そんな会話を交わしてから一週間後、映画を観に行こうと誠矢に誘われた。俺が好きな漫画が映画化して、ちょうど観たいと思っていたのだ。
家まで迎えに来ると言うので、身支度をしながら誠矢を待つ。寝癖を直し終わったところでインターホンが鳴った。モニターも確認せず玄関に向かい、ドアを開いた直後、俺は思わず目を疑った。
「おっ、おはよう潤太!」
「え……っ!?」
玄関の前に立っているのは間違いなく誠矢だ。ただし、茶色に近かったはずの髪が真っ黒になっていた。
「その髪どうしたんだよ。イメチェン?」
「へ、変かな!?」
「変ではないけど……」
誠矢の茶色い髪は生まれつきだ。昔から染めていると勘違いされて担任に注意されたり、上級生に生意気だと因縁をつけられたりしていた。そのたびに俺が助けに入ってフォローしてやっていたわけだけど……いや、今それはいい。
地毛の状態では線の細い儚げなイケメンだったが、黒髪になるとミステリアスというかアンニュイというか……大人っぽくて物憂げな雰囲気だ。
しかし今更黒に染めるなんてどんな心境の変化だろう。
「まさか、また誰かに何か言われたのか?」
「違うよ! ただ、黒髪にしてみたくて!」
「ふーん……? まあ、似合ってると思うよ。ていうかお前ならどんなのでも似合うと思うけど」
「あ……ありがとう……」
誠矢は照れくさそうに頬を染めると、もう一度大声で「ありがとう!」と腹から声を出した。
「なんか今日やけに声でかくないか?」
「俺、元気だからね!」
「元気なのはいいけど、そんなに叫ばなくても聞こえるって。普通に話せよ」
発声練習でもあるまいし、住宅街であまり声を張り上げないでほしい。しゅんとして「ごめん」と呟く誠矢の頭の上に、垂れた耳が見えた気がした。
自宅の最寄り駅からバスで十五分。大型ショッピングモールは日曜日とあって混雑していた。映画館も混んでいて、飲み物を買うだけでも一苦労だ。
「俺はコーラにする。誠矢は?」
「えっと……じゃあ、オレンジジュース」
「珍しいな」
いつもお茶やコーヒーを頼むのに。でもたまには違うものを飲みたくなる日もあるか。
ドリンク片手にシートに座る。まだ上映前で、薄暗いシアター内では控えめな話し声がそこかしこから聞こえる。映画館って、なんとなく小声で喋りたくなるのは何故なんだろうな。
「ねえ、潤太」
「ん?」
「俺の誕生日は三月だよ」
「ああ、知ってるけど」
来週の誠矢の誕生日にはささやかなプレゼントを用意している。確認されなくたって、毎年祝っているんだから忘れるはずがない。
「潤太の誕生日は七月だね」
「うん」
「つまり、同い年だけど俺の方が年下だよね」
「うん……? まあ、そうだな……?」
突然の年下アピールに疑問符が止まらない。というか数ヶ月の差なんて誤差みたいなものだろう。
今でこそ誠矢は一八〇センチを超える高身長だけど、早生まれゆえに幼い頃はクラスの中で一番小柄だった。チビだと揶揄われているところを俺がよく庇ってやっていたっけ……いや、今それはいい。
それがどうしたんだと訊こうとしたら照明が暗くなり、広告が流れ始めた。咄嗟に口を噤み、スクリーンに向き直る。
なんとなく様子がおかしい誠矢のことは気になるけど、まずは映画に集中しよう。
映画鑑賞を終え、俺たちは近くのファミレスに移動した。昼時を過ぎてしまってお腹がぺこぺこだ。
「誠矢、どれにする?」
メニュー表を捲る。ハンバーグステーキ、グリルチキン、オムライス……どれもおいしそうだ。
「俺は、ええと……これにしようかな」
誠矢は巨大なチョコパフェと二段重ねの分厚いパンケーキを注文用タブレットに入力した。
「な、なんで? お前甘いもの苦手じゃん」
「大丈夫、苦手じゃない」
「でもこんなの食べたことないだろ」
「大丈夫、食べられる」
「……なんかの罰ゲーム?」
「大丈夫、これから甘いものも楽しめるようになるから」
不安すぎる。
なんとか説得しようとしたけれど、誠矢は頑として譲らなかった。
「お前、朝からなんかおかしくないか?」
「……いつもと違って見える?」
「そりゃあ、まあ」
良いか悪いかは置いておいて、いつもと違うのは間違いない。曖昧に肯定すると、誠矢の顔に喜びが浮かんだ。今喜ぶ要素あったか?
