君を包む海になりたい


「なぁ、俺ん家来ない?」
「え? まさか俺のこと……襲うの?」
「ば、ば、ばかか。俺の母さんがお前に会いたがってんの。初めて友達できたーっつったら」
「へっ……仲良いな。お前ん家」
「んー? まぁ、いいのかな」

 悲しそうに下を向く蒼に、やっちまったと思った。
 こいつに家庭の話は……あんましない方がいっか。

「行くわぁ。お母さんに会いたいし、菓子折り買って今日行こう」
「はぁ!? そんなの要らねぇって!」
「いや、失礼だろ。駅ビル行く。それは付き合え。好みとか……あんだろ?」
「律儀だなぁ……まじで要らないよ?」
「心配性が出てんだよ。絶対そこは譲れねぇ」

 なんだこいつ。でも……良い奴だな。

 授業が終わり、駅ビルに向かう。
 蒼はスマホの画面で、自分の見た目を確認する。

「どうしよ……俺こんな見た目だった……」
「あー、あんま気にしないと思う。俺ん家、俺と同じ朗らかな血流れてるから」
「そうか? うーん……」
「き、気になるならやめとく?」
「いや、会ってみたい。海の家族、どんなか気になる」

 その言葉が素直に嬉しい。
 俺に興味を持ってくれていることが、それが嬉しい。

 駅ビルの地下。俺たちは洋菓子屋の前に居た。

「これかな……」
「これ、母さん好きそうだな」
「まじ!? じゃあこれにするわ。すみません、これの10個入り1つ……」
「いや多いわ! そんな高いのじゃなくていいから!」

 俺は蒼の財布に、俺の財布から半分の値段をねじ込む。

「は? 何お前」
「あのな、こんな高いもん……お、お、俺も食べたいの。だから、俺の食べたい分の値段。家族分はお前が払え」
「え……それじゃ意味な……」
「意味無くねぇの! 俺がいいっつってんだからいーんだよ」

 照れくさかった。
 こいつの優しさに甘えきるのが。
 それに、こいつがこだわりで無理をしていることが分かっていた。

「じゃあ、そういうことで……」
「はい。ありがとな。まじで、母さんのために」
「いや……やっぱり、あそこで紅茶も……」
「ばか! もういいって!」

 見た目に似合わないその繊細さが、おかしかった。
 笑いながら、蒼の肩を掴んで連行する。
 駅ビルから出ると、蒼はモジモジとしだした。

「……緊張する」
「はぁ!? ここまで来て?」
「だって……俺友達んち行ったことないし……」
「ああ、だから過剰に気にしてんの? 大丈夫。ちょっと挨拶して俺の部屋行けばいいから……」

 母さんに捕まらずに行ければ良いけどな……。
 まぁ、こいつを安心させることが最優先だ。

 蒼は珍しく、八の字に眉を曲げている。
 それにより、傷が痛むのか、いててと眉を抑える。
 自分で自分の傷を抉ってるよ……しかも緊張で。
 それでまた、笑ってしまう。

「おい、笑うなよ」
「いや、意外でさ。お、お、お前もっと、適当なやつだと思ってたわ」
「適当なやつがハンカチ3枚持ってっかよ……」

 いつもの突き放すような言い方。
 でも内容がチグハグだ。

「可愛いな」
「は?」
「う、う、嘘嘘嘘!」

 思っていたことが、そのまま口にでる。
 脂汗が吹き出る感覚。
 俺は大股で歩き、蒼を先導した。

「ちょ、ちょっとまて! 俺の緊張が……」
「そんなもん知るか! 早くしろ」

 いつの間にか、家の前に着いていた。
 後ろを見ると、緊張した面持ちの蒼がいる。
 ふっ……面白い。

 俺はガチャリと扉を開け、大声で母さんを呼ぶ。

「ただいまー! 友達連れてきたよー!」
「えぇ!? あんた早く言いなさいよ! おかえり! ちょっと……え? ほんとに連れてきたの!? どんな子!?」
「こ、こんにちは……。海くんには……お世話になっております。髙木蒼……と申します。あ、あの! これ……」

 ガチガチに緊張した口調で、おかしな敬語を使う蒼に笑いを堪えられず、吹き出す。
 すると、母さんにバシっと殴られる。

「いって……」
「あらぁ……ほんとにいい子ね。もう、気にしなくていいのに……ありがとうね。上がって上がって! 一緒に食べましょ!」
「で……でもご迷惑じゃ……」
「そうだよ。母さん、イケメンと話したいだけだろ」

