冴島にキスされた。
「冴島……今、キ、キ、キ……」
熱で赤かった顔が、更に赤くなっていくのが分かる。
「ごめん、我慢できなかった」
「ご、ごめんじゃないよ」
「じゃあ……」
冴島が少し後ろに下がって両手を床に付き、頭を下げた。いわゆる土下座というやつだ。
「悪かった」
「いやいやいやいや」
「申し訳ない。すまなかった。ごめんちゃい」
「もう、謝り方変えたら良いってもんじゃないから!」
前言撤回だ。冴島と恋人になっても良いと思ったのは、錯覚だったようだ。
僕は、人が付き合うということを舐めていた。
もしも、冴島と付き合ってしまったら、僕は冴島と今みたいなキスや、それ以上に激しい大人のキス、更には、その続きをしなければならないということだ。無理だ。
生理的に無理とか、そういうのではない。むしろ、初めてがこんな綺麗な顔の冴島で良かったとさえ思っている。
色々矛盾はしているが、とにかく、僕は成り行きでそんなことは出来ない。相手にも失礼だ。
僕は、あからさまに冴島と距離を取った。
「ごめん、冴島」
「かまってちゃんの結城は?」
「今ので目が覚めた。冴島とは、付き合えない。クレーマー退治してくれたお詫びにチョコあげる話も、悪いけどなしで」
きっぱりとお断りすれば、冴島の顔に陰がさした。
やはり、この顔をされてしまった。どうにも居たたまれない気持ちになってしまう。
「ごめん、冴島、そうじゃなくて……」
動揺していると、冴島の顔が上がった。そして、真剣な眼差しで真っすぐに見られた。若干、睨まれているようにも見える。
「えっと……冴島?」
「練習するから。次までには、うまく出来るよう、練習するから」
「練習?」
意味が分からずポケッとしていると、冴島は儚げに言った。
「下手だったんでしょ? キスが下手だから、俺とは付き合えない。そういうことだよね?」
「は?」
「こんな、キスも初めての男なんて嫌だよね。もっと早く気付いていれば良かった」
冴島の斜め上の考えもだが、ファーストキスが僕だということに驚きを隠せない。
そして、今、一番の問題は、冴島はどうやってキスの練習をするかだ。
「あのさ、練習って……」
「田中にでも、お願いしてくる。結城の友達だし、告られたこともあるから、了承してもらえると思う」
「そりゃ、快く了承してくれるだろうけど……」
冴島は、僕を落とす為に田中とキスの練習をするのか。
その姿を想像すると、胸がチクリと痛む。
(高熱の時って、胸も痛くなることあるんだ……)
痛む胸に軽く手を当て、僕は冴島の誤解を解こうと口を開く。
「冴島。僕は、キスが下手とか言ってるんじゃなくて」
「じゃあ、なに? 俺のことが、率直に嫌い?」
「いや……」
極端すぎる。さっきまで斜め上な考えだったのに、次はドストレートに来た。
「嫌いとかじゃなくて、むしろ冴島のことは、好きな方で……友達になれたかもと思った時は、嬉しかったし」
「てことは、つまり、好きってこと?」
「好きだけど、そうじゃないっていうか……」
もうダメだ。この問答に頭痛が酷くなる。
僕は頭を手で押さえながら、ベッドの上の掛け布団を捲った。
「ごめん。とにかく、練習はしなくていいから。したら、嫌いになりそう……」
本心を伝えて、僕は横になった。
ふぅ、と息を吐いて目を瞑れば、冴島の足音が近づいてきたのが分かった。チラリと片目を開けて見れば、困惑顔の冴島がベッドサイドでしゃがんだ。そして、左手を握ってきた。
「ここにいるのは、良い?」
こんなにも自身のなさそうな冴島を見たのは、初めてだ。
(本当に、僕に恋……してるんだな)
「良いよ。キス、しなかったら」
「ありがとう」
その安心したような顔を見て、僕も胸を撫で下ろす。
