先に立ち上がったシグルドが、意気消沈しているアンネリーゼに片手を差しだす。その手を取って立ち上がると、ルシアードの乗った馬車が小さくなっていくところだった。
その馬車の背中を、シグルドが鋭い目線で見つめる。
「聖獣を〝道具〟や〝手足〟と呼び、あまつさえ禁術で縛り上げるとは。……貴公は、彼らの誇りを踏みにじったのだ」
シグルドはアンネリーゼの手をぎゅっと握ると、決意を込めて天を仰いだ。
「エルドランは君の相棒であると同時に、幼い俺を背に乗せてくれた大切な友でもある。……今度は、俺が彼を助ける番だ」
彼が力強く右手を掲げた瞬間だった。大気が激しく震え、雲を切り裂くようにして巨大な影が舞い降りたのだ。
(あれは、まさか――)
アンネリーゼは、片手を彼とつないだまま空の一点を見つめる。
彼の端正な横顔が、降りてきた影に向かって不敵に微笑んだ。
「――来い、ファヴニール!」
咆哮(ほうこう)と共に現れたのは、濡烏(ぬれがらす)色の鱗(うろこ)に覆われた巨大な竜――アルシェリア王家の守護聖獣である〝黒竜〟だった。白銀の光をまとって〝再生〟を司るエルドラン。それに対し、シグルドの聖獣は、漆黒の闇から現れてすべてを圧倒する〝破壊〟を司る覇道の象徴だ。
そのあまりの迫力に、アンネリーゼは息を呑んだ。
(シグルド様も、聖獣をお持ちだったなんて……)
今までまったく聞いたことのない情報だった。エルドランならば、同じ聖獣であるファヴニールの存在を知っていたかもしれない。それなのに自分に話してくれないとは、なかなかに人が悪い。
秘密にされたことが悔しくて、少しだけ抗議の目をシグルドに向ける。
彼はバツが悪そうに後ろ頭を掻いた。
「……今まで黙っていたのは、その、悪かった。君の聖獣とは正反対で、俺のファヴニールは〝破壊〟の象徴だからな。自国が他国に攻め入られることがあったり、俺の大切な……その、君になにかあったときは、ためらわずに呼ぼうと思っていたんだ」
シグルドとアンネリーゼの目の前に、闇を溶かし込んだような翼を広げた黒竜が舞い降り、甘えるようにその大きな首を低く下げた。彼はためらいなく手を伸ばすと、黒竜の頭を軽く撫でる。
「ファヴニール、よく来てくれた。おそらく事態は察してくれているとおりだ」
『……そのようだな。我が同胞を穢(けが)れた闇の鎖でつなぐとは。聖獣を道具のように扱う人間の傲慢(ごうまん)、決して許しはせぬぞ』
ファヴニールは落ち着いた声音で言いつつも、隠しきれない怒りをにじませている。
アンネリーゼは一歩前に進み出る。
「お初にお目にかかります、ファヴニール。わたくしは聖獣エルドランと共に歩む者、アンネリーゼと申します。……どうか、囚(とら)われたエルドランを奪還するため、わたくしにお力をお貸しください!」
『もちろん。我が友をあのような辱(はずかし)めから救いだすこと、我にとっても至上命題。其方(そなた)の決意、しかと受け取った』
「さあ、行こう、アンネ。奪われたものすべてを、取り戻しに」
シグルドはアンネリーゼを軽々と抱き上げると、黒竜の背へと飛び乗った。急に上がった視界に驚いたけれど、彼のたくましい背中にしがみつき、前を見据える。
シグルドのまっすぐな瞳に宿る強いまなざしが、アンネリーゼの心に消えない勇気を与えてくれた。彼と一緒ならどんな出来事があっても怖くはない――そう信じられるのだ。
黒竜は力強く翼を広げ、エルドランを連れ去った馬車を追って、グランディール王国の空へと一直線に舞い上がった。
その馬車の背中を、シグルドが鋭い目線で見つめる。
「聖獣を〝道具〟や〝手足〟と呼び、あまつさえ禁術で縛り上げるとは。……貴公は、彼らの誇りを踏みにじったのだ」
シグルドはアンネリーゼの手をぎゅっと握ると、決意を込めて天を仰いだ。
「エルドランは君の相棒であると同時に、幼い俺を背に乗せてくれた大切な友でもある。……今度は、俺が彼を助ける番だ」
彼が力強く右手を掲げた瞬間だった。大気が激しく震え、雲を切り裂くようにして巨大な影が舞い降りたのだ。
(あれは、まさか――)
アンネリーゼは、片手を彼とつないだまま空の一点を見つめる。
彼の端正な横顔が、降りてきた影に向かって不敵に微笑んだ。
「――来い、ファヴニール!」
咆哮(ほうこう)と共に現れたのは、濡烏(ぬれがらす)色の鱗(うろこ)に覆われた巨大な竜――アルシェリア王家の守護聖獣である〝黒竜〟だった。白銀の光をまとって〝再生〟を司るエルドラン。それに対し、シグルドの聖獣は、漆黒の闇から現れてすべてを圧倒する〝破壊〟を司る覇道の象徴だ。
そのあまりの迫力に、アンネリーゼは息を呑んだ。
(シグルド様も、聖獣をお持ちだったなんて……)
今までまったく聞いたことのない情報だった。エルドランならば、同じ聖獣であるファヴニールの存在を知っていたかもしれない。それなのに自分に話してくれないとは、なかなかに人が悪い。
秘密にされたことが悔しくて、少しだけ抗議の目をシグルドに向ける。
彼はバツが悪そうに後ろ頭を掻いた。
「……今まで黙っていたのは、その、悪かった。君の聖獣とは正反対で、俺のファヴニールは〝破壊〟の象徴だからな。自国が他国に攻め入られることがあったり、俺の大切な……その、君になにかあったときは、ためらわずに呼ぼうと思っていたんだ」
シグルドとアンネリーゼの目の前に、闇を溶かし込んだような翼を広げた黒竜が舞い降り、甘えるようにその大きな首を低く下げた。彼はためらいなく手を伸ばすと、黒竜の頭を軽く撫でる。
「ファヴニール、よく来てくれた。おそらく事態は察してくれているとおりだ」
『……そのようだな。我が同胞を穢(けが)れた闇の鎖でつなぐとは。聖獣を道具のように扱う人間の傲慢(ごうまん)、決して許しはせぬぞ』
ファヴニールは落ち着いた声音で言いつつも、隠しきれない怒りをにじませている。
アンネリーゼは一歩前に進み出る。
「お初にお目にかかります、ファヴニール。わたくしは聖獣エルドランと共に歩む者、アンネリーゼと申します。……どうか、囚(とら)われたエルドランを奪還するため、わたくしにお力をお貸しください!」
『もちろん。我が友をあのような辱(はずかし)めから救いだすこと、我にとっても至上命題。其方(そなた)の決意、しかと受け取った』
「さあ、行こう、アンネ。奪われたものすべてを、取り戻しに」
シグルドはアンネリーゼを軽々と抱き上げると、黒竜の背へと飛び乗った。急に上がった視界に驚いたけれど、彼のたくましい背中にしがみつき、前を見据える。
シグルドのまっすぐな瞳に宿る強いまなざしが、アンネリーゼの心に消えない勇気を与えてくれた。彼と一緒ならどんな出来事があっても怖くはない――そう信じられるのだ。
黒竜は力強く翼を広げ、エルドランを連れ去った馬車を追って、グランディール王国の空へと一直線に舞い上がった。


