きりり
「かっ、のじょほしー‼︎」
朝からデカい声で挨拶代わりに言ってくる。耳にタコができそうだ。
俺の友人、まっちゃんこと松田は、いつものように彼女がほしいとすがってくる。が、俺に寄りすがって彼女ができるもんか。しかし、行動に移し続けているのにできないのがこいつの可哀想なところだ。
「な〜! 今週末合コンやるからイケメン呼んでくれよ!」
腕にへなへなとしがみついてくる。鬱陶しくはあるが、見捨てられないのが友達の情というやつか。でもなぁ。
「イケメンがいたらお前は見向きもされないぞ? いいのか。」
うっとまっちゃんが一歩引く。
「やだぁあ‼︎ でもぉお‼︎」
わあーんと泣く真似をして、がばっと思い切り抱きつかれる。これは流石に「鬱陶しい!」と叫んだ。だが離れない。それがまっちゃんの面倒くさいところだ。が、まあ実際のところ、嫌いなわけではないな。
「おーおーどうした」
べりっとひっぺがされるまっちゃん。見れば、その声の主は河合だった。左手にまっちゃんの首根っこを持っている。
「まっちゃんが『彼女ほしー! 合コンでイケメン呼んでくれよぉー!』って。」
そっくりなモノマネまで付けて教えてやると、河合はふっと目を緩ませ、まっちゃんを興味なさげに放り出した。
「なーんだ、そんなこと。」
ヤレヤレと肩をすくめる。それを、まるで頬を叩かれた少女のように床に座り込みながらまっちゃんがまじまじと見ていた。何か考えているように見えるが、口と目は深い穴が開いたようにぽっかりしていて何もうかがえない。
「……お前、意外とイケメンじゃね?」
埴輪のような口から漏れ出た言葉に、俺はゆっくりと首を動かした。河合を見る。
イケメン? イケメンか? イケ……いけ……?
不意に、ときどき向けられるぱっとした微笑みが脳裏によぎる。イケ、メン……かもな。
あ、てか、つまり……。
まっちゃんが河合の手をしかと両手で包み込むように握り、顎下まで持ち上げ、じっと見つめる。
「河合! 合コンに興味ないか⁈」
「ない。」
「あちゃーやっぱり」と呆れる間もなく、河合はすっぱり切り捨てた。その声が、心なしか冷たかった。
「そういうのめんどい。……そうだなぁ、大庭も来んなら行く。」
振り向いた河合の瞳に俺が映る。
「おー、大庭ご指名だぞ! 奢ってやるから来い!」
ほう、奢りとな。ならば断る理由もあるまい。
「行くわ。」
即答だ。
「じゃあ俺も行ーく。」
顔の横で河合が手を挙げる。するとまっちゃんは、表情をぱっと輝かせた。全く、本人が嬉しそうで何よりだが。
「いつ?」
「今週の日曜」
「バカ急じゃん。大丈夫なの俺ら直前で増えて。」
「ダイジョブ、まだ人集まってなかったから。」
「計画性!」
今度は俺がまっちゃんに手刀を食らわす。するとまっちゃんはふざけて「きゃぁー!」なんて気持ち悪い声を出すもんだから、もう一度、次は本気で手刀を落とした。
「あでっ」
頭を抱え、それからきっと睨みつけてくる。俺はその視線から目を逸らし、わざとらしく口笛を吹いた。
——と、まあ、ノリのいいまっちゃんだが、いざ合コンとなっても笑いの中心にいた。軽いノリで、互いによく知らない相手に緊張する男女の空気を和ませる。
しかし弊害もあった。笑い要員。ゆえに女子からの恋愛対象としての認知が薄い。俺としては場を盛り上げられるようなこんないい人間、気になっちゃうだろと思うのだが、女子はこの中で一番顔の整った河合のところへ集まる。
「……こりゃぁ、女子に見る目がねえわな。」
まっちゃんがトイレに行くタイミングでついて行き、わざわざ伝える。意味はないかもしれないが、まあ慰めだ。
「マジ?」
珍しく本気でしょんぼりした声に、驚いて振り向いた。洗面台に手をつき、腕の間にガックリと首がうなだれている。一瞬、声が出なかった。こんなに、“恋”に本気なのか。
「マジマジ、だってお前、すげーいいやつだもん。」
ぽん、と背中を押すと、まっちゃんは少し嬉しそうに柔らかな声で「そっかぁ」とこぼした。
「よし! じゃあはやく河合んとこ戻ってやっか! ハーレムなんて許すかよ!」
袖をまくるジェスチャーをして、むんと胸を張りトイレを出た。俺も後に続く。
「おっ⁉︎」
何か驚いた様子だったので、気になってひょっこり顔を出して見る。あ、河合!
