
『こうしてぎゅーっと包むと、あ~ら不思議!』
白い修道服の女子が、俺の傷付いた手を包み込んでいく。
ぶっちゃけ傷が圧迫されて痛いのだが、ここはぐっと我慢だ。
この無垢な笑顔を曇らせるわけにはいかない。
『すっかりピカピカ! 元通りでございます♪』
彼女の言う通り、傷は跡形もなく消えていた。
驚く俺を前に彼女は――エステラは空色の長い髪を揺らしてくすくすと笑う。
そうして一頻り笑った後で、エステラは静かに目を伏せた。
『勇者様。一つお願いがございます。せめてわたくしの前では、その肩の荷を下ろしていただけませんでしょうか。……いいえ! 迷惑などではございません。むしろエステラはその……すごく…………嬉しいのです』
エステラはそう言ってはにかんだ。
ああ。守りたい、この笑顔――。
「い゛っ!!?」
思いっきり舌噛んだ。痛い。
今のは……体が跳ねた……のか……? 何だかケツも痛い。
頭の上には白い幌。
周囲には色んなサイズの木箱やら麻袋やらが積まれてて、思わずムズッとしてしまうようなスパイシーな香りが漂っている。
ああ……そっか。
徒歩から馬車に切り替えたんだっけ。
「ちょっと、今アンタ寝てたでしょ」
「いえ。滅相もございませ――ンギギギ!」
「気ぃ抜いてんじゃないわよ! このバカ!!」
マントで顔を隠した現実のエステラに、思いっきり頬を抓られる。
痛゛い。カムバック俺のエステラ……。
「おーい、嬢ちゃん。そろそろ街に入るぜ」
「ありがと、おじさん! しっかり頼むわよ~!」
木箱と木箱の隙間から褐色肌でふくよかなおじさんの姿が見える。
あの人はエステラが雇った謂わば『協力者』だ。
身分証を持たない俺達を無断で街に入れる――密入国ならぬ密入街を手伝ってくれている。
まさか勇者になって悪事に手を染めることになるとはな。
……割とショックだ。
「おお、バックスか。久しいな。積荷は何だ?」
「ご無沙汰しております。本日は香辛料を中心に、日用品をいくつかお持ちしました」
検問が始まったみたいだ。
俺はぐっと息を呑んで、ただひたすらに成功を祈る。
見つかったらやっぱ戦闘か?
いや、ダメだ。その時は言葉を尽くして説明を――。
「ご苦労。通っていいぞ」
「えっ……?」
意外なほどあっさりと通過出来た。
何で? まさかおじさん賄賂でも渡したのか?
「スパイスはね、一度開封すると一気に価値が下がっちゃうのよ。だから、よっぽどのことでもない限り荷を改めるようなことはしないの」
「もしかして、それも含めての人選だったのか……?」
「当然でしょ」
「すげぇ……」
「ふふん♪ もっと、も~~っと褒めなさい!」
「よう、もう降りていいぜ」
「あ、はい!」
「何よ! もっとちゃんと褒めなさいよ!!」とガウガウ吠えるエステラを他所に幌馬車を降りる。
すると、革靴の底から硬い感触が伝わってきた。
これはコンクリートじゃない。石畳だ。
ドキドキと逸る鼓動を宥めながら周囲を見回す。
「わぁ……」
朝日を浴びてキラキラと輝く建物は全部石で出来ている。
軒先には文字なしの絵看板。
カンカンカンと金属を叩く音が鳴り響く中で、焼き立てのパンの香りがふわふわと漂ってくる。
中世だ。ファンタジーだ。
ヤバ。マジでテンション上がる……!
「達者でな」
「うん! おじさんも元気でね!」
ぶんぶんぶんと元気に手を振るエステラの横で、俺は静かに一礼をしておじさんを見送る。
「さて、まずは宿屋に――!?」
言いかけたところでエステラに腕を掴まれた。
かと思えば、次の瞬間――腕にとてつもなくやわらかなものが触れる。
こっ……これは……!?
「ちょっ!? なっ、何して」
「バカなカップルのフリよ。あれを見て」
耳打ちされて、目で指された方に目を向ける。
そこには二人組の騎士の姿があった。
白いマントに白い甲冑。
マントには光の輪と翼をモチーフにした紋章が入っている。
間違いない。聖騎士だ。
十中八九、エステラを探しているんだろう。
「ダ~リン、アタシのどんなところが好き?」
「はえっ!!?」
胸をこれでもかと押し付けてくる。
チェリボーイな俺の体は爆発寸前だ。
心臓がうるさい。顔が、全身が熱い。
こんなんで本当に聖騎士の目を掻い潜れるのか?
疑問は尽きないけど……ええい!! ここはエステラを信じよう!!
「かっ、可愛いとこかな~?」
何とか答えを捻り出す。
するとエステラはニィと口角を上げて。
「他には~?」
「うぐっ……!」
ぐにゅぐにゅと一層いやらしくおバスト様を押し付けてくる。
これは誘導。『言え』ってことだな。
だぁ~~くそ……っ!!!!
「~~っ、おっ……ぱい……かな」
「やだ~♡ ダ~リンのエッチ♡♡♡」
「「…………」」
聖騎士達がふいっと目を逸らす。
優しさ……いや、嫌悪だな。
汚らわしい。視界にも入れたくないってところか。
……泣きたい。
「何してんのよ。さっさと行くわよ」
「……はい」
エステラと駆け足で路地裏に入って、念のため振り返ってみる。
聖騎士達の姿は――なかった。
よし。これで一安心だな。
互いにほっと息をつく。
「このまま裏道から宿屋を目指すか」
「その前にちょっと付き合って」
「?」
エステラは言うなり前へ前へと進み始めた。
この先に何かあるのか?
首を傾げつつエステラの後を追う。


