「ま、誠に、誠に申し訳ございませんっ!!」
客間に、千草の謝罪の声が響き渡った
敷かれた清潔な布団の上で
痛む身体をかばうように半身を起こしたばかりの女性に対して
千草は凄まじい勢いで平伏し、見事な土下座を敢行していた
女性の方は、まだ意識がはっきりしていないのか
突如として目の前で繰り広げられている土下座を
焦点の定まらない瞳でぼんやりと眺めているだけだった
その時、千草の横を小さな影が、弾かれたように駆け抜け
女性の傷だらけの手を両手でぎゅっと握りしめて叫んだ
「ステラさん!」
その声に、女性の肩がビクッと跳ねた
ぼんやりとしていた瞳がゆっくりときな子へと向けられる
瞳が焦点を結び、目の前にいる少女の姿をはっきりと捉えると
その瞳が信じられないものを見るように大きく見開かれた
「○○○○!!」
女性――ステラは、叫ぶなり、きな子の小さな身体を抱きしめた。
その目からは、ぽろぽろと大粒の涙がとめどなく流れ落ちる
「生きていた! 生きていたのね!」
ステラの声が、感極まったように震える
その時、彼女の身体に異変が起きた
彼女の瞳が、人間の丸い瞳孔から
動物の、それも肉食獣特有の獰猛な縦長の瞳孔へと
鮮やかに、そして鋭く変容した
同時に、きな子の背中を抱きしめていた指先から
獣のような太く鋭い爪がギリッと音を立てて伸びる
己の無意識の変化に気がついたステラは
ハッとして息を呑み、血の気を引かせた
慌ててきな子から身体を離し
壁際へと後ずさる
そして、怯えきった目で、きな子、祥吾、千草を順番に見回した
その縦に割れた獰猛な瞳に宿っていたのは
獲物を狙う肉食獣の鋭さではなかった
自分に向けられる嫌悪、忌避、侮蔑への、深い絶望と恐れだった
だが、きな子は、ステラの変化に何の拒絶反応も示さなかった
それどころか、後ずさったステラの胸に再び自分から飛び込み
その鋭い爪の生えた手を両手で包み込んで、涙を流し始めた
一方、祥吾はというと
目の前で起きた劇的な変化を
努めて平静に見つめていた
以前きな子の記憶と同調した際
ステラが、そういう存在であることを知ったからだ
けれど、それ以上に最大の理由は、
ここで下手に驚いたり動揺したりして
先ほどようやく鎮火した千草の圧が
再び再燃するのを、何よりも恐れたためである
そして、当の千草はというと
先ほどの悲壮な土下座など
すでに意識の彼方へ吹き飛んでしまったかのように
目をキラキラと輝かせながらステラへと這い寄っていた
別に獣の姿に憧れたわけではない
完全に、未知の生態に対する学者魂に火がつき
理性が好奇心に塗り潰されてしまった
三者三様の、あまりにも予想外すぎる反応
化け物と罵倒されることを覚悟して
身を固くしていたステラは
誰一人として自分を恐れない状況に
逆にどう反応していいのか分からず
激しく戸惑っていた
「ステラさん……ステラさんっ」
きな子は、それ以外の言葉を知らないかのように
涙声で同じ名前を何度も繰り返した
「ステラさん ……あなたの、お名前でしょうか?」
ぐぐっ、と至近距離まで顔を近づけ
その縦長の瞳孔の構造をまじまじとのぞき込もうとする千草の凄まじい勢いに
ステラは思わず後ずさりそうになりながら答えた
「そ、そうです……」
答えてから、ステラはハッと息を呑んだ。
「あなた……今、エルフ語を話しましたか?」
「ええ、少しだけなら。きな子に習いましたの」
「きな子……?」
「ええ、この子の名前ですわ」
ステラが驚いて腕の中の少女を見つめると
きな子は涙に濡れた顔を上げ
堰を切ったように早口でエルフ語をしゃべり出した。
「ちょ、ちょっと待って!