「心配で見に来た。戻ろ。」
「きゃー、優すうぃ〜」とふざけるまっちゃんをフル無視して河合は俺の方へやってきた。まっちゃんは調子を完全に取り戻して誰もいないところを向いてはしゃぎながら河合とすれ違う。
「そういえば」
不意に、俺の方に振り返る。
「松田と何話してたの?」
どこかムッとした様子だった。
「ん? まっちゃん慰めてた。」
俺の言葉に、河合はぴくりと眉を吊り上げた。すぐに戻ってしまったが。
「……そか。」
河合の手がわしゃわしゃと俺の髪を掻き乱す。
「わ、ヤメロ!」
「いいやつだね、大庭。」
ふっと微笑んだ目尻が切なかった。
「……そう? 俺は性格オワってるけど。」
ひひっと笑うと、河合は顔をくしゃっと崩した。それから元のふっとした表情に戻る。
「実力試験で松田の成績を散々笑ってたもんな。三点差で。」
うっ。だって勉強嫌いなんだし、仕方ねーっつーかぁ、なんつーかぁ?
「そいや、河合何点だった?」
「え、ヤダ言わね〜。」
「かーっ、どうせいい点数なんだろ! 知ってるよ!」
「いやいや~」と言う河合はすごく嘘くさかった。
まっちゃんはすでに俺たちの前からいなくなっていた。遅れて二人で席に戻ると、何やら一人の女子を中心にまっちゃんも一緒になってヒソヒソ話している。
「おー、なんの話してんの?」
ビクッと全員の肩が跳ね、ばっと顔が上がる。それから、俺の後ろの河合を確かめ、僅かに肩に力が入った。
「行け! 今だよ! 勇気出して!」
中心にいた子に声が向けられる。その子はのろのろというかおずおずというかな様子で立ち上がり、俺を通り過ぎて河合の前に立つ。その子の瞳や表情、この場の雰囲気から、何をするのかなんとなくわかった。だから空気を読んで一歩下がり、そそくさと自分の席に着く。
その子は腹を括ったように河合を見上げ、口を開いた。
「あっ、あの! れ、連絡先……教えてください。」
後半はもう目を逸らしてしまったが、よくぞ言い切ったと思う。すごいな、こんなのもう告白しているのと同じじゃないか。俺にはそんな勇気、到底ない。
「……わかった」
周りをちらりと見回してから答える。いいよ、とかじゃなくて「わかった」なことを、少し不思議に思った。
何はともあれ、きゃーと黄色い声が上がる。その中にはちゃっかりまっちゃんもいた。女子たちとハイタッチして、連絡先を交換して呆けている子の肩をぶんぶん揺らす。それだよ! お前が友達の距離だから男として見られないんだ! ……とは、この盛り上がった雰囲気の中では野暮だろう。
横目でちらりと河合を見る。と、どうだろう。河合はつまらなそうにぬんとした表情だった。ぱち、と視線が交わる。目で「どうした?」と尋ねるも、伝わらなかったのか、ふっと微笑まれた。
それからかれこれ何時間も遊び倒し、初めは緊張していた男女はすっかり打ち解けていた。しかし縁もたけなわ、陽が傾いてきてお別れの時間だ。
「じゃあね! 今日は楽しかったデス! また遊ぼーねぇ〜!」
名残惜しそうにまっちゃんが手を振り、男、女に別れる。各々が今日の楽しかった思い出を噛み締め、互いに共有しながら歩いた。すると——
「あのっ!」
ぱし、という微かな音と、女子の少し大きな声。
「い、今から……カフェとか、行きませんか?」
その子は河合を上目遣いで見上げ、言った。乱れた息が、必死さを際立たせる。
離れたところから、きゃーという他の女子たちの声が上がる。まっちゃんもひゅうっと口笛を吹き、俺はといえばまっちゃんごと横に一歩、二歩離れた。こりゃもうもちろん「はい」だろうと思っていた。興奮からか、少し、心音が乱れる。
「ごめん」
それは意外な答えだった。空気がぴたりと凍る。「そっか、じゃあ、またね。」と寂しそうな声で残し、女の子は下がっていった。
ゆっくりと、再び歩き始める。
「なあ、なんで断ったんだよあれ。」
「俺好きな人いるから。」
驚きの事実である。好きな人、いるのか。
安堵と不安が混じったような感情。なんでだろう。心音が一層乱れ、激しくなり、胃の辺りがきりりと痛かった。
「かっ、のじょほしー‼︎」
朝からデカい声で挨拶代わりに言ってくる。耳にタコができそうだ。