僕は、冴島に手を握られたまま、再び眠りについた――。
◇◇◇◇
翌昼。
僕は全快……とまではいかないが、熱も下がり、軽く咳が出る程度まで落ち着いた。
とはいえ、今日は土曜日。学校はなく、午前中にバイトがあるだけで、他の予定は何もない。
「いや、昨日、何か約束をしたような……」
既にバイトを終えた僕は、マスク越しに顎に手を当てて記憶を掘り起こす。
――昨日、冴島に手を握られて眠った僕は、十五時の妹の帰宅で目を覚ました。
その時には、まだ冴島はいて、繋がれていた手もそのままだった。
妹が帰宅したことで、冴島が帰ることになったのだが、その際に何か話したような……。
『今日は勉強会するって言ってたのに、ごめんね』
そうだ。僕は、勉強会について謝罪した。すると、冴島が言ったのだ。
『あれは、害虫から結城を守りつつ、結城と共に過ごす口実だから』
『そ、そっか』
『けど、結城が明日元気になってたら、一緒に勉強会しよっか。毎日って約束でしょ?』
約束まではしていないが、僕はてっきり放課後だけの話かと思っていた。
『妹もいるし、うちじゃ落ち着いて出来ないよ』
やんわりお断りしたつもりだったのだが、冴島には伝わらなかったようだ。
『一五〇七号室だから』
『え?』
『俺の家。熱が下がってたら来てよ。来なかったら、また看病しに俺が結城んちに行くから。問題ないよ』
何が問題ないのか。しかも、勉強会云々関係なしに、冴島と会うことが確定した――。
僕は、自身のアパートと冴島の住むマンションを交互に見た。
「はぁ……行かなかったら、来るのか」
今日は、母も妹もいるにはいるが、午後から出かけると言っていた。冴島の家族構成は知らないが、さすがの冴島も、親の前で妙なことはしないはず。
僕は勉強道具を一旦取りに帰り、冴島の待つ一五〇七号室に向かうことにした。
「冴島……今、キ、キ、キ……」
熱で赤かった顔が、更に赤くなっていくのが分かる。
「ごめん、我慢できなかった」
「ご、ごめんじゃないよ」
「じゃあ……」
冴島が少し後ろに下がって両手を床に付き、頭を下げた。いわゆる土下座というやつだ。
「悪かった」
「いやいやいやいや」
「申し訳ない。すまなかった。ごめんちゃい」
「もう、謝り方変えたら良いってもんじゃないから!」
前言撤回だ。冴島と恋人になっても良いと思ったのは、錯覚だったようだ。
僕は、人が付き合うということを舐めていた。
もしも、冴島と付き合ってしまったら、僕は冴島と今みたいなキスや、それ以上に激しい大人のキス、更には、その続きをしなければならないということだ。無理だ。
生理的に無理とか、そういうのではない。むしろ、初めてがこんな綺麗な顔の冴島で良かったとさえ思っている。
色々矛盾はしているが、とにかく、僕は成り行きでそんなことは出来ない。相手にも失礼だ。
僕は、あからさまに冴島と距離を取った。
「ごめん、冴島」
「かまってちゃんの結城は?」
「今ので目が覚めた。冴島とは、付き合えない。クレーマー退治してくれたお詫びにチョコあげる話も、悪いけどなしで」
きっぱりとお断りすれば、冴島の顔に陰がさした。
やはり、この顔をされてしまった。どうにも居たたまれない気持ちになってしまう。
「ごめん、冴島、そうじゃなくて……」
動揺していると、冴島の顔が上がった。そして、真剣な眼差しで真っすぐに見られた。若干、睨まれているようにも見える。
「えっと……冴島?」
「練習するから。次までには、うまく出来るよう、練習するから」
「練習?」
意味が分からずポケッとしていると、冴島は儚げに言った。
「下手だったんでしょ? キスが下手だから、俺とは付き合えない。そういうことだよね?」