私もエルフ語はそれほど得意じゃないの
もう少しだけ、ゆっくり話してちょうだい」
そのやり取りを聞いて、千草が不思議そうに確認する
「エルフ語は、一般的な言葉ではないのですか?」
「ええ。エルフ語はあの森だけのものです
人間の話す共通語が、一般的な言葉なの」
「なるほど……」
千草は深く頷ききな子へ向き直った
「ごめんなさいね、きな子
話を続けてちょうだい
ただし、ステラさんが分かるように、すこしゆっくりね」
千草に優しく促され、きな子は、
最後にステラと会ってから今日までの出来事を
つっかえながらも懸命に話し始めた
母親が冷たい小屋で息を引き取ったことを語る時は
きな子もステラも、言葉を詰まらせ
抱き合って涙を流さずにはいられなかった。
「……そう、そんなことがあったのね
あなたも、本当に大変だったわね……」
ステラはきな子の柔らかな髪を
その鋭い爪で傷つけないように
そっと愛おしそうに撫でた。
「エルフの村で、あなたが追放されたと聞いて
……私、もう諦めていたのよ」
ステラはそう言いながら
祥吾と千草の方へと向き直り、深く、深く頭を下げた
「ありがとうございます……
この子を助けてくださって
本当に、ありがとうございます」
畳に落ちたステラの涙が、丸い染みを作っていく
そんなステラを、千草は優しく支え布団に横たえさせた
「……ステラさん、積もる話はまた後にして
今は少しお休みになってください。
目が覚めたら、温かいお食事をご用意いたしますので」
それから、きな子の小さな手をそっと握り、頼み込むように微笑む。
「きな子。ステラさんのお世話、お願いできるかしら?」
きな子は涙を拭い、任せてとばかりに、力強く頷いた
「どうやら、今のところ、わしは必要なさそうじゃな」
心なしか残念そうに肩を落とした神爺が
畳の上をトコトコ歩いてくる
ハーフエルフのきな子、この世界の住人であるステラ、そして祥吾と千草
それぞれの間には、言葉という見えない大きな壁がそびえ立っているが
千草たちが学んだ片言のエルフ語と身振り手振りを通して
今はなんとか意思の疎通が図れている
「残念だったな、神爺
大方、通訳の褒美に要求しようとしていた
夜の晩酌の口実が減って、がっかりしてるんだろう?――んっ?」
軽口を叩いて神爺をからかおうとした祥吾は
ふと視界の端で起きた異変に気づき、言葉を止めた
ステラの様子が、明らかにおかしかった
彼女は痛む身体をものともせず
弾かれたように布団から跳ね起きると
小さな神爺の姿を穴が開くほど凝視していた
やがて、その身体がわなわなと激しく震え出す
恐怖ではない。何かとてつもないものを前にしたような震えだ
ステラはふらつく足で神爺のすぐそばまで駆け寄ると
先ほどの千草の謝罪を凌駕するほどの
見事で完璧な土下座を繰り出した
「んなっ!?」
あまりの予想外の行動に
流石の神爺も目を丸くしてその場に固まる
「△△△△△!!」
ステラの口から、熱を帯びた声がほとばしる
それはエルフ語ではなく
彼女たちが普段使っているという共通語のようだった
意味は全く分からない
だが、地面に額を擦り付ける彼女の全身から発せられているのは
恐れや恐怖ではなく、絶対的な存在に対する畏敬と敬いの念だった
「……どういうことだ?」
祥吾が戸惑いながら呟く
ステラは床に額をすりつけたまま
今度はきな子にも分かるエルフ語に切り替え
震える声で必死に説明を始めた
それを聞き取ったきな子が
驚きで目をまん丸にしながら
片言の単語を交えて祥吾たちに伝えていく
それによれば
なんと、目の前にいる手のひらサイズの神爺の姿は
この異世界を創ったとされる創造神の中の一柱として
神話に描かれている姿と、瓜二つなのだという
「ほほう……!」
それを聞いた瞬間
先ほどまで呆然としていた神爺の態度が
劇的に、そして目に見えて尊大に変化した。
「ふぉっふぉっふぉ! なるほどなるほど!
