ライバルの俺らには知られてはいけない秘密があります



 第一印象は冷たそうでとっつきにくい奴。日が経つにつれて神城に対して抱いていた印象が変わりつつあった。
 テスト期間が近づき出題範囲の勉強をするものの、苦手な国語で頭を悩ませる。結局、苦手科目は捨て得意科目に時間を費やす。次の日、起きたら机の上にノートが置かれていて何気なく手に取りパラパラとめくる。そこには読解のコツを神城の読みやすい綺麗な字で書かれていた。神城は徹夜をしたのかぐっすり眠っていて、神城にそっと感謝する。
 ある日は、自販機でジュースを買おうとするが財布を学生寮の部屋に置きっぱなしだったのに気づく。通りかかった神城が俺の横に立ち、黙って自販機に小銭を投入する。
「どれにする?」
「え……、ミルクティー」
 神城がボタンを押し、屈んで自販機の取り出し口から冷えたミルクティーのペットボトルを取り出し差し出してくる。
「ありがと。金は後で返す」
「これ、やるよ」
 俺の手を取りいちごミルク風味の飴を握らせ立ち去っていく。
 またある日は、じゃんけんで負けクラスの奴に掃除当番を押し付けられひとりで教室を掃除していると、通りかかった神城が俺を椅子に座らせ代わりに掃除し始める。違うクラスなのに面倒事を買って出るだなんて。俺ならスルーしそうなのに神城は平気でやってのける。さすがにひとりでさせるのは可哀想だから掃除を手伝う。なのに、「俺がするから座って待ってろ」と言う。二人でやれば早く終わるのに断るとは物好きなもんだ。
 後日、廊下で喋っていた神城とクラスメイトの会話が耳に入る。
「掃除当番、代わってくれよ。今日だけだから」
「無理だって。絶対にしたくない」
 有無を言わさぬ口調できっぱりと断っている。
「なんでだよー」
 クラスメイトに頼まれたら断っている事実に衝撃を受ける。俺のときは嫌そうな顔をしなかったのに心底嫌そうにして顔をしかめている。どうやら俺には好意的で親切なようだ。人を選んで優しいのが神城なんだろう。


 俺と神城はそれぞれ勉強机で課題をこなす。何かが額をくすぐっている感覚に襲われ顔を上げると、天井から糸を張った蜘蛛がぶら下がっている。まるで『やあ、こんにちは』と言われているよう。声にならない悲鳴を漏らしベッドの上に避難する。
「おい、あれを今すぐ外に追い出せ!」
 天井からぶら下がる蜘蛛を指差し大声を出す。どこかに逃げてしまわないように蜘蛛を凝視する。
「何を追い出せって?」
 神城が指差しているほうを見る。
「……何だ、ただの蜘蛛じゃないか」
「いいからさっさとしろよ!」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
 神城はほうきを持って戻ってきて、ほうきの柄に移った蜘蛛を窓から外に追い出し、天井から張っていた糸をほうきで払う。
「出てった。これでいいか?」
 まだ蜘蛛が潜んでいそうでベッドの上で立ち部屋の隅々を注意深く見渡す。一巡して二巡してを繰り返しているせいでだんだん首が痛くなる。
「いつまでそうしてるんだ……。出てったのを見てただろ。いい加減降りろって」
 神城は呆れた顔をしてベッドに近づいてきて俺の手を取りベッドから降ろさせる。
「今のは忘れろ。いいな?」
 ライバルに弱みを握られたのは(しゃく)なので念押ししておく。
「蜘蛛が苦手だってことか?」
「そうだよ」
「また蜘蛛が出てきたら追い出してやるよ」
「そうしろ。頼りにしてる」
「頼りにしてるか……。悪くないな」
 神城はそう言い白い歯をこぼす。頼りにされるのがそんな嬉しいのか。やっぱ変わってる。
