午後一時。
昼食も済ませ、勉強道具を持って家を出た僕は、冴島の住むマンションのエントランスで、右往左往している。
「んー、入り方が分からん」
オートロックのマンションに住んでいる友人が過去にいなかったため、どうやって中に入れば良いのか分からない。
そこにある番号で何かするのだろうが、僕が知っているのは、冴島の部屋番号のみ。それを押してはみたが、うんともすんとも言わなかった。
「昨日、連絡先聞いときゃ良かった」
その場で項垂れていると、中からジャラジャラとアクセサリーを身に付け、金髪を後ろに束ねた強面の二十歳くらいの男性が出て来た。
誰か出て来たら入り方を聞こうかと思ったが、この人ではないのは明らかだ。
僕は、素知らぬ顔で斜め上を向き、口笛なんて吹いてみようかと口を尖らせる。しかし、僕は口笛が吹けない。ふーふー言わせている、ただの不審者のようだ。
そんな僕を一瞥した彼は、そのまま通り過ぎるのかと思いきや、声をかけてきた。
「ここ、関係者以外立ち入り禁止」
「あ、す、すみません」
僕は、尖らせた口を元に戻し、頭をぺこぺこ下げる。
「関係者では無いんですけど、関係者に用があると言いますか。ほんと、すみませんでした」
怪訝な顔をする彼は、僕とオートロックの機械を交互に見た。
「部屋番号は?」
「え?」
「用のある部屋。何号室?」
「えっと、一五〇七号室です」
「それを押して、右下の白いボタン」
言われるがまま、急いで部屋番号を押した。そして、数字の右下の方にある白いボタンを押した。
――ピンポーン。
「あ、反応した!」
歓喜の声を出せば、彼にクスッと笑われた気がした。
無知な自分が恥ずかしくて、一度咳ばらいをして見栄を張る。
「知ってましたよ。これくらい」
「そうか。それなら、余計なお世話だったな」
「でも、ありがとうございました」
見栄を張りながらも、礼は忘れない。
そして、インターフォン越しに冴島の声が聞こえてきた。
「今、開ける」
同時に、自動ドアが開いた。
初めて見るその光景に胸を躍らせていると、表情に出ていたようだ。またもや彼にクスリと笑われた。
「オホンッ、では、失礼します」
一礼し、僕は自動ドアが閉まる前に、向こう側に足を踏み入れた。その時に、背後から「十五階だぞ」と言われた。
見た目に似合わず親切な人だと思いながら、僕はエレベーターのボタンを押した。
エレベーターが開けば、そこには冴島の姿があった。
「結城、治ったんだね」
「あ、う、うん」
「会いたかった」
今にも抱きついてきそうな程の笑みを浮かべられ、ドキリとしてしまう。
「学校でも笑えば良いのに」
「ん? 何か言った?」
僕はエレベーターに乗り込みながら、照れを隠すように、もう一度言った。
「学校でも、もっと笑えば良いのにって言ったの」
「俺が笑ったら、勘違いする奴が増えるじゃん。この間の田中が良い例」
「確かに……てか、モテてる自覚あるんだ」
「そりゃ、生まれてからずっと、『可愛い』『綺麗な顔ね』『格好良い!』って言われ続けて、男女問わず告白されたのは両手でも数え切らない程だよ。それに、街を歩けば」
「もう良いよ。モテ自慢なんて、聞きたくない」
本当にモテる男は、自分がモテていることを鼻にかけず、むしろ「え? そんなことないって」と謙遜するものだとばかり思っていた。更には、自分の顔が良いことも自覚していないような、そんな風に勝手に思っていた。まさか、しっかりと自覚していたとは。
エレベーターが十五階に着き、シックな色調の廊下を緊張した面持ちで歩く。
「けど、俺がモテたいのは、結城にだけだから」
「なッ」
「だから、結城の前でだけ笑うことにするね」
ニコッと笑う冴島の顔は眩しく、直視できなかった。
「そんな宣言、しなくて良いから」
そうこうしている内に、冴島の家の扉が開かれた。
さぞかし美しい両親がいることだろうと思い、挨拶の脳内シミュレーションをする。