俺の友人、まっちゃんこと松田は、いつものように彼女がほしいとすがってくる。が、俺に寄りすがって彼女ができるもんか。しかし、行動に移し続けているのにできないのがこいつの可哀想なところだ。
「な〜! 今週末合コンやるからイケメン呼んでくれよ!」
腕にへなへなとしがみついてくる。鬱陶しくはあるが、見捨てられないのが友達の情というやつか。でもなぁ。
「イケメンがいたらお前は見向きもされないぞ? いいのか。」
うっとまっちゃんが一歩引く。
「やだぁあ‼︎ でもぉお‼︎」
わあーんと泣く真似をして、がばっと思い切り抱きつかれる。これは流石に「鬱陶しい!」と叫んだ。だが離れない。それがまっちゃんの面倒くさいところだ。が、まあ実際のところ、嫌いなわけではないな。
「おーおーどうした」
べりっとひっぺがされるまっちゃん。見れば、その声の主は河合だった。左手にまっちゃんの首根っこを持っている。
「まっちゃんが『彼女ほしー! 合コンでイケメン呼んでくれよぉー!』って。」
そっくりなモノマネまで付けて教えてやると、河合はふっと目を緩ませ、まっちゃんを興味なさげに放り出した。
「なーんだ、そんなこと。」
ヤレヤレと肩をすくめる。それを、まるで頬を叩かれた少女のように床に座り込みながらまっちゃんがまじまじと見ていた。何か考えているように見えるが、口と目は深い穴が開いたようにぽっかりしていて何もうかがえない。
「……お前、意外とイケメンじゃね?」
埴輪のような口から漏れ出た言葉に、俺はゆっくりと首を動かした。河合を見る。
イケメン? イケメンか? イケ……いけ……?
不意に、ときどき向けられるぱっとした微笑みが脳裏によぎる。イケ、メン……かもな。
あ、てか、つまり……。
まっちゃんが河合の手をしかと両手で包み込むように握り、顎下まで持ち上げ、じっと見つめる。
「河合! 合コンに興味ないか⁈」
「ない。」
「あちゃーやっぱり」と呆れる間もなく、河合はすっぱり切り捨てた。その声が、心なしか冷たかった。
「そういうのめんどい。……そうだなぁ、大庭も来んなら行く。」
振り向いた河合の瞳に俺が映る。
「おー、大庭ご指名だぞ! 奢ってやるから来い!」
ほう、奢りとな。ならば断る理由もあるまい。
「行くわ。」
即答だ。
「じゃあ俺も行ーく。」
顔の横で河合が手を挙げる。するとまっちゃんは、表情をぱっと輝かせた。全く、本人が嬉しそうで何よりだが。
「いつ?」
「今週の日曜」
「バカ急じゃん。大丈夫なの俺ら直前で増えて。」
「ダイジョブ、まだ人集まってなかったから。」
「計画性!」
今度は俺がまっちゃんに手刀を食らわす。するとまっちゃんはふざけて「きゃぁー!」なんて気持ち悪い声を出すもんだから、もう一度、次は本気で手刀を落とした。
「あでっ」
頭を抱え、それからきっと睨みつけてくる。俺はその視線から目を逸らし、わざとらしく口笛を吹いた。
——と、まあ、ノリのいいまっちゃんだが、いざ合コンとなっても笑いの中心にいた。軽いノリで、互いによく知らない相手に緊張する男女の空気を和ませる。
しかし弊害もあった。笑い要員。ゆえに女子からの恋愛対象としての認知が薄い。俺としては場を盛り上げられるようなこんないい人間、気になっちゃうだろと思うのだが、女子はこの中で一番顔の整った河合のところへ集まる。
「……こりゃぁ、女子に見る目がねえわな。」
まっちゃんがトイレに行くタイミングでついて行き、わざわざ伝える。意味はないかもしれないが、まあ慰めだ。
「マジ?」
珍しく本気でしょんぼりした声に、驚いて振り向いた。洗面台に手をつき、腕の間にガックリと首がうなだれている。一瞬、声が出なかった。こんなに、“恋”に本気なのか。
「マジマジ、だってお前、すげーいいやつだもん。」
ぽん、と背中を押すと、まっちゃんは少し嬉しそうに柔らかな声で「そっかぁ」とこぼした。
「よし! じゃあはやく河合んとこ戻ってやっか! ハーレムなんて許すかよ!」
袖をまくるジェスチャーをして、むんと胸を張りトイレを出た。俺も後に続く。
「おっ⁉︎」
何か驚いた様子だったので、気になってひょっこり顔を出して見る。あ、河合!
