そいつは、
慎の痛みを知ってる
強い味方だから――。
――……
俺からは見えてしまう。
まっすぐな慎の目。
その奥には、
不安と戸惑いが
少し恥ずかしそうに
鎮座している。
“理性”の影から、
主を守るように
こっちを見てるんだ。
俺たちは、
多分、
同じ傷を、心に持ってる。

その傷は、
大人になるために
そっと絆創膏を貼られた傷。
まだ、カサブタには
なりきれていないんだ。
うん。
俺、分かるよ。
すごく。
どんな日々を過ごしたとか、
それは分からない。
けど、
その痛み、
俺、
今、めっちゃ抱きしめたい。
だけどさ――……
「チッ……ブラック邪魔だな。」
「え。」
「俺、今すげぇ
慎を抱きしめたいんだ。」
「あ。お、おぅ……」
「邪魔じゃん、“ソレ”。」
チラッと
慎の背後に目をやる。
そこには、
アホ面して眠るブラックの姿。
「“ソレ”って……。プッ!」
慎が吹き出す。
口を押さえて、堪えながら。
ブルブルと震えている。
その振動が
俺の身体も震わせる。
「あー、もう、いっか!」
「え?」
「しーっ……」
口に人差し指を当て、
ニッと笑う。
すいっと
慎の背中に腕を回し、
きゅっと抱き寄せる。
「ちょっと……悠……
これはまずいって……!」
「そいつ、バカだから
これくらいじゃ起きねえよ。」
きゅうっ……
腕に力を込める。
むぎゅぅっと、
慎の身体が
俺の胸にフィットしていく。
無抵抗に。
柔らかく。
「ブラック居なかったら……
俺ら……
ひと塊になってるな……。」
慎の耳元に落とす。
カサッ!
僅かに、でも強く、
俺の腕の中、
慎の身体がきゅっとなる。
「やめろ。
エロい言い方するな。」
「エロいって?
慎、どんな想像してんだ?」
とぼけた声で、囁く。
また、
慎の身体が
縮こまる。
「耳元やめろって。
――お前……覚えてろ。」
「はいはい。
ほら、もう寝な。」
俺と慎の身体が
ピッタリとくっついている。
ぽかぽかと
俺たちを
眠りへと誘う。
心地いい眠りに、
ふたり一緒に
落ちていく。
―――――
「だーかーらー、頼むって!」
「ダメだ。」
「なんでよー、
こんなに頼んでるじゃん!」
「ダメ。」
悠とブラックの賑やかな声が
遠くから、聞こえてくる。
――……
パチッ。
目が覚める。
「……え?今何時だ?」
起き上がって
目覚ましを手に取る。
「うわ、俺、超寝てた……」
スマホを見る。
「あ、休講?
ふーっ……助かったぁ……」
で、あの二人は
朝から何を騒いでるんだ?
ベッドから下り、
リビングへ向かう。
カチャ。
ドアを開けた瞬間、
更なる賑やかさが
耳に飛び込む。
「ケチ!どケチ!」
「なんとでも言え。
ダメなもんはダメだ。」
「――えっと。おはよう?」
「あ。慎っ!おはよう。」
爽やかな笑顔の悠。
「おお!ブルー!心の友よ!
お前からも頼んでくれ!」
相変わらずなブラック。
「なんなんだよ、朝っぱらから。」
しょぼしょぼと目を擦る俺に
ブラックが擦り寄る。
「心の友、聞いてくれ。
今日も泊めてくれって言ったら
レッドが“ダメだ”って!」
「ダメに決まってるじゃん。
お前、早く帰れ。マジで。
あと、心の友でもない。」
「えーー、びっくりした!
すごい直球。豪速球。
デッドボールだぞ、これ!」
わざとぶつけてんだよ。
めちゃくちゃ痛いやつを。
「なんで?ダメって、なんで?
分かるように説明求むー!」
ったく……しつこいなぁ。
「ふたりになりたいからだよ!!」
あ。
あれ?
今、ハモったような……。
チラッ……悠を見る。
“へへっ”って
舌を出してはにかんでいる。
はぅっ……
心臓が痛い。
くっ……
なんだこれ。
心の中では、
更に、
のたうち回っている。
こいつはおそらく、
巷で言うところの
“キュン”というやつだ。
もしかしたら、
更に上級の
“ムズキュン”てやつかもしれん。
いまひとつ
違いがよく分からんが。
今までと
ひと味違うのは、確かなんだ。
「うっざ!お前ら痒いわ!
別にいいもんね。
勝手に居座るし。」
開き直りのブラック、
もはや無茶な強気である。
「ほら、動かしてみろ。」
床にうつ伏せで寝転び、
手足を広げ脱力してみせる。
何かの野生動物が
そんなのやってたな……
ふと、頭の中を過ぎる。
「お前、ほんっとバカだな。
簡単に動かせるぞ。」
そう言うと、
悠はスマホを出した。
素早くタップし、
耳に当てる。
「もしもし?お久しぶりです。
ホワイトさん、
今すぐ相方、回収して貰えます?
今日も泊まるとか言ってんすよ。」
――ホワイトさん……か。
また
新しいのが出てきたな。
ネーミングセンスよ。
ガタガタッ!!
辺りを蹴散らし
ブラックが飛び起きる。
「ちょっ……今、
ホワイトって言った!?
えっ!?マジで電話してんの!?
レッド、このバカ!!」
「バカはお前だ。」
トン……
指先で
スピーカーをタップする。
『バカ旦那、聞いてる?
今すぐそこ出て、
近くの駅前まで来なさいね?
遅れたら――承知しないから。』
「うっわ!やべぇ!
俺、行くわ!またな!」
ドタバタと
ブラックは出ていった。
しん……。
強烈な静けさ。
床にはゴミ箱が倒れ、
ドアは開け放し。
その向こうから、
車の行き交う音が
聴こえてくる。
表の扉も
確実に開いてる……な。
「ブハッ!キャラが強烈!」
笑いながら、
転がったゴミ箱を直す。
外の扉を閉めに向かおうと
リビングのドアに近づく。
その瞬間、
開け放たれたドアが
後ろから、
パタンと閉められた。
俺の背中が
ふわっと温かくなる。
悠の香りが
俺の鼻をくすぐってくる。
目だけで振り返る。
「……クスッ、素早いな。」
「この瞬間を
ずっと待ってたんだ。
素早くもなるさ。」
のしっと俺の肩に
顎を乗せる。
実家の犬みたいだ。
ふと、そう思ったら
ムズムズとした笑いが
込み上げて仕方ない。
「何、笑ってんだよ。
俺は真面目に言ってるんだぞ。」
悠が口を尖らせる。
「面白くて笑ってるんじゃないよ。
上手く言えないけど、
ムズムズするんだ。
この辺がくすぐったい。」
腹の上辺りを指さす。
悠が、
俺の指先に目線を落とす。
「ふーん。
――ここが、くすぐったい?」
するっと
俺の腹に腕を回す。
手のひらを当て、
クッ……と
僅かに持ち上げる。
「ぅん……!?」
なんだ!?
今の変な声!!
勝手に出たぞ!?
バッと口を抑える。
おかしい。
これは、緊急事態だ!
「ちょっ、ちょっと……
離してくれない?」
そろっと
悠を振り返る。
が、
俺の口からまた声が漏れた。
「えっ!?」
そこには、
真っ赤になった悠の顔。