「お邪魔します」
「どうぞ」
冴島にモフモフのスリッパを出され、僕はそれに履き替える。
埃一つなさそうな廊下を歩き、リビングに向かえば――。
「あれ? ご両親は?」
モノトーンカラーで統一された家具はお洒落だが、生活感をあまり感じさせない。そして、そこには、いると思っていたご両親や兄弟の姿は無かった。仕事だろうかと思っていると、冴島は食器棚からグラスを二つ取り出しながら応えた。
「俺、一人暮らしだから」
「え? でも、ここって分譲マンション」
「実家から学校に通うと遠いから、ここに家買ったの」
借りたではなく、買った。そして、不要になったらすぐに売るのだろう。金持ちの考えることは分からない。
とはいえ、金持ちの感覚に関しては、元々理解できないと思っていたので、そこは、さして問題ではない。問題なのは、冴島が一人暮らしだということだ。
「もちろんだけど、ご兄弟は……」
「俺、一人っ子。家族構成聞くなんて、嫁いでくれる気になったの?」
「いや、聞いてみただけだから」
にしても、大丈夫だろうか。下心のある冴島と二人きり。昨日、きっぱりと付き合えないことは言ったものの、話がすり替わってしまって良く分からないことになってしまった。勉強会の名目なら、図書館やファミレスを選択すれば良かった。若しくは、田中を呼べば良かった。今からでも遅くないかもしれない。
「冴島」
「ん? 炭酸の方が良かった?」
「あ、いや、オレンジで大丈夫。それは良いんだけど、勉強会なら、田中も呼ん」
冴島に冷めた目で見られ、言葉に詰まる。
「田中が、なに?」
久々の冷淡な冴島を前に、変な汗が出てきた。
「あ、いや……昨日、僕が休んで何か言ってなかった?」
「別に」
「そ、そっか。それなら良いんだけど」
暫く沈黙が流れ、僕はリビングの一角にある四畳半の和室空間に案内された。
そして、僕の心配も杞憂だったようで、それからは健全に勉強会が始まった――。
昼食も済ませ、勉強道具を持って家を出た僕は、冴島の住むマンションのエントランスで、右往左往している。
「んー、入り方が分からん」
オートロックのマンションに住んでいる友人が過去にいなかったため、どうやって中に入れば良いのか分からない。
そこにある番号で何かするのだろうが、僕が知っているのは、冴島の部屋番号のみ。それを押してはみたが、うんともすんとも言わなかった。
「昨日、連絡先聞いときゃ良かった」
その場で項垂れていると、中からジャラジャラとアクセサリーを身に付け、金髪を後ろに束ねた強面の二十歳くらいの男性が出て来た。
誰か出て来たら入り方を聞こうかと思ったが、この人ではないのは明らかだ。
僕は、素知らぬ顔で斜め上を向き、口笛なんて吹いてみようかと口を尖らせる。しかし、僕は口笛が吹けない。ふーふー言わせている、ただの不審者のようだ。
そんな僕を一瞥した彼は、そのまま通り過ぎるのかと思いきや、声をかけてきた。
「ここ、関係者以外立ち入り禁止」
「あ、す、すみません」
僕は、尖らせた口を元に戻し、頭をぺこぺこ下げる。
「関係者では無いんですけど、関係者に用があると言いますか。ほんと、すみませんでした」
怪訝な顔をする彼は、僕とオートロックの機械を交互に見た。
「部屋番号は?」
「え?」
「用のある部屋。何号室?」
「えっと、一五〇七号室です」
「それを押して、右下の白いボタン」
言われるがまま、急いで部屋番号を押した。そして、数字の右下の方にある白いボタンを押した。
――ピンポーン。
「あ、反応した!」
歓喜の声を出せば、彼にクスッと笑われた気がした。
無知な自分が恥ずかしくて、一度咳ばらいをして見栄を張る。
「知ってましたよ。これくらい」
「そうか。それなら、余計なお世話だったな」
「でも、ありがとうございました」
見栄を張りながらも、礼は忘れない。
そして、インターフォン越しに冴島の声が聞こえてきた。