「心配で見に来た。戻ろ。」
「きゃー、優すうぃ〜」とふざけるまっちゃんをフル無視して河合は俺の方へやってきた。まっちゃんは調子を完全に取り戻して誰もいないところを向いてはしゃぎながら河合とすれ違う。
「そういえば」
不意に、俺の方に振り返る。
「松田と何話してたの?」
どこかムッとした様子だった。
「ん? まっちゃん慰めてた。」
俺の言葉に、河合はぴくりと眉を吊り上げた。すぐに戻ってしまったが。
「……そか。」
河合の手がわしゃわしゃと俺の髪を掻き乱す。
「わ、ヤメロ!」
「いいやつだね、大庭。」
ふっと微笑んだ目尻が切なかった。
「……そう? 俺は性格オワってるけど。」
ひひっと笑うと、河合は顔をくしゃっと崩した。それから元のふっとした表情に戻る。
「実力試験で松田の成績を散々笑ってたもんな。三点差で。」
うっ。だって勉強嫌いなんだし、仕方ねーっつーかぁ、なんつーかぁ?
「そいや、河合何点だった?」
「え、ヤダ言わね〜。」
「かーっ、どうせいい点数なんだろ! 知ってるよ!」
「いやいや~」と言う河合はすごく嘘くさかった。
まっちゃんはすでに俺たちの前からいなくなっていた。遅れて二人で席に戻ると、何やら一人の女子を中心にまっちゃんも一緒になってヒソヒソ話している。
「おー、なんの話してんの?」
ビクッと全員の肩が跳ね、ばっと顔が上がる。それから、俺の後ろの河合を確かめ、僅かに肩に力が入った。
「行け! 今だよ! 勇気出して!」
中心にいた子に声が向けられる。その子はのろのろというかおずおずというかな様子で立ち上がり、俺を通り過ぎて河合の前に立つ。その子の瞳や表情、この場の雰囲気から、何をするのかなんとなくわかった。だから空気を読んで一歩下がり、そそくさと自分の席に着く。
その子は腹を括ったように河合を見上げ、口を開いた。
「あっ、あの! れ、連絡先……教えてください。」
後半はもう目を逸らしてしまったが、よくぞ言い切ったと思う。すごいな、こんなのもう告白しているのと同じじゃないか。俺にはそんな勇気、到底ない。
「……わかった」
周りをちらりと見回してから答える。いいよ、とかじゃなくて「わかった」なことを、少し不思議に思った。
何はともあれ、きゃーと黄色い声が上がる。その中にはちゃっかりまっちゃんもいた。女子たちとハイタッチして、連絡先を交換して呆けている子の肩をぶんぶん揺らす。それだよ! お前が友達の距離だから男として見られないんだ! ……とは、この盛り上がった雰囲気の中では野暮だろう。
横目でちらりと河合を見る。と、どうだろう。河合はつまらなそうにぬんとした表情だった。ぱち、と視線が交わる。目で「どうした?」と尋ねるも、伝わらなかったのか、ふっと微笑まれた。
それからかれこれ何時間も遊び倒し、初めは緊張していた男女はすっかり打ち解けていた。しかし縁もたけなわ、陽が傾いてきてお別れの時間だ。
「じゃあね! 今日は楽しかったデス! また遊ぼーねぇ〜!」
名残惜しそうにまっちゃんが手を振り、男、女に別れる。各々が今日の楽しかった思い出を噛み締め、互いに共有しながら歩いた。すると——
「あのっ!」
ぱし、という微かな音と、女子の少し大きな声。
「い、今から……カフェとか、行きませんか?」
その子は河合を上目遣いで見上げ、言った。乱れた息が、必死さを際立たせる。
離れたところから、きゃーという他の女子たちの声が上がる。まっちゃんもひゅうっと口笛を吹き、俺はといえばまっちゃんごと横に一歩、二歩離れた。こりゃもうもちろん「はい」だろうと思っていた。興奮からか、少し、心音が乱れる。
「ごめん」
それは意外な答えだった。空気がぴたりと凍る。「そっか、じゃあ、またね。」と寂しそうな声で残し、女の子は下がっていった。
ゆっくりと、再び歩き始める。
「なあ、なんで断ったんだよあれ。」
「俺好きな人いるから。」
驚きの事実である。好きな人、いるのか。
安堵と不安が混じったような感情。なんでだろう。心音が一層乱れ、激しくなり、胃の辺りがきりりと痛かった。