「潤太、今日楽しい?」
「ん? うん、映画も面白かったし」
「そっか、良かった」
俺の答えを聞いて、誠矢はますます嬉しそうに笑った。
「映画の評判いいのは知ってたんだけど、期待以上に面白かったよな」
「うん」
「オリジナルシーンも良かったよなぁ」
「うんうん」
「エンディングの演出もかっこよかったし、続編もやってほしいな」
「そうだね」
「なんか反応薄いな……ちゃんと観てたのかよ。つーかお前、途中寝そうだっただろ」
上映中になんとなく隣を見てみたら、誠矢の目は瞼が半分落ちてとろんとしていたのだ。わざと意地悪な笑みを向けてみると、誠矢は焦ったように手を左右に振った。
「確かにちょっとだけうとうとしちゃったけど……たまたま寝不足なだけで、退屈だったわけじゃないよ」
「寝不足? 昨日なんかやってたの?」
「うーん……考え事っていうか……」
「俺で良ければ話聞くけど」
大したアドバイスはできないかもしれないけれど、困っているなら手助けをしてやりたい。しかし誠矢は俯いてしまった。
「大丈夫だよ、自分でなんとかするから」
「でも眠れないくらい悩んでるんだろ?」
「それは……でも……」
「話して楽になることもあるだろ」
「……」
誠矢は俯いたまま黙り込んだ。少し間を置いて、形の良い唇が開く。
「……潤太には言えないよ」
「え……」
そんなことを言われるとは思っておらず、次の言葉が出てこなかった。しまった、と言いたげな顔で俺を見た誠矢は、気まずそうに目を逸らす。
「俺のせいで悩んでんの?」
「いや……そうじゃないけど」
「じゃあなんだよ」
「……」
また妙な沈黙。誠矢の悪い癖が出た。こいつは自己主張が苦手で、言いたいことがあっても我慢しがちだ。良く言えば奥ゆかしいけれど、悪く言えば煮え切らない。
居心地の悪い空気が流れかけた時、猫の配膳ロボットが俺のハンバーグと誠矢のデザートを運んできた。
「……もういいよ、別に無理やり聞き出したいわけじゃないから」
「ごめん……」
嫌な言い方をした自覚はあった。けれど今更取り消せず、賑やかな店内で不自然なくらい黙々と食事を進めた。
家まで迎えに来ると言うので、身支度をしながら誠矢を待つ。寝癖を直し終わったところでインターホンが鳴った。モニターも確認せず玄関に向かい、ドアを開いた直後、俺は思わず目を疑った。
「おっ、おはよう潤太!」
「え……っ!?」
玄関の前に立っているのは間違いなく誠矢だ。ただし、茶色に近かったはずの髪が真っ黒になっていた。
「その髪どうしたんだよ。イメチェン?」
「へ、変かな!?」
「変ではないけど……」
誠矢の茶色い髪は生まれつきだ。昔から染めていると勘違いされて担任に注意されたり、上級生に生意気だと因縁をつけられたりしていた。そのたびに俺が助けに入ってフォローしてやっていたわけだけど……いや、今それはいい。
地毛の状態では線の細い儚げなイケメンだったが、黒髪になるとミステリアスというかアンニュイというか……大人っぽくて物憂げな雰囲気だ。
しかし今更黒に染めるなんてどんな心境の変化だろう。
「まさか、また誰かに何か言われたのか?」
「違うよ! ただ、黒髪にしてみたくて!」
「ふーん……? まあ、似合ってると思うよ。ていうかお前ならどんなのでも似合うと思うけど」
「あ……ありがとう……」
誠矢は照れくさそうに頬を染めると、もう一度大声で「ありがとう!」と腹から声を出した。
「なんか今日やけに声でかくないか?」
「俺、元気だからね!」
「元気なのはいいけど、そんなに叫ばなくても聞こえるって。普通に話せよ」
発声練習でもあるまいし、住宅街であまり声を張り上げないでほしい。しゅんとして「ごめん」と呟く誠矢の頭の上に、垂れた耳が見えた気がした。
自宅の最寄り駅からバスで十五分。大型ショッピングモールは日曜日とあって混雑していた。映画館も混んでいて、飲み物を買うだけでも一苦労だ。
「俺はコーラにする。誠矢は?」
「えっと……じゃあ、オレンジジュース」
「珍しいな」
いつもお茶やコーヒーを頼むのに。でもたまには違うものを飲みたくなる日もあるか。