「今、開ける」
同時に、自動ドアが開いた。
初めて見るその光景に胸を躍らせていると、表情に出ていたようだ。またもや彼にクスリと笑われた。
「オホンッ、では、失礼します」
一礼し、僕は自動ドアが閉まる前に、向こう側に足を踏み入れた。その時に、背後から「十五階だぞ」と言われた。
見た目に似合わず親切な人だと思いながら、僕はエレベーターのボタンを押した。
エレベーターが開けば、そこには冴島の姿があった。
「結城、治ったんだね」
「あ、う、うん」
「会いたかった」
今にも抱きついてきそうな程の笑みを浮かべられ、ドキリとしてしまう。
「学校でも笑えば良いのに」
「ん? 何か言った?」
僕はエレベーターに乗り込みながら、照れを隠すように、もう一度言った。
「学校でも、もっと笑えば良いのにって言ったの」
「俺が笑ったら、勘違いする奴が増えるじゃん。この間の田中が良い例」
「確かに……てか、モテてる自覚あるんだ」
「そりゃ、生まれてからずっと、『可愛い』『綺麗な顔ね』『格好良い!』って言われ続けて、男女問わず告白されたのは両手でも数え切らない程だよ。それに、街を歩けば」
「もう良いよ。モテ自慢なんて、聞きたくない」
本当にモテる男は、自分がモテていることを鼻にかけず、むしろ「え? そんなことないって」と謙遜するものだとばかり思っていた。更には、自分の顔が良いことも自覚していないような、そんな風に勝手に思っていた。まさか、しっかりと自覚していたとは。
エレベーターが十五階に着き、シックな色調の廊下を緊張した面持ちで歩く。
「けど、俺がモテたいのは、結城にだけだから」
「なッ」
「だから、結城の前でだけ笑うことにするね」
ニコッと笑う冴島の顔は眩しく、直視できなかった。
「そんな宣言、しなくて良いから」
そうこうしている内に、冴島の家の扉が開かれた。
さぞかし美しい両親がいることだろうと思い、挨拶の脳内シミュレーションをする。
「お邪魔します」
「どうぞ」
冴島にモフモフのスリッパを出され、僕はそれに履き替える。
埃一つなさそうな廊下を歩き、リビングに向かえば――。
「あれ? ご両親は?」
モノトーンカラーで統一された家具はお洒落だが、生活感をあまり感じさせない。そして、そこには、いると思っていたご両親や兄弟の姿は無かった。仕事だろうかと思っていると、冴島は食器棚からグラスを二つ取り出しながら応えた。
「俺、一人暮らしだから」
「え? でも、ここって分譲マンション」
「実家から学校に通うと遠いから、ここに家買ったの」
借りたではなく、買った。そして、不要になったらすぐに売るのだろう。金持ちの考えることは分からない。
とはいえ、金持ちの感覚に関しては、元々理解できないと思っていたので、そこは、さして問題ではない。問題なのは、冴島が一人暮らしだということだ。
「もちろんだけど、ご兄弟は……」
「俺、一人っ子。家族構成聞くなんて、嫁いでくれる気になったの?」
「いや、聞いてみただけだから」
にしても、大丈夫だろうか。下心のある冴島と二人きり。昨日、きっぱりと付き合えないことは言ったものの、話がすり替わってしまって良く分からないことになってしまった。勉強会の名目なら、図書館やファミレスを選択すれば良かった。若しくは、田中を呼べば良かった。今からでも遅くないかもしれない。
「冴島」
「ん? 炭酸の方が良かった?」
「あ、いや、オレンジで大丈夫。それは良いんだけど、勉強会なら、田中も呼ん」
冴島に冷めた目で見られ、言葉に詰まる。
「田中が、なに?」
久々の冷淡な冴島を前に、変な汗が出てきた。
「あ、いや……昨日、僕が休んで何か言ってなかった?」
「別に」
「そ、そっか。それなら良いんだけど」
暫く沈黙が流れ、僕はリビングの一角にある四畳半の和室空間に案内された。
そして、僕の心配も杞憂だったようで、それからは健全に勉強会が始まった――。



