君の世界の話をしよう。第2章


ブラックがやってきて、

慎が飛びかかって、

流さんが止めに入って、

死に損ないレンジャーの話して、

慎が不機嫌で、

流さんが大笑いして、


そんで……

えっと……

慎の兄貴が流さんで、



えっと……

もっかい整理すると……


……。



「……あ。俺、ちょっと落ちるかも……」


「えっ。」



傾く視界の端っこ、
慎が立ち上がる姿が見えた。


――ドサッ。


「わぁ!悠っ!!」

「マスター!?」

「レッドォォオ!!」――……

――……
―――――……

声が――遠くなる――……





寝室。

慎がスマホで話している。


「――軽いシャットダウン?
 

 え?すぐ起きるはず?


 ……あー……なるほど。

 分かりました。

 藤井先生、ありがとうございます。」


ふーっ……

深く息を吐き、
ベッドに横たわる悠のそばに
そっと腰を下ろす。





すぅすぅと
気持ちよさそうに眠る悠。



そっと前髪に触れる。






コンコン……


「――どうぞ。」


カチャ……。

ほんの少し開いた寝室のドア。
その隙間から
ブラックの顔が覗く。

「先生、なんて?」

「あー、うん。いつものやつ。
 オーバーワークからの
 シャットダウンだって。」


「あちゃー。

 俺が
 引っ掻き回したようなもんだな……」


ブラックが
しょぼんとしている。


「――いや、俺のせいだと思うよ。

 一度に忙しくさせたから……

 はぁ……。」


悠の髪を撫で、
寝室の外に出る。


ドアの傍に立つブラックに
頭を下げる。

「急に飛びかかって悪かった。」





――俺、
大学からの帰り道、

悠何してるかな?
ただいまってドア開けたら
笑うのかな?
それとも驚いたように
振り返るのかな?

って、駆けて帰ってきてた。

そしたら、
珈琲館のドアが開いてて……

なんか、ドキッとした。


悠は、
ドアを
開け放したままになんて、

しないから。


ドキッとしながら

近づいたら、

体格いい黒づくめの男が立ってて

聞こえたんだ――。




「……――死に損ない。」



自分でもよく覚えてない。

頭ん中、
沸騰したみたいになって、

わーってなって、

中学ん時に
悠を揶揄して笑ってた、
ムカつく奴の顔がチラついて。


「お前、こっち見ろ」って

兄貴の声がして――。


そんで、

兄貴が俺を
羽交い締めにしてた。





「いや、そんな風に謝るなよ。」




頭を上げ、
ブラックの顔を見る。


「――はぁぁぁぁ……」

頭を抱え、萎む。

冷静って怖い。
今更、全部を俺に戻してくる。



「オイオイ、どうした?
 お前、さっきと随分違うぞ。

 そうだ!
 よし!もっかい来い!」

ブラックが
ボクサーのように、腕を構える。

ん?と眉をあげ、
“来いよ”と
ジェスチャーで誘っている。


「お前、なんだよ。

 めちゃ良い奴じゃん――……」


猛省しかない。

なんで俺、
あんなことになったんだ?





