君の世界の話をしよう。第2章





「慎っ――!!」







――あれっ、悠?


車道に出した足を止め、

声の方へ顔を向ける。


道の向かい側に立つ
悠と目が合う。

「――おかえり!」

笑って手を上げた

その瞬間――


ギュンッ!!


俺の鼻先をかすめるように
バイクが通り過ぎた。


「うわっ!!」

ドサッ……。

派手に尻もちをつく。




ドッドッドッドッ……


心臓が、
痛く大きく跳ね上がる。




「……はっ……はっ……

 はぁっ……いててて。」



地面に転がったIDタグ。

「――あ。」

座ったまま、
頭から手を伸ばす。


グイッ!!

その肩を
強く引っ張られる。


俺のすぐ目の前を
今度は車が通り過ぎた。



ゴクッと息を飲む。



掴まれた肩、

そこから伸びる腕、

肩、

そして顔へと

辿るように顔を上げる。



険しい顔の悠が
俺を見下ろしている。



「あ。悠……」

「お前、バカか!!」

遮る勢いで
悠の怒声が降ってくる。


立ち上がろうとする。


力が抜けて

立てない。


「あれ……腰が抜けたかな。
 あれ?あれ?ハハ……変なの。」


上擦った声しか出ない。



カタカタと

身体の奥から

震えが上がってくる。


「な、なんだ、これ……」


IDタグを
握りしめている手も、


小刻みに

揺れている。


背後から悠が、
俺の脇の下を抱える。


立たせるわけでもなく、

少しだけ持ち上げ、

歩道にずらす。



俺はまた、
地面にへたりこんだ。



「お前……死にたいのか?」



低い掠れた声が、
落ちてくる。


いや、
掠れてるんじゃない。



――震えてるんだ。



横から
俺を抱えるように
悠がしゃがみこんだ。

そのまま、

脱力したようにうなだれ、

ずずっと
地面に腰を下ろした。



「はぁーっ……はぁーっ……

 ……ケホッ……はぁーっ……」



悠の呼吸が
あり得ないくらい
荒く、そして速い。

そのリズムと一緒に
俺の身体が揺れる。



「……悠、大丈夫か?」

そっと覗き込む。

肩に手を置く。



――あ。

……震えてる。



何も言えず、
ただ、その肩をさする。



「ふぅー……。

 慎、家に帰ろう。」


静かな声。

でも、

聞いたことない声。



――……
―――――




ひと言も話さないまま、

店内を通り、

奥への廊下を歩く。



悠がこめかみを擦りながら
頭を少し振る。


ピルケースから
薬を取り出し、
口に含む。



あー、頭が痛い。

そんでもって、
強烈にしんどい。


――ドサッ!!

リビングのソファに
身体を預ける。

「はぁーーーー……」

手脚を伸ばし、
天井を仰ぐ。


さっきのシーンが
頭の中で
何度も再生されている。


俺、咄嗟に
車道に飛び出した。

夢中だった。


状況分かってない慎を、

早く、歩道に戻したくて。


あと数秒遅かったら……

慎は頭から……




ゾクッ……



全身に、

鳥肌が立つような、

気味の悪い悪寒が走る。



キツイな……。



姿勢はそのまま、
目線だけ
チラッと慎に向ける。


慎が小さく
ビクッと跳ねた。


何かを握りしめている。


「――何、持ってんの?」


「え?」


「それ。
 道でも握りしめてたから。」

慎の手元を、目線で指す。



「これは……何でもないんだ。」

ギュッと握りしめ
ポケットに入れようとする。


上体を起こし、
その手首をそっと掴む。


「なんだよ、見せられない物か?」


ホント、それ何なんだ?

そもそも、

その手の中の物が、

慎の2度目の危険を
呼んだんだぞ。

そいつを
見過ごすわけにはいかない。


恋人として!




慎が抵抗する。

「いや、ホント。
 今は違うっていうか。」


「今は違う?
 じゃぁ、
 いつなら正解なんだよ。」


「……怒らせてごめん。」


「は?怒ってねーわ。

 俺は、その手の中身が嫌いだ。」


慎の手首を離す。

ふいっと
そっぽを向く。


慎が首を傾げる。

「お前、中身知らないだろ。
 なんで嫌いってなるんだよ。」



あー、もう。

イライラする。



勢いよく慎に向き直し、

慎の手を力強く指差す。



「それのせい!!

 お前が頭から
 車に当たりそうになったの、
 そいつのせい!

 だから、嫌いだ!

 分かった!?」


慎が目を丸くしている。


分かってるよ。
すんごい言いがかり。

でも、
そうじゃなきゃ
俺、やってらんねぇわ。


「悠、――ほら、見て?」

俺の目の前で
慎がそっと手を開く。




え?
IDタグ?