「こっちで勉強するからあっちでやってくれね?」
 勉強道具を神城の机にドサッと置く。
「移動しろって? 面倒だから無理」
「じゃあ、いいや」
 椅子を持ってきて無理やり割り込むと、神城が物をどけてスペースを空けてくれる。
「ずっと聞きたかったんだけどさ、ライバルっていったら飯篠と小黒も含まれてるんじゃないのか?」
 神城はノートを閉じて頬杖をつき俺のほうを向く。
「あいつらが俺の存在を脅かすわけないだろ。俺の足元にも及ばねえ」
 ノートを閉じて頬杖をつき神城のほうを向いて顔を向き合わせる。
「ふーん、そっか。俺があの二人くらいのレベルだったらとっくに仲良くなってたのか?」
「んな仮定の話をされてもわかるわけないだろ?」
「それもそっか。今日はまだだったな。何が知りたい?」
 あれから好きなものを神城から聞き出しては古西に垂れ流している。大体好きなものは聞き尽くした。神城の好きな食べ物が麻辣湯(マーラータン)なら俺の好きな食べ物はシュークリーム。神城の好きな色が黒なら俺の好きな色は青。神城の趣味がアニメ鑑賞なら俺の趣味はスポーツ観戦。俺と神城は共通する好きなものがない。
「んー……、観たい映画?」
 顎に手を当て考えるものの思いつく質問はそれくらいしかない。二人で上映中の映画をざっと見る。
「『真夏にもう一度』」
 いつも通り意見が真っ二つに分かれるという予想は外れハモってしまう。『真夏にもう一度』という作品は、競泳選手を引退した主人公がコーチとなった人生にスポットライトを当てた物語で予告編を観て気になっていた。
「初めて被ったな。一緒に観に行かないか?」
 なんで神城と行かないといけない……。ライバルとは仲良くしないって再三言ってるのによく飽きないな。
「もうひとり誘っていい?」
 古西とくっついてくれたら彼女に時間を作るだろうからちょうどいい。スポーツの映画は嫌いじゃなさそうだったし呼べば来るはず。
「誰?」
「古西」
「……女子を呼ぶって?」
 神城の表情が一瞬で曇る。女子と遊んだりしなさそうだし戸惑ってるんだろうな。その辺は俺がフォローすればいいし……ってなんで俺が仲介役をしないといけない!
「なんだよ……。嫌ならやめたっていい」
「それでいいけどさ、二人だと何かまずいのか?」
 だーかーら、俺に執着するなって。そもそもライバルと仲良くするメリットがない。
「さぁてと、古西に予定聞いとく」
 椅子から立ち上がりベッドに横たわる。
「誘っても多分来ないだろ」
「それはないって」
「振ったから俺がいたら気まずいだろ」
 スマホが手からするりと落ちる。いつの間に告白したんだ……。それって、もう何が好きか聞かなくていいのか……。
「なんで断った? 可愛くて優しいだろ? タイプじゃなかった?」
「いや、俺……好きな人いるし……」
 ……マジか。
 神城は赤らんだ耳たぶを指で挟み触っている。ちょっとだけ気になる、学年で一番可愛い古西ではない相手が誰なのかって。
「仕方ない。一回くらいは遊んでやる」
 何度も誘いを断っても折れない心を持つ鋼メンタルが気に入ったのか、あまりに居た堪れなくて情けをかけたのか俺にもわからない。知らず知らずのうちに口を衝いて出た内心とは裏腹の言葉に俺自身が驚く。
「ありがとな」


 上映時間まで少し時間がありゲーセンで時間を潰す。
「手を出せ」
 クレーンゲームをしようとしていたら神城が話しかけてきて言われるままに手を出す。神城が手のひらにご当地ゆるキャラのキーホルダーを落とす。
「くれんの?」
「ああ」
「ありがと。バッグにつけよっかな」
