君を包む海になりたい


 暖かい食卓を囲んだ後、俺は蒼を送っていくことにした。
 俺の部屋に上げられなかったし。また来てほしいと思った。

「蒼ちゃん、また来てね! 絶対よ! あと、今度は手土産なしね!」
「分かりました! ご飯、ご馳走様でした。ありがとうございました! またお邪魔します」
「蒼くん絶対また来てねー」
「空くんもありがとう! またね」

 惜しまれながら送り出される蒼を見て、俺は表情を緩ませるしかなかった。
 蒼は少し寂しそうな顔をする。

「蒼、大丈夫だった?」
「なにが?」
「いや、母さんあんな感じだし。ご、ご飯も無理やり食べさせちゃって」
「めっちゃ嬉しかったよ。誘ってくれたお前のおかげだわ。ありがと」
「そっか……良かったわ……」

 なぜか少し気まずい空気が流れる。
 とぼとぼと、二人で並んで歩く。

「あ、あのさ……花火だけど、嫌だったら……」
「嫌じゃないよ。楽しみ」
「そっか……じゃあさ……連絡とりたいから、連絡先……」
「え……? あ、そっか。俺たち交換してなかったんだっけ」
「そうだよ。俺も朝気づいた」
「ははは。二週間、なんで気づかなかったんだろ」

 顔を見合せて、くすくすと笑う。
 そこだけは、オレンジの明かりに照らされているように感じた。
 楽しい。こいつと居たら。やっぱり。

 連絡先を交換して、しばらく歩いていると、もう蒼のアパートの前に着いてしまった。
 短く感じた。時間が溶けるって、このことなんだ。

「今日はありがとう。海」
「こ……こ……こちらこそ。家族の相手までしてもらっちゃって。ま、また来週な」
「うん。連絡するわ」

 振り向く蒼に手を振る。
 エレベーターの窓からも、蒼は手を振っていた。
 可愛げあるよなぁ……やっぱり。
 俺は蒼が家に入るのを見送ると、自分の家に帰った。

 家に着くと、母さんがニヤニヤと笑っていた。

「あんた……あんなにいい子連れてきて……」
「へ、へ……変な感じで言うなよ」
「ほんとに蒼ちゃんいい子だったわぁ……あの傷は大丈夫なの?」
「あ、ああ。大丈夫だって言ってた」
「そう。安心したわ」

 母さんも母さんなりに、空気を読んで聞かないでくれていたんだな。
 俺はそのまま風呂に入り、自分の部屋へと入った。

 勉強机の前に座り、スマホの電源をつける。
 すると、1件のメッセージ通知があった。
 蒼だ。

「今日はありがとう。また来週」

 短いけど、蒼らしい文章。
 俺はなぜか、開きたくなかった。
 そのまま通知を通知欄に残しておきたかった。

 でも我慢できず、10分後には返信していた。

「こちらこそ〜。花火大会は5月30日だからよろしく」

 その後に俺の好きな映画のスタンプを送る。
 知ってほしいと思った。もっと、俺のことを。

 返信はなかった。
 でも、そのメッセージにはグッドのリアクションがつけられていた。

 寂しかった。けど……しょうがない。
 土日、蒼に会えないと思うと胸がザワつく。

 俺は次の日、暇つぶしにショッピングモールに出かけた。
 ゲームセンターで、UFOキャッチャーを物色する。

「あ……海」
「え?」

 その声に、少し期待した。
 振り向くと、そこには……篠田が居た。

「しし……篠田……。」
「ごめん……邪魔したな」
「い、いや。こないだはごめん。言い過ぎた……」

 俺は、あの時に言った言葉を後悔していた。
 あんなこと言わなくても良かった。
 けど、本心だった。

「あのさ、この後時間ない? ちょっと飯でも食わね?」
「え、えぇ……」
「お願い。奢るから」
「わ、わ、分かったよ……。でも奢りはなし」
「分かった。じゃあ行こう」

 俺たちは安めのファミレスに行くために、ショッピングモールを出た。
 駅の近くにあるファミレス。そこまでの道のりは二人とも黙ったままだった。
 重く、長い道のり。早く着いてほしかった。

