ライバルの俺らには知られてはいけない秘密があります



 小学生の俺は近所に住んでいる同級生としか絡まなかった。当然ながら、白土はただの同級生で話したり仲良くなろうと思わなかった。白土は一軍に属し勉強はあんまりだけど運動神経抜群で友達に好かれていた。対して俺はというと、三軍に属しスポーツは人並み程度で勉強はそこそこ。字を綺麗に書けるってだけが取り柄だった。隣のクラスに行かなくてもいつも絡む友達はずっと同じクラスだった。ある日、渡り廊下をすれ違ったときに白土の声を聞くまではどうこうなりたいわけじゃなかった。
「何やってんだよー」
 耳がとろけるような愛嬌のある声だった。見た目に反して可愛らしくそのギャップにやられた。もっと聴きたい。
 いつしか白土と仲良くなりたいと思うようになった。まあ、話す機会なんてなく通りかかったときに耳を澄ますようになっただけ。そのうち見かける度に目で追っては、白土の友達を羨ましがる日々。卒業式の日、一言も言葉を交わさなかったけど、一緒に写る記念写真は甘酸っぱい青春の思い出として手元に残った。


 中学は違うだろうからもうあの声は聴けないはずだった。なのに始業式の日、駅前で家族揃って話す白土は俺と同じ制服を着ていた。神様が与えてくれたチャンスなんじゃないかと心が弾んだ。白土の一個上の兄は中学受験をしたから、白土も受験するんだろうと何となく考えていた。とはいえ、同じ学校を志望してたなんて知る由もなかった。
 中学でも、白土は変わらず一軍男子だった。俺は二軍に上がり序列が変わる。だからといって、白土と話すきっかけはなかった。どうにかして話すきっかけが欲しかった矢先、プールで一番にフィニッシュする白土を見かけこれだと確信した。同じ舞台に立てば自然と話せるだろうと期待した。 
 だけど、そこに至るまで長かった。出来の良い姉に比べて俺はあまり期待されていなかった。だから、勉強を必死にやって認めてもらう必要があった。姉だって中学に入学するまで勉強はそこそこだったくせに、いきなりスイッチが入って特進クラスになり親の態度が急変した。何でも好きにやらせてもらうため、毎日睡眠時間を削ってでも勉強時間を確保してやっと学年上位に入れた。親の期待に応えた俺は真っ先に水泳を習わせてほしいと頼んだ。成績をキープしたまま、水泳を上達させるのは骨が折れた。


 時は流れ高校に上がる。中高一貫校だったのが救いで白土とまた三年間同じ学校生活だった。中学生と高校生は一緒に活動していて俺は高校から途中入部する。途中入部は迷惑がられるかなと思いきや、歓迎されて一安心する。自己紹介をしてから白土の顔色を窺う。興味を持たれていなさそうでかなりへこんだ。それでも簡単には引き下がれなかった。
 更衣室で着替えていると、飯篠と小黒と話す白土が入ってくる。
「昨日の中継見た?」
「見た見た」
「応援してたのに残念だよな」
 中継に応援って言葉からスポーツの話をしているのだと予想できる。この時期だと野球とかだろう。それにしても、声変わりをしているけど声が高めで耳に心地良かった。このときには白土の声は一瞬で聞き分けられるようになっていた。
「先、行っとくな」
 先に飯篠と小黒が更衣室を出ていく。ここぞというチャンスに俺から歩み寄る。
「白土、友達になれないか?」
 ロッカーの扉を閉めた白土が俺の顔を見る。目が合った瞬間、緊張して耳が熱くなる。『さっき話していたのが聞こえて俺も見てたんだ』とかのほうがよっぽど自然だった。けどスポーツ中継は見ていないし、話を振られてもうまく言葉を返す自信がなかった。
「……考えとく。期待するなよ?」
 白土はそう言い残して更衣室を出ていってしまう。俺でもわかる、傷つけないようにやんわり断られたのだと。考える気すらなさそうだ。たとえきっぱりと断られたわけではないにしても、面と向かって『お前とは友達になりたくない』と言われたようなものだ。ショックは大きいけど、スイミングスクールに通ってまで水泳を始めて同じ舞台に立とうとしたんだ。たった一度、断られたからって諦めたくなかった。


 とある日、クロールの練習で初めて一番にフィニッシュする。誰かの鋭い刃物のような視線を背中に感じて振り向くと、白土が敵意をむき出しにしていた。無関心よりライバル意識を持っていてくれるほうがよっぽど良かった。それからは白土のライバルでいようと泳ぎの技術に磨きをかけた。
 実家から通っていたけど通学時間がかなりかかるのがネックで寮生活を送ることにした。個室のある寮は人気で空きがなく二人部屋に決まった。日用品が入った段ボールを抱えて部屋のドアをノックする。返事はなくそっとドアを開ける。事前にルームメイトは知らされていなかったので、相手が白土で驚きのあまり硬直する。寝起きを共にするのが白土で胸が高鳴った。
 白土は二人部屋を完全に占領していて、どちらを使えばいいかわからず途方に暮れる。当の本人は寝落ちしていて聞くにも聞けなかった。仕方ないので起きるまで待っていると、しばらく経って白土が目を覚ます。目覚めて目の前にライバル視している俺が部屋にいて言葉を失っていた。
「なんでいるんだ?」
 白土は不愉快さを(あら)わにしていた。白土には俺がどう映っているのだろう。あまりいい印象を持たれていないのは明明白白だ。
「今日からルームメイトが来るって話、聞いてなかったか?」
「マジか……。ごめん。明日と勘違いしてた。今、片づける」
 白土はバタバタと慌てて片づけ始める。
「手伝おうか?」
「いい」
 なかなか首を縦には振ってくれない。一筋縄では行かないのがもどかしい。諦めが悪いのはわかっているけど少しでも近づきたかった。