 そういや、小学生のときはゆるキャラ集めにハマってた。必ず旅先でお土産に買ってもらっていたのが懐かしい。
 映画を観終わって腕時計で時刻を確認する。今から行けば十分間に合う時間だった。
「俺……」
「あのさ……」
 話し出すタイミングが被ってしまう。
「先、言えよ」
 神城は後頭部を触り答えに少し詰まっている。
「別に……、それより白土は何言おうとしてたんだ?」
「俺、用あるからここで解散な。それじゃ」
 立ち去ろうとするが発した言葉に違和感を覚える。つってもルームメイトだもんな、俺ら。数時間後には戻るわけだし、『それじゃ』は違うか。
「またあとで」
「待った! 用って?」
 呼び止められて振り返る。
「うーん……」
 ふと神城を連れて行くのもありかもしれないという考えが頭に浮かぶ。新参者が来て喜んでいるちびっ子が目に浮かぶ。
「神城も来る? ちびっ子が嫌いとかないよな?」
「……ないけどちびっ子の弟か妹がいたのか?」
 妹がいるけど中学生でちびっ子ではない。同じ小学校だったから知ってるはずなんだけどな……。
「いねえよ。泣かしたりするなよ? ちびっ子には優しくしろよな?」
 ちびっ子が泣いて逃げられでもしたら大変だ。つま先立ちして俺の顔を神城の顔に近づけ釘を差すと神城の額が俺の額に当たり、「泣かすわけないだろ」と言葉が返ってくる。
 神城をスイミングスクールに連れて行く。
「ちびっ子のところに行くんじゃないのか……? ちびっ子じゃなくて泳ぎにきたのか……?」
 まさかスイミングスクールに連れてこられるとは思っていなかったのだろう。神城は眉間にしわを寄せ困った目つきをしている。
「あとでわかるって。さっさと着替えろよ」
 神城より先に着替え終わり気づかれないように割れた腹筋をチラチラ見やる。
「前から思ってたけどさ……」
 神城がベンチに座る俺のところに来てしゃがむ。俺の手を取り神城の腹筋にそっと触らせる。力を入れていないのかぷにぷにしていて柔らかい感触だった。
「なっ……なんだよ!」
 慌てて手を振り払うがバレてしまったのではないかと心臓がバクバクとうるさい。頬が上気して手の甲で口元を隠す。
「見すぎ」
 最悪だ。こいつにだけはバレるわけにはいかなかったのに。こうなったら神城の弱点を掴んでやる。
「気のせいだろ! さっさとついてこい!!」
 神城を置いて足早に更衣室をあとにしてプールに向かうと、しばらくして神城がプールに現れ状況を理解しようとしている。プールでは先生の指導のもとちびっ子たちが泳ぎの練習をしている。キッズクラスを担当している沼浦(ぬまうら)先生が俺と神城が来たのに気づきプールから上がる。
「おっ、白土くん。来てくれてありがとう。今日もよろしく」
「はい」
「神城くん、初めまして。沼浦です。どうぞよろしく」
「あぁ、はい……」
 神城は戸惑いながらも差し出された手を握り返す。
「はーい、注目! お兄さんたちが来てくれたよ〜!」
「よろしくお願いしまーす!」
 礼儀正しいちびっ子たちが元気よく声を張り上げる。
「さてと、今日も頑張るか」
 いつも通り、プールに入る前の準備体操をする。隣で神城もストレッチを始める。
「どういうことか説明しろよ?」
「頭のいい神城なら見ればわかるだろ?」
「まあ、そうだけど……。さっきの人は知り合い?」
「小学校のとき通ってたスイミングスクールの先生。こうやってたまにボランティアでちびっ子を教えてんだ」
「ふーん、そうだったんだ」