「あー、もう。
 お前、マジで元気出せよ。
 あの勢いはどうした?
 俺、嫌いじゃないぞ?」



あんなに
激しく噛み付いたのに、

そのブラックに

俺は今、
優しく慰められている。




―――――


リビングのソファに

ブラックと並んで座る。


ポツリ、

ポツリと

ブラックが話し始める。


「レッドは出会った頃から
 すげぇ奴だったんだ。」

ブラックの横顔、
微笑んだ目が
キラキラしている。

「俺なんか、
 歩けたらもうそれでいいや、って
 半ば惰性だったんだけどさ。

 アイツは、
 俺よりもずっと長くやってて……

 転んでも泣きもしないで、

 まーっすぐ先を見てた。」


「――先?」


「うん。
 多分、レッドが見てたのは
 ブルーだったと思うんだ。」

ブラックの指先が
ピッと俺をさす。



勝手にブルーにされたが、
この際、もうブルーでいい。

受け入れるよ。

俺、ブルー。



ブラックが続ける。

「レッドさ、
 会いたい奴がいる。
 絶対に戻るって決めてる。って。

 目標、突破したんだぜ?」


「目標って、どんな?」


「アイツの場合は

 ――自力で立てる。
 ――ゆっくり歩行できる。

 ……ってところかな。」






「――え。」

俺の口から
掠れた声が漏れる。

喉の奥が、
きゅっとする。


「え?」

ブラックが驚いている。

「もしかして――
 そういうの、知らなかった?」


「うん――。」

そこから、
言葉が出てこない。




カタッ……

「ブラック、喋りすぎ。」

悠の声。


バッ!
ブラックと二人、
声の方を振り返る。


寝室のドアから
悠が姿を見せる。


「何、驚いてんだよ。

 キミたち、

 二人の世界に入りすぎ。」


軽く頭を振り、
こっちへ足を向ける。

ブラックに目線を投げ、
ドサッと
俺たちの前にあぐらをかく。


俺の目が
勝手にまばたきを繰り返す。

「え、いや、お前、普通すぎん?」

「そういうとこだぞ、レッド。」

何の因果か。

ブルーとブラックが
初めての意見一致だ。



「で?ブラックは
 なんで急にウチ来たんだよ?」



ブラックが
俺に耳打ちをする。

「……スルーされたな。」

コクリ。
俺、静かに頷く。



「ブラック。」

悠が促す。


「んー。
 嫁さんに追い出された。
 ……みたいな?」



そうだったのか、ブラック。
嫁さんに――。

追い出される様が
安易に想像できてしまった。

俺の意思に関係なく
顔がニヤつく。



「はぁ?お前、何したんだよ。
 あの人、
 そんな簡単に怒らないだろ。」

悠が呆れている。


「また、やっちゃって。」

「は?……お前なぁ。」


なんだ?

なんだなんだ?

俺の目だけが、
キョロキョロと
2人を行き来している。



「――あ、慎。コイツさ……」

悠が
ブラックを顎で指す。

「ロッククライミングの選手なんだけど。

 調子乗ってロープ無しで登って、

 落っこちて死にそうになった奴。

 それ、またやったんだってさ。」



「もー、
 告げ口みたいにー。

 落っこちてないから
 もういいじゃーん。」


呆れた。

コイツ、ヘラッと笑ってる。


「――お前はバカなのか?」

俺の口から落っこちた言葉に
悠が吹き出す。

「ブハッ!それな!」


「おい、悠、
 こんなバカとは付き合うな。」


「アハハハ!それは言える!」



「もう~、ひどいな。

 そんな訳でレッド、
 頼む。
 一晩泊めてくれ。」



「そう言うと思った……。」



悠が大きく息を吐いた。




―――――


寝室のベッドの上、

静かに天井を見ている。

俺と悠、ふたり、

それぞれ言葉を抱えて。


「なぁ、悠――。」

「ん?」


「俺さ――」


グオォォォォ……!!

かき消すように
耳障りな低音。

「チッ……うるせぇ奴。」

悠とは反対側に
大いびきのブラック。


俺たちは川の字で
横になっていた。


――……

―――――……


「レッド、頼む。
 一晩泊めてくれ。

 ……ベッドで。」


「――は?」

「あぁ、うん、分かった。」

「は!?」

なんだと?ベッドだと?
悠もなんで受け入れを?

目だけで
俺の感情を悠にぶつける。

悠が肩を竦める。

「慎、悪い。

 コイツ、身体中ガタがきてるんだ。

 ソファでは寝かせられない。」



あ。そういうことか。





――にしても、
もっかいコイツ、
ねじ伏せてもいいかな。


「すげー!広ーーーい!」

ベッドの上、

テンション上々で

黒毛和牛が、

ドスンバタン転がってやがる。

「俺、真ん中!絶対ここ!」

うつ伏せで足をパタパタ。


その姿を
悠が腕組みをして眺めている。

ドン引きの呆れ顔。
少ししかめっ面。


俺もドン引き。
「悠、コイツ……なんなん?」

そう言いながら、
ブラックを端に押しやる。


「嫌だ!真ん中がいい!」


「悠の隣は俺なんだよ。

 お前じゃねぇ。」

――トン。

指先で
奴の肩を突いた。


――……
―――――


で、コイツ、
秒で寝てやがる。



クスクス……

悠が小さく笑っている。


クッ……俺もつられて笑う。


すぅっと息吸い込む。
よし。

「――悠、多分だけど。
 おそらく、なんだけど。」


「うん?」


「多分、俺の中で、
 昔の俺が暴れてる。」


「え?」


ゆっくりと
悠が、
俺の方へ寝返りを打つ。

少し頭を上げ、
自分の腕を枕に
俺を見つめる。

「昔の俺ってなんだ?」



俺も同じように
寝返りを打つ。

悠の目を見つめる。



「感情の塊でしかなかった俺。」



どこからどう話そうか――。


悠なら、きっと、

取り留めなくても
聞いてくれるよな。



「俺の中に、中二の俺がいるんだ。
 寂しくて、苛立ってて、
 不安で、先が見えない――。

 気づいたら、
 ソイツは居なくなってて……

 気づいたら、
 俺、20歳で大学生で……」


「――うん。」


「何がトリガーか分かんないけど。
 
 近頃、ソイツがチラッと
 俺の事見てて――。

 ……今日、いきなり爆発した。」


悠が
ゆっくりと
まばたきをする。


“そうだったんだな”って。


頬に温かさが触れる。

悠の手のひらだ。

撫でるわけでもなく、
指先が
俺の頬を伝う。



「――なんか、落ち着く。」

目を閉じる。


その俺を

悠の声が抱きしめる。


「心配いらないよ。」






そのまま
俺の目を覗き込む。


「ソイツは、
 慎の痛みを知ってる
 強い味方だから――。」




悠の手のひらの温かさ、

俺、この温もり
ずっとずっと離したくない。