どうやら隠しきれぬわしの神威は
世界が違えども、その存在が知られるということじゃな!」
神爺は短い腕を偉そうに組み
ふんぞり返って得意満面に髭を撫でる
「莫迦を言え
酒に目がないただの好色じじいだろうが」
すかさず、祥吾が容赦なく反論した
「なんじゃと!? 無礼なやつめ
ステラのこの敬虔な態度を見よ! わしは偉大なる――」
「どこがだ。神威の欠片もないくせに」
「ええい、控えおろう人間ども
偉大なる神の命である!
今宵の晩酌は、とびきり上等の西洋の酒を
偉大なるこのわしへ奉納するのじゃ!」
偉そうにふんぞり返る神爺
だが、その有頂天な態度は
背後から掛けられた、ひどく優しくて絶対零度の声によって
一瞬にして凍りついた
「……あらあら
偉大なる創造神様は、私たちのような下等な人間の施しがなくても
その神威力で飲み放題ではありませんの?」
振り返ると、そこにはにっこりと笑みを浮かべた千草がいた
その笑顔の奥に
かつて神爺を震え上がらせた冷たい圧が
黒々としたオーラとなって渦巻いている
「い、いや、奥方……あの、これはその、ほんの冗談で……」
「神様への供物など、私どものような者には分不相応でございます
今夜の晩酌は、美味しいお水でよろしゅうございますね?」
「ひぃぃっ! も、申し訳ございませぬ!
調子に乗りました! 晩酌だけは、晩酌だけは――!」
つい数秒前まで創造神として威張っていた神爺は
一瞬にして小さく縮こまり
千草の足元でシュンと平伏してしまった
その一連のやり取りを
土下座の姿勢のまま見上げていたステラは
完全に言葉を失っていた
ぽっかりと口を開け、固まること数十秒
やがて、ステラの喉の奥から
かすれきった小さな声がこぼれ落ちた
「あ、あの……」
「ん?」
祥吾と千草が、不思議そうに振り返る
ステラは、縋るような、それでいてどこか夢見心地のような瞳で二人を見つめ
ようやく振り絞るようにして尋ねた
「もしかして、ここは……神様の国でしょうか?」
「はあ?」
予想の斜め上をいく突拍子もない問いかけに
祥吾は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった
千草も目を丸くして、きょとんとしている
「い、いえ……だって」
ステラは慌てて首を振りながら、自分の考えを必死に口にし始めた
「死んだと思っていた○○――いえ、きな子がいて
私も本当は、あの森の奥でとうに力尽きて、死んでいて……」
ステラの声が微かに震える
過酷な森をさまよい、魔物に追われ、飢えと疲労で朦朧としていた彼女にとって
目覚めた先のこの清潔で穏やかな部屋は
あまりにも現実離れしているように見えた
「それに、ここには創造神様もいて
その神様と同じくらい偉い御方がいらっしゃって……」
ステラは、畏れ多いとばかりに
祥吾と千草をチラリと見上げた
「それなら、ここは神の国ではないかと……」
真剣そのものの、大真面目な顔だった
「…………」
静まり返る客間。
隣ではきな子が「かみのくに?」と首を傾げている
祥吾は、千草と顔を見合わせた
「さて……どうしたものかな?」
祥吾は頭を掻き、千草は苦笑いを浮かべて頬に手を当てる
このボロボロの心優しい訪問者に
一体どこからどうやってこの屋敷の説明したものか。
二人は顔を見合わせたまま
そろって深く、大きなため息混じりの思案に暮れるのだった
客間に、千草の謝罪の声が響き渡った
敷かれた清潔な布団の上で