 ファミレスで席につくと、適当な料理を頼む。
 でも喉を通りそうになかった。
 この緊張感の居心地が悪かった。

「……今まで、ごめん」
「……な、何の話」
「中学の時も、今も、お前がいじられてるの……無視して……」
「も、もも……もういい。別に」
「……髙木のことだけど」
「あぁ、蒼のことなら……何言っても無駄だよ」
「あいつの親父……どんなやつか知ってる?」
「知らない。別に興味もない」

 少し、嘘をついた。
 興味がないわけではない。でも、知りたい訳でもなかった。

「俺の親父の工場で働いてんだよ。いっつも酒の匂いがするって、親父が言ってる」
「……で?」
「……で、あいつが昨日傷だらけだったのは……」
「そ、そ、それが? あいつのお父さんが何? 俺にそれを言って何がしたいの?」
「俺は……お前が心配で……」

 ムカついた。高校に入ってからも、こいつが俺のことを気にしているのは分かっていた。
 でも、蒼を下げるようなことを言っているこいつのことを、今は許せなかった。

「髙木はやばい。とにかく近づくな」
「うるせぇよ! お前に関係ないんだよ! お前がくれなかった……居場所を蒼はくれてるんだよ! それだけで……それだけで……」
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので」
「すみません。もう出ますから」

 俺は食事代を机に置いて、席を立った。
 もうこれ以上、感情を抑えられない自分を嫌いになりたくなかった。

 篠田は少し遅れて、そのまま走って追ってきた。

「はぁ……待てよ」
「な、な、何だよ。結局、お前は何がしたいの」
「俺は……お前のことが気になるんだよ」
「はぁ?」
「ずっと前から気になってた。中学の時から。でも自分の気持ちに気づいて、それが恥ずかしくて……お前を避けた」
「は、はぁ? 何言ってんのお前」
「引くだろ? それでお前のいじりに加担したりして……でも、お前が傷つくの……もう見たくないんだよ」
「そりゃ……引くだろ……。意味分かんねぇよ。最初に傷つけたのはお前だろ」
「待ってくれ! お願いだよ……」

 篠田は俺の手を握った。
 俺はそれが嫌で嫌でしょうがなかった。
 でも、払ってしまったら……こいつを傷つけるんだと思うと勇気が出なかった。

「……海?」
「え? 蒼?」

 最悪だった。一気に血の気が引く。
 他のやつに手を握られているところを、蒼に見られるなんて……。
 でも……なんでそんなことで焦るんだ?

「い、い、いや違くて。こいつは……」
「……何だよ。俺だけじゃなかったの?」
「い、い、い、いや……俺には蒼だけ……」
「じゃあその手は何……」

 冷ややかな視線。切れ長の目が俺を刺す。
 でも、なんでこんなに責められるんだ?

「ごめん、篠田の気持ちには応えられない」

 それだけを言って、俺は蒼を追いかけた。
 絶対に追いつきたかった。
 息を切らしながら、蒼に追いつく。

「蒼! あいつは友達じゃないから!」
「……海。俺はね、海のこと最初っから友達だと思ってないよ」
「……え?」

 突然何かを刺されたように、胸が強く痛む。
 涙が溢れそうになるのを、我慢する。

「海って名前……それだけでも興味がでたのに、話してみたら面白くて、楽しくて、一緒にいると秒で時間が経って……どんどん好きになった」
「ど、ど、どういうこと?」
「俺、男が好きなんだ。黙っててごめん。もう、気持ちが抑えられなかった」
「え……?」
「はは。気持ち悪い……よね。花火大会……もうなしだよね。ありがとう。もういいよ」

 蒼はにっこりと笑っていた。
 けれど、涙は流れていなかった。
 このまま関係が終わる?有り得ない。
 俺の気持ち……は、なんなんだ?
 分からない。

 そんなことを思っていると、蒼はどこかへ消えてしまっていた。

 俺のバカ……。最悪だ……。
 スマホで電話をかける。でも、繋がらなかった。

 悲しくて、ただ悲しくて、俺はいつの間にか涙を流していた。