アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜

街中が寝静まり、灯りも音も何一つない。そんな深夜。
街を囲む盾の外側で、塀に背を預けて立つハリス。まるで誰かを待っているかのような姿だ。

じわりと、彼の動かない右腕が違和感を訴える。それを合図に、ハリスは顔をあげた。

黒いローブを身にまとった者が…5人。夜闇に紛れてハリスを取り囲んでいる。
リーダー格と思われる者が厳かに話し始めた。

「迎えに来たぞ、ハリス。今日こそ我らが神の贄となれ。」
「………」

ハリスはただ、憤怒の視線をフードたちに送る。
言葉を返すことさえなく、塀に立てかけていた三節棍を手にとった。

「なっ…!!」

黒フードたちがザワつく。もちろん臨戦態勢など取らせるはずがない。
視認できない速さで、一人の膝裏をハリスの三節棍が正確に打ち抜いた。
男がバランスを崩して前のめりに倒れる。その頭を躊躇なく踵で踏みつけ、意識を奪う。

「貴様...!まだ抵抗するのか!」

リーダー格が叫ぶ。
それを無視してハリスは地を滑るように間合いを詰めた。
左手一本で三節棍を操り、華麗に回転させると、もう一人の側頭部に正確に叩き込んだ。男は回転しながら地面に倒れ込んだ。

「おとなしくしろ…!」

低い怒号と共に、太い腕を振り上げた大男が迫ってくる。棍を振り上げて受け止めようとしたその瞬間、鋭い痛みがハリスの右足を貫いた。

「ぐっ…!」

思わず膝をつくハリス。視線を送れば、腿に一筋の深い切り傷があった。どうやら、黒フードの一人が死角からナイフを投げつけてきたらしい。

「さあ、こっちに来…」

先程の大男がハリスへ近づいてくる。
彼がハリスを抱えようと手を伸ばした、その時。
ハリスは握りしめたままの三節棍を一気に縦に突き上げる。アッパーの要領で、それは容赦なく大男の喉を突いた。

「ォア…!!」

呼吸もままならず呻く大男の鳩尾に、ハリスはさらに一撃を叩き込んだ。
その容赦ない一撃に、大男はうずくまる。その頭蓋骨に回し蹴りをハリスは打ち込んだ。

振り向きざま、ナイフを投げてきた奴へ向け三節棍を投げつける。槍投げの要領で飛んでいくそれは、一直線に敵の頭を打ち抜いた。
鈍い音と共に、フードの体が崩れ落ちる。
足の傷などないかのように駆け込んだハリスは、その勢いで飛び蹴りを食らわせる。投げた三節棍はもちろんその際に回収した。

「うっ…」

着地と同時に傷口から血が吹き出る。流石に痛みにハリスは微かに呻くが、そんなことを敵に気づかせはしない。
直ぐに立ち上がり、三節棍を振りかぶる。向かってくる男の肩にそれを叩きつけた。
骨が砕ける音が響き、男は絶叫して膝をつく。さらに回転する勢いを利用して、顎に追撃。
こちらを攻撃しようとしていた男の体が宙に浮き、そのまま地面に倒れ込む。

残るはリーダー格のみだ。

「おのれ…!」

敵が何かを呻く。
だがそんなことを耳に入れるハリスではない。
三節棍が電光石火の速さで振り抜かれる。左手一本とは思えない威力で一人の顎を打ち抜き、リーダーの腹を抉る。
そしてほとんど悲鳴を上げることもできず、その場に崩れ落ちた。

ふぅ、と息をつき三節棍を置くハリス。彼の圧勝で、戦闘終了だ。
本当ならこの黒フードたちを縄で縛っておきたいが、それを片腕でやるのは難しい。
だからせめて、森の中に捨てておこう。足の骨でも折っておけば、わざわざ街をまた襲いには来ないだろう。
そう思って、ハリスがまずリーダー格の首根っこを掴んだときだ。

「誰だ!」

ハリスは鋭い声をあげる。
カサリ、と身じろぎする音が聞こえたのだ。
まさかまだ仲間がいたのか。音が塀の内側から聞こえた事に心臓が早鐘をうつ。

しかし、現れたのは教会で寝ているはずの女性客だった。確か、エトワールという名だと王子が言っていたはず。

「ご、ごめんなさい。音が聞こえたので、つい…」

彼女の言葉に、ハリスは内心舌打ちをした。彼女が起きているということは、もしかしたら子供たちも起きてしまったかもしれない。
思っていたより大きな音を立てたしまったらしい。

「何でもねぇから戻って寝てろ。」

ハリスはそう言って、気を失ってる敵を森の方へ運ぼうとし始める。
しかし、「待って!」という声と共に駆け寄ってきたエトワールに腕を握られ、ハリスの行動は阻害された。
文句を言おうと彼は振り向くが、エトワールの真剣な表情と言葉に先手を打たれた。

