に
得意げな顔を
恒に見せつける。
でも、
恒は何だか嬉しそうだ。
「――なぁ、
俺、身代わりしてやろうか?」
まさかの
提案までしてきた。
「えっ。どういうこと?」
「“俺”は、お得意のサボり。
“悠”は、
保健室で寝ててやるよ。
身体中から
帰りたいオーラが
ダダ漏れてんだもん。
いっそ、手伝いたくもなるさ。」
「うわ、サンキュ!
じゃぁ、
じゃぁさ、――あ。」
「なに。どうした?」
「いや、やめとく。」
恒の目が
パッチリと開く。
高速でまばたきを
繰り返す。
「どうしたんだよ。
そんなの兄ちゃんじゃないぞ?」
「んー……。実はさ――」
“頑張って入った高校だろ?
もう一年もないんだぞ。
俺、それ奪いたくない。”
恒がキュゥ……となっている。
「あー。身代わりはナシな!」
「うん。ありがとうな。」
キリッと笑う。
廊下に、先生の姿が見える。
立ち上がりざまの恒が
俺に目線を投げる。
珍しく真面目な眼差し。
「――兄ちゃん、
絶対、離しちゃダメだぞ。
慎さんは、離しちゃダメだ。」
「当たり前だろ。」
分かってるよ。
離すもんか。
俺の頭ん中は
慎との未来のことしかないんだ。
5年前も、今も、
これからもずっとね。
慎は俺にとっての道標。
“光”だもんよ。
な、中二の俺もそう思うだろ?