「は?」
「こんな、キスも初めての男なんて嫌だよね。もっと早く気付いていれば良かった」
冴島の斜め上の考えもだが、ファーストキスが僕だということに驚きを隠せない。
そして、今、一番の問題は、冴島はどうやってキスの練習をするかだ。
「あのさ、練習って……」
「田中にでも、お願いしてくる。結城の友達だし、告られたこともあるから、了承してもらえると思う」
「そりゃ、快く了承してくれるだろうけど……」
冴島は、僕を落とす為に田中とキスの練習をするのか。
その姿を想像すると、胸がチクリと痛む。
(高熱の時って、胸も痛くなることあるんだ……)
痛む胸に軽く手を当て、僕は冴島の誤解を解こうと口を開く。
「冴島。僕は、キスが下手とか言ってるんじゃなくて」
「じゃあ、なに? 俺のことが、率直に嫌い?」
「いや……」
極端すぎる。さっきまで斜め上な考えだったのに、次はドストレートに来た。
「嫌いとかじゃなくて、むしろ冴島のことは、好きな方で……友達になれたかもと思った時は、嬉しかったし」
「てことは、つまり、好きってこと?」
「好きだけど、そうじゃないっていうか……」
もうダメだ。この問答に頭痛が酷くなる。
僕は頭を手で押さえながら、ベッドの上の掛け布団を捲った。
「ごめん。とにかく、練習はしなくていいから。したら、嫌いになりそう……」
本心を伝えて、僕は横になった。
ふぅ、と息を吐いて目を瞑れば、冴島の足音が近づいてきたのが分かった。チラリと片目を開けて見れば、困惑顔の冴島がベッドサイドでしゃがんだ。そして、左手を握ってきた。
「ここにいるのは、良い?」
こんなにも自身のなさそうな冴島を見たのは、初めてだ。
(本当に、僕に恋……してるんだな)
「良いよ。キス、しなかったら」
「ありがとう」
その安心したような顔を見て、僕も胸を撫で下ろす。
僕は、冴島に手を握られたまま、再び眠りについた――。
◇◇◇◇
翌昼。
僕は全快……とまではいかないが、熱も下がり、軽く咳が出る程度まで落ち着いた。
とはいえ、今日は土曜日。学校はなく、午前中にバイトがあるだけで、他の予定は何もない。
「いや、昨日、何か約束をしたような……」
既にバイトを終えた僕は、マスク越しに顎に手を当てて記憶を掘り起こす。
――昨日、冴島に手を握られて眠った僕は、十五時の妹の帰宅で目を覚ました。
その時には、まだ冴島はいて、繋がれていた手もそのままだった。
妹が帰宅したことで、冴島が帰ることになったのだが、その際に何か話したような……。
『今日は勉強会するって言ってたのに、ごめんね』
そうだ。僕は、勉強会について謝罪した。すると、冴島が言ったのだ。
『あれは、害虫から結城を守りつつ、結城と共に過ごす口実だから』
『そ、そっか』
『けど、結城が明日元気になってたら、一緒に勉強会しよっか。毎日って約束でしょ?』
約束まではしていないが、僕はてっきり放課後だけの話かと思っていた。
『妹もいるし、うちじゃ落ち着いて出来ないよ』
やんわりお断りしたつもりだったのだが、冴島には伝わらなかったようだ。
『一五〇七号室だから』
『え?』
『俺の家。熱が下がってたら来てよ。来なかったら、また看病しに俺が結城んちに行くから。問題ないよ』
何が問題ないのか。しかも、勉強会云々関係なしに、冴島と会うことが確定した――。
僕は、自身のアパートと冴島の住むマンションを交互に見た。
「はぁ……行かなかったら、来るのか」
今日は、母も妹もいるにはいるが、午後から出かけると言っていた。冴島の家族構成は知らないが、さすがの冴島も、親の前で妙なことはしないはず。
僕は勉強道具を一旦取りに帰り、冴島の待つ一五〇七号室に向かうことにした。