痛む身体をかばうように半身を起こしたばかりの女性に対して
千草は凄まじい勢いで平伏し、見事な土下座を敢行していた
女性の方は、まだ意識がはっきりしていないのか
突如として目の前で繰り広げられている土下座を
焦点の定まらない瞳でぼんやりと眺めているだけだった
その時、千草の横を小さな影が、弾かれたように駆け抜け
女性の傷だらけの手を両手でぎゅっと握りしめて叫んだ
「ステラさん!」
その声に、女性の肩がビクッと跳ねた
ぼんやりとしていた瞳がゆっくりときな子へと向けられる
瞳が焦点を結び、目の前にいる少女の姿をはっきりと捉えると
その瞳が信じられないものを見るように大きく見開かれた
「○○○○!!」
女性――ステラは、叫ぶなり、きな子の小さな身体を抱きしめた。
その目からは、ぽろぽろと大粒の涙がとめどなく流れ落ちる
「生きていた! 生きていたのね!」
ステラの声が、感極まったように震える
その時、彼女の身体に異変が起きた
彼女の瞳が、人間の丸い瞳孔から
動物の、それも肉食獣特有の獰猛な縦長の瞳孔へと
鮮やかに、そして鋭く変容した
同時に、きな子の背中を抱きしめていた指先から
獣のような太く鋭い爪がギリッと音を立てて伸びる
己の無意識の変化に気がついたステラは
ハッとして息を呑み、血の気を引かせた
慌ててきな子から身体を離し
壁際へと後ずさる
そして、怯えきった目で、きな子、祥吾、千草を順番に見回した
その縦に割れた獰猛な瞳に宿っていたのは
獲物を狙う肉食獣の鋭さではなかった
自分に向けられる嫌悪、忌避、侮蔑への、深い絶望と恐れだった
だが、きな子は、ステラの変化に何の拒絶反応も示さなかった
それどころか、後ずさったステラの胸に再び自分から飛び込み
その鋭い爪の生えた手を両手で包み込んで、涙を流し始めた
一方、祥吾はというと
目の前で起きた劇的な変化を
努めて平静に見つめていた
以前きな子の記憶と同調した際
ステラが、そういう存在であることを知ったからだ
けれど、それ以上に最大の理由は、
ここで下手に驚いたり動揺したりして
先ほどようやく鎮火した千草の圧が
再び再燃するのを、何よりも恐れたためである
そして、当の千草はというと
先ほどの悲壮な土下座など
すでに意識の彼方へ吹き飛んでしまったかのように
目をキラキラと輝かせながらステラへと這い寄っていた
別に獣の姿に憧れたわけではない
完全に、未知の生態に対する学者魂に火がつき
理性が好奇心に塗り潰されてしまった
三者三様の、あまりにも予想外すぎる反応
化け物と罵倒されることを覚悟して
身を固くしていたステラは
誰一人として自分を恐れない状況に
逆にどう反応していいのか分からず
激しく戸惑っていた
「ステラさん……ステラさんっ」
きな子は、それ以外の言葉を知らないかのように
涙声で同じ名前を何度も繰り返した
「ステラさん ……あなたの、お名前でしょうか?」
ぐぐっ、と至近距離まで顔を近づけ
その縦長の瞳孔の構造をまじまじとのぞき込もうとする千草の凄まじい勢いに
ステラは思わず後ずさりそうになりながら答えた
「そ、そうです……」
答えてから、ステラはハッと息を呑んだ。
「あなた……今、エルフ語を話しましたか?」
「ええ、少しだけなら。きな子に習いましたの」
「きな子……?」
「ええ、この子の名前ですわ」
ステラが驚いて腕の中の少女を見つめると
きな子は涙に濡れた顔を上げ
堰を切ったように早口でエルフ語をしゃべり出した。
「ちょ、ちょっと待って!