ドリンク片手にシートに座る。まだ上映前で、薄暗いシアター内では控えめな話し声がそこかしこから聞こえる。映画館って、なんとなく小声で喋りたくなるのは何故なんだろうな。
「ねえ、潤太」
「ん?」
「俺の誕生日は三月だよ」
「ああ、知ってるけど」
来週の誠矢の誕生日にはささやかなプレゼントを用意している。確認されなくたって、毎年祝っているんだから忘れるはずがない。
「潤太の誕生日は七月だね」
「うん」
「つまり、同い年だけど俺の方が年下だよね」
「うん……? まあ、そうだな……?」
突然の年下アピールに疑問符が止まらない。というか数ヶ月の差なんて誤差みたいなものだろう。
今でこそ誠矢は一八〇センチを超える高身長だけど、早生まれゆえに幼い頃はクラスの中で一番小柄だった。チビだと揶揄われているところを俺がよく庇ってやっていたっけ……いや、今それはいい。
それがどうしたんだと訊こうとしたら照明が暗くなり、広告が流れ始めた。咄嗟に口を噤み、スクリーンに向き直る。
なんとなく様子がおかしい誠矢のことは気になるけど、まずは映画に集中しよう。
映画鑑賞を終え、俺たちは近くのファミレスに移動した。昼時を過ぎてしまってお腹がぺこぺこだ。
「誠矢、どれにする?」
メニュー表を捲る。ハンバーグステーキ、グリルチキン、オムライス……どれもおいしそうだ。
「俺は、ええと……これにしようかな」
誠矢は巨大なチョコパフェと二段重ねの分厚いパンケーキを注文用タブレットに入力した。
「な、なんで? お前甘いもの苦手じゃん」
「大丈夫、苦手じゃない」
「でもこんなの食べたことないだろ」
「大丈夫、食べられる」
「……なんかの罰ゲーム?」
「大丈夫、これから甘いものも楽しめるようになるから」
不安すぎる。
なんとか説得しようとしたけれど、誠矢は頑として譲らなかった。
「お前、朝からなんかおかしくないか?」
「……いつもと違って見える?」
「そりゃあ、まあ」
良いか悪いかは置いておいて、いつもと違うのは間違いない。曖昧に肯定すると、誠矢の顔に喜びが浮かんだ。今喜ぶ要素あったか?
「潤太、今日楽しい?」
「ん? うん、映画も面白かったし」
「そっか、良かった」
俺の答えを聞いて、誠矢はますます嬉しそうに笑った。
「映画の評判いいのは知ってたんだけど、期待以上に面白かったよな」
「うん」
「オリジナルシーンも良かったよなぁ」
「うんうん」
「エンディングの演出もかっこよかったし、続編もやってほしいな」
「そうだね」
「なんか反応薄いな……ちゃんと観てたのかよ。つーかお前、途中寝そうだっただろ」
上映中になんとなく隣を見てみたら、誠矢の目は瞼が半分落ちてとろんとしていたのだ。わざと意地悪な笑みを向けてみると、誠矢は焦ったように手を左右に振った。
「確かにちょっとだけうとうとしちゃったけど……たまたま寝不足なだけで、退屈だったわけじゃないよ」
「寝不足? 昨日なんかやってたの?」
「うーん……考え事っていうか……」
「俺で良ければ話聞くけど」
大したアドバイスはできないかもしれないけれど、困っているなら手助けをしてやりたい。しかし誠矢は俯いてしまった。
「大丈夫だよ、自分でなんとかするから」
「でも眠れないくらい悩んでるんだろ?」
「それは……でも……」
「話して楽になることもあるだろ」
「……」
誠矢は俯いたまま黙り込んだ。少し間を置いて、形の良い唇が開く。
「……潤太には言えないよ」
「え……」
そんなことを言われるとは思っておらず、次の言葉が出てこなかった。しまった、と言いたげな顔で俺を見た誠矢は、気まずそうに目を逸らす。
「俺のせいで悩んでんの?」
「いや……そうじゃないけど」
「じゃあなんだよ」
「……」
また妙な沈黙。誠矢の悪い癖が出た。こいつは自己主張が苦手で、言いたいことがあっても我慢しがちだ。良く言えば奥ゆかしいけれど、悪く言えば煮え切らない。
居心地の悪い空気が流れかけた時、猫の配膳ロボットが俺のハンバーグと誠矢のデザートを運んできた。
「……もういいよ、別に無理やり聞き出したいわけじゃないから」
「ごめん……」
嫌な言い方をした自覚はあった。けれど今更取り消せず、賑やかな店内で不自然なくらい黙々と食事を進めた。



