俺たちは――
少しずつ近づき、
変化していく。
友達、ではなくて――
恋人、
――未満じゃないよな。
だって、
キスしたし。
――ほっぺだけど。
いや、唇も
されたことあるもん。
――ちょっとだけ。
カランッ……
外に出て
扉にボードを引っ掛ける。
――OPEN
ぷらっと揺れるボードを
指でツンとやる。
「友達からって、
結構、難しいんだな……。」
腰に手を置き
深呼吸。
ため息は、
つかないよ、俺。
「マスター、お久しぶり。」
後ろから。
あ。この声は……
「流さん!」
振り返った先に、
にこやかに手を上げる流さんの姿。
たまに来る常連さん。
“苗字、長いからさ、流でいいよ”
出会った頃に、
そう話してくれた。
俺は、親しみを込めて
“流さん”って呼んでいる。
来るのは“たまに”なんだけど、
ドン!と
お買い上げの人だ。
珈琲館の熱烈ファンだ、と
言ってくれている。
「お久しぶりです。
元気にしてました?」
「元気だよ。
仕事に追い回されてるけど。」
「ハハッ、
嬉しい悲鳴ってやつですね。」
「まあね。
いつもの、お願いできるかな。
飲むと
モチベーションが上がるんだ。」
「それは、俺も嬉しい悲鳴。
今、用意しますね。
ついでに、
新作でもいかがですか。」
流さんの“いつもの”は、
オリジナルにしている。
香りの立ち上がりが濃く、
1口目から
強く鼻に抜けるように。
微かな酸味とほろ苦さを、
舌の上で転がせるように。
何の仕事かは分からない。
けど、
自分のモチベひとつで
簡単に左右されちゃうって
言ってたから。
ブレイクタイムの
少しの現実逃避に、って。
俺が提案した。
それから、
こうして来店してくれる。
「マスターも、調子はどう?」
「ぼちぼち、ですかね。
――あ。
でも……
心強い相棒が現れました。」
流さんには、
偏頭痛の俺――“誰おま”姿を
一度、見られている。
うっかり、
OPENとCLOSE、
間違えて出した時に。
やっちまった案件だ。
だけど、
新しい土地で
事情を知る人ができたのは、
俺にとって
少しの息抜きになった。
「相棒、か。
それは確かに心強いね。」
「ええ。本当に。
クスッ……
怒ると怖いんですけどね。
はい、これ、新作です。」
コトッ。
ふわっと上がる
白い湯気。
流さんは
それを静かに目で追うと、
俺を見て、微笑んだ。
「へへっ……なんか、すみません。」
「いや。」
ついつい、
“相棒”なんて言ってしまった。
穏やかな時間が
心地よくて
気づいたら、言葉が出てた。
不思議だな。
全然違うのにな。
皮膚で感じる、この空気。
慎といる時に、似てるんだ――。
カウンターにいる
流さんの気配を感じながら、
オリジナルを用意する。
チラッと時計を見る。
あ、そろそろ
慎が帰ってくる時間だ。
俺の心がキュッとなる。
――バンッ……!
カラーンッ!!
勢いよく扉が開いた。
驚いて顔を上げる。
「よぉ、――死に損ない。」

片耳ピアス、
黒のTシャツに
黒のパンツ、
全身黒づくめの男が立っている。
流さんが、
静かにカップから口を離す。
チラッと男を見る。
が、俺も流さんも、
その男の、
更に向こうへ
視線を上げる。
「――あ。」
「あ?ってなに。」
男が向こうを振り返った
――その時、
ガッ!!
ソイツは、
後ろから来た慎に
ねじ伏せられた。
「いって!なんだコイツ!」
驚く黒ずくめ男。
「このやろう!」
慎の低い怒声が響く。
パラパラパラ……ッ
俺の手から落ちた豆が
カウンターに躍り出る。
「――慎!」
「離せ、慎!」
名前を叫ぶ。
あれ?
今……
流さんも叫んだような?
え?
流さんが
スッと立ち上がる。
慎が男を
外に引きずり出そうとしている。
背中を掴んで
男から引き離す。
床に転がる男に
チラッと目線を落とす。
「――そのまま動かないで。」
男が、うんうんうん!と
小さく頷く。
慎が男を睨みつける。
「おいコラ、お前!
さっき何て言った!?
うんうん、じゃねーぞ!
表出ろ!コラ!!」