驚いたような目で
俺をじっと見ている。
「なんだ、お前、その顔っ。
まさか、熱か!?」
腹にある
悠の腕を振り払い、
向き合って肩を掴む。
顔を覗き込む。
悠の顔が、
更に、赤くなる。
「なんでも、ない。」
ふいっと顔を背ける。
「なんでもなくないよ。
お前、真っ赤だぞ!」
「うるさい。もう、見るな!」
「いや、見せろ。
多分、熱だな。大丈夫か?」
悠の頬に手を当て、
こっちへ向ける。
また、目を覗き込む。
悠が器用に
あっちへこっちへ
顔を背ける。
「あ。おい、こっち見ろ。」
追いかけるように
覗き込む。
「ダメ――。って!」
悠の両手が
俺の肩をぐんと押し返す。
「慎!
今だけ、
俺に触るの――禁止。」
はい?
なぜに?
お前の頬に当てた
俺の両手が
迷子になってますけど?
行き場を失った両手。
きゅ……と指先を握り、
下に下ろす。
悠が小さく息を吐く。
目線を二度、三度、
宙に泳がせると、
俺に向き直した。
「説明すんのも、嫌なのだが。
誰かさんは鈍感だから、
教えてやるよ。」
「はあ……なんでしょうか。」
「その……さっきの……声?
あれは、その……
“感じてる”って声でして……」
「は?」
「だから、お前は“感じた”の!
俺の手で!!」
「――!?」
バッ!
ババッ!
ふたり揃って
手のひらで目元を覆う。
マジか――。

こんなの、
ムズキュンどころじゃないじゃん。