私もエルフ語はそれほど得意じゃないの
もう少しだけ、ゆっくり話してちょうだい」
そのやり取りを聞いて、千草が不思議そうに確認する
「エルフ語は、一般的な言葉ではないのですか?」
「ええ。エルフ語はあの森だけのものです
人間の話す共通語が、一般的な言葉なの」
「なるほど……」
千草は深く頷ききな子へ向き直った
「ごめんなさいね、きな子
話を続けてちょうだい
ただし、ステラさんが分かるように、すこしゆっくりね」
千草に優しく促され、きな子は、
最後にステラと会ってから今日までの出来事を
つっかえながらも懸命に話し始めた
母親が冷たい小屋で息を引き取ったことを語る時は
きな子もステラも、言葉を詰まらせ
抱き合って涙を流さずにはいられなかった。
「……そう、そんなことがあったのね
あなたも、本当に大変だったわね……」
ステラはきな子の柔らかな髪を
その鋭い爪で傷つけないように
そっと愛おしそうに撫でた。
「エルフの村で、あなたが追放されたと聞いて
……私、もう諦めていたのよ」
ステラはそう言いながら
祥吾と千草の方へと向き直り、深く、深く頭を下げた
「ありがとうございます……
この子を助けてくださって
本当に、ありがとうございます」
畳に落ちたステラの涙が、丸い染みを作っていく
そんなステラを、千草は優しく支え布団に横たえさせた
「……ステラさん、積もる話はまた後にして
今は少しお休みになってください。
目が覚めたら、温かいお食事をご用意いたしますので」
それから、きな子の小さな手をそっと握り、頼み込むように微笑む。
「きな子。ステラさんのお世話、お願いできるかしら?」
きな子は涙を拭い、任せてとばかりに、力強く頷いた
「どうやら、今のところ、わしは必要なさそうじゃな」
心なしか残念そうに肩を落とした神爺が
畳の上をトコトコ歩いてくる
ハーフエルフのきな子、この世界の住人であるステラ、そして祥吾と千草
それぞれの間には、言葉という見えない大きな壁がそびえ立っているが
千草たちが学んだ片言のエルフ語と身振り手振りを通して
今はなんとか意思の疎通が図れている
「残念だったな、神爺
大方、通訳の褒美に要求しようとしていた
夜の晩酌の口実が減って、がっかりしてるんだろう?――んっ?」
軽口を叩いて神爺をからかおうとした祥吾は
ふと視界の端で起きた異変に気づき、言葉を止めた
ステラの様子が、明らかにおかしかった
彼女は痛む身体をものともせず
弾かれたように布団から跳ね起きると
小さな神爺の姿を穴が開くほど凝視していた
やがて、その身体がわなわなと激しく震え出す
恐怖ではない。何かとてつもないものを前にしたような震えだ
ステラはふらつく足で神爺のすぐそばまで駆け寄ると
先ほどの千草の謝罪を凌駕するほどの
見事で完璧な土下座を繰り出した
「んなっ!?」
あまりの予想外の行動に
流石の神爺も目を丸くしてその場に固まる
「△△△△△!!」
ステラの口から、熱を帯びた声がほとばしる
それはエルフ語ではなく
彼女たちが普段使っているという共通語のようだった
意味は全く分からない
だが、地面に額を擦り付ける彼女の全身から発せられているのは
恐れや恐怖ではなく、絶対的な存在に対する畏敬と敬いの念だった
「……どういうことだ?」
祥吾が戸惑いながら呟く
ステラは床に額をすりつけたまま
今度はきな子にも分かるエルフ語に切り替え
震える声で必死に説明を始めた
それを聞き取ったきな子が
驚きで目をまん丸にしながら
片言の単語を交えて祥吾たちに伝えていく
それによれば
なんと、目の前にいる手のひらサイズの神爺の姿は
この異世界を創ったとされる創造神の中の一柱として
神話に描かれている姿と、瓜二つなのだという
「ほほう……!」
それを聞いた瞬間
先ほどまで呆然としていた神爺の態度が
劇的に、そして目に見えて尊大に変化した。
「ふぉっふぉっふぉ! なるほどなるほど!