 神城はお世辞にも愛想がいいとは言えない。ちびっ子が神城に怖がったりしていないか不安でちらっと様子を見る。飛び込みの練習をしていたちびっ子をちゃんと抱き留め、高い高いをするみたいに抱き上げて何やら楽しそうにしていて安堵のため息を漏らす。
 ボランティアが終わって更衣室のベンチに腰掛け水をごくごく飲んでいるとミルクティーを差し出される。
「貢ぐみたいなのやめろ」
「そういうんじゃない。頑張ったご褒美。受け取れ。俺、甘いもの嫌いだし」
「じゃあ、買うなよ」
「買ってない。当たり付きの自販機でもう一本当たったのだから」
「マジ!? 俺、それ当たったことない」
 そういうことならとミルクティーを貰う。神城は俺の隣に腰掛ける。
「俺の体をちょくちょく見るのはなんで?」
「そんな見てないだろ! バレたから言うけど憧れてるだけ!」
「そっか。白土って少食だもんな。栄養不足なんじゃないか?」
「うるさい! 神城には知られたくなかったのにお前だけ弱みを握ってるのは不公平だろ? 何かないのか、知られて困る秘密」
「……あるけど言うわけないだろ」
「教えろ」
「だから言わないって」
 そこで俺のスマホが鳴る。古西からだった。
「悪い。電話出てくる」
「ああ……」
 そう言い更衣室から出るが神城の浮かない表情が気にかかる。古西は告白を断られたという報告をしてくる。まだ吹っ切れていなくて電話口ですすり泣いていた。
「古西を狙ってんの?」
 通話を終えて更衣室に戻ると、神城が開口一番にそう言う。
「違う違う、ちょっとしたきっかけで仲良くなっただけ。俺のタイプじゃない」
「どういうタイプが好きなんだ?」
「どういうって……神城みたいな奴。蜘蛛が出たら追い出してくれるだろ。虫嫌いな相手とか俺無理」
 水を飲んでいた神城は水が気管に入りむせている。
「大丈夫かよ……」
 更衣室に中級クラスを担当している先生が入ってきて、神城にバスタオルでぐるぐる巻きにされる。
「なんだよ」
 慌てて着替える神城の耳が赤く染まっていた。
「まだ着替えないのか?」
「今から着替える」


 神城の弱点を聞き出そうと皇がいる教室に向かう。皇は社交的で男女問わず友達が多い。皇を捕まえて体育館裏に向かう。
「神城の弱みってなんだと思う?」
「神城の弱み?? 白土が関係してるんじゃないか??」
「俺!?」
 俺が神城の弱みを握っているだなんて、まさかそんなはずないだろう。
「独り言だったのか知らないけど『声がいいな』って聞こえて視線を追ったら白土だったんだよな。誰かを褒めてるのは初めて聞いてびっくりした記憶がある。最近仲良いみたいだけど、散々ライバルとは仲良くしないとか言ってたくせにその掌返しは何だよ。弱みに付け込んで何頼むつもりだ?」
 ははーん、なるほど。
 勝ち誇った笑みを浮かべる俺に皇は良からぬ不安に駆られて顔が真っ青になっている。
「俺、とんでもないこと暴露したかも……」
「大丈夫だって。皇のことは口が裂けても言わないから。教えてくれてありがと」
 安心させるように皇の背中を叩く。
「本当だろうな?」
「本当だって」
 いい情報が手に入った。思わぬ収穫に心が浮き立つ。
 学生寮の部屋に戻ると、神城はベッドに腰掛け後ろに手をついて休んでいた。顔のニヤつきが止まらない。
「やけに機嫌がいいな」
「まあな」
 神城の隣にドサッと座る。
「神城の秘密、わかっちゃったかも」
「……それはないな」
 不敵な笑みに怯んだのかちょっとの間黙り込んでいたが、ようやく言葉を捻り出す。平静を装っていても内心ドギマギしているように聞こえた。
「俺の声、好きなんだろ?」
 耳元で囁くと神城の耳が真っ赤になり顔を背け照れている。どうやら本当に俺の声が好きならしい。