不機嫌な幼なじみと鈍感な僕

冬を越し、旭たちが二年に上がる前の春。遼人は都内へ移住し本格的に事務所に入り芸能活動を始めることになった。

 前日は養護施設のみんなで送別会をし、旭も当然呼ばれ、楽しく遼人との楽しい夜を過ごした。そして旅立ちの日の早朝、向こうに着いたら事務所の人と今後についての説明があるらしく、始発の電車に乗って遼人は向かうことになった。


 最寄りの電車の駅のホーム。旭は遼人を見送るために入場券を購入して、遼人が電車に乗り込む最後の時まで一緒に待つことにした。

 星杏ちゃんは駅の改札まで一緒にいたが、どうやら気を遣ってく
れたようで遼人と二人きりになった。

 電車を待つ人が並ぶ、列の最後尾で遼人と並んで待つ。遼人に想いの丈をぶつけて恋人になったが、旭自身恋人と言って何をするか具体的に分からず、遼人もレッスンがあったこともあり、関係は今までとなんら変わりなかった。強いていうなら、学校が休みの日に一度だけ偵察がてら電車に乗って原宿のクレープを食べに行ったことだろうか。

「旭。電話、定期的にしてこいよ」
「うん」
「最低二日に一回。なかったらデコピンの刑な」
「うん」

 昔から何度か食らったことがあるが、遼人デコピンは地味に痛い。
思い出しては、額を抑えて軽く身震いした。

「あと、浮気すんなよ。俺以外のやつに目移りしたら許さねぇから」
「うん。それは大丈夫」

 遼人の澄んだ瞳を見つめて旭は自信満々に答える。これは揺るぐことはない。目の前の彼が愛おしくて、離れるのが惜しくて、何かのはずみで彼と一緒に電車に乗って行ってしまいそうなくらい恋焦が
れてる。

「それと……。星杏のことよろしく」
「もちろん。まかせて」

 やはり兄として、唯一の家族として、彼女を残して自分が旅立つのは気にかかることはあるのだろう。そんな妹想いの遼人も好きだ。

「遼、これ。持ってて、御守り」
「何これ」

 旭は徐に洋服の胸ポケットから掌サイズの巾着を取り出して遼人に渡す。遼人は訝しげに巾着を眺めた後、紐を解いて袋の中身を逆さにして掌に取り出した。澄んだ水色のビー玉。遼人がくれた宝物。

「僕の御守り。園に来た時に遼が僕にくれたもの。僕の宝物だから
遼に持っててほしい」
「なんでそんな昔のものっ」

 旭が真剣にそう話すと、遼人の耳朶がみるみる赤く染まる。てっきり遼人は覚えていないと思っていたが、その様
子だとちゃんと覚えていてくれているらしい。なんだか胸が擽ったい気持ちになる。

「僕さ。卒業したらそっちに行くよ。カメラ、本格的に勉強しようと思う。だから待っててほしい」

 遼人と想いあえてから自分の将来について真剣に考えるようになった。入賞ですら獲れない自分には才能がないカメラだけど、挑戦してみたいと思ったのは紛れもなく遼人の姿を見たからだ。

 まだ高校卒業までは二年もあるけど、向こうの専門学校に通って、カメラの勉強して、誰よりも遼人のことを綺麗に映せる存在でありたいと思う。

「ヤダ。俺は先に行く。旭が嫉妬して、俺の事離したくなくなるくら
い有名になってやる」

「そっか。それは楽しみだな」

 ホームに飾られているポスターたちの中に遼人が並ぶ日が来るのだろうか。想像したら嬉しくなって旭がそう零した言葉に反して、遼人の表情が険しくなっていく。

「ホント、お前のそういうとこ嫌い」
「えっ、僕なんかまた失言した?」

 唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。
 また遼人を怒らせてしまったらしい……。

 旭が問うてもそっぽを向いたまま返事をしてもらえなかった。何て声を掛けても遼人の機嫌は直ることはなさそうなので押し黙っていると隣から呟くような声が聞こえてくる。

「嫌いだけど……お前のどんくさいとこに振り回される俺ももっと嫌い……」

 遼人が呟くタイミングと同時に電車がホームに入ってきて、言葉の八割も聞き取ることが出来なかった。旭が「遼、今なんか言った?」と返しても「うるせぇ。せいぜい浮気すんな馬鹿」とだけ言って、到
着した電車へと颯爽と乗り込んでしまった。

遼人だって寂しがり屋なのに地元を離れて向こうで生活なんかできるんだろうか。

 扉が閉まり、電車が行ってしまう一瞬。遼人が寂しそうな顔をしていた気がした。
早く自分も大人になって彼の傍にいれる存在に慣れればいいと思う。

 とりあえず今は週末に沢山、会いに行こう。
今の限られた時間を大切に、遼人と過ごせたらいいと思う。

 旭は、遼人と別れた駅のホームを後にすると、早速別れたばかりの遼人に『来週末、遼のうち遊びにいきたい』とメッセージを送っては頬を緩ませていた。






END