「なんだよ、それ。」


「今の状況、
 ちゃんとしてから
 後で渡したかったんだけどさ。

 ――はい、これ、悠のね。」


ひとつ持ち上げて、
たらりと俺に手渡す。


手のひらに乗せられた
IDタグ。


俺の名前と生年月日、

慎の携帯番号……

あ。

搬送先が裏に。

担当医まで。


「これ……。」


顔を上げる。

慎と目が合う。

照れくさそうに俺を見ている。



「うん。俺から悠に。

 “再会記念”のプレゼントだよ。

 それと――

 “恋人記念”な。


 いつでも悠を、
 守ってくれますように。」



俺の手のひらに、

慎が自分の手を乗せ、

そっと握る。



温かい手だ。



「慎のも、あるのか?」

「うん。俺のこれな。」

もうひとつのIDタグを
ぷらぷらっとして見せる。

「おそろいで
 身につけられるものが
 いいかなって。」

慎の目がニコッと笑う。



ガシッ……

ぎゅうっ……

引き寄せ、抱きしめる。


「慎、頼むから、
 もう……無茶しないで。

 俺――
 めちゃくちゃ怖かった。

 心臓が止まりそうだった。」


慎の腕も
俺の背中をぎゅっと抱きしめる。


「ごめんな、悠。本当にごめん。

 俺、今日さ、
 ご飯作って、これ渡したくて、
 なんか、いろいろたくさんで

 浮かれて――

 すごくバカだった!

 悠まで
 危険な目に遭わせて

 本当に……
 本当に――ごめん。」


俺たちは
どちらが欠けても
成り立たない。

もしもまた、
どちらかが欠ける――
なんてことが起こったら

きっと、生きてはいけない。


“お互いを高め合う”

“それぞれが自分の足で立つ”


そんな関係からは
ずっとずっと程遠い。


未熟だらけの俺たち。


それでも、

俺たちなりに、

過去の傷を胸の奥に

お互いを抱きしめ合うんだ。



「慎、お願いしてもいいかな?」

「ん。なに?」

「これ、交換しない?」


「え?
 
 それじゃ、
 IDタグの意味ないじゃん。」

慎が眉を下げて、
俺の顔を見る。




「意味よりもっと、
 すんごい効果あるぞ。」


「どんな?」


「これを、
 使わなくてもいいように、
 
 交換するんだよ。」


「んん?」


「お互いのこれ、
 きっと、ふとした時に
 意識するはずなんだ。

 それが、お守りになると思う。」


慎の目が
みるみる輝く。

「それ!いいね!」

俺の胸元をギュッと掴むと
弾むように笑った。




お互いの首に
それぞれのIDタグを

丁寧に、

かけ合う。







言葉を交わすこともなく。


お互いの視線を絡ませ、

微笑み、

優しく、

静かに、


丁寧に――。


ふたり、
それぞれ胸元のIDタグを手に取る。

そっと自分の唇に当てる。


別に、
示し合わせたわけじゃない。


多分、きっと、
思いが同じなんだ。

「コイツのこと頼むよ。」

って。



少しはずれては、
また視線が絡み合う。

チラッ。

チラッ。

と、照れくさそうに。



――……
―――――


「あーっ!!」

「うわっ!
 ……ビックリした。」

突然の慎の叫び声に
俺の身体が大きく跳ねる。

「なんだよ……
 お前、いっつもぶち壊すよな……」


慎が、
俺の肩をバシバシと叩く。

あわあわとした
忙しい目で。

「痛い、痛い、なんだよもう。」



「ふっ……」

「ふ?」

「布団ーーーーっ!!」

「……!!」


ふたり、窓際へ猛ダッシュ。


バケツをひっくり返す勢いの雨が
布団を強く打ち付けている。


「あぁ……」


ふたり、崩れ落ちる。


―――――



悠が、静かに

窓の外の雨を見つめている。


いや、布団かも。
そこの
ずぶ濡れのやつ……。



何もかもが
うまくいってないな、今日。

俺は大きくため息をついた。




「自然ってのは、
 ――時に非情なんだよ。」

悲しむ俺に、悠が呟く。


「アハハハ!笑かすなよ!
 緊急事態なんだぞ!」


笑うしかない。


俺ら、
そろって、布団難民。


窓の外を
ふたり、じっと眺める。


悠が、
俺の肩に腕を回し、
引き寄せる。

「な。今日はやっぱり
 出かける日なんじゃね?」


「この土砂降りの中?」


「こんなの、すぐ止むよ。」


「そうだな。出かけようか。」


「よし、決まりだな。
 さてと、
 今から取れる部屋あるかな。」


スマホ片手に
悠がソファに戻っていく。


ん?

んん?

取れる部屋、とな?


あ、それより、
びしょ濡れのアイツどうすっかな。

しょぼーんとした布団。


ソファから悠が
俺の背中に声をかける。


「それ、そのまんまな。
 重くて運べないからな。

 明日、丸洗いと乾燥すっから。」


おお。さすがです。






ポトフは、

明日作ろう――。



悠、ビックリするんだろうな。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

お前、
菓子パン担当じゃなかったのか!

(ズレメガネを、キュッ。)

(キリッ)

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

なんてね。

プッ。

ククク……