「怪我、してるよね?」
「…だからなんだ。別にこのくらい、」
「ダメだよ!戦ってる人にとって、怪我って洒落にならないんでしょう!」
「っ…」

ぐうの音も出ないとは、まさにこのことか。
エトワールに腕を引っ張られ、街の中まで戻されるハリス。
程よい木の幹を見つけると、彼はそこに座らされた。

「見せて?」

有無を言わさぬ雰囲気でエトワールからそう言われ、ハリスはしぶしぶズボンをたくし上げた。
無駄な肉などなく、しなやかな筋肉のついた細い足。そこにはパックリと裂けた傷があり、血で真っ赤に染まっていた。

その傷へ優しく触れるエトワール。
まるで月明かりを反射する水面のように淡く光ったかと思うと、みるみるうちに傷が塞がっていく。
あっという間に、痛みが嘘だったように消えてしまった。

「清水魔法…!?」

驚いたハリスが思わず呟く。
一方エトワールは、傷の治りを確かめながら当然のように返した。

「うん…、そうなんだって、プゥが教えてくれた。あっ、でも、教会の司祭はみんな出来るって言ってたから、ハリスも出来るよね?私、余計なお世話しちゃったかな…?」
「はぁ??」

足元から見上げてくる彼女に、ハリスは苛立ちを覚える。感情のままに彼は口を開いた。

「出来るわけねぇだろうが。清水魔法なんて、俺は初めて見た。」
「えっ…そうなの…!?」

彼の言葉に、エトワールの方が驚いてしまった。
彼女のいた村では、村人の半分はこの力が使える。軽い怪我なら、友達に言えば治してもらえる。
しかしそれは普通ではなく、本当に特別なことなのだと、ハリスの言葉でエトワールはやっと実感した。

左手だけで器用にたくし上げたズボンを戻すハリス。
エトワールは彼の右隣に腰掛けると、心配げに彼に尋ねた。

「さっき、ハリスが戦っていた人たちは、誰…?」

ハッキリと核心を聞いてきたその質問に、ハリスはつい舌打ちをした。
お前には関係ない、そう言おうと彼女を見る。

しかし、曇りなき眼で真っ直ぐに見つめられて、その言葉は喉につかえて出てこなかった。
本気でこちらを心配しているのがわかるその瞳。
ごまかしも拒絶も、彼女の前では無意味だと、嫌でもわかる。
ふい、と視線を逸らすハリス。観念したように、彼は話し始めた。

「…ハリスディオンを信仰してる邪教徒だ。この国の神話の言うように、王家と宰相家が建国の双子神をその身に下ろした半神半人な奴らの末裔だと言うのなら、死者の国の神ハリスディオンも同じように人の身に下ろすことが出来るはず…。そんな妄執に取り憑かれて、実行しようとしてるアホ共。」

ハリスは無意識に、引きちぎらんばかりに右腕を握りしめる。その姿はまるで、その身を守るように抱きしめて蹲る幼子のようだと、エトワールは感じた。
エトワールと目を合わせず、苦しそうな声でハリスは紡ぐ。

「俺は…その神を下ろすための生贄って奴らしい。親からは殴られた覚えしかねぇし、この使えねぇ右腕もそのせいだ。」
「…そう、だったの…」

サラリとハリスの黒髪が風に揺れる。目元に影を落とし、彼の表情を隠してしまう。
彼のまとう孤独感と憎悪に、エトワールは胸が痛くて仕方がない。

「…死者の国の神様を下ろして、その人たちは何をしようとしているの?」

恐る恐る、彼女は尋ねる。振り向きもせず、ハリスは吐き捨てるように答えた。

「知るか。神話に倣って死者の軍団でも指揮して、女神サマと戦争でもするんじゃね?」

ザワザワと冷たい風が騒ぐ。
月の無い真夜中に、まるで恐怖を煽るような風。それはハリスの黒髪を奮いたたせ、彼の射抜くような双眸をエトワールに垣間見せた。

「生贄なんて運命に、屈する気は毛頭ねぇ。」

揺るぎないハリスの決意。
それを感じたエトワールは、意を決してハリスの右手を握りしめ問いかけた。

「ねぇ、ハリス。右腕、動かせるようになりたい?」
「…………は?」

予想だにしない言葉に、思わずハリスは振り返った。
エトワールの裏表ない光に目を焼かれるような錯覚がして尻込みするハリス。しかし、感覚もない右手を掴まれては、逃げられない。

「そ……、そりゃあ………動いた方がいいが……。」
「そうよね!!」

ハリスは本音を絞り出す。するとエトワールは、嬉しそうに立ち上がった。
握られた右腕は彼女の胸の前でその両手に包まれる。ハリスの目には、まるで動かないこの腕をエトワールが導いてくれているかのように見えた。

「きっと動かせるようになるわ!ねぇ、こっちに来て!」
「は!?!おい、何すんだ、女!!」

自信満々に告げるエトワールに引っ張られるハリス。2人はそのまま、教会へと駆けていった。

To be continued...