 今日も白土はプールから勢いよく上がって俺に向かって突進してくる。もうお馴染みの光景になりつつあった。外野は『またやってる』と面白そうに見物している。
「今日は体調が悪かっただけだ! 今日は勝てたからって調子に乗るな! 明日こそは勝つ!」
「それ昨日も言ってなかったか……。本調子じゃないなら勝てなさそうだけど、まあせいぜい頑張れば?」
 誰もいなければ『いつも頑張っていて偉いな』と褒めてやりたい。毎日、一番最後まで居残り練習をして疲れが溜まっていそうだ。倒れたりしないか気がかりだ。心の中では心配していたが、目線を合わせられずさっさとその場から離れた。


 早朝に目が覚めて時計で時刻を確認する。まだ朝練には早くて二度寝する前に隣をみる。白土の姿はなく布団が畳まれていた。慌てて飛び起き着替えてすぐ部屋を飛び出す。
 たったひとりで練習する白土を遠くから眺める。動きがしなやかで水面を滑るように進む白土の泳いでる姿ならずっと見ていられる。ただただ美しさに魅了される。
 白土の様子がおかしく、なかなか水面から浮上してこなくて冷や汗が(にじ)む。居ても立っても居られず走り出す。
「白土!」
 抱き抱えた白土は軽かった。腰が細くてちゃんと食べてるのか不安に襲われる。


 飯篠と小黒が更衣室から出ていくと着替え中の俺に白土から近づいてくる。
「神城の好きなものって何?」
 初めて興味を示してくれて胸がいっぱいになる。ずっとこんな日が来るのを待っていた。諦めなければいつか心を開いてくれるんじゃないかとそう信じていた。
 ある日、それに裏があることを知ってしまう。靴箱に『話したいことがあるんだけど、今度の日曜日会えないかな? 十五時に校門で待ってるね』と書かれたメモが入っていた。会えるまで待っているかもしれない。だから当日、約束通りの時間に校門へ行くとおしゃれに着飾った古西がいた。
「話って?」
「うん、あのね……お腹空かない?」
 古西は頬をほんのり赤らめて指をいじりそわそわと落ち着きなかった。核心には触れなかったけど何となく察する。
「まあ、そうかな……」
 嘘ではない。筋トレをして小腹が空いていた。
 人通りの多い商店街を歩く。日曜日なのでどこも混んでいた。
「喫茶店に入らない? あっ、ごめんね。辛いものが好きなんだよね。ちょっと先に韓国料理が美味しい穴場の店あるんだけど行ってみない?」
「いいよ」
 そう言ってからおかしな点に気づく。
 ん? 辛いものが好きとか言ったっけ?
 家族ならともかく数えるほどしか話していない古西がなぜ知ってるんだ……。学校内で辛いものが好きと知っているのはたったひとりだけだ。白土にしか話していない。
「あのさ、白土と仲良かったりする?」
「えっと、うん。最近だけど仲良くしてもらってる」
「ふーん、そうなんだ……」
 白土が話したのか。ようやく点と点が繋がる。あとあとよく考えると突拍子もなく好きなものを知りたがるのに、一瞬不審に思っていたのも事実だ。あんなにライバルとしてしか意識してくれなかったのに、これといった出来事もなしに突然興味を示すわけないよな。
 嘘をつかれたのに苛立っているわけじゃない。白土に本心ではない言葉を吐かせたくなかった。白土のはっきりと物を言えるところは気に入っていた。毅然(きぜん)とした態度できっぱり断られると傷つきはするけど、俺は立ち直りが早いのが長所だ。だから意地になってでも振り向かせたくなる。
 好きになったきっかけは声だけど、目で追いかけているうちに俺にはないスポーツ万能なところに惹かれるようになった。スポーツは良くも悪くも平均的な俺にとって、スポーツの分野でオールラウンダーとして活躍する白土はより一層輝いて俺の目に映っていた。
 それに、はっきり言うけど実は優しい。満員電車でスマホから大音量の音が漏れていて、そのサラリーマンはイヤホンをつけていて気づいていなかった。周りは迷惑そうだったけど俺も含めて誰も注意できずにいた。面倒事を避けてやり過ごすのが普通。なのに白土はその人の肩を叩いて注意する。
「音が漏れてるので気をつけたほうがいいですよ」
「すみませんでした」
 その人はようやく気づいて恥ずかしそうにしながら、ぺこぺこ頭を下げて謝っていた。その車両一体の乗客は、『よくぞ言ってくれた』と心の中で喝采を送り、白土の勇気ある行動を称えているようだった。
 好きだから振り向いてほしくて意識してほしい。