グイッ!
流さんが
素早く後ろから
慎の身体を抱え込む。
「……ったく。お前は。
ちっとは大人しくなったと
思ってたらコレだ。」
――お前……って言った。
え?
何がどうなってる?
はぁ、はぁ、と
慎の荒い呼吸が聞こえる。
「お~い……
なんだよ、
この狂犬みたいな奴は~……」
床に転がったままの男が、
情けない声を出している。
「はぁっ……はぁっ……
――なに?
コイツ、知り合いなのか?」
慎の尖った声。
そこへ流さんが
被せるように言う。
「おい。その前にこっち見ろ。」
「何だよ、うるせーな。」
後ろを振り返った慎の顔が
みるみる青ざめる。
「ヒィ……。」
オイオイオイ、
なんだその、“ヒィ……”は。
情報量多すぎて
俺、ちょっとよく分からん。
―――――
カウンター席に
慎、流さん、黒ずくめ男、
3人が並んで座っている。
真ん中に
流さんが挟まってるのが
若干ジワる。
「で、なに?
コイツ、知り合いなの?」
相変わらずの刺々しさで
慎が、
黒ずくめ男を顎で指す。
「うん。死に損ないレンジャーの仲間。」
「は?なんだ、その厨二病っぽい名前。」

真面目に言う慎の隣、
流さんが小さくプッと笑う。
プッ、って……。
気にはなるが、
とりあえず慎に集中しよう。
「リハビリセンターで
知り合ったんだよ。
な?ブラック。」
「な、レッド。」
「――名前で呼べや。
なんか腹立つから。」
慎が低い声でボソッと言う。
流さんが慎にバレないように、
あっちを向いて
肩を震わせている。
ここ……
笑うところではないのだが。
まぁ、いいか。
流さんは
たまたま居合わせてしまった人。
なぜか真ん中に座ってるが、
良い緩衝材になってる。
とりあえず、続けよう。
「んー……名前は知らないんだ。」
「は?」
「リハビリセンターで
いちいち自己紹介なんてしないし。
何となく?
同志みたいな?
それで、
“死に損ないレンジャー”。」
うわぁ……
慎の目が、強烈だ。
眼光だけで多分、
怪人の息の根止めれる。
そんな慎に
ブラックが歩み寄る。
「……もし良かったら、
ブルーとしてどうかな?」
「あ、バカ。やめとけ。」
小声でブラックに言う。
「――あ?
俺、真面目に話してんだけど?」
火に油を注ぐ結果に。
でもこれ以上、
なんて説明すればいいんだ?
「ブハッ!もう無理!」
流さんが吹き出した。
「ほら、お前も落ち着けって。」
慎の肩を抱いて揺らす。
ヒィィ!!
そんなことしたら
流さん、危ないですよ!!
「流さん、その腕、離した方が……」
俺が止めようとすると同時に
――慎が言った。
「だって、兄貴、
さっきのコイツの言葉、聞いてた?」
兄貴?
アニキ?
「――え?兄貴?」
「うん、兄貴。」
慎が、キョトンと
俺の顔を見る。
そしてすぐに口を抑える。
「あ!やべ!
うわ、兄貴ごめん!
身バレだ!」
流さんが
腹を抱えて笑っている。
流さん=
慎の兄貴=
憧れてやまない、画家Liu。
よって
流、それは、Liu。

ゴクッ……
息を飲む。
「ええええぇぇぇ!!」
叫ぶ俺。
ちょっと
熱でも出そうである。