どうやら隠しきれぬわしの神威は
世界が違えども、その存在が知られるということじゃな!」
神爺は短い腕を偉そうに組み
ふんぞり返って得意満面に髭を撫でる
「莫迦を言え
酒に目がないただの好色じじいだろうが」
すかさず、祥吾が容赦なく反論した
「なんじゃと!? 無礼なやつめ
ステラのこの敬虔な態度を見よ! わしは偉大なる――」
「どこがだ。神威の欠片もないくせに」
「ええい、控えおろう人間ども
偉大なる神の命である!
今宵の晩酌は、とびきり上等の西洋の酒を
偉大なるこのわしへ奉納するのじゃ!」
偉そうにふんぞり返る神爺
だが、その有頂天な態度は
背後から掛けられた、ひどく優しくて絶対零度の声によって
一瞬にして凍りついた
「……あらあら
偉大なる創造神様は、私たちのような下等な人間の施しがなくても
その神威力で飲み放題ではありませんの?」
振り返ると、そこにはにっこりと笑みを浮かべた千草がいた
その笑顔の奥に
かつて神爺を震え上がらせた冷たい圧が
黒々としたオーラとなって渦巻いている
「い、いや、奥方……あの、これはその、ほんの冗談で……」
「神様への供物など、私どものような者には分不相応でございます
今夜の晩酌は、美味しいお水でよろしゅうございますね?」
「ひぃぃっ! も、申し訳ございませぬ!
調子に乗りました! 晩酌だけは、晩酌だけは――!」
つい数秒前まで創造神として威張っていた神爺は
一瞬にして小さく縮こまり
千草の足元でシュンと平伏してしまった
その一連のやり取りを
土下座の姿勢のまま見上げていたステラは
完全に言葉を失っていた
ぽっかりと口を開け、固まること数十秒
やがて、ステラの喉の奥から
かすれきった小さな声がこぼれ落ちた
「あ、あの……」
「ん?」
祥吾と千草が、不思議そうに振り返る
ステラは、縋るような、それでいてどこか夢見心地のような瞳で二人を見つめ
ようやく振り絞るようにして尋ねた
「もしかして、ここは……神様の国でしょうか?」
「はあ?」
予想の斜め上をいく突拍子もない問いかけに
祥吾は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった
千草も目を丸くして、きょとんとしている
「い、いえ……だって」
ステラは慌てて首を振りながら、自分の考えを必死に口にし始めた
「死んだと思っていた○○――いえ、きな子がいて
私も本当は、あの森の奥でとうに力尽きて、死んでいて……」
ステラの声が微かに震える
過酷な森をさまよい、魔物に追われ、飢えと疲労で朦朧としていた彼女にとって
目覚めた先のこの清潔で穏やかな部屋は
あまりにも現実離れしているように見えた
「それに、ここには創造神様もいて
その神様と同じくらい偉い御方がいらっしゃって……」
ステラは、畏れ多いとばかりに
祥吾と千草をチラリと見上げた
「それなら、ここは神の国ではないかと……」
真剣そのものの、大真面目な顔だった
「…………」
静まり返る客間。
隣ではきな子が「かみのくに?」と首を傾げている
祥吾は、千草と顔を見合わせた
「さて……どうしたものかな?」
祥吾は頭を掻き、千草は苦笑いを浮かべて頬に手を当てる
このボロボロの心優しい訪問者に
一体どこからどうやってこの屋敷の説明したものか。
二人は顔を見合わせたまま
そろって深く、大きなため息混じりの思案に暮れるのだった
