因習と春一番

 東京に戻ってくることができたのは、三学期が終わる直前だった。

「一週間も学校サボって何してたんだよ」

 修了式を終えて、体育館をあとにしながら三河は言った。好奇心が三分の一、呆れが三分の一、サボりやがってずるいぞという羨ましさが残りの三分の一って感じだ。

 並んで渡り廊下を歩きながら思う。そうか、まだ一週間しか経ってないのか、と。

 猿千村で過ごした時間は濃密過ぎて、とても七日間だけだったとは思えない。蓋を開けてみれば、たったの一週間。見慣れた高校の校舎と、曇りがちな東京の空と、いつもの友人の顔を見ていると、猿千村で起こったことは全部夢か幻だったんじゃないかって気がしてくる。非現実的な、作り込まれたアニメーション映画のなかでしか見ないような美しい春の集落の景色は、全部嘘だったんじゃないかって。

「だから、サボってたわけじゃないんだって言ってるだろ。学校も行けるなら行きたかったし……」
「どう考えてもサボりだろーが。犬塚も来ないしさぁ」

 教室に向かってぞろぞろと廊下を歩く生徒たちのなかに、ひときわ賑やかな一群が見えた。顔ぶれを見ればバレー部の一年生たちだとわかる。

 そのメンバーのひとり、短く切った黒髪に精悍な顔立ちをした男子生徒は、仲間の冗談に笑いながら歩いていた。まるで何事もなかったかみたいに日常に戻っている。
 あいつが山奥の猿千村で生まれて育ったことを、きっと周りの誰も知らない。あいつの故郷の朝の景色を、夕焼けを、あいつがおじいさんと暮らした家の縁側を、あいつが故郷の言葉をどんな風に喋るのかを、ここにいるみんなは知らない。僕を除いて。

 ──そりゃあ、僕はたかだか一週間そばにいただけだけどさ。バレー部のやつらは、練習やら試合やらを通してこの一年犬塚と仲を深めてきたんだろうけどさ。
 でも、あいつのいろんなことを僕はもう知ってる。
 お前らは知らないだろうけど、とちょっと優越感というか、勝ち誇ったような気持ちになる。……犬塚の独占欲がうつったみたいだ。

 犬塚たちが遠ざかっていく。僕と三河はそのずっと後ろをのんびり歩いていく。
 僕は同じ写真部の三河と、犬塚はバレー部の仲間と一緒に過ごす。それが日常。それがいつもの学校生活。これで元通りだ。

 猿千村で過ごした七日間の非日常は、もう終わったんだ。春彼岸がようやく終わったのだ。

「──……あー、ほら、犬塚と滝撮りに行くことになったって言ってただろ? それで、まぁ、行った先でちょっとごたごたしてさ」
「ごたごたってなんだよ。一週間も戻って来られなくなるとか絶対普通じゃないし。海外旅行に行ってきたわけでもないのに」
「それはそうなんだけど……ややこしくて説明しにくいんだよなぁ。ごめん」

 三河のことは大事な友人だと思っているが、真実を伝えることはできず、あいまいな言い方をすることしかできなかった。真実を言ったところで信じてもらえるとも思えないし。村に古くから伝わるしきたりによって、村から出ることができなくて、そのうえ【なにか】に命を狙われていたなんて言って、いったい誰が信じる?

 廊下の窓から見える街並みは、子供のころからよく知るものだった。改めて帰ってきたんだと思う。

 ──そう、東京に戻ってくることができたのだ。美しい春の猿千村を抜け出して。