 また、バシっと母さんは俺の頭を叩く。
 歴戦のプロの動き。蒼は捉えられているのだろうか。

「蒼ちゃん、いらっしゃい。沢山お話しましょう」

 蒼の方を向くと、話が違うという顔をしている。
 しょうがない。気に入られたらこうなる。
 まぁでも、良かった。傷のことは聞かないだろうし、気に入られたならもう、母さんの中では家族も同然だ。

 俺は眉を上げ、両手のジェスチャーで、しょうがないことを伝える。
 蒼は俺を睨みつけるが、どうしようもない。

 俺たちは家にあがる。
 蒼は靴を俺の分まで律儀に揃える。

「お、お、おい。そんな事しなくても……」
「あらぁ……蒼ちゃんほんとにいい子ね」
「あはは……」

 蒼の心配を他所に、母さんはどんどんと蒼の沼にはまりこんで行っているようだった。
 満更でもない表情の蒼に、俺はなぜか心が熱くなる。

 俺たちは椅子に座り、母さんがお茶を用意してくれた。
 買ってきた洋菓子が、丁寧に皿に乗せられている。
 なぜか、俺の分は少ない。2個ずつ食べれば父さんも食べれるのに……ちっ。

「で、どこで二人は知り合ったの?」
「あ……俺がこないだ転入してきて……」
「まぁ! 運命の出会いね」
「かか、母さん、テンション違うから……」
「それで?」
「無視かよ……」

 母さんの質問攻撃は続いた。

「お家はどこ?」
「二丁目です。ここからそんなに遠くないです」
「あら良かった。親御さんが良かったら、ご飯食べていく?」
「え……いいんですか?」
「もちろんよ! お土産のお返しって……訳じゃないけど、ご馳走してあげたいの」
「おい、母さん。断れないだろ……」
「海、全然。めっちゃ嬉しいです……父ちゃんには連絡しておきます」
「嬉しいわぁ。息子がまた増えたみたい」
「また……?」

 そっか、こいつに家族の話とかしないから……。

「弟が居てさ。そ、そ、そいつはめっちゃいいやつ」
「そいつ……は?」
「母さんのこと言ってるわけじゃないわ!」
「ふふ……」

 蒼が笑う。控えめに口を抑えて。

「あ……ごめんなさい。仲良さそうな姿見てたら、つい」
「仲良く見える? そう?」

 母さんも満更でもなさそうに笑う。
 なんだか気恥しい。でも、居心地はいい。

「そういえば、転入ってどこから?」
「神奈川の方からです」
「あら! じゃあ、ここの花火大会行ったことないのね」
「花火大会……ですか」
「そう。有名なんだよ。地元以外からも人が集まるくらい」
「へぇ……見てみたいな」

 ここの花火大会は、地元が力を上げて開催する一大イベントだった。
 日本一早い花火大会、を名目に、若干季節外れではあるが大規模な花火が打ち上げられる。
 その度に、商店街には出店が出て、開催地までの道のりは祭りの屋台が並ぶ。

 俺もしばらく行っていない。
 行きたいな。……蒼と。

「行く? 一緒に」
「え? いいの?」
「う、う、うん。俺、他に行く人居ないし」
「あら、いいじゃない! 行ってらっしゃいよ。本当に綺麗よ」

 照れくさくて、笑うしかなかった。
 そんな時、空が帰ってくる音がする。

「ただいま……ってお客さん?」
「おかえりぃー! こないだ言ってたお兄ちゃんのお友達よ!」
「えぇ!? まじで!? お世話に……なってます……」

 空は蒼の顔を見ると、少しビビったように口ごもる。

「こちらこそ! お邪魔してます。お土産買ってきたから、食べてね!」

 その言葉を聞いて、空は一気に緊張が解けたような表情になる。
 単純だ……。我が弟よ……。大丈夫か?

「お名前……?」
「ああ! 髙木蒼です」
「空です。よろしくお願いします。蒼くん」
「お、お……おい、さん付けしろよ」
「いいよ。むしろ嬉しい。ありがとう、空くん」

 俺の家に、蒼が馴染んでいく。
 蒼の色が、家に広がっていくようだった。
 照れくさそうな空を見ていると、俺まで恥ずかしい。
 けど……良かった。気に入ってもらえて。