因習と春一番

 ──クラスメイトのイケメンが因習村出身だったんだけどどうすればいい?

「……べつにどうもこうもないよな」

 自問自答して、うんうん、と僕はひとりで頷いた。

 四日目。四巻目に突入したマンガをようやく半分くらい読んだところだ。話の区切りがついたあたりで、休憩のために畳の上に本を閉じて置く。昨日の犬塚みたいに僕はごろりと寝転がった。

 猿千村は俗に言う因習村だったようだけど、だからなんだ。
 どうもこうもない。
 クラスメイトのイケメンこと犬塚が因習村の生まれだろうが、東京生まれだろうが、異世界からやって来た異世界人だろうが、宇宙人だろうがなんだろうが。

 昨日、犬塚が故郷の猿千村を出て、東京の高校に進学するまでの経緯を初めて聞いた。猿千村に来て四日、四日前まで犬塚について知らないことばかりだったけど、色んなことが少しずつ明らかになってきた。

 犬塚がこの村の出身だろうとどうもこうもないけど──意外だったな、とは思う。
 というのも、犬塚の話す言葉にはなまりがいっさいないのだ。大井さんが話すような特徴的な語尾も、独特なイントネーションもない。犬塚が話すのはいわゆる標準語だ。それもちょっと堅苦しいタイプの。
 ショーマはショーマで、体育会敬語とでもいうのか、「っす」を語尾につけた話し方をするのでなまりはそれほど感じないけど。でも、イントネーションやところどころの言葉遣いはやっぱり大井さんと同じでなまりがある。

「にしても、平和だなー……」

 因習という言葉から連想するような陰惨な雰囲気は、まったく、ない。本当に。全然。この村は平和そのものだ。平和だ。平和過ぎる。

 なんなら東京のほうがよっぽど治安が悪いし、殺伐としているし、危険だ。物騒な事件が毎日のように身近な場所で起こっている。
 それに比べて、この村の人たちは玄関のドアをきちんと施錠することもなく、夜でも窓を開けっ放しにして過ごしているくらいだし……。

 拍子抜けって感じだ。まぁ、七日間が平穏無事に過ぎていくに超したことはないけど。

「のどかだし、いい村だよなぁ。ホント」

 僕の言葉に相槌を打ってくれる相手も、賛同してくれる相手もいない。昨日、庭に逃げたバッタはどこかで聞いてるかもしれないけど。

 僕の唯一の話し相手である犬塚は別室で勉強中である。
 なんと、犬塚は驚くべきことに移動中の暇つぶしにとリュックに単語帳を入れてきたそうで、それを使って勉強している。ランニングに英語の勉強につくづく真面目なやつだ。文武両道で感心、感心。
 僕はというと持ってきたのはカメラくらいで、勉強道具を持ってこようだなんて考えすらしなかった。

 犬塚は体育に限らず、いわゆる五教科の成績もいい。それは日頃の勉強の積み重ねによるもののようだ。東京に戻ったら、犬塚に勉強を教えてもらおうかな。そんなことを考えていると──

「──こんちはー、ショーマっすー。宗将さーん、春一さーん!」

 突如明るい調子の大きな声が響き渡り、驚いて飛び起きる。縁側から大きく身を乗り出して外を見ると、玄関のところに派手な髪をした人物の姿が見えた。いつのまにか僕のことを「保科さん」から「春一さん」と呼ぶようになっていた人物。

「えっ、ショーマ?」

 ショーマはこちらに気がつくとぱっと笑顔になって「差し入れ持ってきたっすー」と嬉しそうに手を振った。
 大井さんが家に訪ねてきたときと同じように、手提げのレジ袋を片手に持っている。

「今お邪魔しちゃって大丈夫すか? 取り込み中やったら出直してくるっすけど」
「全然、ちょうど暇してたんだよ。犬塚も今呼んでくるからさ、こっちから入って座って待っててくれるか? あいつ今向こうの部屋で勉強してるんだ」
「うっす!」

 ショーマを縁側から中に招き入れてから、僕は隣室へと向かった。